ブログ「風の谷」  再エネは原発体制を補完する新利権構造

原発事故は放射能による公害。追加被曝阻止⇒放射性廃棄物は拡散してはいけない⇒再エネは放射能拡散につながる⇒検証を!

市川定夫埼玉大学名誉教授の講演録「低線量被曝の影響と JCO事故健康被害」を読む③

2015-10-31 | 市川定夫

講演録(6) 質問

司会者 
 どうもありがとうございました。1時間半にわたるお話でした。市川先生の研究史を中心としながら、そのことが、まさに我々が問題にしている低線量、あるいは微量放射線の生物体への影響ということに直接関わってくる話の内容になったと思うんですけども、非常にお話が多岐にわたりながら、かつ早口でお話されたということもありますので、ちょっと消化しきれない部分もあったんではないかと思いますので、非常に単純なことで結構ですので、質問を少し受けていきたいと思うんです。問題を出していただきたいんですが。 

しきい値説と放射線有用説 

質問者 
 先生は、しきい値はないという、先生の研究に対して推進派というか、国側の御用学者達は、いやそうじゃないんだと、しきい値はあるんだと。ないしは低いレベルの放射線というのは、むしろ体にいいんだと、放射線ホメオスタシスという、そういう変な名前も付けて、多少は放射線を浴びてたほうが健康にいいくらいだというようなことまで言い始めてるんですけども、先生はそういう考え方に反論というか、ご意見があったらお聞きしたいんですけど。 

市川 
 しきい値はないんだということは、例えば国際放射線防護委員会も、あくまでも放射線防護はしきい値はないという立場で行わなければならないということを明確に言ってますから、しきい値説がないということは普通に認められていることなんですけども、日本の原子力関係の人に限って、あるいはそっちに弁護してる科学者に限っては、実際はしきい値なんかないんだが、ホメオスタシスはある、その証拠にということで持ち出してるのが、いわゆる放射線がある量よりも、もっと小さくなったら、かえって生物にはプラスの面が出てくるんだと、マイナスじゃなくて。それは昔からそういう説を唱える人がいたんです。なぜかというと、生物はある放射線を浴びると、例えば最初に植物で見つかった例は、非常に微量の放射線だったら成長が良くなるんです。 

 例えば麦の種に照射して芽生えさせるでしょ、それで放射線の量が多いほど、障害が起きて草丈が低くなる。ところが、ある量より低くなると、かえって高くなると。比較したコントロールといって、照射しなかったものより少し高くなる。それが一番最初にいわれた低線量の方がいいんだという。 

 ところが、その後いろんな修復機構とか分かってくることによって、修復機構とは全く関係のない、生物学的修復機構なんだけど、分子レベルでの修復機構とは関係なしに、いくつかの細胞が機能を失いますと、植物の場合そうなんですが、他の細胞がそれをカバーしようとする。だから、例えば植物の幹に傷がついたら、その傷ついたところを治そうと、その周りの細胞が盛んに分裂するようになる。それと同じことが起こるから結果として背が高くなるんだということがわかって、遺伝レベルの修復とは関係のない、周りの細胞が、本能と言えるかどうかわかりませんが、動物じゃないから、周りで起こったことに対して即座に対応する手段のひとつとしてそういうのがある。 

 今おっしゃったようなのは、ある量の放射線を浴びないと修復機構が働かないことから起こってることなんですね。だから、ある量の放射線を浴びるまでは修復というのは起こらないから、皆さんの側から見ると、このグラフの縦軸と横軸を考えると、すうっと増えはじめるんです、微量でも。そしてしきい値はないんです。ところが、ある量になるとすうっと落ちるんです。それで、途中からそれより低い勾配というか傾き方で、ずっと直線上に増えていくんです。 

 それが今の新しい説を唱えられる人で、いっぺんコブになる部分は、かえっていいんだと。だから、極微量よりもちょっといったところ、もうちょっと高い放射線を浴びる方が、かえっていいんだということをおっしゃってるんです。 

植物と動物で異なる修復機構 

 それは突然変異でもどんなことでもそうなんですが、植物の場合はそういうふうに神経系でやってるわけじゃないですから、細胞の中で修復もして、放射線の被曝を受けたその細胞単位では自分で修復しようとしてます。だけど、それでもなおかつやられた時に周りの細胞が、そのやられた分を補うために細胞が増殖するというのが植物流のやり方。 

 動物の場合は、神経というのは下等なものから高等なものまでありますけど、それとホルモンというものがあって、それからいろんな事態を認識しようという細胞、例えば異種タンパクが入ってきたらそれを見つけ出すT細胞。それに対する抗体を作り出すB細胞というリンパ球があるように、いろんな状態を動きまわって偵察してるというか、そういうことをしてる細胞があって、そういうのを何か感知されると修復機構が働きだすんです。 

 DNAの修復というのは何種類もあります。それで1番最初に知られたのは、光回復といいまして、紫外線によってDNAに異常が起こり、となりの塩基というもの同士がくっついたりしてしまったりして、特にチミンというものはくっつきやすいのですが、チミンが2つくっつくと、それとくっつくべきアデニンという向かいの鎖の塩基がくっつけなくなって、DNAのそこの部分が欠落してしまう。 

 そういうのに対して、紫外線でそういうことが起こっても可視光線のエネルギーでもってそれを直してしまうという光回復が一番先にわかった。 

 それから都合の悪いところができると、そこを切り取ってしまって、悪くなってない側に合わせて、DNAというのは塩基の配列が、AとT、GとCといって、Aというのがアデニン、Tというのがチミン、Gというのがグアニン、Cはシトシンという塩基、4種類しかないんだけど、必ず2本のDNAの鎖の、片方がAだったら片方はT、片方がGだったら片方はCというふうに決まってますから、その傷ついた部分だけ切り出して、そして残ってるもう一方に合わせて新しい部分を入れるという、そういう切り出し修復も見つかったんです。 

