ブログ「風の谷」  再エネは原発体制を補完する新利権構造

原発事故は放射能による公害。追加被曝阻止⇒放射性廃棄物は拡散してはいけない⇒再エネは放射能拡散につながる⇒検証を!

原発や自然エネルギー問題にもそのまま当てはまる 「戦争責任者の問題」伊丹万作

2014-06-01 | 日記

http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html  より

戦争責任者の問題   伊丹万作


 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。
 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。

 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。 

 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏(ほきよう)につとめていたのであろう。 

少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。

 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。
 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。
 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。
 いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。
 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。
 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。
 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最少限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。
 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。
 また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
 このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。
 それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。
「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。
「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。
 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(せいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。
 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。
 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。
 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。
 すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である。現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。
 しかし、それなら映画の場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないか。しかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりしているのである。
 いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。
 しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである。
 たとえば、自分の場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念を持ちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。
 もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。この馬鹿正直をわらう人はわらうがいい。
 このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。
 では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである。
 では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。
 私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。
 昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発起人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述はほとんど何一つなされていなかつた。
 そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したのである。
「現在の自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」
 つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。
 しからば私のほうには全然言い分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏の手紙の示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているからである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである。
 なお、私としていま一つの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである。
 しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初のボタンをかけちがえたら最後のボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである。
 要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。
 それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する羽目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後にしたいという決意を、やつと持つことができたのである。
 最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差し出したことを付記しておく。
「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしました。しかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。
 ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。
 そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものであります。したがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめることなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります。
 しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疎通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです。
 なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動に名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなのです。また、療養の目的からも遠いことなのです。
 では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)

(『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)



(管理人より)
 
改行と、強調は管理人によるものです。
 
脱原発市民の中に、「騙す騙されるではなくて」と言う市民がいます。意見が多少違っていても仲良く協力して原発をなくそうという発想から出た言葉だと思いますが、私は非常に違和感がありました。「騙す騙される」を棚上げして、原発をなくすことなどできません。
 
この伊丹万作氏の文は戦争責任の問題を語っているのだけれども、これは、原発や自然エネルギー問題にもそのまま当てはまると思います。
 
国や企業、政治家、候補者、その周辺の人物、利害関係者、有名人の言説を鵜呑みにした自分を分析しなければなりません。
 
 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
 
自分に知識がない場合は、調べて学習するしか手はありません。
 
どんなに勉強が苦手でも、頑張るしかありません。現実逃避して浦島太郎化するのは簡単なことです。
 
ひとつずつ検証していくと、自然エネルギーの専門家や、有名人たち、技術屋と名乗る人たち、検証しない普通の市民たちが
いかにも原発体制を批判しているようにみせかけて、巧妙に体制側の言葉を使って自然エネルギーに誘導していることがわかります。
 
原発御用学者の言説に騙されたのに、また、自然エネ御用学者の言説に騙されていることに気づかないのであれば、その延長線上で戦争でもまた騙されるということです。
 
 
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山口県内の脱原発運動の不自然さに対する私の考察。自然エネルギーと脱原発がセットにされてるのはなぜ?

2014-02-25 | 日記

山口県は、上関原発問題を抱える「首相のお膝元」の県だ。先日の県知事選挙も、41歳の元官僚がなんの盛り上がりもなく楽々当選した。さすが保守王国。脱原発の選挙情報を伝えるというネット上の有名な人たちも、山口県の情報はほぼスルーした。労力をかける意味がないからだ。

私は知事選のことも、自分なりの視点でブログ記事に書いたが、

 山口県知事選 反被曝・放射性物質(廃棄物・がれき等)の視点で候補者を見極めたい

山口県内は、今”再エネ翼賛体制”だということだ。そして日本中が今そうなっていることに恐怖を覚えている。再生可能エネルギー=自然エネルギーの矛盾がこれだけ噴出しているのに、今、日本では完全にそれを言えない空気が醸成されている。むしろ「原発反対」よりもタブー化してることに驚かされる。

たとえば安岡沖洋上風力計画の問題がこれだけ住民を苦しめているのに、県内の主要メディアはさほど取り上げず、しかも脱原発市民は上関原発反対の方だけを向いている。

追記(2015/10/21) この後、メディアが取り上げるようになったが、完全に人工芝運動になっていった。下記参照

安岡沖洋上風力発電建設に反対する会のリンク集から当ブログへアクセスされた方へ まとめ

 

脱原発のためと信じ、再生可能エネルギーを推進してる市民は、風車の健康被害で死ぬほどの苦しい思いをしている人の目の前で

「原発の放射能の方が危険だ!」「原発よりまし!」「誰かが犠牲になるのは仕方ない」 と果たして言えるのだろうか?

言えたとしたら、もうそれだけで風力発電は倫理的でない発電技術だし、それを推進する市民もまた倫理的な態度とは思えない。自然エネルギーには当然、風力発電も含まれる。再エネ賦課金が私たちの電気代に上乗せ徴収され、再エネ国策で膨大な血税を使って普及されていることを黙っている脱原発市民は、完全に思考停止している。そういった事実を知らずにしがらみの同調圧力で推進しているとしたら、実に悲しいことだ。

こういった私の指摘を、「(原発)推進派の思う壺」という人がいた。まあ、実に浅はかだがそれが現状だ。

3/8に上関原発を建てさせない山口県民大集会という大イベントが山口県内で行われるが「上関原発を建てさせない」というワンイシューで集まるようだ。

http://stop-kaminoseki.net/yamaguchi0308/  http://bit.ly/1k6qZWq

 

「上関原発を建てさせない」ワンイシューの中を開けると、事実上、再生可能エネルギー推進のワンイシューであることが分かる。

鎌田慧氏 ⇒http://www.pal-system.co.jp/topics/2013/130517b/ 再エネ推進

アーサービナード氏⇒http://www.ohmomo.com/ikebukurokaigi_9.pdf 再生エネ推進

三宅洋平氏 ⇒https://twitter.com/MIYAKE_YOHEI/status/437011443829841920 太陽光パネルについての知識は薄い。過渡的に再エネ必要という考え方。

高石ともや氏⇒出演の場に応じた歌とお話。里山、環境、平和など。

http://yamaguchi.keizai.biz/headline/1896/  再エネ推進の緑茶会のゼロノミクマ(着ぐるみ)も来るそうだ。

日頃、再エネ推進する講師陣がスピーチをするのは紛れもない事実。入場も無料。

登壇者のギャラ交通費、会場費、カラーの豪華なチラシ代など、一体どこから出てるのかカンパで賄えるか私にはわからない。イベントに来ている市民や出演者が全てそうだとは言わないが、少なくとも運営、出演者決定には明らかに意志を感じる。

そして上関原発を建てさせない山口県民大集会実行委員会の署名↓

「省エネや自然エネルギーの普及に取り組んでください」の一文。

既に国策で億単位の血税が自然エネに流れ込んでいるのに何を勘違いしているのだろうか?

国と企業がとっくに推進済みなのに。

2030年には累積2000万トンを超える再エネ廃棄物が出るのに、まだ普及しろというのだろうか?

「再エネ廃棄物は、新幹線と同じ産廃だ」という言い訳が通用すると思っているのだろうか?

