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ガリバー通信

「自然・いのち・元気」をモットーに「ガリバー」が綴る、出逢い・自然・子ども・音楽・旅・料理・野球・政治・京田辺など。

ジェイコム株の誤発注。

2005年12月17日 | 世界の問題
 何と61万円で一株購入するはずが一円で61万株購入と言う、とんでもない過ちの発注がなされてしまったのである。この事件で外資系の証券会社や個人の株式取引も含め、数百億の利益が出たというのである。

 私の若い友人のひとりが、現在大阪証券取引所に勤めているので、この事件について問うてみた。

 現在の証券取引は、パソコンの中での取引が主体となっているため、人間の心とかけ離れたところで取引がなされている感じで、相手も見えない入力がシステムに乗っかって勝手に株式取引されている感じでもあると言うのである。

 私は小学生の頃、親がある数社の会社の株を少しだけ持っていたので、子どもながらに、毎日新聞の株式欄を見ていたことがあって、一円上がれば2000株で二千円も儲かるんだと思って、何ともドキドキした覚えがある。

 しかし株式の売買には、個人ではなく証券会社の仲介が必要で、その売買手数料がかかるので、相当値上がりしない儲からないものだと教えられたのである。

 千株、二千株程度の株式の値動きに一喜一憂していたのだが、今回の誤発注で儲けた個人でも五億円とか、証券会社は何十億という利益を得たというから、全く単位が違うし、規模が違うのである。

 実際のお金が動く感じは、殆どなくてパソコンの中の数値が勢い良く変化して行く中で、とんでもない利益が生まれたり、びっくりする様な損も生じているのである。

 今回は、一社員の勘違いに始まった誤発注なのだが、当のジェイコム株は、発行済みの上場株は、たった一万数全株だったそうなのに、その株を六十一万株も買うということが出来るのが、私には全く分からないのであった。

 株取引の仕組みやシステムが大きく時代的に変化して、パソコンを通じてのインターネット取引が主流になったため、家庭の主婦や学生たちの中にも、株取引に夢中になっている人がいると聞く。

 私が小学生の頃興味を始めて持った「株取引」だが、現代の子どもたちの中には、自宅のパソコンから既に大人顔負けの「株取引」を実際している者もいるらしいから、驚くばかりである。

 今回の誤発注事件は、あまりにも社会的影響が大きくて、法人である主要取引会社を筆頭に瞬時に稼いだあぶく銭である利益を返済する方向だと報道されているが、さて個人投資家たちは今回の利益をどのように考えているのだろうか、まだまだ不明確である。

 つまり元手があっての投資は一種の賭けと勘の世界なのだろうが、今後益々世界中の株式市場を24時間フルタイム、何処からでもインターネットで発注し売買できる様なシステムへとの要望があり、とんでもないマネーゲームが助長されることとなりそうである。

 人間は『金』に溺れ、『金』を求めて、『金』の価値に振り回されて行く。

 株式の自由化と24時間取引への「全世界の市場の開放」が招く、多くの混乱と益々の魑魅魍魎が、今後始まるのだとの警鐘を感じざるを得ない、今回の誤発注事件であったと思うのである。

 
 
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広島に行って考えたこと。

2005年11月29日 | 世界の問題
 昨日、私も委員として参加している「京田辺市平和都市推進協議会」の会合があり、戦後60年の記念事業として行った「平和のための小・中学生広島派遣事業」の報告がありました。

 先に配布された参加した子どもたちの文集から、中学生の女の子の感想文を転記したいと思います。

 私は戦後と呼ばれる次代に生まれました。平和とは何か考えたこともなく、戦争は良くないことぐらいにしか、意識していませんでした。

 この広島派遣に参加して、核兵器の本当の恐ろしさを見聞きし、まだ完全には平和になっていないことを知りました。

 平和記念公園の資料館には、写真や遺品等、色々な物が展示してあり、恐ろしさのあまり手で顔を覆ってしまいそうになりました。

 放射線とというものが、これ程にも大きな被害を及ぼすということにも驚きました。遺品を見て、家族の大切な形見を手放すのは気が進まないけれど、原爆の恐ろしさを多くの人に伝えるため、皆で協力した資料館だと感じました。