 それから、さらに新しい、専門的になりますからやめますけど、それ以外のいろんな修復法が見つかってきたんです。そういういろんな修復機構というのも、実際に修復しようという指令がこないと働きださない、動物の場合は。 

 だから、その指令を出すシステムというのを持ってる動物では、さっき言ったように、ある程度傷害が起こってるということが認識されないと修復機構は働かないことは当然考えられる。そういう時に起こってることが、その新しい説を言い出す、新しい古い説を言い出すと言ったほうが正解かもしれないけれど、ひとつの根拠になってるわけですね。 

マレーシアでのモナザイト被害 

 関連してお話しますが、僕がさっき言ったように使ったガラス線量計ではなく、熱蛍光線量計(TLD)という、ごく小さい精度の高い放射線測定器を使ったケースに触れておきます。 

 今日は話さなかったですけど、マレーシアで起こった、日系のその当時の三菱化成という会社が放射性トリウム、トリウム232という核分裂するものを含むモナザイトという鉱石から、イットリウムという希土類金属を取り出す工場を作ってたんです。ところが、もとのモナザイトにはトリウム232は7%含まれているんですが、イットリウムを取り出したあとの廃棄物には14%もトリウム232があって、しかもトリウム232というのは放射能の半減期が141億年で、天然の放射能で一番長寿命なんです。141億年ですよ。地球ができてからまだ46億年しかない。それが入ってるのに柵も何にもなしに、野積みで捨ててたんです。 

 僕がマレーシアから依頼を受けて調査に行った。合計7回行ったんですけども、1回目にそれを見た時で推定350トンもの廃棄物の山。それで僕がその周辺でのTLDによる測定調査結果を出したら、英文で書いたのを周辺の住民達が、それをよりどころにして、イポー高等裁判所に訴えた。マレーシアはイギリス法ですから、政府の認可がかかってる件は高等裁判所からしか始まらない。日本でいう一審はないんです。高裁は僕の報告書を鑑定書と認めて、その裁判は仮執行命令の裁判だったんですけど、住民の訴えを認めて、AREという会社だったんですけど、そのAREの即時業務停止、それからすでに捨ててあった強い放射性のトリウム廃棄物を撤去し、安全管理するという命令を出しました。確かにARE工場はすぐに作業をやめたんです。 

 ところが、何て言ったかというと、「裁判所の仮執行命令を従うんではない」と。マレーシア政府が新しく作ろうとしていた原子力法に合うように改善すると。その当時マレーシアには原子力に関する法律が全くなかったんです。普通の放射性物質を扱う法律しかなかったんです。 

 トリウム232というのは国際的に核原料物質・核分裂物質として認められてて、それを扱うには原子力法がいるんですけど、マレーシアはそれを作ってなかった。しかもマハティールという今の首相が首相に選ばれた直後です。 

三菱との癒着 

 マハティール氏が選挙後はじめてやったのが、三菱系からものすごいたくさんの選挙資金をもらってたから、三菱化成にそういうことを認めてしまった。現地にAREという会社を作って。同時に三菱系に非常にプラスになることをやったのは、その当時、もう日本の車はたくさんの会社の車種が入ってたんですが、三菱とだけ提携して、その頃に走ってたランサーという車種をマレーシアで国産して、税法上などの特典を与えて優遇しました。 

 とにかく、そういう総理大臣のもとでその工場が許されてしまった。三菱は、総理大臣が認めてるんだから、放射性物質を捨てようが何しようが平気だろうし、柵をしたり、放射能のマークをつけたりしたらかえって疑われる。だけどその当時のマレーシアの法律でも、少なくとも柵はして、放射能のマークはつけなきゃいけなかった。それを守らなかったため、牛を追う子どもたちが、牛を追いながらその放射性トリウムの上を越えていったり、そんなふうだったんです。 

 それで7回行って、証言をして、イポー高裁は最終的に正式な裁判でも違法判決をして、操業禁止と廃棄物の撤去を命令したんです。それからAREと三菱は最高裁に訴えたんですけど、最高裁では逆転勝訴したんです。形の上では。最高裁は、僕の調査は個人的な調査であって、その会社がやった組織的な調査に比べて、個人の勝手な判断なり、恣意的にデータを作る機会があったと断じたんです。そんなことはできないような調査方法をしてたのにです。つまり、僕は現地で瞬時瞬時の放射線量率のメーターが、ここは放射線量率高いよ、ここはレベル高いよと、誰もが見れる、全面公開調査で。 

 ただ、TLDによる、ものすごく小さい集積線量を測るのは、それを読み取ることができるのは僕の大学でしかできませんから、そのところは完全に誰も見てない世界になります。だから、そのためにガイガーカウンターで測ったものを現地に残したわけです。それと一致してるかどうか、瞬時の線量率、つまり単位時間あたりの線量率と集積線量が合ってるかどうか、一般に分るように。裁判所にもそれを出してるわけです、証拠としてね。なのに最高裁はそういうことをぜんぜんわからないで、たった1人の調査は複数でやった会社のデータよりも信用できないと断定したんです。 