上関原発建設には私も大反対だ。

けれど、上関原発建設反対と、再生可能エネルギー推進はセットにしてはいけない。

 

脱原発有名人たちのイベントが首都圏でも行われます。これも入場無料。

 

坂本龍一、飯田哲也、三宅洋平のトークで若者に国策の自然エネルギーを刷り込む。助成金を出してるのが、なんと真如苑という宗教団体。

太陽光発電のステージ↓ パネルに関する科学的な検証はしない。

放射能や原発のニュースを更新するだけで精一杯という情報処理能力の人々などを、再エネに誤誘導するのがこういった大規模なイベントや講演会、映画上映会。下調べもせず集会に行くと「あ~楽しかった。ソーラーパネルっていいな~」となる。音楽やライフスタイルから脱原発運動する人に多いパターン。 【代替エネが必要】という市民への刷り込みが想像以上だ。

再生可能エネルギーは問題が多いと具体的に言うと

「あれもダメこれもダメ言うな」 「全否定するな」 「頭ごなしに否定するな」 「夢がなくなる」

こういうツイッターでの反発がものすごい。こういうワードが出てくるのは、新エネルギー技術に対する期待と幻想。新エネ技術あるいは技術にすがりつきたい人間の欲望がむき出しになる。 

再エネ技術の検証は、「ご都合」や「見て見ぬふり」との戦い。自分との戦い。

原発・再エネを、石油や税金を膨大に浪費してまで、あるいは誰かの命・健康を犠牲にしてまで国策として進める意味が有るのか?

「原発よりまし」というのは再エネ健康被害者を踏みつけにすることだ。個別に解決は不能。

原子力産業が用意周到に再エネを準備してきた経緯を調べもせずに、なぜ風車やパネルその他で原発がなくせると盲信するのか。

原発問題の本質をつかめば風車やパネルで問題解決などしないことに気づくはず。

自分に都合のいいとこばかりつまみ食いで情報収集して国策再エネ応援してるようでは原発はなくせないし、これからも騙され続ける。

いつの間にか、脱原発運動が再エネ推進運動保養運動住民投票、国民投票に誘導されている。

原発をなくすこと、放射性物質を拡散しないことは語られなくなっていることが大問題だと私は思う。

原発問題の本質は「差別と公害」。だから被曝と廃棄物に焦点を合わせなければ、放射性物質は日本中に拡散し、みなが追加被曝。

本気で命と環境を守ることはできないのだ。

 

【国・企業のしかけた罠】 再エネ翼賛体制は戦争の始まり

原発が止まると電気が足りない

代替エネルギーが必要と洗脳

環境NPO・エコ市民団体・生協に再エネ普及(地球温暖化防止などの目的)の助成金、補助金をばら撒き続ける

再エネ講演会・再エネ普及映画制作

原発事故

造語で洗脳、イメージ作り(原発に代わる自然エネルギー エネルギーベストミックス クリーンエネルギー グリーン エネルギーシフト 里山 小規模分散化 エネルギーの自給自足 エネルギーの地産地消 )

脱原発著名人の巨大イベント連発し、脱原発市民に再エネ推進、国民投票の流れを作る

すべての政党が再エネ推進

原発再稼働 国民投票で負ける

戦争

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元旦に 松下竜一さんの「暗闇の思想」を読む 2014年

2014-01-01 | 日記

 

 

暗闇の思想         松下竜一

 あえて大げさにいえば、〈暗闇の思想〉ということを、この頃考え始めている。比喩ではない。文字通りの暗闇である。

 きっかけは電力である。原子力を含めて発電所の公害は、今や全国的に建設反対運動を激化させ、電源開発を立ち往生させている。

 もともと、発電所建設反対運動は公害問題に発しているのだが、しかしそのような技術論争を突き抜けて、これが現代の文化を問いつめる思想性をも帯び始めていることに、運動に深くかかわる者なら既に気づいている。

 かつて佐藤首相は国会の場で「電気の恩恵を受けながら発電所建設に反対するのはけしからぬ」と発言した。この発言を正しいとする良識派市民が実に多い。必然として、「反対運動などする家の電気を止めてしまえ」という感情論がはびこる。「よろしい、止めてもらいましょう」と、きっぱりと答えるためには、もはや確とした思想がなければ出来ぬのだ。電力文化をも拒否出来る思想が。

 今、私には深々と思い起こしてなつかしい暗闇がある。10年前に死んだ友と共有した暗闇である。友は、極貧のため電気料を滞納した果てに送電を止められていた。私は、夜ごとこの病友を訪ねて、暗闇の枕元で語り合った。電気を失って、本当の星空の美しさがわかるようになった、と友は語った。暗闇の底で、私たちの語らいはいかに虚飾なく青春の思いを深めたことか。暗闇にひそむということは、なにかしら思惟を根源的な方向へとしずめていく気がする。それは、私達が青春のさなかに居たからというだけのことではあるまい。皮肉にも、友は電気のともった親戚の離れに移されて、明るさの下で死んだ。友の死とともに、私は暗闇の思惟を遠ざかってしまったが、本当は私達の生活の中で、暗闇にひそんでの思惟が今ほど必要な時はないのではないか、とこのごろ考えはじめている。

 電力が絶対不足になるのだという。九州管内だけでも、このままいけば毎年出力50万キロワットの発電所をひとつずつ造っていかねばならぬという。だがここで、このままいけばというのは、田中内閣の列島改造政策遂行を意味している。 年10%の高度経済成長を支えるエネルギーとしてなら、貪欲な電力需要は必然不可欠であろう。

 しかも悲劇的なことに、発電所の公害は現在の技術対策と経済効率の枠内で解消し難い。そこで電力会社と良識派を称する人びとは、「だが電力は絶対必要なのだから」という大前提で、公害を免罪しようとする。国民すべての文化生活を支える電力需要であるから、一部地域住民の多少の被害は忍んでもらわねばならぬという恐るべき論理が出てくる。 

 本当ならこういわねばならぬのに――だれかの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬと。

 じゃあチョンマゲ時代に帰れというのか、と反論が出る。必ず出る短絡的反論である。現代を生きる以上、私とて電力の全面否定という極論をいいはしない。今ある電力で成り立つような文化生活をこそ考えようというのである。日本列島改造などという貪欲な電力需要をやめて、しばらく鎮静の時を持とうというのである。その間に、今ある公害を始末しよう。火力発電に関して言えば、既存発電所すべてに排煙脱硫装置を設置し、その実効を見究めよう。低硫黄重油、ナフサLNGを真に確保出来るか、それを幾年かにわたって実証しよう。しかるのち、改めて衆議して、建設を検討すべきだといいたいのだ。

 たちまち反論の声があがるであろう。経済構造を一片も知らぬ無名文士のたわけた精神論として一笑に付されるであろう。だが、無知で素朴ゆえに聞きたいのだが、一体そんなに生産した物は、どうなるのだろう。タイの日本製品不買運動は、かりそめごとではあるまい。公害による人身被害、精神荒廃、国土破壊に目をつぶり、ただひたすらに物、物、物の生産に驀進して行き着く果てを、私は鋭くおびえているのだ。

 「一体、物をそげえ造っちから、どげえすんのか」という素朴な疑問は、開発を拒否する風成で、志布志で、佐賀関で漁民や住民の発する声なのだ。反開発の健康な出発点であり、そしてこれを突きつめれば〈暗闇の思想〉にも行き着くはずなのだ。

 いわば、発展とか開発とかが、明るい未来をひらく都会志向のキャッチフレーズで喧伝されるのなら、それとは逆方向の、むしろふるさとへの回帰、村の暗がりをもなつかしいとする反開発志向の奥底には、〈暗闇の思想〉があらねばなるまい。

 まず、電力がとめどなく必要なのだという現代の絶対神話から打ち破らねばならぬ。ひとつは経済成長に抑制を課すことで、ひとつは自身の文化生活なるものへの厳しい反省で、それは可能となろう。

