MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

百読は一聴にしかず

2012-10-31 18:58:06 | 健康・病気

今月(10月)のメディカル・ミステリーです。

10月29日付 Washington Post 電子版

‘Textbook’ of frightening coughing spells was not diagnosed immediately 教科書的な恐ろしい咳の発作はすぐには診断されなかった

Frighteningcoughingspells

By Sandra G. Boodman,
 Nancy Welch さんには手の打ちようがなかった。この夏の数週間、携帯電話をつかんで家の周りを歩き、再び 911 に電話をかけなければならない場合に備えていた。呼吸ができなくなって怯えた13才になる息子が北バージニアにある自宅の階段を駆け下りてきた記憶が先ず彼女の頭の中にあった。
 夜には3人の子供たちの末っ子である Joseph の隣の床に敷いたマットレスの上で彼女は寝ていたが、彼が息を切らして喘ぎ、ねばい粘液を吐き出し、唇が一時的に青くなるたびに目を覚ました。息子はすぐに再び寝入ったが、47才になる Welch さんは身体をこわばらせて起きていた。専門医たちが診断に一致をみることができないばかりか、結局何の役にも立たないように思われた徐々に侵襲性の強い、時には辛い検査が行われる理由が彼女にはわからなかった。
 Welch さんの高まる不安は、何の病気かが彼女にはわかっているという気持ちによって増大していたが、その提言を医師たちは無視し、あるいは追求しようとしなかったのである。
 「これらの小児科の専門医たちがそれを気にもかけなかったことにただただショックを受けています。もし私が彼を ER に連れて行ってなかったら、未だにわからないままだったと思います」と Welch さんは言う。
 7月3日、Welch さんは Joseph を年一回の健康診断に連れて行った。軽い咳を除けば彼は健康のように思われた(母親は彼がカゼをひいていると思っていた)。しかし咳を聞いたその小児科医は、喘息の疑いがあると Welch さんに告げ、吸入薬を処方した。
 「私はそれを持ち帰りましたが、使うことは考えませんでした」と Welch さんは言う。Joseph には喘息はなかったし、咳は薬をもらうにしては軽すぎるようだったからである。
 3日後の朝、息を正常にすることができなくなって Joseph が目を見開いて階段を駆け下りてくるのを見て彼女はショックを受けた。Welch さんは911 に電話し、パニック状態の息子を、そして自分自身を落ち着かせようとした。救急救命士は数分のうちに到着したが、Welch が今回処方された吸入器について話すと、彼らは2、3回 Joseph に吸入させ、それを使うよう助言した。数分のうちに彼は正常に呼吸できるようになっていた。
 母親と息子はその日の午後、例の小児科医を再び訪れた。Joseph が喘息であるという意見を繰り返したその医師は処方にさらに二つの薬剤を追加した。胃食道逆流に対する通常の制酸剤と5日間内服の抗生物質 azithromycin(アジスロマイシン)である。「それらを処方する理由を彼は言いませんでした。私の最初の過ちはそれを尋ねなかったことです」と Welch さんは言う。今回はその医師が処方した薬すべてを息子に飲ませた。
 その夜、息子には2~3回の咳の発作があったと Welch さんは思い起こす。「彼はベッドから跳び起き、散発的に約30秒間咳をし、ねばい粘液を吐き出して再び眠りました」
 数日後、その小児科医は Joseph が小児呼吸器科医を受診するよう手配した。
 その肺の専門医の診察室はこの家族の家から一時間離れており、Joseph が車酔いするため非常につらいものとなったが、彼は喘息の可能性が高いという診断に同意見だった。胸部レントゲンや肺機能検査はいずれも正常だった。
 Welch さんによると、その受診中、Joseph は咳をしなかったが、stridor という甲高い喘鳴を再現してみようとしたという。この喘鳴は彼の咳の発作を特徴づけるものだったが、母親がその音を言葉で説明した。その呼吸器科医は2つ目の吸入薬を追加し、逆流防止薬を続けるようアドバイスした。
 しかし改善するどころか Joseph は徐々に悪くなっているように見えた。3日後、30分かそこら毎に咳と息切れの発作が始まったため、Welch さんが小児科医に電話をしたところ、Inova Alexandria Hospital の緊急室に連れて行くよう彼女に言った。