 ただし、やっぱり最高裁判所も気が引けたのか、どういうことを書いたかというと、そのARE社が、これだけの措置をとり、これだけの気を使って、今度できた原子力法を忠実に守れば、安全性を確保できると。ところが、その最高裁の判決で言われたものを全部やろうとしたら、ものすごい金がかかるんです。そこでイットリウムを取り出して得られる収入よりもずっと大きくなるから撤退したんです。撤退して何て言ったかというと、中国から買い付けた方が安いと言ったんです。 

 そういう三菱のことにまでいきましたけど、とにかく、マレーシアでも言われたのは、トリウム廃棄物を捨てたのが発覚してからも、みんなに言ったことは、放射線は少し浴びた方がずっと健康にいいんだと、会社は皆さんに貢献してきたと平気で言ったんです。 

 ところが、裁判中に白血病の子どもが、はじめ2人で、4人になり6人になり、しかも最高裁の判決が出るまでに最初の6人は全部死んでしまった。それで僕は撤退したあと行ったときに、7人目の子が発生してました。まだ、トリウムが地面の中にいっぱい残ってるんです、撤去したと言いながら。撤去したあと測定しても放射線量は高いままなんです。141億年で放射能がようやく半減するものが、まだたくさん残ってるんです。 

微量放射線の直接的影響 

質問者 
 先生、いいですか。時間もあんまりないので、いろいろ質問を受けたいと思うんですが、僕の方からちょっと質問をしたいのは、非常に直接的な話なんですが、事故のあとにとてもだるいという感じ方をする人がたくさんでてきたり、風邪を引きやすくなったとかという方が出てきたり、それから喉が痛いとか、斑点ができたとか、あるいは口に粘膜がおかされて、口内炎とかそういう症状が出たとか、そういうようなことを訴える方がたくさん出ているわけなんです。それについて、先生の今の中性子線の、しかも低レベルでの、微量での影響というもののお話があったんですけど、その先生の考え方とそういった症状が出てきたということについて、どういうふうにつなげて考えたら我々はいいんでしょうか。そこのところを分りやすく説明いただきたいんですが。 

市川 
 放射線の影響というのは、皮膚系に現れたり、神経系に現れたり、粘膜に現れたり、それから循環機能、血管機能、血管の場合は内壁というんですが、内側の壁に現れるんですが、それから消化管に現れたり、そういういろんなものがあるんです。粘膜ももちろんですが。今おっしゃったのは全部起こりうるんです。というのは、神経系をやられますと、神経とホルモンの協調による恒常性という、常に体を一定の状態に保とうとするシステムが狂いますし、それから口の中にできるというのは粘膜の損傷を受けたということになりますし、皮膚に傷害を受けてる人もあるかもしれないし、それから内臓も消化液の分泌がものすごく減っていますから、特に分解する消化酵素、その分泌を調整するホルモンとか、そういうものも量が落ちますから、当然消化状態というのは普通じゃなくなります。 

 実際、昔から報告されてるのでは、放射線被曝をしたあとでは非常に下痢をしやすくなるというのもあります。それから粘膜がやられますと起こることは、昔から、歯医者でレントゲンを撮った時に、さかんに口内炎ができたんです。それで今はフィルムの感度も、使うレントゲンの状態も改善され、歯を撮影するけどフィルムの向こう側まで届く量をうんと減らしてるんです。 

局所被曝の影響 

 とにかく、そういうふうに昔から出てる例はたくさんあります。おっしゃったようなのは他の放射線でも出ますし、さっき言った中性子の場合は、影響が局所的に、それが何点あろうと、1点1点は局所的ですから、だから総線量は比較的少ないといっても、それぞれの部分、組織や器官の、器官とは、胃とか、心臓とか、肺とか、そういうもの全体の線量は多くなくても、その各局部にあたった線量は大きくなりますから、他の放射線以上に様々な影響が出やすいと考えた方がいいです。 

 それで、今度の線量、少ない少ないと強調しようという動きがありますけども、もちろん中性子と言えども、現場から離れた人ほど相対的に少なくなることは事実です。それでも、中性子は貫通力が強いですから遠いところまで届きます。電磁波の放射線、ガンマ線とエックス線は距離の2乗に反比例するというんです。距離が4倍になれば16分の1に減るとか。ところが、速中性子はそこまでいかないんです。しかし、その途中でどれだけ弾性衝突を繰り返すか、そのチャンスによって変わってくるんです。 

 ですから、距離の2乗に反比例するほど急速には減りませんけれども、一般的に距離が遠かった方が少なくて、距離が近かった人の方が多いということなんです。それから、もちろんコンクリートにもある程度の衝突がたくさん起こりうる可能性がありますから、しかも水分子以外のものをたくさん含んでますから、大きな原子核と衝突すると中性子がかえって跳ね返されて逆の方向に飛び出すこともありますから、近くでもどういう建物の中にいたかによって被曝線量は変わってくるんです。 

 だから、ガラスとかは、ほとんど障害がないのと同じように貫いていきますから、ガラス戸とか、そういうものからは、ほとんど何もなかったのと同じように入っていきます。それと木造の建物ですと中性子はほとんど障害なく通りますから、そういうものによっても違いはありますけども、一般的には距離が遠いほど少ないと言えるでしょうけど、今言ったように、距離が長くて線量が減ってるとはいえ、中性子の影響というのは、それぞれの部分で、器官なら器官、臓器なら臓器、それから組織なら組織、そんなかの小さな点に集中エネルギー与えてますから、普通のガンマ線やエックス線よりも症状が出やすい。そこの部分が損なわれたために、ちゃんとできないと。例えばすい臓のランゲルハンス島というのに集中的にそこで起こったとしますと、インスリンが出なくなるとか、そういうことが起こってくるわけです。だから、今言われてるように線量が比較的少なかった論だけではすまないと思いますね。 