 冗談でなくいいたいのだが、〈停電の日〉をもうけていい。勤労にもレジャーにも加熱しているわが国で、むしろそれは必要ではないか。月に一夜でも、テレビ離れした〈暗闇の思想〉に沈みこみ、今の明るさの文化が虚妄ではないかどうか、冷えびえとするまで思惟してみようではないか。

 私には、暗闇に耐える思想とは、虚飾なく厳しく、きわめて人間自立的なものでなければならぬという予感がしている。

 

 

暗闇に耐える思想 松下竜一講演録
松下竜一
花乱社

 


 (管理人より)

2014年の冒頭に松下竜一さんの「暗闇の思想」を、全文打ち込み、引用させていただきました。

私自身の「暗闇に耐える思想」とはなんだろうと考えます。

脱原発市民を自称する人たちが、ご都合で太陽光パネルを設置して、脱原発を叫ぶことの矛盾。再生可能エネルギーも、自然エネルギーも、言葉で騙された。

日本は、資源がないと刷り込まれ、他国の山を荒らして資源を奪い、工業製品を作り続け、ゴミを出し続け、燃やし続け、水も土も海も汚し続けている。

本当は日本の山や海が資源なのだと忘れてしまった。だから金と楽を追い求め、原発事故が起きた。

こんなに、電線のない日本は美しかったのです。私はこのチョンマゲ時代が好きです。少なくとも取り返しのつかない毒物を撒き散らしていなから。

 

 

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蓄電池が私たちの暮らしの中に入り込めば、電力会社に暮らしの根幹を握られてしまうことになります。

2013-12-31 | 日記

「小規模なら再エネはいいものだ、市民が出資するものなら再エネはいいものだ」こんな馬鹿げた理屈が脱原発市民の間でまかり通っているのはなぜでしょうか?脱原発市民が自分で考える力を失っているのは権威主義だから。

再エネの専門家に聞いてみようだなんて、原発のことを原発御用学者に聞くのと同じことです。

再エネが高度な工業製品である発電装置を用いる発電である以上 、大規模でも小規模でも設備寿命が来れば産業廃棄物の道をたどります。脱原発運動をしているつもりが、再エネ推進運動にすり代わり、政治的背景を見ると結局すべての政党が入っている状態に絶望します。

では何故、国は全電気利用者に賦課金という名目で徴収してまで、再生可能エネルギーを推進したいのでしょうか?

何がしたいのかと考えると「蓄電池」が見えてきました。↓

大型蓄電システム緊急実証事業費補助金に、295億8900万円 

平成24年度 大型蓄電システム緊急実証事業費補助金に係る補助事業者の公募要領

http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2013energyhtml/3-3-1.html

環境白書にも


経産省、26年度に1万世帯分のHEMS導入予算 蓄電池・燃料電池補助金も 

経済産業省は、平成26年度、1万世帯程度へHEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)を導入し、ビックデータを活用した新しいエネルギーマネジメントモデルの確立に取り組む。平成26年度当初予算案において、40.3億円を計上した。

また、補正予算案において、家庭・事業者の省エネルギー対策として、定置用リチウムイオン蓄電池導入支援事業(100億円)、そして家庭用燃料電池(エネファーム)導入支援補助金(200億円)を計上。


 蓄電池というものはそもそも危険な代物。各家庭に小さい蓄電池を買わせてさらに、補助金で企業に開発させてさらに大規模なNAS電池を置こうというわけです。

NAS電池の設備寿命はわずか15年。

蓄電池戦略   平成24年7月  経済産業省 蓄電池戦略プロジェクトチーム

NAS電池の危険性は言うまでもありません。外部電源を使って中のナトリウムを300度に保たなければならないなんて!

火災事故が起きても水で消火できないので砂をかける。2011年にNAS電池2週間燃え続けた火災事故がありました。http://techon.nikkeibp.co.jp/article/HONSHI/20120724/230096/

http://www7a.biglobe.ne.jp/~fireschool2/d-A1-55-3.html  より

この資料を読むとNAS電池というのは大変危険であることがわかります。

 http://www.khk-syoubou.or.jp/pdf/paper/r_11/11tyoukan2.pdf

 NAS電池が火災事故を起こすと有毒ガスが発生します。そんな危険なNAS電池が、全世界に174箇所に存在し、そのうちの34箇所が東京消防庁管内に存在するという事実!

これから日本中の家庭に蓄電池、メガソーラー、風車に蓄電池、スマートシティに蓄電池、学校にも設置しようとしています 。

152校に太陽光発電と蓄電池、28億円かけて災害に強い電力供給体制へ

 

 平成23年度「リチウムイオン電池リサイクルに関する調査」 より

電気自動車のリチウムイオン電池のゴミもこんなにでます。

 

 


国が目指しているのはスマートグリッド社会です。さあ、まず東京電力がどう捉えているか見てみましょう。

以下をみてもわかるように再エネやっても原発めるつもりはありません。

 

 

この図を見たらよくわかります。実は蓄電池は再エネを理由に、原発のために開発したということが。電池は暮らしに必要なものだと思いますが、再生可能エネルギーを維持するために必要だとして、生活の場に蓄電池を大量に導入することはいき過ぎだと思います。防災という点で妥当性を問わなければならないはずです。火力の電気を使って300度で熱し続けるなんて、果たして経済合理性はあるのでしょうか?

次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に向けて
2010年1月 次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に関する研究会
  より

 

 

経産省は原発をやめるつもりなどありません。脱原発市民が再エネを推進しても原発はなくせません。

スマートグリッドの図の中に原子力発電所がちゃんと入ってる!

次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に向けて
2010年1月 次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に関する研究会
  より

資料6 スマートグリッドに関わる技術動向~電力系統技術を中心に~(株式会社日立製作所資料)(PDF形式:719KB)

 

 

経産省、発電メーカー、電力会社のスマートグリッドの図、どれを見てもすべてにベース電源として原発、そして再エネが入っています。

そして再エネのために蓄電池が必要と、補助金を企業にばらまいて蓄電池を開発させているのです。総括原価方式のボロ儲け原発を諦めるはずないんです。

つまり、原発を再稼働すれば嫌でも出てくる深夜電力を、今後は揚水発電だけでなく、全ての蓄電池に貯めることが可能になるわけです。

スマートハウスや電気自動車、オール電化でエコキュートやIHクッキングヒーター、ドラム式洗濯機を使うような電気依存度の高い暮らしを強制されることになります。もちろん、スマートメーターという監視付きで。

結果、原発をやめる必要がなくなり、さらに国民の暮らしの電気依存度が高まり、電気代は上がって行きます。

その結果、再エネの火災などの事故が多発し、収束しない福島原発事故から放射性物質は降り続け、再稼働した原発の事故の懸念は続き、原発の使用済み核燃料のゴミ、再エネ発電装置の膨大なゴミが、次世代に負の遺産として、残されることになります。

そのリサイクルに伴う、空・水・土の汚染と公害。

再エネを賛成してすすめることは、既に国策であり、それが原発をなくすことには一切、繋がりません。

原発に代わる自然エネルギーではなく、原発のための自然エネルギー。

2013年、大晦日、私は最後に言いたい。

再エネは原発体制を補完する利権構造です。

一度設置すれば、追加しなければならない周辺機器が増える一方で、石油資源の浪費、経済合理性もありません。

日本列島改造論で日本中に道路・新幹線・原発が作られて小さな島国は見せかけの繁栄を得ました。

そしてまた日本列島エネルギー改造計画により、日本中にソーラーパネルや巨大風車が作られて、日本に住む人は皆、高度な工業製品を買い続けなければならない「電気の奴隷」にさせられようとしています。

典型的な国策の嘘にまた騙されて、スマートハウスなどのオール電化住宅によって電力会社に暮らしの根幹を握られてしまう。

電力会社は原子炉メーカー=電機メーカーと組んで故障しやすい多機能で高額な電化製品を開発販売。

洗濯機を通して見つめ直す電力会社と家電。電力会社⇒原子炉メーカー=家電メーカー=再エネメーカー

ハウスメーカーの住宅、太陽光パネル屋根一体型のスマートハウスって本当にスマート?エコ?

