味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

學ぶ者は當に論語・孟子を以て本と為すべし。

2018-01-03 12:18:35 | ブログ
第3291号 30.01.03(水)

學ぶ者は當(まさ)に論語・孟子を以て本と為すべし。論語・孟子既に治(おさま)れば、則ち六経は治めずして明かなる可し。『近思録』191

 勉強するものは、論語・孟子を根本とすべきである。論語・孟子の学習ができれば、六経は学習せずに明かになろう。191

 【コメント】年賀状が多数届いた関係で、その処理をしていたため、ブログ書きが少しく遅くなりました。高齢者の体調がいろいろあっても、やらねばならぬという思いが気概に成って行きます。

 漢籍の言葉等々は今日遣わない日々ですが、長い歴史の中での奥深い味わいある人間社会への贈り物だと位置づけ、その世界へ邁進したいものです。

 たしかに慣れるまでは難解さに負けて投げ出す人もおられると思います。しかし、なにがなんでもと思って取り組む所に健康への誘いもあるのです。何時まで持つかわかりませんが、倒れるまでその世界を従容し続けたいと思います。

 昨年11月24日午前中、荘内の致道館で『書経』を拝読する光栄に浴しました。致道館で働いている佐藤たか先生に数年前お願いしていたのでした。

 できるものなら歴史にその名を刻している致道館で漢籍を読んで貰いたいと思っています。上の原文にもありますように、先ずは『論語』『孟子』をお読み頂けたらと思います。

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『不動心』(第154回)

 逃れられない運命をいかに最高に生きるかが問題

 「途も、君に考えてもらいたいのだ。気高さや善良さと、われわれを危険から守るていうことはどこかちがうのではないだろうか。真の人間とは、命にしがみつくような真似はせず、自分がどのくらい生きるかというような問題も心からぬぐい去ってしまうべきではないだろうか。なんぴとも運命の手から逃れられぬという言葉を正しいものと信じ、自分に割り当てられた人生をどうしたら最もよく生きていかれるかという問題にのみ心を傾けるべきなのだ」

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