MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

口が燃える、味がおかしい…

2012-09-29 20:37:00 | 健康・病気

9月のメディカル・ミステリーです。

9月25日付 Washington Post 電子版

Unexplained pain in woman’s mouth caused her to lose weight, disrupt her life 口の原因不明の痛みで女性の体重は減り、生活は混乱した

Unexplainedpaininwomansmouth
娘の Karen van Es さん(右)と一緒に写真におさまっている Josephine van Es さん(左)は30ポンド(約13.6 kg)体重が減り、食事をするのが苦痛となっている。「私はテレビの前に座り、それをただいじっているだけです」と彼女は言う。

By Sandra G. Boodman,
 Josephine van Es さんの80才の誕生パーティーを機に二つの重大な症状が出現したのだが、最初はそのうちの一つだけが現れた。
 2004年11月にデラウェア州 Rehoboth Beach にある彼女の娘の家で開かれたそのイベントは彼女の長寿と健康と愛情に満ちた家族を祝うものだった。それはまた van Es さんの体調が良く、痛みにも悩まされることがなかったと彼女が記憶する最後のひとときでもあったがその痛みはその後程なくして出現し、彼女の口の中はたえずヒリヒリとするようになり、また常に金属性の味覚異常に悩まされるようになった。
 「ひどいものでした」現在87才の van Es さんは口内灼熱感が味覚障害よりも辛かったという。味覚障害については“ 1 セント銅貨をなめる”感覚に似ていると彼女は説明する。
 彼女の娘 Karen van Es さんによると、母親の症状に母娘二人の生活が犠牲になったという。その後8年近く、彼女は北バージニアの獣医クリニックでの仕事の合間を縫って、デラウェア州 Lewes にある分譲マンションに独りで住んでいる母親を、デラウェアやフィラデルフィアやワシントンの医師の元へ連れて行くことになったのである。
 さらに、彼女は、診断に一年以上を要したものの、これまでのところ治療できていないその疾患に対し、有効な治療について助言してもらえることを期待してフロリダやカナダの専門家と連絡を取ってきた。
 「彼女は私に『とにかく四六時中気分が悪い』と言うのです」と Karen van Es さん(63)は言う。一人娘の彼女は毎日母親と電話で話し、足繁く通った。
 「母親はこのことで自信を失っていました」Karen van Es さんは、もっと多くのことがしてあげられないことに無力感と失望感をしばしば覚えていたと言う。
 「彼女の心臓は丈夫で、血圧も良かったし、知的にも頭は切れていました。ただ、彼女は食事をするのがゆっくりでした」

Sounds like reflux 逆流のように思われる

 2005年1月、Josephine van Es(この名前は“ヴァン・エス”と発音する)は金属的味覚と灼熱感についてかかりつけの内科医に告げたとき、「私に3つ頭があるかのように彼は私を見ました」と彼女は思い起こす。
 症状は彼女の喉の奥の方で灼熱感が始まったようであったことから、その医師は gastroesophageal reflux disease(GERD:胃食道逆流症)を疑い、胃腸科専門医に彼女を紹介した。彼もその診断を支持し薬を処方した。
 しかし、その逆流防止薬が痛みを和らげることや金属的味覚を軽減することは全くなく、それらの症状には時々重度の嘔気を伴った。2、3ヶ月後にその胃腸科専門医によって行われた内視鏡で GERD は除外された。
 恐らく、この症状は医学的なものではなく歯科的なものではないかと Karen van Es さんは考えた。灼熱感と味覚異常に加えて、口が異常に乾燥していることに Josephine van Es さんは気がついた。しかし、徹底的な歯科的検査で何も見つからなかったため、口の乾燥を緩和するために洗浄液を用い、頻回に水を飲むよう歯科医は勧めた。しかしどちらも効果はなかった。
 「はっきり言って、それは無駄な…」彼女は自身の状況に対して徐々に自暴自棄になっていったという。彼女は癌を乗り越えていた。30才代の時に甲状腺を摘出していたのである。また、約40年前に重症のインフルエンザにかかり嗅覚をほとんど喪失していた。しかし今回のことを彼女に覚悟させるようなことは何もなかった。
 2006年、軽度の舌の腫脹以外には悪いところは認められないと耳鼻咽喉科専門医は言った。彼は Sjogren’s syndrome(シェーグレン症候群)、さらに本症候群を合併することがある関節リウマチ、および Lyme disease(ライム病)の精密検査を勧めた。シェーグレン症候群は口の乾燥をきたす免疫系の疾患である。しかしこれらすべての検査は陰性だった。
 Van Es さんは20ポンド(約9㎏)以上体重が減っていたので、内科主治医は腫瘍の存在を疑って腹部および骨盤のCT、さらには脳のMRI検査を依頼した。しかしすべて問題なかった。放射線科医の報告によれば、このMRIでは“副鼻腔疾患の比較的軽度の徴候はあるが重要性は疑わしい”という所見が見られただけだった。
 Van Es さんは母親を救うことを探し求めつづけることにした。「私は休みをとり、デラウェアでもフィラデルフィアでもワシントンD.C.でも、救ってくれそうに思えた人なら誰でも様々な医師のところへ車で彼女を連れていきました」と彼女は思い出す。
 Josephine van Es さんがうつ状態になっていたのは明らかだったが、彼女の精神状態が症状の根本的な原因になっていると考えた医師はいなかった。様々な医師が抗うつ薬を処方したが、ほとんどの薬は彼女をフラフラさせたりボーッとさせたりするだけで、灼熱感や金属的味覚を緩和させるのには何の効果も得られなかった。
 「母は社交家でした」彼女はそう思い起こすが、母親は引きこもって、友人たちとの付き合い、特に、多くの人たちが行うような食事を中心とした集まりを避けるようになっていった。