 また、被爆体験者の話を聞き、原爆投下から六十年たった今でも、原爆による被害がまだ残っていることを初めて知りました。

 私は小学生の時に習った「非核三原則」を思い出しました。その頃はその内容が単純なことだと思っていました。でも今、その意味の重さに気づきました。

 人と核兵器は共存できません。全ての核兵器をなくすのは大変だと思いますが、核兵器を持っていることで、自分の国が強くなると考えている人たちに、それは間違っていると気づいてほしいと思います。

 (中略)

私が見た広島の町は、私の住む町と変わりなく平和に見えました。原爆の痕跡は平和記念公園にしか感じられませんでした。人は全てのことを覚えていられません。しかし必ず忘れてはいけないことがあります。

 台風や地震等の自然災害ではなく、人が起こした悲劇を忘れてはいけません。

 「平和とは何だろうか」と考えたこともなかったけれど、恐ろしい核兵器をなくすことが、平和につながるということが判りました。

 広島に行って、本当の平和とは何かを考えることができてよかったです。

 たくさんの人に核兵器がなくなることを願ってもらいたいです。   

 この様に作文に書いた素直な中学1年生の女の子をはじめ、23人の小、中学生の心に深く、戦争と原爆の痛ましさ、悲惨さが刻み込まれたことだろうと思います。

 子どもたちの『気づきと感動、学び』に改めて教えられることが多くあります。

 私たち大人が子どもたちに提供できることは、こうした体験や情報の機会だと思います。大いに素直で好奇心旺盛な子どもたちに「戦争と平和」を考えてもらえる機会を大切に、これからも設けて行きたいと思います。
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ブッシュのポチ、小泉。

2005年11月18日 | 世界の問題
 今日、韓国釜山で環太平洋の21カ国.地域が参加して、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開幕した。

 韓国のノムヒョン大統領が議長をつとめ,小泉首相、ブッシュ米大統領、胡錦濤中国国家主席らが集い、アジアの経済的対策と世界貿易機関(WTO)の協議と、現在急激に流行の兆しの鳥インフルエンザの人への感染対策なども検討し、明日首脳宣言を採択すると言うのである。

 ブッシュ大統領は、韓国に行く前に、日本に立ち寄って、秋の紅葉美しい京都を訪れて、小泉純一郎首相と首脳会談をしたと言うのであるが、京都に出来た迎賓館に夫妻で宿泊し、金閣寺に遊んだのである。

 そのブッシュを大阪伊丹空港に迎えたのが、パリーグ制覇から日本一、アジア一となった「ロッテマリーンズ」のBバレンタイン監督と、何故か世界のホームラン王、ソフトバンクホークスの王貞治監督であった。

 小泉首相は、既に京都入りしていた様だが、何処か有名な蕎麦屋で夕食を済ませて、満を持して翌朝、金閣寺でブッシュを迎えたらしいのである。

 この間、日本のマスコミ、新聞には「ブッシュのポチ」と小泉純一郎氏を称したところもあって、まるで金持ちオーナーに、いつも従順にシッポを振って、ニコニコと従う、愛犬『ポチ』の様だというのである。

 先日書いた「讃岐のうどん」や日本のパン食ブームも、そして牛乳の普及なども、実は戦後、敗戦国日本に上陸した『占領軍アメリカ』の経済、食糧戦略の結果であるとも言えるのである。

 つまり、戦後まもなく日本の食糧事情を救うが如く、多くの脱脂粉乳とパンのための小麦粉が輸入され、戦後のベビーブーム世代を初めとした、学童給食に供給されたのを皮切りに、戦後60年間、この食糧安保も続いているのである。