小さなエネルギーで大きな効果

質問者 
 今のに関わることで、エネルギーが小さいほど生物効果は高いというお話で、これはとても衝撃的な話なんですけど、エネルギーが小さい中性子というのは、散乱したものですか、それとも直接来たものでも距離が長くなると遅くなるということですか。 

市川 
 速中性子のスピードが落ちるのは、衝突を繰り返すことによって相手の粒子に、陽子なら陽子に運動エネルギーを与えるから運動エネルギーがだんだん小さくなる。だけど、はじめに持ってるエネルギーは、メガエレクトロンボルトといって、ものすごい大きなものですからね。何個も何個も衝突でエネルギーをだんだん失っていくんですよ。1つの陽子とぶつかっただけで一挙にメガエレクトロンボルトが、ただのエレクトロンボルトに変わるなんて、そんなにまで急速には落ちません。 

質問者 
 これから主張を組み立てるうえで、14.1メガエレクトロンボルトが0.43ですか、100数十倍以上になってると思うんですが、 

市川 
 ちょっと待って。14.1メガエレクトロンボルトに比べて0.43メガエレクトロンボルトの中性子は、「100数十倍の生物効果」を持ってる。 

質問者 
 そうですね。それは分ったんですが、その14.1が0.43になるには、どれくらいぶつかってくるとこれくらいになるんですか。 

市川 
 それは、そういうフィルターを通して得られるんですけど、何回ぶつかってるかは分りません。何回もぶつからして、結果的にそういうふうにするわけですから。 

質問者 
 結局、ほんと端的に言うと、住民の人たちが被曝した中性子というのが、どのくらいのメガエレクトロンボルトだったんだろうなと、今のお話からすると知りたくなってきますよね。仮に今まで中性子で、この程度というふうに言ってる数字があるんですけど、それは科学技術庁が言ってるのと、市民団体というか大阪の関係者の方がおっしゃったものと、かなり差はあるんですけども、それがかなり中性子としてエネルギーが下がってきていて、生物効果が10倍とか100倍とかになってたりすると、ほんとに急性放射線障害が起きるような値を浴びてる人もいるわけなんですね。仮にその生物効果が10倍とか膨大になるとすれば、あり得るなという。 

市川 
 ちょっと待ってください。急性被曝というのは、ガンマ線とかエックス線のように、ある方向から放射線が飛んでくると線としてほんとに高い密度で飛んでくるんです。だから急性傷害というのが現れるんです。今言ったように実際には、主として水素原子にあたって、陽子を飛ばして、陽子は高いエネルギーを得ても電気ブレーキで止まってしまって、狭い範囲しか与えない。だけど、エネルギーを失えば失うほど、何度も衝突して、陽子を飛ばす距離も短くなるし、陽子は同じプラス1の電荷を持ってますから、ずっと早く止まってしまって、そこの止まったとこで、陽子線として放射線作用をする。そういうことですから、問題の作業していた3人は、あれだけむちゃくちゃな中性子線量を浴びてますから、急性障害が当然起こりましたけども、周りの人には、顕著な急性障害が起こるよりも、器官とか組織の一部がダメージを、小さい部分に集中的に受けてて、そのためにいろんな症状が出てくる確率の方が高い。それも含めて中性子被曝の特徴です。 

局所被曝の影響

 
質問者 
 今のですね、小さい部分に集中してという、小さい部分というのはどれくらいの規模を言うんですか。たぶん相手方が言ってくるのは、要するにミクロのレベルでごく一部の細胞が傷つけられてることがあったとしても、線量が低いということは、1単位の線の影響を受けたとしても集中してないわけだから、極めてぽそぽそと遠くにあるだけで、例え胃の粘膜がどうなるとか、集合的に現れてこないはずだと、そういう議論をしてくるんじゃないかと思われるんですが、その点はどうなんでしょう。 

市川 
 今まで中性子の作用の仕方というのを知らない人は昔よく言ってたんです。中性子は玉突き的な影響を与えて、中性子自身は非常に遠いところまで届くけれども、陽子はすぐに止まっちゃうから局所的な影響なんだと。ただし、さっきも僕が説明したように、中性子は1回水素とあたって、エネルギーを大きく失うことないんです。ちょっとずつ失っていく。しかも、だんだん中性子のエネルギーが弱まるほど、次にあたって飛ばす距離もあまりないですし、より近い距離で衝突しながらエネルギーを失っていきますから、結果的にははじめのころ起こってる事象は、ほんとに陽子だけの影響で、陽子も最初は強い運動エネルギーをもらいますから、ある程度は飛ぶんです。 

 それで、そのころでも40ミクロンとか、35ミクロンとか、40マイクロメーターね。そのぐらいの距離しか陽子ですから飛ばないんです。しかし、40ミクロンといっても結構大きいですよ。40ミクロンだったら、標準的な細胞で4細胞貫きますから。連続した4細胞ね。それで、その後どんどん中性子のエネルギーが失われていくにつれ、陽子を飛ばす距離は短くなって、その1個1個のエネルギーの範囲も小さくなって。ところが、いちばん問題なのは、中性子がどんどんエネルギーを失っていって、そして1個がぶつかってから次にぶつかるまでに、遠くには飛ばないし、水は豊富ですから、次々とあたってしまう。そういうことになった方が生物効果が大きいから、さっきも言ったように中性子の生物効果は、ガンマ線なんかのように距離の2乗に反比例しないで、距離の遠いところにもけっこう残るというのは、その最後の方の中性子にあたってる可能性もあるわけです。遠い人ほどその確率は高い。 