Tale of the tape テープの話

 その病院では、Joseph の呼吸器症状は治まっていたが、医師助手の Lynette Sandoval 氏に診察を受けた。一日前に、何かの手掛かりになるかもしれないと考え Welch さんは携帯電話に発作の音を録音していた。この数日の出来事を話したあと、Welch さんは録音を再生した。
 Sandoval 氏は新たな可能性を疑った。彼女には、Joseph の甲高い咳が、pertussis とも言われる百日咳のように聞こえた。とはいえ、彼女は12年のキャリアで、かつては多くみられていたこの小児疾患の患者を診たことはなかった。
 「それは私の心の中の教科書でした」と Sandoval 氏は思い起こす。「夜間の、スタッカートのような咳、必死の吸息」あるいは努力性吸気、そして Joseph が発作間は概して正常だったという事実、すべてはそれを暗示しているように思えたと彼女は言う。しかし、それではない可能性を示唆する要因が一つあった:Joseph はこの疾患に対して十分な接種を受けていた。11才の時には追加の接種まで受けていたのである。
 Sandoval 氏は Welch さんに自分の疑念を伝え、治療について話し合うため例の呼吸器内科医の同僚― Joseph の主治医はその午後には診察室を留守にしていた ― に電話をかけた。百日咳の検査のために咽頭ぬぐい液検査を出すという彼女のプランに彼は同意したという。数時間後、Welch さんたちは ER を後にした。
 その翌日、Welch さんは、当初の呼吸器科医に携帯の録音を再生して聞かせ、百日咳がこの病気であるかどうか尋ねたと言う。彼女によると、この専門医はそれは違うと断固主張したという。彼は10代の百日咳患者を診たことがあるが、「これはそんな風には聞こえない」と言ったことを彼女は思い出す。
 彼は処方していた薬を続けるよう助言した。Welch さんが可能性のある他の原因について尋ねたため、彼はさらに小児耳鼻咽喉科専門医の予約の手続きを行った。Joseph は装具に使っているゴムバンドの一つを知らないうちに飲み込んでしまったのだろうか?
 数時間後、その耳鼻咽喉科医は内視鏡を行い、小さなカメラを Joseph の喉に通して、彼の咳と嘔吐を起こしている可能性のあるものを調べた。結局彼は何も発見しなかったことから、声帯機能不全の可能性があるとして、自分の診察室の言語聴覚士による評価を勧めた。
 その言語聴覚士は即座にその可能性を否定したと Welch さんは言う。なぜならJoseph の症状は声帯機能不全と異なり、ほとんど夜間に起こっていたようだったからである。彼の母親が言うには、そのころには息子には24時間で15回ほどの発作が起きていた。
 医師たちは次の検査が望ましいと考えた:肺の内部を観察する気管支鏡である。
 翌週に全身麻酔で行われたこの検査は Welch さんを動揺させた。「彼が麻酔から覚めるのを見たときが悲惨でした。彼の喉がひどく炎症を起こしていてうろたえました。そしてそれでもまだ答えは得られませんでした」と彼女は思い起こし、この検査でも彼の症状を説明するものは何も見つからなかったと付け加えた。
 Welch さんはオンラインで百日咳を検索し始め、徐々に Sandoval 氏の疑いが正しいことを確信していった。毎日、彼女はその小児科医の診察室に電話をかけ百日咳の検査結果を確認したが、どういうわけか結果の出るのが遅れていた。

