マーベラスS

King Of Western-Swing!!
歌と食と酒、それに声のページ。

天下茶屋モナムール

2010-10-02 11:28:42 | 

生来の口いやしさから、食いもんの話に終始しているが、
当初は愛するWestern Swingのことを書こうと思って立ちあげたブログである。
ああ、カントリー&ウェスタンね・・・などと知ったかぶりされるが、実はちがいます。



カントリーよりもジャズに近い。バンドはカチッとしたアンサンブル。
1930年頃かな、米国の田舎オクラホマなどで次々にラジオ局が開局。そこで新鮮なコンテンツということで、メディスンショーやパーティーなどでフィドルやギターなどでジャズを演奏していた連中を集めたのが始まりとされる。Milton Brown、Bob Willsという男たちだ。彼らは綿摘みの仕事をするプアホワイトの子供たちで、保険屋だったり床屋をしながら、町のイベントで都会で流行っていたジャズを歌った。
世界恐慌の時代には東海岸で食い詰めたミュージシャンを雇って、ホーンも完備しビッグバンド化して行った。

そんな音楽だから、純然たるジャズではなく、移民の音楽が入り込み、イギリス系のフィドルミュージックや東欧系のポルカ、南部のブルース・・・それらをすべて飲み込む形でウエスタンスイングは成立して行く。
あたしが好きなのはそんな音楽なのですよ。だから、ライブで「ローハイド」だのマカロニウエスタンの主題歌やって、といわれてもできまへん。大体マカロニウエスタンは米国のもんとちがうし。

おっと、たまに書くのでしゃべり過ぎた。


大阪は天下茶屋のお噂を。

大阪では「てんがちゃや」と読む。てんかぢゃやではないのか、と思われるかもしれぬが、いにしえ天下は「てんが」と読んだそうなので。また、そこつな大阪人がスカタン読みやがって・・・と思うのはまちがい。
地下鉄堺筋線の終点、南海線の乗り換え駅。そして今も、ちんちん電車が町を縦断する。のどかな時間がたゆたっている。



路上で寝てるオッチャンのいる西成とは、一味もふた味も違う落ち着いた下町の
たたずまいがある。



天下茶屋の信濃屋そば製粉の社長に教わった、昔ながらの麺処『春日』。
聖天坂の下で、ここだけ時間が止まっていた。




防火用水で金魚。なつかしい。
かつては邸宅への出前が多かったと聞いた。





財界の妾宅があったり、裏に渋谷天外さんの邸宅があったり、
役者連中も多かった。ちょいと南下すりゃ帝塚山。
坂を上がった屋敷街は、ことごとくマンションに建て替わっていた。




ふっくらきつね、まったりと甘口のだし。これが大阪のうどんだ。



けいらん。優しい味。こんな風に花を咲かせるのって、コツがいる。



カレーうどん。カレー粉のブレンドも自家製。昔の味だ。
厨房では50年から使われている製麺機が現役だった。




大阪には風邪ひきそうな時は、うどんを食って、最後にこの頓服を飲んで、
帰って布団かぶって寝てしまう、そんな暮らしがあった。
もちろん、今もまだこの薬、製造されている。





天下茶屋、利休の師匠である紹鴎も住み、茶の湯と関わりのある土地だ。





ここが天下茶屋の跡。秀吉が立ち寄り、茶を楽しみ、井戸を愛でたことからこの名が伝わる。戦前までは5千平方メートルもの敷地があったそうだが、今はその一角が申し訳程度に残るのみ。小さな土蔵と大楠に昔を偲ぶほかない。


コメント
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