 つまり太平洋戦争に負けたニッポンの子どもたちを中心とした、食糧不足を補い、援助するという形で、この牛乳とパン食の原料である、アメリカ小麦が大量に輸入され出したことが、きっかけで日本人の米中心の食生活から米国式の食生活の形を提供したのである。

 この米国の食糧政策としての牛乳、パンの供給が、現在の日本人の西洋的食生活への変化を助長させて、今や大量の小麦と共にBSE問題で輸入が途絶えている牛肉などの食品の輸入などの拡大へと繋がったのである。

 現在のある三十代の独身男性の特徴的な食生活を象徴する自宅での食事の姿が、ある週刊誌に紹介されていたことがあり、その内容が何と、ご飯にポテトチップスをふりかけて、それに何と牛乳をかけて食べると言うのであった。

 長年の学校給食で牛乳が必ず米飯でも付いていて、ご飯を食べても牛乳さえ飲めば栄養のバランスが保てるなどという過信が心を支配しており、犬の様に飼い主に隷属した「ポチ」現象とよく似通っているのではないだろうか。

 つまり、小泉首相のブッシュ大統領の「ポチ」状態は、日本政府が長年、の世界のポリスを自称する米国に隷属し、飼い主のいい放題、言われ放題、結局飼いならされてしまった状態になってしまっているのである。

 APECという国際的会議だと言われても、仲がいいのではなく隷属的にしか見えない、日本の首相の姿に、私は日米同盟、日米安保などの意識以前に、牛乳、小麦、肉で米国に飼いならされた日本の隷属性、ポチ現象の原点を見るのである。

 
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携帯電話の電波塔。

2005年10月23日 | 世界の問題
 現代人は猫も杓子も携帯電話のとりこになっているのではないかと思うほど、今や電車車内、会社や学校でも、いたるところで携帯電話かメール交換をしている状態を見るのが当たり前となっている。

 その携帯電話が日本全国、いや今や全世界的に使用されていて、確かにパーソナルな伝達手段としては、なくてはならない便利な道具となっている。

 しかし、しかしである。この便利な携帯電話の通信を全国津々裏々で可能とするために、各電話会社が競い合って電波塔を建設しているのである。

 NTTドコモ、KDDI(au),ボーダフォンなど各社のセールスやサービスは競い合い、また新たな次世代携帯としてのFOMAなど動画のやり取り可能な基地局の設置が急造しているのである。

 この電波基地局の塔の建設が突然住宅街のすぐそばで強行されたりしていて、全国で多くの電磁波被害に対する反対運動や設置阻止活動が続発していて、全国で5件の訴訟と200件以上のトラブルが起きているのである。

 この携帯電話基地局から出ている電磁波の影響は、電波塔から100~200メートル付近が一番強いといわれており、各地で奇形植物や健康被害が出ているのである。

 宮城県仙台市郊外、北海道旭川市市内、長野県高遠町、九州各地でも、また海外でも多数の指摘が出ているのである。

 耳鳴り、不眠、頭痛、鼻血などの症状や植物奇形、ペットの急死、体調不良、などが続発しているのだが、携帯電話会社は、各々健康被害が出るはずがないと、関連性を否定しているのである。

 しかし元京都大学講師で「電磁波環境研究所」所長の荻野晃也さんは、「国際ガイドラインの基準」は短時間の影響のみを考慮して決められており、特に3Gのマイクロ波は自然界に全くない種類の電磁波で危険性が高い可能性があると言われている。

 総務省移動通信課によると、基地局は全国に昨年末で8万5792局あり、トラブルは42都道府県に広がっているのだが、「現在の科学的知見では今の規制で適切。心配なら子どもの寝る場所を電磁波の届きにくい場所に移動するなど、各個人が対策をとるのが適当」といい加減なことを言っているのである。

