goo blog サービス終了のお知らせ 

或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

子どもは判ってくれない

2007-12-14 06:27:40 | 010 書籍
最近ちょっとハマっている内田樹のエッセイ紹介第3弾。彼のサイトのウェブ日記を取りまとめたシリーズの4作目で「子どもは判ってくれない」(2003年)。まだ作品を読み始めたばかりだけど、このエッセイには彼自身について人生を振り返る部分が割とあるので、彼の人となりが少しずつ見えてきたという感じ。結論から先に言うと、少し自分と似たところがある。

”大学院生のころは「現代思想」と「メンズクラブ」を読んでいた”、”関西弁でいう「イラチ」、東京でいう「せっかち」である”、”「正しい理説」を語る人間に、どうしても心を許すことができない。なぜ「正しい人」が信じられないのであろうか。ときどきわが狭量にうんざりする”。まあ早い話が、哲学をやっているヘソ曲がりで、そのくせファッションとかに興味を持つミーハー、そんなところかな。

素晴らしいと思ったのは、彼が“コピーフリー”を宣言していたこと。つまり書籍やネット上の彼のテクストについては、“誰でも自由にコピー&ペーストしてもらって構わない”だって。理由としては、”その人と私の「ものの考え方」が違う以上、テクストの文言が同一でも、そのテクストの発信する意味はもう別のものになる“、からとか。太っ腹だなあ。遠慮なく使わせてもらおう。

面白かったのは「知性」について話。彼の友人の平川克美の言葉で、“私にとっての「知性」とは「自分が何を知らないのかということを知っていること」だと考えています”、さらに村上龍の「タナトス」の中での言葉で、“「才能がない」人間とは「自分には才能がない」という事実を直視できない人間のことである。内田はこれらの考えに全面的に賛成しているとのこと。

これには驚いた。なんと自分の座右の銘そのもの。その銘とは、論語にある“これ知るを知ると為し、知らざるを知らずと為せ、これ知れるなり“。ただし、知ったかぶりをせずに知らなければ素直に学べという意味で、知性や才能の話とは違うと思うけど。

そうそう、図書館で彼の著書を探していた時に、たまたまスナップ写真を発見。ハッキリ言って見なきゃ良かった。西岡徳馬風?二枚目でチョイ悪系のファッショナブルなおじさんかと想像していたら、いやそうあって欲しいと願っていたけど、まんま真面目そうな大学教授。うーん、これでメンズクラブ?なんか違うような。まあルックスなんて関係ないけど、ちょっとガッカリしたかも。

子どもは判ってくれない子どもは判ってくれない

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。