Positive result 陽性の結果

 7月23日、小児科医は Welch さんが予測していた結果を電話してきた:やはりJoseph は百日咳だったのである。
 百日咳は激しい咳を生じ、呼吸困難を来たしうる。その咳はあまりに激しく肋骨にひびが入ることもある。患者の中にはねばい粘液を吐くものもいる。感染力の強い空気感染症で、一般的に Bordetella pertussis bacterium(百日咳菌)との接触後約2週間で発症する。十代の人たちでは、その診断はむずかしいことがあるが、それは他の呼吸器感染症に類似していることや、咳に続く明らかな“whoop(吸気性の笛声)”が見られないことによる。本疾患は抗生物質で治療され、通常約6週間続くが、咳嗽はしばしばそれより長く続くことから“百日咳”と呼ばれる。
 乳幼児では致死的となり得る本疾患は、この2、3年で劇的に再増している。連邦保健当局によると、今年は過去50年間で最悪の経過をたどっており、これまでのところ Centers for Disease Control and Prevention(CDC:米疾病対策予防センター)に31,000例近くが報告されており、これは昨年同時期の数のほぼ3倍である。
 9月、New England Journal of Medicine 誌の研究で、1990年代に導入されたワクチンがこの再増加の原因の一端となっている可能性が示された。カリフォルニア州での2010~2011年にかけての大発生を調査した研究者らは、このワクチンの有効性が、通常6才までに行われる 5度目の最後の接種を受けたあとの子供たちの間で顕著に弱まっているようであることを明らかにした。(11才前後の追加接種が CDC によって推奨されている。Joseph のケースでは、彼が受けた追加接種が十分に効果があったかどうかは明らかでないと彼の母親は述べている。)
 ただちに Welch さんの家族に抗生物質が投与され、彼らがキャリアである可能性に備えて5日間は自宅にとどまり他者との接触を避けるよう言われた。Joseph はすでに 7月上旬に小児科医に処方されたアジスロマイシン5日間のコースを内服しており、用心のため2回目となる同薬剤が投与された。
 息子が発病する約2週間前に参加した高校の卒業式で本疾患に感染した可能性を疑った Welch さんは自分の正しさが立証されたと感じるとともにもどかしく思ったと言う。
 「私は家族に『ママは正しかったのよ!』と言いましたが、私が最初に思ったのは『どうしてこれまですべての人たちがそれを見逃したの?あの小児科医は喘息を押しつけることをせず、なぜ彼のぬぐい液を採取してくれなかったの?なぜ私たちはあのすべての無駄な努力を、そして受ける必要のなかった検査を彼に受けさせるようなことをしなければならなかったの?』ということでした。もしこれがよくわからない小児疾患であったなら、彼らがそれを見逃していたことを理解していたでしょう。しかし、これらの小児科の専門医たちがこの疾患を念頭に置いていなかったことにショックを受けました』というのも、百日咳の急増はこの一年で広く公表されていたからである。
 自分の話を聞いてくれたことで Sandoval 氏には強く感謝し、彼女にお礼の電話をかけたと Welch さんは言う。しかし、彼女が例の肺の専門医に、何か違うことができていただろうかと尋ねたところ、彼はノーと答えたという。
 Joseph の担当医の中には自分がしたように彼の苦悶する呼吸音を聴いていなかったためにこの診断が見逃された可能性があると Sandoval 氏は考えている。「録音が鍵でした。というのも、必ずしも皆がそれを表現するのに同じような専門用語を用いるわけではないからです」と彼女は指摘する。そして、Joseph が十分に接種を受けていたことによって医師が間違った方向に誘導されたのかもしれないと考えている。
 母親によると、Joseph は完全に回復し、100日後には咳は消失したという。Welch さんは振り返ってみて、なぜ最初の小児科医が抗生物質を投与するのかを尋ねておくべきだったこと、侵襲的で費用のかかる検査に同意する前に感染症専門医の指導を求めておくべきだったことなど考えていると言う。
 最も彼女が疑問に思っていることがあるという。「百日咳が再増しているのになぜそれが真剣に検討されなかったのでしょうか?」

百日咳は百日咳菌(Bordetella pertussis)を原因菌とする
急性呼吸器感染症である。
本邦においても2008年に急増しその後は減少しているが
現在でも散発的に報告が見られている。
詳細はこちら
百日咳は母親からの抗体が移行しないため
乳幼児早期から罹患のリスクがあり、
ワクチン接種がきわめて重要な感染症の一つである。
潜伏期は4~21日(多くは7日)といわれ、
飛沫・接触感染により伝播する。
かぜ症状が主体となる発症1~2週のカタル期は
最も感染力が強い。
その後徐々に咳が強くなり、発症2週以降の痙咳期に入ると
典型的にはスタッカートと呼ばれる特徴的な
短い反復性乾性咳嗽とその後「ヒィーッ」と
息を吸い込む吸気性の笛声(whoop)が
見られるようになる。
この繰り返しはレプリーゼと呼ばれ、
特に夜間に多い。
また咳き込み後には嘔吐が認められる。
ただしこのような激しい発作性の咳は小児に多く
成人ではまれである。
合併症を伴わない限り発熱は稀である。
成人や年長児では種々の程度の咳嗽が長期に
持続する程度であるが、ワクチン未接種の
乳児が罹患した場合は重症化して
突然呼吸不全(チアノーゼ発作)や脳症を発症することがある。
診断には、特徴的症状から本症を疑い、
血中凝集素価のペア血清で抗体価の上昇を確認する。
また、咽頭ぬぐい液や喀痰からの百日咳分離同定や、
遺伝子的菌検査も行われる。
なお成人例では保菌量が少なく確定診断が困難なことが
多い。
治療はマクロライド系の抗生物質の
エリスロマイシン(エリスロシン)、
クラリスロマイシン(クラリス)、
アジスロマイシン(ジスロマック)などが
用いられる。
激しい咳嗽発作に対しては、中枢性鎮咳薬や
吸入ステロイドの効果はない。
最近の本症発症の増加、集団感染の原因として
ワクチンによる患者数の減少によって
逆に自然罹患による追加免疫を得られない世代が
増加したことが考えられている。
小児だけでなく成人においても
もはや過去の病気ではないことを
常に念頭に置いておく必要がありそうだ。

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