 とんでもない政府、行政の無策であり、資本主義社会での目に見えぬ「電磁波被害」はねこれからもどんどん侵略してくるのだろう。

 防衛策を講じて、電磁波被害から心身を守るための知恵と行動を起こそう。
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平和を創る活動と展示

2005年07月28日 | 世界の問題
 平和は創られるものであって、ただ戦争は嫌だとか、戦争はしてはいけないと思うなどと、お念仏のごとく唱えたり語ったりしているだけでは、平和はないのである。

 今日、京都市の洛北にある精華大学の構内での日本と韓国の若き作家たちによる「オッケともだち」展と、立命館平和ミュージアムを訪ねることが出来たのである。

 午前中に車を走らせて精華大学を訪ねて、若き日本と韓国の芸術家として活躍している多くの人たちのネットワークから生まれた作品展を観たが、反戦の意思を持つ作家達が、戦争と平和についての思索を巡らせて、日韓の市民の国際交流と日本列島と朝鮮半島の友好的な関係を未来に向かって築こうとする意欲的な作品展であった。

 戦後60年を迎える日本において、日本が起した侵略戦争から現在アメリカがイラクで行っている戦争まで、地球上では近代史上で戦争が止むことなく繰り返されており、日本へのアジアの諸国の不信感は、今も尚奥深いもので、払拭できない侵略行為であったことを改めて反省し、新たな努力を日本はしなければいけないのである。

 中国、韓国における反日デモを目の当たりにして、彼らの思いに心配ることなく、国家主義やナショナリズム、排他主義で自国の正統性のみを唱えていても、何の解決にもならないのである。

 過去にアジア諸国に甚大な被害と多大な傷を与えた歴史を直視して、他国に対しても心を開いて、日本人としての努力を惜しまない表現、言葉、態度、行動が必要な時にあると思います。

 今、日本国中の多くの大学キャンパスに、学生達の意識的な「戦後60年」を思索する表現や発言、行動が極めて少ない中で、ここ京都精華大学には、辛うじてのアッピールイベントとしての「日韓の軌跡の先に祈りを」と称する、自主的な平和と戦争への展示があったことに、ささやかな喜びと満足感を感じたものである。

 午後には、常設展示の「立命館平和ミュージアム」に、実は私の敬愛して止まないO先生が、博物館側の要請で提供された幾多の、戦争と平和や原爆をモティーフとした絵画の作品を観に行ったのであるが、改めて日本の大東亜戦争なる15年戦争以来の、戦争の実態と資料の展示をじっくりと見る機会を得たのである。



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心配な日本の食

2005年07月27日 | 世界の問題

 日本人は、いつからこうなっちまったんだろう?と思わせられるほど、平和についても、毎日の食についても関心が薄いようである。

「食」については全国民、住民の毎日の必須の課題なのに、国も地方行政も力を入れないばかりか、全く関心が弱く、私が「食育懇談会」的な議論と検討の機会が必要と提案しても、各施策に結びつけることが困難なので現状のままでと消極的な対応で、心の中で「大きなため息」をついて諦めに似た気持ちになる。

 日本は戦後の高度成長経済期に多くの農地を潰して開発し、農村の働き手を都会や郊外の産業労働者として雇用し、農地、農業の荒廃を招いてしまったのである。

 今、日本のカロリーベースの食料自給率は辛うじて40%であり、穀物自給率においては、何と28%になってしまっているのである。つまり我々の食のエネルギーの2/3近くが外国産であり、輸入がなくなると、食料は1/3となってしまうのである。
 
 現在、日本は経済力で米国、中国を中心とした農業立国から多種多様な農産物を輸入しているが、高蛋白、高脂質で、生活習慣病などの多様な病気、不健康を生み出した上、4割近い食糧を結果的にはゴミとして捨ててしまっているのである。