 

国民にとっては高額な修理代がかかり、維持費が膨大になっても、買い替えた方が安い状態となっても、国と企業にとっては工業製品の内需拡大、経済効果となります。

設備寿命も高額な割にすごく短い。何世代も電化製品を手放せなくなる仕組み。

 

こちらの本をぜひお読みください。

 

誰も答えない!太陽光発電の大疑問―エネルギー供給技術を評価する視点 (シリーズ環境問題を考える 2)
近藤邦明
不知火書房
電力化亡国論―核・原発事故・再生可能エネルギー買収制度 (シリーズ環境問題を考える)
近藤邦明

不知火書房

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恋するフォーチュンクッキーを踊ってる場合か?!日本は世界一の放射能汚染国!排泄物は放射性廃棄物に!

2013-12-31 | 日記

 

 

しっかり記憶しておこうと思います。↑ 動画視聴回数 が なんと、3,275,711回 

「恋するフォーチュンクッキー  県 Ver. / AKB48[公式]」でYOU TUBE検索するとまあ、山のように出てきます。http://bit.ly/1ciypzQ

これらを見て、もう日本は滅亡するのだと確信しました。現在進行形の放射能汚染国、レベル7を超えた日本で、首都はオリンピックで浮かれ、さらに年末、自治体の税金を使って、日本中の知事や職員や議員がゆるキャラといっしょにAKBダンスを踊る。世界の人が見たらどう思うのでしょうか?

「世界の海に汚染水だだ漏れさせといてダンスかよ!」って思われるのではないでしょうか?

3S政策もここに極まれりです。国民は総愚民化。その上プロパガンダも兼ねているので始末に悪い。音楽と一緒に巧妙に国策を刷り込んでいく。

自治体は岩手、青森、神奈川、富山、佐賀、大分、埼玉、秋田、兵庫、熊本、福岡、北海道など 数え切れません。一体いくら公金が使われたのでしょうか?情報公開請求してみましょう。佐賀県は50万円くらい使ってるようですね。⇒AKBダンス動画に税金50万円 佐賀県知事に批判の声

どの自治体の動画にも数種類の自治体関連のゆるキャラが必ず登場しているところもポイントです。

着ぐるみ制作費の相場は50~60万円 ⇒http://www.kigurumi.biz/price.html

実はこの動画は単なる地元の観光案内にとどまらないということを今から見ていきます。 

 

 

 

神奈川県のこの動画には再エネ関連企業がしっかり盛り込まれているのです。太陽光パネル・電気自動車・スマートハウスという国策の再生可能エネルギー事業のプロパガンダになっています。

しかし、神奈川県が優先すべきはこちらではないでしょうか?

2013年2月 http://hamaosen.blogspot.jp/2013_02_01_archive.html  より

 横浜市で出る下水汚泥焼却灰は、1日約40トン。それは灰だけの量で、フレコンバッグに詰める時には3割くらい加水するので実際はもっと重くなります。今は、1つのフレコンバッグの中に、700〜800kgくらい入れているそうです。1つのコンテナには、そのフレコンバッグ20個。 

横浜市の放射性物質を含む下水汚泥焼却灰。どこにも引き取られず敷地内にたまり続けています。 

2013年08月18日   http://toyokeizai.net/articles/-/17656  より

 「このままでは来年3月末には焼却灰の置き場がなくなる。

 ハラハラしながら業務を続けている」

横浜市環境創造局下水道施設部の野村茂・南部下水道センター担当課長

2013年11月 http://furuyayasuhiko.blog15.fc2.com/blog-entry-1516.html  より 

画像のすぐそばで0.205μsv/h。下水汚泥焼却灰は700~800ベクレル/kg。作業員はタイベック着用全面マスク。

 

  

神奈川県は放射性廃棄物と化した自分たちの排泄物の始末もできてないのに、ダンスしている場合かと本気で思いました。今や日本は、世界一の放射能汚染国となっています。しかも、現在進行形です。オリンピックや年中行事に浮かれているのはおかしいはずなのです。とくに公的機関。

チェルノブイリの3倍なのに・・・・

http://enenews.com/eu-funded-research-fukushima-atmospheric-release-210-petabecquerels-cesium-137-upper-bound-simulation-chernobyl-estimated-70-85-petabecquerels

EU-funded Research: Fukushima atmospheric release of 210 quadrillion becquerels of cesium-137 used as upper bound in simulation — Chernobyl estimated at 70 to 85 quadrillion

EU資金による研究:福島から大気中に放出されたセシウム137の上限は、シミュレーションでは21京ベクレルとなった。 — チェルノブイリは7-8.5京と推定。

We obtained good agreement with measurements of 133Xe, at both T255 and T106 resolution. The comparison for 137Cs is less favorable, though not systematically biased based on the 137Cs emission estimate of 36.7 (20.1–53.1) PBq [petabecquerels (quadrillion becquerels)] by Stohl et al. (2012). This is equivalent to somewhat less than half the 137Cs source by Chernobyl (85 PBq, International Atomic Energy Agency (IAEA) (2006)). The estimate of 13 PBq by Chino et al. (2011) (revised to 8.8 PBq by Terada et al. (2012) and confirmed as a lower bound of 12 PBq by Winiarek et al. (2012), with an upper bound of 210 PBq, was also included in our comparison.

 Although the prevailing wind direction during the accident was in easterly direction, some of the atmospheric radioactivity was transported toward the west and southwest, and deposited in Japan and to a lesser extent reached the Philippines. Based on the above mentioned emission estimates, we calculated that an area of Japan of 34, 000 km2 was contaminated by more than 40 kBqm−2 of 137Cs and 131I, to which 9.4 million people were exposed. Our model results indicate that a surface area of 60, 000 km2 received a total deposition greater than 10 kBqm−2, a region inhabited by 46 million people.

 The research leading to these results has received funding from the European Research Council under the European Union's Seventh Framework Programme.


【追加】  全国各地の「恋するフォーチュンクッキーの動画」に再生可能エネルギーの宣伝がゆるキャラとともに盛り込まれてます。

https://www.youtube.com/watch?v=y1VMcb0ORSI  鳥取 の動画には巨大風車。

 https://www.youtube.com/watch?v=3nP2U4QIsV8  名古屋の動画には太陽光パネル

 

おまけ http://bit.ly/1ciw1Jy

くまモンと太陽光パネル

 

 

こうした広告代理店のイメージ戦略によって、放射性物質の拡散問題や被曝問題、太陽光パネルなどの発電装置としての問題点や、再生可能エネルギーの構造的な問題点は隠されていくのでした。

 

 

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脇役かもしれないが中高年女性にとっての必須アイテム「こんにゃく」について調べる2013年末。

2013-12-30 | 日記

 

煮物、おでん、豚汁、炊き込みご飯、すき焼きなど、日本の食卓に欠かせないこんにゃく。中高年女性の間では普通にちょっとした手土産としても成立するほどのアイテムなのです。干し椎茸のどんこほど、ご贈答ではないけれど、日持ちがするのでこんにゃく何個かお土産にもって友達の家に遊びに行くというおばちゃんを見たことがあります。昔おばちゃんが100人くらい働いているところでアルバイトしたことがありますが、驚く程こんにゃくの話題が出ていました。

