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ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

冤罪・足利事件

2009年06月17日 | とんでもない!
 1990年に栃木県足利市で4歳の女児が殺害された事件で、その後突然逮捕、起訴され、自白を強要されて一旦は罪を認めたとされ、裁判では「無期懲役」が確定して17年余を刑務所暮らしを余儀なくされた「菅谷利和さん」が、今月四日に釈放された。

 とんでもない冤罪事件として、マスコミ、司法関係者だけでなく、一般の国民をもびっくりさせた事件であった。

 今日、やっと栃木県宇都宮市の県警察本部で、現在の石川本部長が、菅谷さん本人とと直接面会し、「真犯人とは思われない方が、長期間にわたり刑に服されることとなったことについて、誠に遺憾であり、申し訳ない」とのコメントを発表し、謝罪した。

 その後、17年半ぶりに帰郷した菅谷さんは、足利市の現市長を訪ね、女児が殺されて死体を遺棄された現場を訪れ、手を合わして涙されたとのことであった。

 とんでもないことであった。一方的に逮捕、監禁して自白供述をとり、その当時のDNA鑑定で、あなたが犯人に間違いないと宣告され、裁判を通じて無罪を主張され続けたけれど認められずに「無期懲役」の刑が確定し、17年もの長きの間、再審請求も却下されて、辛い「刑事被告人」として服役を余儀なくされたのである。

 想像を絶する屈辱を受けつつも、冤罪を晴らすための努力をし続けて来られた菅谷さん本人と共に、弁護士をはじめ多くの支援者の皆様にとっても、天下晴れての「無罪」は、手続き上では23日の東京高裁での「再審請求即時抗告審」で決定するのだが、本当に喜ばしい結果となった。

 しかし、長年の屈辱と、いくら謝罪されても戻っては来ない菅谷さんの17年余の人生は取り返しがつかないのである。

 何故に、こういった冤罪事件が生じてしまうのか、過去のいくつかの冤罪事件のたびに、「人の過ち」について慎重な捜査と共に、あらゆる角度からの検証が必要なことは明らかであるのだが、裁くのも人、裁かれるのも人であり、「絶対間違いない」とは言えないのである。

 今年五月からスタートした「裁判員制度」に、一般の市民、国民が指名されて参加を義務付けられるのだが、こうした「冤罪事件」が二度と起こらないようにと祈るしかないのだろうか。

 警察の逮捕、検察の起訴と、容疑者と断定されてしのまうと九分九厘「犯人」として扱われ、無罪を主張しても、なかなか証明できないもどかしさを味わいつつ、一方的な犯人として刑が確定してしまうような「矛盾」を何とか回避できないものなのだろうか。

 「疑わしきは罰せず」との教訓も、逮捕した時点で100%犯人とする前提で、全ての取調べや証拠までもが捏造されるケースもあって、一人の弱気存在は、警察、検察勢力の前には殆ど無力に化してしまうだろうことは想像できる。

 ぜひ、現在放映中のキムタク主演の「ミスター・ブレイン」ではないが、科学的捜査の精巧さを積み上げての事実関係の証明や因果関係の証明などに極力努力されたいと願っている。

 

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