 とにかく経済優先で、田畑をはじめ、山、海、川、大地をダメにして、外国から食糧を輸入する、とんでもない自立できない国に成り下がっているのである。

 先進国と言われる国々の中でカロリーベースの食料自給率は、フランス130%、アメリカ119%、ドイツ91%などであり、穀物自給率では米国、中国、EU、ロシアなどの100%を越す国があるが、今後の地球温暖化、石油の高騰、人口増加で、輸入に依存した食料調達は困難となり、とんでもなく高価なコストになること間違いなしである。

 その原因の大きな問題が、日本の食習慣の大きな変化、つまり米を食わなくなり、小麦のパン食や肉、畜産品の食事の傾向が高まったことで、日本の農業の衰退と食文化の乱れが、国民の健康と生活の基本である食と農の政策無き混迷に陥ってしまっているのである。

 これからの食育は、遠くからの食物を食べないこと。米、野菜、豆を主体に食べること。石油などのエネルギーの無駄な消費を削減すること。などの基本に立ち返って、行政と住民が努力しなければ2020年以降には、今までの食料の価格が2~3倍に跳ね上がることが予測されている。

 食生活、食文化を日本の土壌にあったものに見直し、国土の自然環境の保全と共に田畑の有効な耕作で農の復活をしなければ、企業の金儲けの農と食だけでは、日本人の健康に負荷をもたらし、医療費の高騰も招き、少子高齢化社会での経済活動の低下、税収の縮小する世の中で、不健康な住民が続出する危機的状況がシュミレーションしか浮かばない。

 戦後の高度成長経済、お金儲け優先の価値観と、不自然な農と食が招いた社会生活にあって、多くの国民、住民が心身共に病み状態に陥っており、生物体としての自然な生のバランスを崩していると言っても過言ではないだろう。

 日本の大地と海から自然に獲れる旬の農産物や魚、卵、肉などを、日本人の健康な心身にあった食品として地元で食すシステムを、行政、国がも一度真剣に早期に取り組まないと、日本の10年後以降には、間違いない食糧危機がやってくるだろう。
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平和の白いリボンをつけよう。

2005年06月11日 | 世界の問題
 
 関西地方も入梅して、九州、四国、本州は雨に覆われた天気が続くこととなる。しかし6月初旬にしては暑つすぎる初夏の兆しの天候が続いていたので、田畑、特に田植えの田んぼや新緑の草花にはねとっても嬉しい恵みの雨だろうと思う。

 そんな中「平和の白いリボンをつけよう」という、いかなる戦争、武力、暴力にも反対! 平和を!!
と、戦争非協力宣言の町、神奈川県、藤沢市からの「平和の白いリボン行動・平和」のメッセージが届いたのである。

 自衛隊は即刻帰国してください。自衛隊には、人々のいのちを守る活動を期待します。憲法違反の派兵を続けないで。

 有事関連7法に反対します。ひとり一人の人権を尊重し、あらゆる紛争を平和的に解決しようという、私達の憲法の精神に反し、周辺諸国に不安といたずらな警戒心をあたえるだけの「有事法制」と、人々の自由を奪う「国民保護法案」に、私達は反対します。戦争協力を強制しようとする日本政府に、強く抗議します。

 非暴力による、平和の創造を。暴力では何も解決しません。罪もない一般の人々にとって、戦争とは、どれほどむごい、理不尽なものか、アフガンやイラク攻撃の現実が示しています。わたしたちは、日本に住むひとりとして、同時に地球に生きる一市民として、良心と理性にもとづき、平和な世界を創造するために行動します。戦争には協力しません。
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小泉の幼稚な靖国礼賛

2005年06月07日 | 世界の問題
 歴代の首相として、ここまでの国際問題となっているのに「適切な時期に今年も参拝したい」と頑固にいい続けている小泉首相は、いったい何のために参拝したいのだろうか。