ああ、それなのに干し椎茸もこんにゃくも、すっかり安心できない世の中になってしまって、もう、3年が過ぎようとしています。こんにゃくについてはずっと、こんにゃく芋は群馬産!と言い続けているわけですが、スーパーなどで市販されているこんにゃくの多くはこんにゃく芋を粉にしたこんにゃく粉で作られています。

日本こんにゃく協会より、芋は大きくなるまで3年もかかります。

http://www.vill.showa.gunma.jp/tourism/konnyakuimo/konnyakuimo.htm

2011年の原発事故のフォールアウトの影響がある芋の粉を使って作られたかどうかは追跡が難しいようです。

製造工程 http://www.uehara.cn/no1/index3.html

 

 


 放射能検査結果について調べてみました。

農林水産省 のHP放射性セシウム濃度の検査結果ではこんにゃく芋は、その他地域特産物 (エクセル:304KB)  にあります。抜粋しますと、

 

2013年に入っても群馬産から5.1bq/kgは出ていますね。検出限界も高いです。

昨日届いた、ちだいさんの本 食べる?-食品セシウム測定データ745 にもこんにゃく芋のデータがちゃんとあります。

食べる?-食品セシウム測定データ745

ちだい

新評論

 

  

んなのデータサイトは、全国の市民放射能測定所が測定した結果を、簡単に、検索・閲覧・共有できるウェブサイトです。http://www.minnanods.net/ NDはゼロではありません。

 

 

年末に、忘れてはいけないので大フォントで叫んでおきます。「1kgもこんにゃくは食べない」けど、汚染があるものを食べたら体内にセシウム原子が取り込まれるという事実は各自ご判断ください。

セシウム137の1ベクレルは約14億個の原子。

 


 スーパーの 売り場のどのこんにゃくを見ても「国産」としか書いてありません。 原材料と製造場所が大事だというのに、「国産」のみ表示って!?国産の表示は今や何の意味もないです。道の駅ですら、そういうこんにゃくしかないところもあります。ということで、もうしばらくこんにゃくを食べていないという方が結構周りにもいます。

こんにゃくなし、練り物なしのおでん・・・それは、もはや単なる大根の煮物。そんなあなたにお知らせ。地元の芋で作ったこんにゃくはお宝。お宝を売っているところ!↓

●山口県 豊田町道の駅 蛍街道西ノ市 http://www.toyota-hotaru.com/floor/4.html  

個人の生芋こんにゃくと、のぞみ会のこんにゃく(083-766-2356)

 


 ●大分県の下郷農協のこんにゃくのご紹介。こちらは通販で買えます。

http://shop.simogonokyou.or.jp/shopdetail/013000000020/013/O/page1/order/

「生芋こんにゃく」の包材がかわって、賞味期限が30日に延長できました!  より

 

 

こんにゃく芋を育てて、手作りしたい人はこちらに動画  http://bit.ly/19wqDor

 

 

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洗濯機を通して見つめ直す電力会社と家電。電力会社⇒原子炉メーカー=家電メーカー=再エネメーカー

2013-12-29 | 日記

洗濯機というのは、壊れてしまうとその瞬間に、家事の予定が全て狂ってくるという結構重要な家電です。とくに家族の多い人にとっては、洗濯物がたまり、相当なストレスとなるのでコインランドリーに走ることになります。もしかすると洗濯機がバックアップでもう一台要るのではないかと思ってしまうぐらいです。

我が家は2槽式を愛用。15年修理しながら使いました。その後も2槽式を購入。マイコンが入っていないので部品があれば電気屋さんの修理が可能です。黒カビ防止の意味で脱水機能と別々がいいです。全自動機能すらいらないと私は思います。説明書を一切読まずに操作が可能なところもいいです。

ドラム式洗濯機に関してブログ読者の方より生の情報が寄せられましたのでご紹介します。(紫文字)

ツイッターで 「ドラム式 洗濯機 壊れた」 で検索すると山のように出てきます⇒http://bit.ly/KdsB0X


 

機種は、4~5年使用のサンヨー「トップオープンドラム」。当時は最新機種でしたがリコール(発火の恐れ)の前に、無償修理が数回ありました。

「リコールになったから新しいのもってきます」と言われ、そのまま従ったのが敗因(涙)で、次に勧められたのは、これも同じくサンヨーのドラム式AWD-AQ350というものです。ボロボロの説明書。訳の分からない動作が多かった証拠です。

●ドラム式洗濯機の問題点 

・ドラム式はたたき洗⇒繊維がつぶれて布が傷む。(ガーゼ地はひと夏で傷みを感じた)

・タオルを洗ったらごわごわ。だから脱水後にタオル仕上げ運転あり(脱水後、ドラムを約10分回転させ、タオルのパイル倒れを直す機能)⇒無理。固いまま。柔軟剤が必須。

・「やわらか運転仕上げ」(乾燥後)しわを減らし、柔らかな仕上げを保つため、「乾燥終了後5~10分毎にドラムの回転を10秒間繰り返します」⇒最長2時間。

・脱水が弱い。ドラムが大きいから回りにくいのか、遠心力の問題かも。ななめドラムは不安定だから、そのせいもあると思う。 

●節水機能

節水機能というのは、聞こえはいいけど、要は乾燥機能をちゃんと働かせるためだと思う。洗剤が良く泡立つと(その方が汚れ落ちはいいんだけど)泡が乾燥のヒーター部分について、漏電する。泡をたてて洗う石けん洗濯は、少し泡立つとすぐ排水して泡消し機能が働く。しかもすすぎが多くなるので、石鹸洗濯の人にとっては節水ではない。

●ななめドラム

絶対おすすめしない。洗濯物がドラムの底にたまってバランスがとれず、高速で回らないことがある。固まったら、ドラムが回らないので、なにやら頑張って動いているけど、ほっといたら、洗濯物のかたまりをほぐすためまた水を出して回して排水、脱水しようとする。

ドラム式で洗ってはならないものに「バスマット」。重いものは、固まりやすいので。対策として、ジーパンなどほかに重たいものを入れる。

洗濯ネット1つにデリケートな衣類を入れると、バランスがとれずドラムの底に固まる。だから、ネットをいくつかに分けないといけない。ドラム式は生地が傷むので、ネットに入れる数は多い…。めんどくさい…。防水性の、ウインドブレーカーとかおむつカバー、たぶん防水シーツも洗っちゃダメ。

「脱水中にドアが開いたり、異常振動によるけが、本体・壁・床などの破損、衣類の損傷、水漏れ被害のおそれがある」らしい。 

●使わない機能~エアウォッシュ 棚乾燥 カビガード 槽洗浄  

問題だらけの洗濯機、新しくするのは無理なので、壊れるまで使いますが…。

 


 (管理人より)タッチパネルに驚きました!  説明書もなんのことやらわかりません。50pもあるの??使いこなせない!たかが、下着などを洗濯するのに、こんなに操作が複雑ってあり??デジタル音痴とかそういう問題でなく、まず無駄な機能を持たせ過ぎているということです。

しかも、一つのイレモノで、自動で乾燥までするというのは、工業製品の機械としてまず間違いだと考えます。

元々の熱エネルギーの半分以上をロスして作った電気エネルギーを、また熱に変えて使うのは省エネではないと思います。
電気エネルギーは、動力や照明や通信など他のエネルギー源では代替できない用途に使ったほうがいいわけですから。

ここで東京電力のHPを見ると、驚くようなPDFが出てきます。電力会社が洗濯機の選び方まで指図するとは!そこにはバッチリ、ドラム式の名前があります。ちなみになぜか「2槽式」の文字はありません。節水、省エネなど、お得感、エコ感を全力アピール。

電気製品選びの豆知識
洗濯乾燥機の選び方について、くらしに役立つ+αの情報をご紹介します。

 

 そして東京電力はヒートポンプを全力で勧めています。 ⇒ヒートポンプ式の洗濯乾燥機は、ヒーター式より省エネなの?

