ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

みんな「いい人」になるな。

2011年02月10日 | 感じたこと
 昔から初めて会った他人やら、紹介された人との出会いがあつたあと、「いい人ですね」とか「感じのいい人」、「頭のいい人」などと相手を褒める言葉として、よく「いい人」とち語られることが多い。

 三十年ほど前に、西岡たかし氏が「みんないい人」という曲を演奏していたことがあったが、私にはどうしても皮肉交じりの「いい人」呼ばわりだと感じていたのだが、この「いい人」というのは多くの場合は「自分に都合のいい人」の前段を略した「自分勝手ないい人」である場合が主である。

 つまり、私たちのひとりひとりの生まれ持った個性やDNAに起因する性格や他人への対応振りなどは、意識せずにも「嫌われたくない」、できれば「好かれたい」との潜在意識からか、常に「いい人」になったり、演じようとしてしまうものであるのだが、この「いい人」は、組織や会社などにとっては、大変好都合の存在となっている場合が多いのである。

 先日某テレビ局の夕方のニュースで紹介された、大阪市の河川管理の公務員が、川ざらえや清掃時に発見した「落し物のカバンや財布」から、現金やカードを猫ババしたり悪用したりしている実態が映像と共に告発者によって報道されるに至って、多くの視聴者や市民の目に留まって、結局この光景の中にいた職員だけでなく、内部告発した職員までもが「懲戒免職」という形で市職員をクビになったのであった。

 その勇気ある行動でもあった告発した元職員が、大阪市に対して「復職」を希望する旨の嘆願とともに、裁判に訴えたらしいのだが、我々視聴者にとってはものの本質、実態まですべてがわからないので定かでない部分もあるのだが、なぜ勇気ある不正を告発した者までもが「懲戒免職」になったのかが腑に落ちないでいたところであった。

 大阪市の平松市長の説明によれば、告発した元職員も同僚職員に対する恫喝や脅迫、パワハラとも呼ばれている「パアフルハラスメント」があったとして懲戒免職としたというのだが、告発者によると、今回の不正事件だけでなく職員のいい加減な仕事ぶりや怠慢、怠惰な実態を叱った時もあり、厳しい口調でものを言っただけで、恫喝や脅迫ではないとの主張であった。

 いずれにせよ、この元職員が告発したことには間違いがなく、以前から清掃事業担当の部課所では常識化していた不正の実態は過去からの伝統のように繰り返されていて、告発した者までもが懲戒免職になるようでは、誰も不正を告発すらしなくなるというのである。

 つまり、不正があっても何が行われていようが、何も語らず見ても見ぬふりばかりの「いい人」ばかりでは、結局組織は変わらないし、ちっとも良くならないばかりか、組織は腐ってしまうといっても過言ではないのではないだろうか。

 組織や団体にとってばかりではないが、都合のいい人、つまり「いい人」とは、何があっても不正や疑問を正すこともせず、上司や組織にとっては都合のいい存在として、上司や組織のために黙って働いたり、問題視をしない存在が「いい人」なのではなかろうか。

 ぜひ、自分の責任や言い出しべえの突出を嫌うのではなく、見たこと、感じたことを適切に指摘したり告発できる勇気と正義感を持って、決して「いい人」と呼ばれるために生きたり働いたりするのではなく、自分らしく正々堂々と「正しく生きる」ことを敢えてお薦めしたいと思うのである。

 そういう人が少しでもいなければ、「みんなおんなじ」では、社会は変わらないし、ちっとも良くならないのである。

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