 首相4年の在位を数え、総裁選挙の公約として掲げた「靖国参拝」を過去毎年突然強行してきた自信からなのか、内外のインタビューでの答えに微妙な変化はあるものの、今日も韓国、中国の首脳には自分の考えを話したが、理解されたかどうか判らないと語りながら、やっぱり「男に二言はない」としての「男のかっこよさ」を自分の中で美徳とするような、自己満足な幼児性の表れの様な言動を繰り返している。

 今日は、また町村外務大臣が、あれだけ赤字国債を出してまでODA援助を中国には行ってきているのに、靖国参拝に反対するなんて」と全く次元の違う問題を、さも「お金をやっているのに、勝手なことを言っちゃ困る」とでも言うような大人気ない発言をして、再び中国側の逆鱗に触れている。

 そもそも小泉純一郎なる人物は、何故に「靖国神社」が好きなのだろうか。先の大戦で国のために亡くなった300万余の「英霊」に感謝とお見舞いをすると言っているが、どうも「心の問題」ではなくて、彼特有の「言い出したことは絶対引っ込めない」主義と言うか、それが男の本懐であり、美徳だと誤解している価値観にあると断言してもいいのではないだろうか。

 この「靖国問題」と同時進行の様な形で、「郵政民営化」論議が、小泉を支持していた自民党内部も含めて最終段階で沸騰しているが、相変わらずの他人ごとの様に、「戦いは戦ってみないと判らない」などと言うふざけたコメントで茶化して、自民党内部の修正の必要性に対する真摯な対応など全く見られないのである。

 なにやら昔風の「ガキ大将」を彷彿させる部分もあって、本当の子どもなら「なかなか頑固でたくましい」とも言う人もいるだろうが、まったく聴く耳を持たない大人としては「わからずや」にしか見えない、つまり幼児的頑固さのみが目立つ状況になっているのに、全く気づかない様である。

 今日,河野衆議院議長が、異例の申し入れを歴代首相経験者たちの思いと共に、首相に届けたと言うが、「慎重に慎重に対応してほしい」なんて、回りくどい言い方ではなくて、はっきり「東アジアの国々の歴史認識に基づく批判を理解して、靖国参拝はお止め下さい」と何故いえないのだろう。

 回りくどいけれども、立法府の長である衆議院議長が、行政府の長である小泉首相に申し入れをしたのだから、大人の対応をしてもらいたいものであるが、小泉の返答は「ここでは言わない方がいい」とか「そんな質問をしない方がいいのでは」とか全く馬鹿げているし、反省も政治的重大な発言や行動に対する、首相としての責任の重さも感じられない。

 かえって最近の発言の変化には、どのように「責任逃れ」をしようかと模索したり、試行するようなふざけた回答が増えており、ますます韓国、中国の政府筋を刺激するだけでなく、周りの閣僚や自民党関係者が、「絶対予定通り参拝して欲しい」などと、火に油を注ぐ発言も増えているから困ったものである。

 侵略戦争を否定し、南京大虐殺を歴史から抹消し、従軍慰安婦を歴史教科書から排除しようとしている連中が、今開き直りの様に、憲法改悪、教育基本法の改悪と共に、日の丸、君が代の強制、教育勅語の復活などと共に、日本の侵略戦争でなくなったの英霊とA級戦犯を合祀された靖国神社を崇めているのである。

 一連の右翼的思想の連中が台頭し、再び「戦争が出来る体制」を可能にする憲法、法律、国民を作り上げようとしていると言っても過言ではあるまい。

 ひとりの首相の幼児的「かっこよさ」と自己満足の美意識に、国民が操られて、再びあの忌まわしい戦争状態の再来を招かないためにも、特に韓国、中国との友好と紳士的な外交を誠実に、たとえ個人的見解を遠慮してでも、一国の主としては、国民のために心を大きくして、反省と謝罪を態度で示すべきである。