 

最下段に東芝(原子炉メーカー)の文字!

ヒーター式は確かに無駄かもしれませんが、どうにかしてヒーター式から買い換えさせようとする魂胆見え見え。ヒーター式でも、外干し後に少し使うなど使用回数が少なければ買い換える必要はないと思います。

ヒートポンプ 壊れた のツイッター検索 ⇒http://bit.ly/1jW8ox5  なぜかエコキュートまで出てくる。

こんなに壊れやすいドラム式洗濯機。20万円近く出して、あっという間に故障、修理代、買い替え、なんかおかしいと思いませんか?

ドラマの生活シーンなどでドラム式洗濯機が出てくるときがあります。スタイリッシュでおしゃれな暮らしをする主人公がドラム式洗濯機で洗濯。そういうのに憧れて、うっかり買ってしまったら、あれ?こんなんじゃなかった!となるわけです。

原子力ムラいちおしの洗濯機、それがドラム式洗濯機。

結局、ドラム式洗濯機というのは、高額なわりに長持ちせず4~5年で買い替えでゴミになるものも。高機能でも、たいして使わない、使えない。消費電力も低いかどうかは、前のと比べてるわけではないから実質確認できない。節水出来てるかどうかも実際には確かめられないです。使い方にもよるし、自動なのでどうなるかわかりません。買ってしまったら終わり。経済合理性なし。

この東電の電気製品選びのポイントのPDFに、いっさい製品寿命やゴミ問題について触れていないところも重要。

さらにドラム式洗濯機は縦型よりも節水になるの?  より

 

 パナソニックの文字。三洋電機と、パナソニックは合併したのでHPを見ると http://panasonic.co.jp/sanyo/

パネルがど~ん!!巨大すぎ!

 

 

 電力会社⇒原子炉メーカー=家電メーカー=再エネメーカー

何度も言ってますが、「再エネは原発体制を補完する新利権構造 」。

洗濯機という主婦にとっての超必需家電製品に、グイグイ原子力ムラが入り込んできてるわけです。足元見られてる!

原発反対なら原子力ムラ企業の不買運動しなければならないのに、結局は原子力ムラを儲けさせてしまう私たちの暮らしってどうなんでしょうか?

「おばあさんが川へ洗濯に」の世界は実は理想かもしれません。

私はせめて2槽式で、合成洗剤を使わず、できるだけ、石鹸少しで、洗濯回数減らしたいなと考えています。

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OKじゃがいもOKトマトでニョッキを作って食べました!「食べ物のことを考えるお話会」

2013-02-06 | 日記

今日は、お料理上手なパンダさんといっしょにニョッキを作って、食べ物のことを考えるおはなし会ということで、みんなで遺伝子組み換え食品や放射能防御や原発関連最新情報のこと、さらにPM2.5のことなどをお話しながら食べました。OK野菜のみでベジタリアンの方でも大丈夫なメニューです。トマトとじゃがいもというのは離乳食や子どももよく食べる食材なので、ニョッキはおはなし会にピッタリなメニューだねということではじまりました。

野菜は産地調べなどに便利なサイトがありましたので紹介します。

ベジ探 野菜マップ 野菜ごとに調べることができます。加工食品などの材料の産地の見当がつきます。子どもと一緒に見てもいいですね。

じゃがいも(馬鈴薯)とトマトについて調べてみました。 

 

 

 

 

 山口県に住んでいても、時期によっては9~10月ぐらいはスーパーには長崎産のじゃがいもがありません。放射線で芽止めをした可能性の高い北海道のじゃがいもを買うことになります。山口県に住んでいれば家庭では殆ど地産地消で対応できます。関東のチェーンのスーパーには遠いところの野菜が並ぶようですが、道の駅などには地元のみなさんのお野菜がたくさんあります。グリーンコープでは長崎の出島なども買うこともできます。県内の道の駅には珍しい赤いじゃがいも出されているようです。今日使ったじゃがいもは宇部産(小野)でした。

農林水産省の 農産物に含まれる放射性セシウム濃度の検査結果(品目別)  でイモの項目を見ると、北海道がなくて東北・関東のデータしかないのですが、青森や茨城などは検出下限が25ベクレル/kgなどがあり、高く設定されているので驚きました。

3.11より前は、じゃがいものセシウムは0.1ベクレル/kg以下で、約0.03ベクレル/kg。

ネット上を探すとありました。七沢自然ふれあいセンター提供食材の放射能濃度の測定結果について より転載

 検査日        検体  産地     ヨウ素  セシウム134 セシウム137

検出下限から言って北海道産のじゃがいもが仮に3ベクレル/kgでも不検出。もし3ベクレル/kgだったとしたら、3.11事故前が約0.03ベクレル/kgなので、100倍になってることになります。(ToT)

トマトは熊本産が多いということがわかります。今日のトマトも熊本産でした。ケチャップなど加工食品は長野産が多いようですし、添加物のこともあるので、できるなら地元のもので手作りしたいですね。「トマトソースは多めに作って冷凍してるよ」とパンダさん。埼玉県産の奇形トマトの衝撃的な写真を見て、産地選びは大切ということをみんなで話しました。

ノンカフェインのお茶(ルイボスティ・ハブ茶)を飲みながらいただきました!美味しかった~☆レシピももらって帰りました。地域のOKフード情報も盛り込みながらまた大切な情報を共有したいと思います。

 

 

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10/30 原子力資料情報室 澤井正子さんのお話を聞きに行きました。

2012-11-03 | 日記

10/30 宇部市文化会館で原子力資料情報室 澤井正子さんの講演会がありました。主催はグリーンコープ山口。

タイトル「脱原発学習会 私たちの使うエネルギーについてもっと知るために・・・」

3.11から2年経とうとしている今、一般の人の中では情報量の差は広がっています。原発について詳しい人はどこまでも詳しく、知らない人はとことん知らずに生きている。そういった情報格差を埋めるため生協が学習会をやることは意味があると思います。会場は50人程度。ほとんどが女性でした。

基礎講座的な内容でしたが、パワポを使ったり、核燃料棒やペレットの模型を回したり、わかりやすく中身はたっぷりでした。後半に澤井さんが防護服タイベックを着て福島第一原発のすぐ近くまで入って取材されたときの写真とお話は説得力がありました。

印象に残ったお話を箇条書き的に記しておきます。

・ペレット1個で家庭11ヶ月分の電気

・たくさん電気を使う社会になってしまっている。

・島根原発は1日で広島原爆3発分燃やす。

・関東は水源地の汚染が進んでいる。山の除染はできない。

・避難したい人には避難する権利を与えるべき。

・福島は今、人体実験状態。弱い者にしわ寄せが行く。そういうリアリティを持たなかったことの責任。

・大熊町双葉病院の実態。人間がいてはいけない場所。原発には、「防災」はないということがわかる。

時間オーバーで質疑応答が全くなく、片付けも急いでおられたため、北九州市の震災がれき問題について、私はほんの少しだけお聞きしました。

「・・8000ベクレルなんてとんでもない!」と言っておられました。がれきについての意見交換ができなかったことが本当に残念でした。

本焼却が始まって、宇部市にこられたことは本当にタイムリーなのに・・・

いのち未来・うべからは3人参加しました。

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「生きることについて」   ナジム・ヒクメット 

2012-10-04 | 日記

「生きることについて」   ナジム・ヒクメット 

1 生きることは笑いごとではない
  あなたは大真面目に生きなくてはならない

  たとえば  生きること以外に何も求めないリスのように
  生きることを自分の職業にしなくてはいけない

  生きることは笑いごとではない
  あなたはそれを大真面目にとらえなくてはならない

  大真面目とは
  生きることがいちばんリアルで美しいと分かっているくせに
  他人のために死ねるくらいの
  顔を見たことのない人のためにさえ死ねるくらいの
  深い真面目さのことだ

