ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

「やばい」って言葉はヤバイです。

2012年01月05日 | 感じたこと
 最近、やたらと若者を中心にした話言葉に「やばい」という言葉が登場しているのはご存知だと思うのだが、女子高校生やおばちゃん連中の会話でも、よく聞いていると「それってヤバクナイ?」とか「やばいよ!」と日常的に話されていたり、携帯などのメールでは当然の如く連発されている模様である。

 しかし、この「やばい」という日本語は何処から生まれたのかというと、そもそもは「ドロボウ」や犯罪者たちが使う言葉として警察や刑事に見つかりそうだったり、バレそうだったりした時に「やばい!」と称する様になったのが、だんだんと業界用語的なニュアンスだった言葉なのに、いつのまにか特に平成に入っては、通常の日常会話や若者の間で流行り出した様なのだが、やっぱり「やばい」って言葉の氾濫って「やばくねぇ?」と感じでいるのは私だけではあるまい。

 もはや、最近の若者の会話やメールによるコュニケーションにはなくてはならない言葉の様に使用されている様になっているのだが、この意味は当たり前の如く「危険だ」とか「何か悪い予感」と言った本来の意味で使われていたのだが、最近は何故か「褒め言葉」やプラス評価を表す表現としても使用され出している様なのです。

 しかし、2005年に天下のNHKの有名な女子アナウンサーが、ニュース番組のスポーツコーナーで、あるプロ野球監督へのインタビューの最中に、「やばい」という言葉を口にしたそうで、放送後からNHKにはたくさんの批判や注意の電話や葉書などが寄せられたそうで、少なくとも公共放送の場での「やばい」という言葉の使用はまだ社会的には認知されていないというか、違和感を感じる視聴者がたくさんいるということです。

 よくわかりませんが、その時NHK側には「やばい」を使用することに関しての実験的な糸がったらしいと言われていますが、こういった言葉の使用について、いちいち実権や立証をすべきだとは思いませんが、やはり適切な言葉とでもいうべき言葉であるかどうかの見極めは大切ではないかと感じています。

 余談ですが、女子高校生たちが「超・・・」や「チョベリバ」的造語や隠語的新語でどうしゃべっていようが勝手だといえば、それまでなのですが、やはりそこは日本語としての美しさや表現の多様性、または情や光景を表現したり表す、多様かつ多彩な語彙や言い回しの妙など、日本語には奥行きの深くて素晴らしい言葉がたくさんあるのですから、そう言った表現や言葉にも目覚めてほしいものだと思うだけです。

 実は国語としての日本語を研究されている専門家によれば、言葉の話し手、聞き手の違いや場面の違いなどで言語表現が異なった姿になることは「位相」と言って、位相の違いによって現れる語彙のことを「位相語」というそうで、男女の性差や年齢差の違いなどによる、女性言葉や赤ちゃん言葉、幼児語なども位相語と言われているのだそうです。

 職業や社会的階級などの違いで形成される位相語として、職業語や集団語があり、集団特有の共有する秘密や仲間同士の意思疎通を図る手段として簡便に使用する言葉として「隠語」を形成する場合があるのだそうです。

 「隠語辞典」(1956年)によれば、「やばい」は形容詞として、「①危ない。危険な。②発覚の恐れがある。③逮捕されそうな。④おそろしい。⑤耐え難い。⑥苦しい。⑦不可能な。」の意味があり、形容詞が名詞化した例として、「①看守の巡視。②刑事。巡査。看守。」という意味があげられているのです。

 最近刊行されている「隠語大辞典」(2000年)にも、「やば」とは刑事、巡査、探偵、看守のことと記されていて、窃盗、強盗、賭博などの犯罪者たちの立場から見て、警察官や看守に踏み込まれたら危険な状態が「やばい」という言葉なのです。

 「やばい」は、元は犯罪者の集団の中で使用されていた隠語なのですが、昭和初期の川端康成の小説「浅草紅団」に登場する不良少年たちの組織内の生態や動向の描写の中に「ヤバイ」が登場していて、他にも「エンコ(公園)」や「ドヤ(木賃宿)」、「ベシャル(喋る)」なども表現されていて、最近でもちょっと物知りの如く、こうした隠語的言葉を時にはベシャル人もいる様ですが、一般的でもカッコよく感じることもありません。

 仲間内だけで使われていた隠語としての「デカ(おまわりさん)」についは、結構現代の普通の大人たちでも「デカ」と表現する人もいて、意味は多くの人が知っているのですが、そもそも「デカ」と称する様になったのは、明治時代の私服警官としての刑事たちが「角袖(かくそで)」を着ていたことから、「かくそで」をひっくり返して隠語として「デカ」と呼んでいたところから始まった様です。

 いずれにせよ、かつては犯罪者集団が使用していた隠語としての「ヤバイ」が、現代社会で一般的に日常的に使われているというのは「知らぬが仏」、ちょっと恥ずかしくも感じる現象ではないでしょうか。

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