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一昨日、春休みに突入する間際の小学5年生のK君と一緒に嵐の二宮和也が出演している映画「プラチナデータ」を観た。
映画はご存知の方も多いとは思うが、東野圭吾の同名小説の映画化であり、近未来に国民の全てのDNA、つまり遺伝子情報が法により国家に登録管理されて、あらゆる犯罪捜査もこのDNA情報の判別によって犯人を確定することができるという時代を想定した小説であり、二宮君が演じる主人公神楽は、水原季子が演じる妹を殺害したとのDNA情報から推察されて逃亡の身となるのだが、本人には妹を殺害したという自覚は無く、二重人格的な一方の自分がやったのかもしれないとの自問自答の末、DNAデータファイルには、別に特別な「プラチナデータ」と称される「隠されたファイル」が存在することに気づかされるのであった。
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そのファイルは、妹をモデルに主人公が描いた絵の裏に隠されていた秘密のファイルに収められていることをのを豊川悦司演ずる捜査刑事が発見し、彼の無実が明されると共に、NF、つまり「見つからない」とされていた真犯人探し当てるDNA情報が母親であり、このシステムの開発研究者でもある鈴木保奈美演ずる医者であったことが判明し、彼はその事実に驚愕しつつ、母親を許すことが出来なくて母親が自分を狙った銃で殺してしまうのである。
このドラマのストーリーの意外性というか、最後のどんでん返しの様な結末は、さすが東野圭吾の小説の面白さだなと関心すると同時に、さて小学5年生の少年に、この「プラチナデータ」の真の意味がどれくらい理解できたのだろうかと思たのである。
映画を観終わって車で帰る途中に、K君に「プラチナデータ」が理解できたかを聞いてみたのだが、やはりストーリーは観ていたら理解できたのだが、果たして真の意味や、この小説が語りたい問題は何かについては、小学5年生の少年には少し難題だった様であったので、私なりにか語ったのであった。
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社会的に優れているとされる所謂「偉い人」や「大切な人」、「賢い人」「有能な人」などを優先して選別し、そういう人たちのDNAについてだけは、一般市民、国民とは区別して別ファイル、すなわち「プラチナデータ」として秘密裏に管理して、そういう人たちの知能、財産、地位等を守ると共に、一方では「人間のくず」とか「馬鹿やアホ」と呼ぶ一般群集は、存在価値が無い如く扱い、結局は「優性思想」とも言うべき発想で、エリートや特別な人たちだけを守り、突き詰めればハンディのある人や社会的に役立たないと判定した人たちはどヴてもいいという様な権力的、非民主的、不平等な社会を創造しようとしている輩達の実現不可能なドラマではないかということを説明したのである。、
たとえ、娯楽的映画であり、ジャニーズグループの嵐の二宮和也が主演しているとは言え、一つ間違えば、このような暗黒、陰鬱な権力機構が管理する社会、つまりDNだけでなく、国民総背番号社会みたいな国家権力による、人権や個人のプライバシーまでが無視されたり、差別される社会をつくってはいけないというメッセージだと感じたのである。
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