  真面目に生きるとはこういうことだ

  たとえば人は七十歳になってもオリーブの苗を植える
  しかもそれは 子どもたちのためでもない

  つまりは死を恐れようが信じまいが
  生きることの方が重大だからだ

2 この地球はやがて冷たくなる
  星々の中のひとつでしかも最も小さい星  地球
  青いビロードの上に光り輝く一粒の塵
  それがつまり
  われらの偉大なる星  地球だ

  この地球はいつの日か冷たくなる
  氷塊のようにではなく
  ましてや死んだ雲のようにでもなく
  クルミの殻のようにコロコロと転がるだろう
  漆黒の宇宙空間へ

  そのことをいま 嘆かなくてはならない
  その悲しみをいま 感じなくてはいけない
  あなたが「自分は生きた」と言うつもりなら
  このくらい世界は愛されなくてはいけない


【チェルノブイリ・ハート】オープニングより引用

 


 

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ドキュメンタリー映画『プリピャチ』が見たいです 

2012-03-06 | 日記

プリピャチは、チェルノブイリ原子力発電所から4キロ離れた場所にある市の名前です。

チェルノブイリ事故から12年後の町を映す『プリピャチ』の廃墟。福島の12年後を静かに想像します。

プリピャチという名前のウクライナ製ガイガーカウンターもあります。

 

 

原子力発電所から4キロ離れた“プリピャチ”は、発電所の労働者が暮らす街だった。事故の直後に50,000人の住民が避難し、当時のソ連全地域に移住することになった。それ以降、家々は荒廃し、街への立ち入りは特別許可証が必要となった。今日のプリピャチは厳格な監視下に置かれたゴーストタウンとなっている。

プリピャチも、フクシマも対岸の火事ではありません。

私たちのすぐそばで起きているのです。過ぎてしまったことでもなく、現在進行形なのです。

http://www.uplink.co.jp/pripyat/about.php

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松本市の給食は「内部被ばくゼロ」

2012-02-26 | 日記

放射性物質が体内に取り込まれる「内部被ばく」から子どもたちを守ろうと、独自の取り組みを進めているのが長野県松本市だ。市内にある公立校や保育園、幼稚園の給食に使われる食材を、「放射性物質ゼロ」に限定しているという。

市長は、チェルノブイリ原発事故後に現地で医療支援を行った経験から、内部被ばくの恐ろしさについて警鐘を鳴らし続けている人物だ。

http://www.j-cast.com/2011/05/31097064.html?p=all

 

プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス → http://youtu.be/cJu-rU4-Xyk 

 

〈放射能 本当のことを知りたい〉 松本市長・医師 菅谷 昭氏 「基準、厳しいほどいい」http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20111121151915481

 

   

――食品の安全性については…。

菅谷
 原発大国日本において、これまで食品における放射性物質の基準値がなかったというのは驚くべきことだ。今回の事故があって初めて厚生労働省は、ICRP(国際放射線防護委員会)とWHO(世界保健機構)とIAEA(国際原子力機関)が決めている値を参考にして、日本独自の暫定規制値を定めたのだが、私はその時の食品安全委員会への諮問に呼ばれて参加した。委員会のメンバーは、基本的には学者ばかりで実体験のない人たちだ。私はそこで、「規制値は出来るだけ厳しくした方が良い」と提言した。もちろん、私も自治体のトップという立場から、生産者の立場も理解しており、何でもかんでも厳しくしてしまうのが良いわけではないということも理解している。ただ、今回の場合、子供たちのためを思うならば、厳しくしておかなくてはならない。大人については、基準値以下であれば仕方が無いとして口にするものでも、せめて、子供や妊産婦はきちんと守ってあげなければならない。しかし、会議では「甲状腺がんは性質が良いから命には関り無い」と、平然と言う学者もいて愕然とした。私はチェルノブイリで、小さい子供が癌の手術を受けて、毎日切ない思いを抱えているお母さんたちを実際に見ているから分かる。こういった思いを抱える人たちを、これ以上出したくないから、規制値も厳しく設定すべきだと思う。しかし、そういった光景を目の当たりにしたことの無い人たちには、癌に侵された子供や、その母親がどれだけつらいものなのか、どれほど切ないものなのか、わからないから、放射線の専門家という立場で意見を述べ、それをもとに規制値が決まっていく。日本ではこういった実体験を持たない人たちが、政府の諮問委員会に入って色々な物事を決めていってしまうということを初めて知り、驚いた。国民の本当の立場など考えていない。それはとても恐ろしいことだと痛感した。私は、食品に関しては、汚染されているということが分かっているのであれば、乳幼児や学童、妊産婦はできる限り口にしない方が良いと思う。被曝許容量にしても、学者によって20ミリシーベルトで大丈夫と言う人もいれば、駄目だと言う人がいるが、それは結局、放射線被曝に関して将来のことがよく分かっていないからであり、そうであれば、厳しい基準を適用するのが当然だと思う。「あまり厳しいことを言うとパニックになってしまう」と考えて緩い基準を推奨し、「でも、30年後のことは私にはわかりません」というようなことは、無責任ということに尽きる。

http://www.fng-net.co.jp/itv/2011/110606.html

福島県の汚染はかつて私が住んでいたチェルノブイリの汚染地の値よりも高い。

放射能災害から自分の身を守るには、とにかく逃げるしかない。

本当に心配するのであれば海外へ、日本国内であれば西の方へ。

 


山口県に住んでいても、東北の野菜はいくらでも流通しています。宇部市のスーパーでも平気で見かけます。

給食で大量仕入れしなければならないとき、産地の指定がきちんとできているのでしょうか?

ゲルマニウム半導体検出器は高価なので県が購入して、表面を測るシンチレーションカウンターは市に購入してもらって

まず、表面を測ってそれで、よほど高い値が出たら、ゲルマニウム半導体検出器で測りなおすというのはどうかなと考えました。

大量仕入れをする給食センターはとくに、地産地消が完璧にできない可能性があると思います。

まずは山口県産を徹底し、さらに表面の線量を測りベクレルに換算する。県外産も表面の線量を測る。数値が高ければ

簡易スペクトロメータ→ゲルマニウム半導体検出器でさらに検査。

そんな感じで用心過ぎるぐらいしてほしいです。検査の専門家もいてほしい。

あ~5000円くらいでちゃんとしたサーベイメーター売ってないかな~。「家庭用ゲルマニウム半導体検出器 10000円」なんてあったら買うのに・・・

うつりのいいテレビとかどうでもいい電化製品作るのもうやめて、家庭用の放射線、放射性物質を計測できる機械を開発するのがメーカーの仕事だと思います。

検索でヒットしたらごめんなさい。今そんなものはたぶんありません。(泣) 

プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス [DVD]
 
NHKエンタープライズ

 