 だから、そういういろんなことが複雑に関係してますから、ある意味では、あのような3人の作業者のように、発生源のすぐ直近で体中に中性子を集中放射のように受けたら、もちろん急性障害が出ます。あとは、どっちかというと、さっき説明したように、障害が早く出たとしても、急性障害のように酷くなくて、例えば消化不良になるとか、ちょっと神経失調症になるとか、どっかで痛みを感じるとか、そういう形であらわれてるのが中性子被曝の特徴になるだろうと思ってるんですよ。 


講演録(7) 質問 

被曝した場所による違い 

質問者 
 集中的に、局所的にダメージを与えているというか、局所の範囲が消化不良とか、神経障害を起こしうるような規模になりうると考えてよろしんですか。 

市川 
 それは、あたった場所によるわけですね。例えばホルモンというのは受容体というタンパク質が存在して、はじめてホルモンとして働くんです。ところが、受容体というのは、それを必要としている部分に局在しているわけなんです。その受容体が存在してる部分に中性子があたると、受容体がなくなりますから、そのホルモンは働かなくなっちゃうんです。 

質問者 
 そこにあたればということですか。 

市川 
 うん。例えば今、環境ホルモンが問題になってるのも、環境ホルモンが立体的な、いろんなホルモンの受容体だと、くっついちゃうんですよ。受容体を占拠してしまって、だからホルモンがそれと結合できないから、そのホルモンが働けなくなっちゃう。受容体というのは局在してますから、そこがやられるとホルモンの異常が出てくるだろうし、例えば消化液の中に含まれる酵素も特定の場所で作られてますから、そういうところにやると消化不良を起こすかもしれない。粘膜のようにお互いの細胞がお互いに依存しあってますから、そのうちの少数がやられても、そこの粘膜の機能を保てなくて口内炎を起こすとか、そういうこともありうるんですね。 

人による影響の違い 

質問者 
 例えば同じところに、施設からの距離も同じぐらいの所にいて、同じような条件にいても、例えば粘膜、この口内炎のようなものが発生する人もいれば、しないという人もいるのは、どこで違ってくるでしょうか。 

市川 
 たまたま中性子があるエネルギーを持ってて、中性子はかなりの数が飛んでるはずですから、実際に作業をしていた3人に比べたら密度は低いけども、1つの個体の中で何カ所も中性子は20時間の間に貫いてるはずです。ただし、それが貫く途中で、最初の水素原子核とあたった場所、それからエネルギーを中性子が少しずつ失いながら陽子を追い出していった場所。その何回か起こるなかで、さっき言った肝心な場所の細胞がやられたとこで傷害が起こるわけで、それが外れてると、そういうことが起こってても障害が起こらないこともありうる。 

地域による違い

質問者 
 同じような話で、向こうがよく言ってくることなんですけど、微量の放射線で発病に影響するとすれば、もともと地域によって線量率が違うとか、特に高山の方だと宇宙からのエックス線なり、中性子線なりも大きくなるわけだから、そういう地域で年間線量を比べると、かなりもともと違う。にも関わらず、発病率はそんなに違わないじゃないかという話をよくしてくるわけです。それについては、先生はどうお考えですか。 

市川 
 我々の環境の中での放射線の影響については、例えば両方のデータがあるんです。日本の国内でも、地域によっては放射線レベルが高いところほどガンの発生率は高いというデータもあるし、それを否定してるデータもあります。否定してる人は、粟冠さんといって、もともと東北大の医学部の先生で、この人は東北一帯の放射線レベルと、いくつかのガンの発生率を調べて否定してるんですけども、コホートというんですが、調査の範囲を。そのコホートの取り方が、先生は郡単位なんです、県の中の。 

 京大の医学部で上野さんという人が神奈川県と大阪府だけに集中して、都市単位までおとして、都市の平均と市町村までもおろして、平均とそこでの発生率ということで、10いくつかのガンについて調べたんです。そこでは、神奈川県も大阪府もきれいな影響が出た、放射線レベルと。郡単位とか大きくしてしまうと、ほとんどないし、その前に科学技術庁の時代に昔出して否定結論では、県単位でやってるんですよ。 

 そういうことをおっしゃってる人は、昔の古いデータに基づいて言っておられると思いますよ。その上野さんが示したのは、粟冠さんと同じように、昔の郡単位でやると関係ないことになると。 

 それはチェルノブイリの事故が起こったあとで、イギリスでそういう放射線遺伝学的な、放射線による発ガンとか、それに対する討論会があって、上野さんが招かれて行って、原子力を良しとする人と、チェルノブイリの事故を直面して原子力を止めるべきだという、両方の学者が集まって1つのシンポジウムを開いてるんです。僕は、その本を日本語に訳してるんです。それは絶版になってるんで、英語のタイトルは違うんですが、日本人に分りやすいように、『放射線の人体への影響-低レベル放射線の危険性をめぐる論争』というタイトルで出しました。中央洋書出版部というところから発行されたんです。そこが景気が悪くなってから破産して絶版になっちゃったんです。出したのは、86年に出た本を1989年にその訳本で出してます。僕と女性1人と男性1人と手分けして、3人で訳本にしたんですけどね。イギリスでの論争です。 

 イギリスの学者だけでの論争じゃなくて、日本からは彼1人だったんですけど、その時に僕も誘われたんですけど、僕はその時、既にチェルノブイリの事故の影響をヨーロッパのいくつかの国から頼まれて線量測定を一生懸命やってましたから、その討論会にはいけなかったんです。あの時、僕も胸にTLDを付けてヨーロッパのいろんなところを調査にあたるだけで、結構被曝したんです。 