Diagnosis of exclusion 除外診断

 2008年1月、この母娘は University of Pennsylvania の歯科の専門医を受診するためフィラデルフィアにいた。大量の臨床検査や画像検査を再検討し、Josephine van Es さんの症状は glossodynia(舌痛症)、別名 burning mouth syndrome(口腔灼熱感症候群)と呼ばれるいまだよくわかっていない疾患に一致しているとその専門医は結論づけた。この疾患は閉経後の女性に最も多く発症する。
 National Institute of Dental Care and Research によると、突然発症することもあるこの症候群の原因は不明だという。
 University of Florida の味覚研究者で本症候群の専門家である Linda Bartoshuk 氏は、本症候群は除外診断に基づくという。つまり、シェーグレン症候群や2型糖尿病など、類似した症状を引き起こす可能性のある他の疾患がまず除外されなければならない。
 この症状は味覚をつかさどる神経の障害に起因している可能性があると多くの科学者は考えている。味覚能力は閉経後に減退し、苦い物質を識別することが一層困難となる。
 幸いにも、口腔の灼熱感は“きわめてまれ”であると Bartoshuk 氏は言う。彼女は、“supertasters”の人で本症候群を発症した75人以上を診断している。“Supertasters”とは、他の大勢の人たちに比べ多くの味蕾を持っているために生まれつき味覚が増強している人たちである。
 効果があることが証明されている治療法の一つにクロナゼパムの超低用量投与がある。この薬は神経線維の活動を減弱させる抗不安薬である。
 Toronto の歯科医 Miriam Grushka 氏らによって行われた1998年の小規模研究で本薬剤が患者の70%に有効であることがわかった。この年の初めには、小規模だがより厳密な別の研究によってその有効性が確認されている。逆説的ではあるが、人によっては辛いチリ・ペパーのヒリヒリ感の原因物質 capsaicin(カプサイシン)を希釈したものが神経細胞における疼痛信号の化学物質を抑制できた。シュガーレス・ガムを噛んだり、氷片を舐めたり、あるいは高度に香辛料が効いた食べ物や酸性食品を避けることによって症状の軽減を見る患者もいた。
 シュガーレス・ガムを噛むことで Josephine van Es さんの口の乾燥は多少減ったが、その他の症状には効果はなかった。
 娘は Bartoshuk、Grushka 両氏と連絡をとったが、この母親はクロナゼパムやカプサイシンを含む彼らが推奨する治療をすでに試していた。
 クロナゼパムで効果が得られない場合、「残念ながら、患者に何をしてあげるべきかわかりません」と Bartoshuk 氏は言う。「これに関するさらなる研究が是非とも必要です」
 ここ2、3年間、Josephine van Es さんは精神科医を受診しており、彼女が恐れている行動である摂食が何とか行えるよう日常生活の工夫を行うべく支援を受けた。
 「私はテレビの前に座り、ただそれをいじっているだけです」この8年間で約30ポンド(およそ13.6㎏)体重が減った van Es さんは言う。彼女の食餌はいつも同じである。朝食は味の薄いオートミールと果物(「私はそれを薄い粥と呼んでいます」と言う)、昼食はヨーグルトとエンシュア(栄養補助食品)、そして夕食はブロッコリーの房とアップルソースに浸した小さな鶏の胸肉である。さらに彼女は一日2回アイスクリームを食べるのだが、飲む方が食べるより痛みが少ないことに気付いている。
 「もし彼女が乳糖不耐症だったら困ったことになっていたでしょう」乳製品の消化不能の話を取り上げながら Karen van Es さんは冗談めかして話す。
 一方、この母娘はできるだけのことをして何とかやっていこうと努力を続けている。Karen van Es さんは、母親に有効かもしれないものなら何でも見つけ出そうとしている。「考えられることはすべてやってきました」と彼女は言う。
 Josephine van Es さんは娘の揺るぎない献身的愛情に大いに感謝している。「私には Karen 以上の人間はいません。私はこの症状が消えてしまうことを毎日神に祈り懇願しています。まだ何も効果は出てないのですが…」と彼女は言う。

