味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

論語・孟子は、只剰読し著くれば、便ち自ら意足る。

2018-01-04 09:58:30 | 日記
第3292号 30.01.04(木)

論語・孟子は、只剰読(じょうどく)し著くれば、便(すなわ)ち自(おのずか)ら意足る。學ぶ者は須らく是れ玩味すべし。若し語言を以て解し著くれば、意便ち足らず。某(それがし)始め此の二書の文字を作り、既にして之を思へば 又剰(あま)れるに似たり。只些(いささか)の先儒の錯會(さくかい)せし處有らば、卻(かえ)って與に整理し過ぐるを得たん。『近思録』192

 論語や孟子は、くどいほどに読みさえすれば、その精神は自然に充足される。学ぶものは内容を玩味すべきである。もし言葉で文義を解釈するなら、書かれた精神は充足しない。わたしは、はじめこの二つの書物の注を書いたが、後から考えると、余計なことに思える。ただ、多少とも先儒の誤解があれば、整理してあげる必要がある。192 

 【コメント】論語・孟子に限らず、漢籍は只管(ひたすら)読み続けることが大事だと思います。安岡正篤氏も訳が分からんでもとにかく読み続けなさいと諭しています。

 私は『南洲翁遺訓』との出会いを契機に漢籍を読み書きしだしたのですが、今は大変楽しいの一言です。昨日は元空手マンの樋高さんが挨拶に来てくれました。

 その時の世間話で警察官の不祥事が多いので、警察学校でも漢籍を学ぶ教科も取り入れて欲しいものだとお話した次第でした。この處、スマホなどで、女性の下半身を撮影する人が多発しているらしいのです。

 下半身を撮影しても女性の裸体は見えもしないのですが、何故そんなくだらないことをするのでしょうか。それよりか漢籍を繙くことをお奨め致します。

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『不動心』(第155回)

 生活の垢を洗い浄めてくれるもの

 めぐりゆく星を、その軌道に自分も乗っているようなつもりで観察すること。また、元素がさまざまに変化していく舞踊のような光景を心に描いてみなさい。こういう想像は、世俗にまみれたわれわれの生活の垢を洗い浄めてくれる。

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「日本の婦道」---第10回

 氷の様な守銭奴も其の子の為には師に物を運ぶことを厭はない。忠臣は其の君の為には命だも惜しまぬのである。是の如く愛は人間の理想我の発動であるから、必然に愛は自己を内省的ならしめ、人にもいや高い人格的価値を想望して止まない。恋を知った女が何故に身じまひを謹むか。下世話にも「誰に見しよとて紅かねつけようぞ」といふが、そは明らかに恋が其の女性を内省的ならしめ自ら少しでも美しく善くなりたいといふ強い衝動を発するからである。
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先般、写真家・津田さんが、婦人画報で郷中教育の一貫とされる修行内容を見学したいとして、写真撮影し画報に掲載してくれました。

 その際、家庭画報と婦人画報の名称を間違いブログに記載したため、御親切な方から間違いを指摘して頂きました。当事者にとっては重要なことであったと思い、深謝いたします。コメント有り難うございました。

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