中性子と化学物質との相乗効果 

質問者 
 あと、先生が最後に言われた相乗効果について質問したいんですけども、先程から抽象的に、ある化学物質と、ある放射線、とりわけ、エックス線と違うとおっしゃったんですけども、その先生がなされた研究の、実際されたものと、これからやれそうなものの中に、まさに今回問題になっている、放射線の方でいけば、中性子線の今回浴びたような線量で、それと比較的ありそうな化学物質との組み合わせで相乗効果はありそうな感じですか。 

市川 
 僕が目をつけたのは、どういうことかというと、DNAの2重らせんね。2重らせんのうちの鎖の1本を切るのか、2本を切るのかに関わらず、DNAの鎖の切断をするものの間では相乗効果は起こるはずだということが、まず第1。 

 それで、DNAの鎖を切る化学物質と、放射線はどの種類の放射線も全部DNAの鎖を切りますから、紫外線という放射線、これは電離放射線じゃないですけど、光の一部です。電離効果のない放射線である紫外線だけは鎖をほとんど切らないですから、1番目のご質問にお答えしたような紫外線による障害を光回復するとか、別の機構ですから、DNAの鎖を切るものは紫外線とは相乗効果ないだろうと。だけど、DNAの鎖を切るものは、エックス線と相乗効果が出るはずだということで調べていったんです。 

 それから、化学物質の間でも、同じようにDNAの鎖を切る効果を持ってるもの同士だったら、そういう意味じゃやっぱり相乗効果があると。そういうことからいって、その他に関わる問題としては、違う作用機構であっても、例えば修復機構に関連のあるもの同士だったらあるんじゃないかと。つまり、どっちもの作用によって修復機構が落ちてしまえば、修復機構は同じだから、どっちも直せなくなって相乗効果がでるはずだと。だけど、こっちの方が証明が難しいから2年ぐらいしかやってないです。 

質問者 
 中性子線も扱ったわけですか。 

市川 
 中性子線については、2例だけです。というのは、中性子を当てるためには特別の装置がいりまして、その特別装置を持ってるとこで化学物質も同時に処理できるという設備がないとできませんから、だいたい中性子なんかを扱ってるところで、そういうものを持ち込むこと自身が法律上禁止されてますから、特別なケースしかできないですね。 

質問者 
 普通はガンマ線で… 

市川 
 普通はエックス線でやってます。ただし、中性子の場合でできる機会があったのは、京大の原子炉ですけど、もともと照射のために付けてある穴があるんですよ。そこに空気の圧力をかけて高速で送るカプセルのなかに、化学物質で処理した状態で材料を入れて送って、中性子はカプセルを平気で貫きますから、それで中性子の調査をできるようにしたんですよ。京大原子炉で、熊取のね。やった結果、やっぱりEMSは中性子ともエックス線とも相乗効果を示した。EMSはアルキル化剤のひとつなんですけど。それと相乗効果を見せたということはわかってます。 

質問者 
 実際に扱われたのは2例だけれど、理論的には同じようにありえると。 

市川 
 起こるはずだと考えています。 

放射線は体にいい? 

質問者 
 生物の自己防衛機能で、多少の、ある程度の一定の線量で、防備できる範囲の線量で、成長がよくなったり、そういう効果があるということ自身が、ある意味、生物体が放射線に反応しているということですよね。危険があるから反応しているわけですよね。だから体にいいんだとか、そういうふうにそこで言えてしまう論理がわからないですね。 

市川 
 体にいいなんてことは言えないということははっきり言える。というのは、危険があるから体を直そうとしている証拠なんです。 

質問者 
 そのとおりですよね。その方がずっとわかりやすいですよね。 

質問者 
 突然変異が、いい方に働くというとはあんまりないということですか。 

市川 
 それは、まれにあります。だけど、放射線の場合はDNAがほとんど鎖が切られてしまうんで、元通りには戻らないことがほとんどですから。しかも、遺伝子というのは、放射線によって起こった突然変異というのは、今は被曝2世のことをやってるんだけど、原爆によって起こった突然変異も、放影研というとこは血液中のタンパクを調べてる。それで、非被曝者の子と被曝2世の子の間で、異常な、普通には見られない、タンパクの量が違うかどうかというのをタンパク質の分析でやったんだけど、そのやり方の間違いは、放射線によって起こった突然変異のほとんどは、タンパクを作れないという突然変異なんですよ。まったく働かなくなってるのが多い。違うタンパクを作るというのは、まだ働く能力がその突然変異遺伝子に残ってて、アミノ酸の配列の違うタンパクを作るんです。ところが、放射線によって起こってる突然変異というのは、それがほとんどないんで、だから僕が使ったガンマフィールドで、たくさん突然変異を何万も見つけたんだけど、役に立つのがないというのがそれなんです。それで、だんだんやる人がなくなったから、今の農林水産大臣は、もっとあそこを活用しろといって怒ってるんですよ。 

質問者 
 よく世間話で言うと、トンビがタカ産んだというか、突然変異だとかいう、自然の突然変異と人工の突然変異というか、放射線のとはまったく違うのですか。 

市川 
 ぜんぜん違う。自然に起こってる突然変異と、はじめは同じだと思ってたから、ああいうことをやり始めたんだけど、自然に起こってる突然変異は、塩基の対が1つ、またはごく少数変わっただけで、だからタンパクのアミノ酸の配列が1つ変わるだけとか、2つ変わるだけとか、そんなんだけど、放射線によって起こるのは、切れてしまう。それを直そうと、つなぎかえようとするんだけど、例えば遺伝暗号というのは、DNAの3塩基ごとにアミノ酸を指定してるんだけど、1つ2つ抜けたりしたら、遺伝暗号のフレームシフトというんだけど、3つずつの枠が狂ってくるでしょ。そしたら、その途中で停止暗号というんだけど、もう止めという暗号が出ちゃう。そうするとちゃんとしたタンパクができないままで終わってしまうことが多い。 