 出来ないのであれば、国民は一斉に小泉をはじめとする、政府、自民党、公明党にNOを突きつけなければならない。もう我慢が出来ない。「こんな幼稚なお馬鹿さんを首相にしちまった国民」のひとりとして叫びたい。「もういい加減に個人的かっこよさに酔いしれた幼稚な首相よ、やめてくれ!」
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昨日・今日・明日

2005年06月05日 | 世界の問題
 今日は初めて、大阪九条の「シネ・ヌーヴォ」と言う名のユニークな小さな映画館に出かけて、タイ北部のパヤオ県の丘陵地帯で、自然に恵まれた農村生活をおくる2組のHIV感染者家族のドキュメンタリー作品を見たのである。

 私の友人でもある、Mr.Kがタイからのメールマガジンで知らせてくれて、今朝は、この作品を撮影、監督した直井里予さんも来られると言うので、午後からの講演会の予定もあったので、ついでに出かけたのである。

 一昨年夏にタイのチェンマイにタイ人の奥さんと二人のやんちゃな男の子の父親となっている、友人を訪ね、彼の家に一泊した際に、彼のタイでの仕事の一部としてのHIV患者のサポートNGOを訪問したこともあって、日本以上にエイズ患者が多発しているタイの実態と、末期的エイズ患者のホスピス的居場所の活動をしている日本人たちの様子も知ったこともあって、関心を持って見ることが出来た。

 若いHIV感染者夫婦にとって、いつ死期が来るかわからないけれども、間違いなく体内で蝕まれているHIVウイルスは、恐怖であるのだけれど、日常生活としての一日、一日の幸せや、何気ない日常が如何に大事なのかを、淡々とした映像を通して映し出しているのである。

 ボーイと名づけられた、若い夫婦のひとり息子は、学校に行きながらHIV感染のための、咳を繰り返しながら、友達にエイズであることでいじめられたり、つらい日常生活をおくり、学校も休みがちになったり、そして入院し、退院したけれど11歳の若さで天上に召されてしまった。

 もう一組の若い感染者同士の再婚カップルは、仲良く農作業をしながら、奥さんの前夫との忘れ形見でもある少年に、自分達の死後も、ちゃんと生活していけるだけの田畑を残そうと、ふたりで話し合いながら、命ある日々を、将来の子どものために生きているのである。

 私達日本人にとっては、エイズHIV感染者の存在は、まだまだ少ないし、認識は乏しいかもしれないが、どんな病気に苛まれても、人ひとりの命との戦いは、誰にも老若の差こそあれ、人間としてはいずれ必ず迎える宿命なのである。

 しかし私達には、なかなか実感が乏しく、近い友人や親族のガンによる思いのほか早い死などに接して、初めて自分達にも、そういった時期が来ることを悟らされるのである。

 この映画のタイトル「昨日、今日、明日」は、本当に神様から与えられた生命を、一日、一日大切に、過ごしているかをHIV感染というアンラッキーな境遇にあるタイの若い二組の夫婦を通して、私達の日常生活に問うているのではないだろうか。

 あなたは、昨日、今日、明日と何のために何を大切に過ごしましたか。また明日はどうすごしますか?

 私の友人S君がALSという難病を若くして患って、発病後2年足らずで、大きな坂をまるで自ら転げて行く様な感じで33歳の若さで亡くなってしまって、ことで丸10年が経つが、彼の33年の人生を思うとき、私自身が今、命を与えられている日々を、どれほど真剣かつ有意義に暮らしているかと自問自答せざるを得ないことがあるのだが、皆さんにとっても、いつまでも命は続くわけではないのです。

 HIV感染は、不幸なきっかけに苛まれておられるわけだが、JR電車の尼崎での脱線事故や大地震での不慮の死亡など、病気以外でも、突然人は死を迎えることもあるのである。