舌痛症(glossodynia)とは、
舌に明らかな器質的変化を認めないにもかかわらず、
舌に“火傷をしたような”“ピリピリする”痛みを
訴える疾病の総称である。
舌痛症においては舌の症状が主であるのに対し
痛みが口腔全体に認められる場合には
Burning mouth syndrome(口腔灼熱感症候群)と
呼ばれる。
いずれも様々な要因が引き金となって
類似の症状を発現する症候群であり、
その発症のメカニズムはいまだ明らかではない。
米国における舌痛症の有病率は
0.7~2.6%で、最近増加傾向にある。
患者は閉経後の女性に多く、
舌痛症の約75%が50才代の女性であるが、
男性にもみられる。
痛みは食事や睡眠で軽減することもあるが、
食べ物の種類によっては痛みが増強する。
舌に意識を集中したり
精神的に緊張したりしたときに症状が出やすい。
口腔内の様々な部位に疼痛を生ずるが、
舌では舌尖部や舌縁部が多い。
痛みのほかに、本例のように
味覚異常(異味症、自発性異常味覚、味覚低下)や
口内乾燥を伴うことがある。
痛みの発生のメカニズムはいまだ十分にわかっていないが、
炎症、感染、外傷などによって壊れた細胞から放出される
化学物質により末梢の侵害受容器が刺激を受け、
神経の興奮が大脳皮質に投射されて痛みを感ずると
考えられてきた。
あるいは心因性要因も関与しているとみられている。
一方、最近では味覚障害によって引き起こされる
舌神経の神経因性疼痛ではないかという説も
報告されている。
神経因性疼痛とは、末梢または中枢神経の
直接的損傷あるいは機能障害により、
その支配領域に慢性の疼痛を生じるものである。
中枢において味覚と舌の痛覚とは
相互に影響を及ぼしやすい関係にある。
両者間にはお互いに抑制的な作用が存在するが、
味覚障害によって痛覚信号が増強するのではないかと
考えられている。
舌の感覚神経のうち、痛覚を伝えるのは舌神経であり、
味覚を伝えるのは鼓索神経である。
つまり鼓索神経障害(味覚の障害)により
舌神経の痛覚伝達に対する抑制作用が解除され、
舌痛が生ずるのではないかという説である。
一方、舌の痛覚の強さと苦み味覚との間には相関関係が
あるとの知見もある。
このため苦みを非常に強く感じる人(記事中に
出てきた supertaster)では舌の痛覚が増強しやすく、
本症の発症率が高いという。
舌痛症の診断には、問診や視診のほか、
血液生化学検査などの臨床検査を行い、
貧血、亜鉛欠乏、ビタミンB欠乏、
胃食道逆流症、脳腫瘍、糖尿病、多発性硬化症、
Sjogren 症候群、薬剤の副作用などの全身性要因や、
カンジダをはじめとする口腔内感染症、義歯不適合、
口腔内アレルギーなどの局所性疾患の関与を検討し、
明確な原因があるものはこれを除外する。
また“うつ”が関与している場合もあるため
心理テストを要する場合もある。
上記のように本疾患の発症には、
器質的要因、機能的要因、心理的要因などが
複雑に絡んでいることから、その治療は一様ではない。
口腔乾燥が引き金となっている場合には、
唾液分泌促進作用のある薬を用いる。
また、舌炎が存在する場合には、
それが感染によるものでは抗真菌薬等を、
微量金属、栄養素の不足があるものでは
亜鉛、鉄、ビタミンを投与する。
また、口腔乾燥が降圧薬や抗うつ薬の副作用によって
引き起こされている場合もあるので注意を要する。
また明らかな器質的病変が存在しない症例では、
抗不安薬や抗てんかん薬が投与される。
後者の中でも、特に、
抑制性神経伝達物質 GABA(γ‐アミノ酪酸)の作用を
特異的に増強するクロナゼパムが舌痛に対して用いられる。
また抗うつ薬が有効なケースもある。

舌痛症というこの疾患…
見た目には舌には全く異常がないにもかかわらず
悩ましい疼痛、異常味覚という自覚症状だけあることから
いかにも精神的要因が疑われる疾患である。
しかし単純に精神的なものと片づけられてしまったなら
実際に苦しんでいる患者にはたいへん気の毒だ。
現時点では多くの謎に包まれている本疾患だが、
根本的治療法発見のためにも
症状発現のメカニズムの究明が切に望まれるのである。

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