晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

穴虫考(83) 香芝市穴虫-5 6/25

2014-06-26 | 地名・山名考

2014.6.25(水)晴 穴虫考(82)は2014.6.23

 いよいよ大坂山口神社に到着、神社にお詣りしたからと言って何がわかるわけでもないのだが、とにかく現物を見れば何か得られるかも知れないという気持ちである。
  境内に祭神や由緒が掲載されているものだがそれらしきものも無い。鳥居や石段を見ても新しそうで、何となく興ざめだ。さてこの神社の祭神は主神が大山祇命で本殿には右に須佐乃男命、左に天津児屋根命が祀られているという。境内社は右が金山彦命を祀る事比羅社、左に市杵島姫命を祀る厳島社がある。P1030213
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大坂山口神社鳥居と本殿

 「ヒントが出てこないねえ」などといいながら石段を降っていく。鳥居横の境内が妙に広い。何をする場所かなあと思いきや、あとで解ったことだがこれは土俵である。本殿側の石積みが幅のある段になっているのはどうやら観客席らしい。何気なく撮った石碑の写真が実は歴代行司の名が刻んであるらしく、軍配の図が描かれている。
 この地方には日本書紀にある有名な相撲伝説がある。當麻蹶速(たぎまくえはや)と野見宿禰(のみのすくね)の相撲勝負である。結果は當間蹶速が「脇骨(かたはらほね)を蹶折(ふみさ)」かれて惨敗をきっしたというものである。(「二上山」田中比左夫著)野見宿禰は土師氏の祖であり、當麻氏とともに朝廷の葬儀に関わる氏族である。この伝説は多分に何かを意味するものと思われる。
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軍配の図柄とともに、記念 馬場組として初代から14代の行司氏名が書かれている。

 大坂山口神社のは須佐乃男乃命を奉祀するため、牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)と呼ばれていた。秋の大祭には牛頭天王に奉納する宮相撲が行われ、「馬場(東穴虫)のお宮さんの相撲」と言って賑わったそうである。(古代大坂越えの道と大坂の神)
 さて、国道165号線から穴虫の街並みに入るところに「大の松乃墓」というのがある。大きな石碑に隠れて見落とすところだが、どうやら大の松為二郎(1859~1921)という地元出身の力士の墓のようだ。引退後勧進相撲の総元締として活躍したとある。つづく

【今日のじょん】サッカーW杯敗退記念?としてじょん用のサッカーボールを購入した。ぽんぽこぽんのテニスボールが老朽化したので取り替えたものだが、追っていってもどうしても咥えない。いったいどうしたことなのだろう。
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コメント
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