 エイズ患者のひたむきで優しい、家族愛と日々の感謝生活に学ぶべきところがたくさんある様に感じたのは、私だけではないだろうと思うのである。安らかな日々と命の尊さを感謝して、祈りたいと思う。
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ベトナム戦争終結30年

2005年04月30日 | 世界の問題
 
 4月最終日の今日、京都も30度を超える真夏日となった。暑い春である。30年前の1975年4月30日も暑い日だったと思われるが、ベトナム戦争の終結した日である。

 しかし、アメリカではベトナム戦争の後遺症とも言うべき問題が多く山積している。何とベトナム戦争では米兵の死者が約58万人、今尚の行方不明者が1800人おり、現地ベトナム人は380万人が死亡したのである。

 米国ではベトナム戦争後に生まれた人が既に40%を超えて、ベトナム戦争の記憶は徐々に薄れつつあるが、ベトナム戦争のトラウマは今も多くのアメリカ人の心の奥底に残っており、その後の湾岸戦争、アフガン、イラクとの戦争もあわせて、米国民の心情と社会を分断しているらしい。

 アメリカ人の大半は、今も米国は世界のポリス国家だと思っているらしいが、30年前のベトナム戦争では多額の軍事予算が投入されたが、サイゴン陥落と共にアメリカは敗戦国の様になり、多数の戦死者の家族や戦地からの帰還兵がPTSD、心的外傷後ストレス障害の症状を訴えており、多くの影を社会に与え続けている。

 ベトナム戦争に対するギャラップ社による2000年11月の世論調査によると、68%の米国人が「戦争は間違いだった」と答えており、湾岸戦争、アフガン、イラク戦争に対しても否定的意見が大半を占めるらしい。

 しかし、大統領を選ぶ選挙戦では、あの好戦的なブッシュが軍歴の違いなどで問題となったあげく、ケリー候補を破って、再選されて親父の行った湾岸戦争についでアフガン、イラクへの米国の宣戦布告をも肯定してしまっているのである。

 個人としては「戦争は誤りだ」と意識する米国人も、お国をあげての「世界のポリス」を自称する戦いには「やむ得ない」とゴーサインを出しているのである。

 こうした歴史上のアメリカの好戦的な戦いの繰り返しの中で、軍事産業を中心とした財界は潤い、現在のブッシュ政権もアフガン、イラクへの聖戦?を仕掛けて、多くの若い兵士の死傷者を大量に出しても、石油エネルギーと軍事産業は多額の営利を稼いで、富にあふれて権力を振るっているのである。

 いつの時代も、戦争は社会的弱者に大きな被害や死をもたらすが、大きな財界や権力者には富と権力の維持を願っているに過ぎないことが明白な事実なのだが、人は歴史上のこうした過ちを知りつつも、何故愚かにも、また時が経てば愚行である、戦争を繰り返すのだろうか。

 そんな愚かなアメリカ合衆国に、日本国政府は言いなりの属国と成り下がって、今もイラクへの人道的復興支援と言う看板で、多くの税金を使って、いや浪費して自衛隊を派遣しているのは、全く愚かな世界の権力者、米国に盲従している犬のような状態で誇れるものではない。

 ベトナム戦争から30年が経過した今、改めて戦争の愚かさと、その後の経済的主導権ほしさの復興支援と言う隠れ蓑に騙されない、公平、中立、自主的な国際協力を検討すべき時期に来ているのだ。

 直ちに、イラクから自衛隊を撤退させて、そんな余力があるのなら日本国内での地震、風水害をはじめとした国土や町の復興のために、巨額な国費を支出している自衛隊を活用して最大限の支援をすべきなのではないだろうか。

 国際貢献などと言う美名に騙されない、世界で唯一第二次世界大戦で原始爆弾による被曝した広島、長崎の焦土の事実と記憶を糧に、世界に本当の平和を発信しながら、軍事力を行使しない平和施策を積極的に志向していく日本であってほしい。

 ベトナムの惨事を二度と、地球上で起させないためにも。
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