 だから、ぜんぜん自然に起こってるものとは違います。自然でもフレームシフトというやつは、起こるには起こるんだけど、全部の自然突然変異の中の過半数は、塩基1対だけが変わっただけ。だから、我々の人類にも残ってる、いろんな遺伝性の疾患があるでしょ。それを調べてみると塩基1対の1カ所が変わっただけ、ほとんどがそうです。だから、ちゃんとタンパクは作るんです。ただ、もとの正常なタンパクに比べて機能が落ちる。例えば鎌形赤血球貧血症というのがあるんですが、1つ変わってるだけなんですよ。ところが、酸素との結合力は、鎌形赤血球貧血症というのでは、そのなかに入ってるヘモグロビンというのが、普通のヘモグロビンに比べて半分なんです。だから貧血症なんです。ところが、これはアフリカの黒人に多くて、マラリアを起こすハマダラ蚊が繁殖するところに多いんです。なぜかといったら、ハマダラ蚊は鎌形赤血球が大嫌いなんです。それで刺されない、マラリアになりにくいということで、そこにはわりとまだ残ってる。 

司会者 
 ありがとうございました。 


市川定夫埼玉大学名誉教授の講演録「低線量被曝の影響と JCO事故健康被害」を読む②

2015-10-31 | 市川定夫

講演録(4) 

エネルギーが小さいほど大きい生物効果 

 次にかかったのは、アメリカから帰って来て京大にいる頃から埼玉大に移ってからにかけて、ずっと続けたんですが、それは速中性子、いわゆるここで起こったのと同じ中性子です。原子炉内で核分裂を起こす中性子は減速してスピードを緩めてありますが、核分裂してから出てくる中性子は、速中性として、何も障害物がなければそのまま速いスピードで飛んでいきます。その速中性子のエネルギーと生物効果の関係でした。 

 速中性子として我々が一番得やすいのは、14.1メガエレクトロンボルトのものです。ややこしいですが、エレクトロンボルトというのはどんな単位かというと、小文字のeと大文字のVを書きます。エレクトロンは電子です。ボルトは電圧のボルトです。エレクトロンボルトというのは、どういうことかといいますと、1ボルトの電位差がある、それは普通使っている100ボルトの100分の1ですが、その1ボルトの電位差がある2点の間で、マイナスのエネルギーを持っている電子がプラスの方へ向かって飛んでいく時に、どれだけの運動エネルギーを得て飛んでいくか、その余分に与えられる運動エネルギー量を1エレクトロンボルトというんです。 

 1ボルトの電位差があるときに電子が電気エネルギーとは別に獲得する運動エネルギー、それがエレクトロンボルトです。それで、メガエレクトロンボルトというのは100万倍の単位です。だから、14.1メガエレクトロンボルトの中性子というのは、1410万エレクトロンボルトを持ってる。そんな大きな運動エネルギーを持ってる中性子です。 

 その中性子の生物効果は、普通のガンマ線とかエックス線と比べて、せいぜい3倍とか4倍ぐらいしかないんです。場合によっては、2倍しか生物効果を示さないことがあります。ところが、その中性子の出し方を変えることによって、もっと小さなエネルギーにして、14.1メガエレクトロンボルトからどんどん下げていって、僕らが実験したなかで一番低いのでは0.43メガエレクトロンボルトまで実験しました。そしたら、14.1メガエレクトロンボルトの中性子の生物効果、それもムラサキツユクサの突然変異で調べていったわけですが、それに比べて0.43メガエレクトロンボルトの中性子の生物効果、突然変異を起こす能力は、100倍以上の突然変異を起こすということがわかりました。 

 中性子もまた、ガンマ線からコンプトン効果で出る散乱放射線と同じように、エネルギーが小さいほど大きな生物効果を与えるということがわかりました。ということは、ここで起こったことを想定しますと、まず少しでも中性子が外へ行くのを防ぐためにバリアをいろんな形で置きました。例えば土のうの中に鉛とか重い鉄を入れたのもありましたし、コンクリートのブロックを積み上げたのもありました。そして中性子がぶつかってエネルギーを失い、運動エネルギーを失っていくほど生物効果は大きくなっいたんです。もちろん、事故初期に出ていた中性子よりは、バリアによりずっと減っていましたが。 

中性子による体内の集中被曝 

 そして、エネルギーが落ちた中性子が我々の体の中に入ってきますと、すぐさま近くにあります水素の原子核とぶつかって陽子を追い出す。しかし、運動エネルギーが弱くなってきてますから、陽子を飛ばす力も弱いし、自分もまたぶつかって飛ぶ距離も短くなる。陽子も弱いエネルギーしかもらってませんから、ほとんど動かずにその周りで陽子線としてエネルギーを放出する。それから、中性子の方もほとんど動かなくなって、そこで何度も何度も、そばに水素はいくらでもあるわけですから、生物の体の中には、ごく短い距離範囲内でどんどん吸収されて、そこに大きなエネルギーを与える。 