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学校給食の放射性物質検査へ 山口県教委 来年度

2012-02-25 | 日記

学校給食の放射性物質検査へ ホームページで公表--県教委、来年度 /山口

県教委は来年度、県内で2施設程度を対象に、学校給食の放射性物質モニタリングを始める。

東京電力福島第1原発事故を受けた対応で、結果は県教委のホームページで公表する。

 文部科学省の委託事業。県教委学校安全・体育課によると、県内で学校給食の調理をする2施設程度を選定。

料理は1週間(5食分)ごとに検査機関に送られ、1週間分をすべてかき混ぜた上で放射線量を測定する。

結果は毎週、県教委のホームページで公開。放射性物質が測定可能な値を上回って検出されれば、ベクレル単位で掲載する。

来年3月末まで続け、年間で180食分が対象となる見通し。

 県教委では、モニタリングのため、来年度予算に検査委託費などとして183万円を計上。

近く対象とする調理施設を選ぶ。同課では「全国的に学校給食から放射性物質は検出されていないが、県民の学校給食への不安を取り除きたい」と話している。

                                                                                              【吉川雄策】
〔山口版〕毎日新聞 2月25日朝刊

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120225-00000145-mailo-l35


>検査機関に送られ、1週間分をすべてかき混ぜた上・・・・ 

1週間分全部かきまぜてしまったら、どの食品、素材が悪かったのか特定できなくなるし、希釈されるし、かりに悪い検査結果が出てももう

食べた1週間の後なので、あまり意味がないですよね・・・しないよりはましだけど。1回は食べちゃうことになる。

税金を183万円も使って検査外注するなら、ゲルマニウム半導体検出器買ってほしいです。

検査機を独自で買って、県で1品ごとに検査してほしいです。

そしてなぜ、検査が来年3月末までなのでしょうか?

原発はいっさい収束していないし、セシウムの半減期は30年。なのに、なぜ、期間限定??  しかもたったの1年!?

給食は、アレルギーをお持ちのお子さんを育てているお母さんにとって、切実な問題です。

3.11以前でも担任の先生によって、受け取り方や理解度が違うので、臨機応変に対応するしかないのが現実。

アナフィラキシーショックのことなど、先生方に正確に学んでほしいし、学校で対応できない場合はお弁当をさくっと許可してほしい。

長年保育士さんをされた方にお聞きしたところ、昔よりずっとアトピーや喘息、アレルギーの子が増えたそうです。

食生活が変わったせいもありますが、加工食品に含まれる食品添加物や、野菜の残留農薬など

飽食の時代の大人世代のツケが、次世代の子どもを確実に蝕んでいる気がします。

そして今、アレルギー持ちでなくても、食品に含まれる放射性物質のことを考えなければ健康を保てない時代になりました。

せめて、給食には、必ず地産地消で、地元の安全な野菜を使ってほしいです。

疎開できていない福島の子どもたちには、給食用に野菜を送ってあげられたらいいのにと思います。

子どもの健康を保つ「絆」のほうが大切なのではないでしょうか?

福島では、出荷停止になっている野菜も多いです。http://yasaikensa.cloudapp.net/special.aspx

危険を避けることは「風評被害」ではありません。

食品の放射能検査データ  http://yasaikensa.cloudapp.net/

 

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上関原発強行工事の阻止行動と若き日の小出先生

2012-02-21 | 日記

昨年 2011年2月21日 中国電力が上関原発建設のために強行工事を行いました。

600人の作業員が真夜中に田ノ浦に押し寄せたけれど、反対する祝島の人たちと駆けつけた130名の人たちで、工事を阻止しました。

私はその時何をしていたのだろう。そんなことが起こっていたことすら気づかず、日常生活をしていたように思います。はずかしいです。

今、講演会の実行委員会のスタッフの中には現場に駆けつけて阻止行動をした人もいます。

その時のことを会議で聞きました。http://d.hatena.ne.jp/nocochan/20110224

その人たちのおかげで山口県に原発が立っていないということを、1人でも多くの人に知らせたいと思います。

「福島原発事故があったから、上関原発はできないよ」と成り行き上、建設が止まっていると勘違いしている人もいます。

福島の事故が起こる前に、文字通り水際で体を張って工事を阻止してくれた人たちがいたんです。

30年も反対してきてくれた祝島の人たちがいたんです。 本当にありがとうございます。

 

小出先生も若いころ、女川原発建設の阻止行動をされています。20代でしょうか。目に浮かぶようです。

以下引用

走馬燈のように巡る思い出  
                    京都大学原子炉実験所 小出裕章

 

・・・その頃、女川の町から五部浦の道沿いに原発予定地まで、送水管が敷かれることになった。

私たちは工事を阻止すべく、ユンボで掘られた穴にたびたび飛び込んで工事を遅らせた。

その中で逮捕される仲間が出、私たちは私たちの行為の正当性を主張するために、あえて原子力問題を正面に掲げて裁判を受けて立った。

伊方裁判もまだ始まっていない時代であった。日本で初めて原発の安全性を正面から問う裁判であった。

東京水産大学の片岡実さん、早稲田大学の藤本陽ーさん、東大原子核研究所の水戸厳さんたちが快く証人になって私たちを支えてくれた。

その水戸さんも今は亡い。私が恩師と思う本当に数少ない人の一人であった。

でも、すべてが懐かしい。

もし時間を逆さに戻すことができるなら、唯一あの頃に戻りたいと思う私の青春のひとときである。・・・・

 http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/09/17/narisuna-sep13/

 

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周防大島での小出先生の講演会に行った時のこと

2012-02-21 | 日記

今、毎週月曜日に会議で集まっている講演会のスタッフはすべてボランティアの人たちです。

「小出さんファンクラブ」みたいな感じです。3.11より以前から小出先生のことをよくご存じの人もいれば、3.11以降ファンの人も

とにかくいろいろな人が集まった会です。

私が昨年5月の周防大島講演会で初めて小出先生にお会いしたときのこと。

小出先生は早めに会場に入られてパワーポイントの確認などされていました。↓

  

持参された愛用のバッグを床に置くなど、たぶんいばってる学者さんなら絶対しそうにないことをされているのを目撃。

私は、先生のお話を聴いた後に、感動のまま、すぐに質問に行きましたが長蛇の列。↑ 

会場も時間いっぱいとなり、廊下に出ましたが、廊下を歩く際にも先生に食らいついてというか、からみついてというか

とにかく、聞きたいことが山のようにあって紙に書いていたのですが、

どうしても自分の口で質問して自分の耳で小出先生の答えを聞いて確かめたかった、のです。(←小出先生のマネ)

私がどのくらい基礎知識をもっているのかわからないような素人にもかかわらず、こちらの質問に「やっつけ」でお答えにならず、

一つ一つ丁寧に目を見て答えていただきました。

その結果、今、実行委員会入ってブログをかいている次第です。

そして思います。周防大島で小出先生の講演会をしてくださった方、ありがとうございました。

今につながる、たくさんの貴重な出会いに感謝いたします。

 

東京新聞1/9より  講演の参加者急増1000人規模

その後の活躍は「小出ブーム」といっても過言ではない。

毎週末は講演で全国各地を飛び回る。すでに3月末まで予定はいっぱいだ。・・・事故後は千人規模も珍しくない。

講演内容をまとめた「小出本」は16冊も発行され、ネット上にはファンサイトも登場した。マスコミの取材は引きも切らない。

「とてつもなく忙しくなった。自分の仕事も手が付けられない状態だ」・・・・・

 

小倉講演会300人超え、山梨講演会で2000人超え、佐賀でも300席完売、茨城小美玉市では、市が主催!

小出先生の言葉のツイッターや、情報拡散のフェイスブックも登場しています。(右のブックマークをご覧ください)

宇部市講演会のことも、情報拡散することでしょう。

ユーチューブ動画もありますけど、やっぱり生の声をぜひお聞きください。

さあ、チケットを買いにGOですよ!さっき、またメールでお申し込みがありましたよ!プロフィールの下からメールが送れます。

どうぞよろしくお願いします。

 

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