ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

「改革!」は呪文ではない。

2005年09月14日 | ちょっと可笑しいよ


 今回の衆議院選挙でも、自民党、民主党、公明党も皆、「改革」をスローガンにしていたようである。

 しかし、「改革政党、自民党!」というコマーシャルに、まんまと国民、有権者の多くが騙されてしまったために、最悪の選挙結果が出てしまったのである。

 小泉自民党の言う「郵政民営化」の改革が、外交から内政全般の全ての入り口だとの主張は、あまりにも我田引水とでも言おうか、無茶苦茶なスローガンであったのに、ほんとは自分達の保守性や権力維持のために、アメリカ一点張りの「アメリカの属国、ニッポン」を作るための詭弁に過ぎないのである。

 国民一人当たりの借金が700万円を超える,超不良債権国である、日本の行く末は、アメリカ経済と共に、ぶんぶく茶釜の「泥ぶね」の様に、沈没を待つのみの危機的状況なのである。

 あの「小泉劇場」と称される、選挙での争点を「郵政民営化に反対か賛成か」という簡単な問いかけだけで、「改革」ののろしに従った国民、有権者を愚かだとは批判できないが、明らかな失敗である。

 広島の抵抗勢力の旗頭である、自民党の亀井氏を突き落とすために、何と刺客として放たれた「ホリエモン」ことライブドアの堀江氏に至っては、「改革」のTシャツとのぼり旗で、選挙戦を戦っていたようだが、懸命な有権者達にけちらされて敗北したのである。

 ただ単に、パフォーマンスとしての立候補で供託金600万円などは、ライブドアの宣伝費と考えれば、全く安くついた大宣伝を、マスコミ各社が連日の様に報道してくれたことで、何十倍もの企業宣伝となって、落選しても多大な利益に繋がると見たのであろう。

 「改革」なんてものは、既成の枠組みや価値観を破って、新しい機構や対応に徹することであり、従来の手法を、ちょっとだけ現代世相受けしそうな形でのパフォーマンスのみで、実現しようなんてことは出来ないのである。

 「ホリエモン」の実際の狙いや価値観が、全く従来の既成の価値観に根ざしており、見た目のノーネクタイ、Tシャツスタイルに騙されているだけなのである。

 そういう意味においては、小泉純一郎たる首相の、国民有権者をバカにした様な選挙戦術とほとんど変らない、電通などの宣伝媒体をプロデュースする、大経済力を背景とするフィクサーたちと同様の「目新しい改革戦術」であったと言えよう。

 私も議会で「行政改革で何が変るの?」と質問したが、市長や責任部長は、「総務省からの改革大綱の指示」に従って、上意下達で「美辞麗句」を並べているだけで、市独自の「改革プラン」などは持ち合わせていないことが明確に分かったのである。

 埼玉県志木市の穂坂市長は、たった4年の一期で一気に、この地方自治体の「行政改革」をやってのけて、去る6月末に市長を引退されているのである。

 わが町の市長は、3期目11年目を迎えようとしているが、ほとんど「改革」は言葉だけで、議会での責任ある答弁も「権限委譲」と称して部長達にさせて、ご自分はニコニコ、時には首を振って異論ありと振舞われているが、何をどのように変えたいのかの「行政改革」のコンセプトすら見えない体たらくである。

 こんな中で、市職員の不祥事による逮捕、新聞沙汰が何と4件も昨年から今年にかけて発生したことは、まさに会社では社長である、シティマネージャー市長の、やる気のなさ、意欲の欠如が、親の背中を見て育つ子供達の様に、職員に伝わってのたるみとモラルハザードの欠如となっていることは明らかである。

 「改革」は、熱い心と、自分の地位や名誉をかなぐり捨てても挑まなければならない、政治力と既成概念との戦いなのである。

 「改革」の文字や言葉を呪文の様に唱える勢力に、もうこれ以上騙されてはいけない。
コメント (1)
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