 だから、我々の体の中では、細胞単位でも組織の一部でもどこであれ、その組織が神経組織であれ、皮膚組織であれ、内蔵であれ、呼吸器官であれ、循環器官であれ、そういうどこであっても、その一部で集中的な被曝を受けることになります。しかも中性子を高い密度で受けますと、つまり大きな線量の中性子を受ければ、体のいたるところで集中被曝が局所的に起こるという現象が起こってしまうことになります。それが、さっきも話したように、中性子被曝の生物学的に一番危険な点なんです。 

 ですから、ガンマ線に比べてエネルギーが大きい速中性子、速い速度を持ってる中性子は、速ければ速いほど強いエネルギーを持ってるから、高速中性子とも言うんですが、それはガンマ線の3倍前後の生物効果しか持ってなくても、さっき言った0.43メガエレクトロンボルトになると、ガンマ線の100何十倍かの生物効果を持ってることになります。そういうことも証明されています。 

ムラサキツユクサの長所 

 それから最後に、私が一昨年の3月の末でもって65歳で埼玉大学を定年になって名誉教授という形になってしまったんですけど、最後の8年間、僕がめざした放射線と化学物質とか、化学物質どうしの間の相乗効果というのをムラサキツユクサを使って証明しようとしました。というのは、いろんな化学物質であれ、放射線であれ、みんな単品の効果だけで、しかも十分な動植物実験もやらないで規制基準が決められているからです。 

 不幸にして事故が起こった時に、それで起こったことと実際にガンマ線や他の放射線で起こったことを比較して丹念に調査すれば、ある程度推定できます。しかし、少数のサンプルからではきっちりしたものが出るとは限りません。 

 実験は動植物を使ってやるしかないですが、それに一番いいのはムラサキツユクサで、ムラサキツユクサは何でそんな微量なことまでやれるかといったら、1つの花に6本のおしべがありまして、そのおしべ1本1本にたくさんの毛が生えてる。植田先生が以前、毎日毎日観察されてたわけですが、1本のおしべあたり、平均60本の毛があるんです。だから、6本のおしべにそれぞれ60本ぐらいの毛がありますから、6×60で360本の毛がある。そして1本1本の毛には平均で25細胞が一列に並んでる。360に25をかけますと9,000です。1つの花で9,000のおしべの毛の細胞を見れるわけです。100個の花を調べたら90万細胞は調べることができます。 

 だから、ものすごい数を扱えて、しかも僕らが使ったのは青い色素を作る優性遺伝子と、ピンク色の色素しか作らない劣性遺伝子を1つずつ持たしてあります。それで、優性遺伝子と劣性遺伝子ですから、おしべの毛の細胞は花びらも同じなんですが、青です。ところが、優性遺伝子が放射線でやられると、たちまちその細胞はピンクになるという、そういう仕組みなんです。だから、90万のうち、いくつピンク色になってるか、もっと多人数でもっともっとたくさんやれば、何百万、何千万のうち、どれだけ突然変異が起こってるか調べることができる。だから微量放射線の影響がわかったんです。他の生物でそんなことができる生物はないんです。 

 単細胞の大腸菌とかバクテリアを扱ってると数はものすごくいます。けれども、バクテリアの数を数える時にコロニーといって、細胞の集まりを作るコロニー数でしか数えられませんから、1つ1つのペトリ皿(シャーレ)だったら、せいぜい何十個とか、そのぐらいしか数えられませんから、正確に何細胞あたり、どれだけというのは決められないですね。コロニーにも大きなコロニーもある、小さなコロニーもある。みんな同じ大きさじゃないですからね。 

改良したムラサキツユクサ

 そういうバクテリアでも不可能だったことがムラサキツユクサでやれたわけです。その長所を使ってさらに僕は材料を改良しました。青とピンクのヘテロに加えて、植物の一番下の節の長所を生かしたのです。節というのはフシです。竹のフシと一緒です。同じ単子葉植物の縦にしか葉っぱに筋が入らないツユクサ科の植物。皆さんがご覧になる春から夏にかけてコバルトブルーのきれいな花を咲かせるツユクサの仲間なんですけど。ツユクサにはおしべの毛はないんですけど、ムラサキツユクサにはある。ムラサキツユクサは北米産の植物なんですけど。 

 とにかく、改良型を使って次々と証明をしたんですが、稲なんかでは分けつといいますが、新しい茎が一番下の節から出てくる。それがどんどん出る改良をしたわけです。次から次へと採ると、それを外したらまた出てくる。また外したら、また出てくる。出てきてある程度延びて、はじめは真っ白なのが出てくるんですが、光にあたるとすぐに緑色になります。光にあたって緑になったら、はがして分けた別の個体にするんです。また、次へ次へと、ほんとにどんどん出てくる。今言われているクローンなんです。遺伝子型が全く同じ。ムラサキツユクサを私はテスターとして、株を分けてしか増やしませんから、世界中で使ってるのは、みんな同じ株、クローンなんです。 

 それで、どんどん増やして低レベル放射線よりもっと難しいといわれてた、違う化学物質同士、それから放射線と化学物質で同時に処理すると突然変異率が足した率、つまり加算効果だけで済むのか、あるいは相乗効果になるのか、あるいは相殺効果になるのか、それを調べていこうとした。ただし、僕が狙いをつけた点は1つありました。ある化学物質やある放射線が、遺伝子を作ってるDNAに対して、少なくとも部分的に共通の作用機構を持ってるもの同士では相乗効果になるはずだと。 

放射線と化学物質の相乗効果

 例えば一方の突然変異を起こす要因を、ある量しか処理してないと、それがDNAに損傷を起こしたすぐ近くで、次の損傷を与えるチャンスがなかった場合は突然変異まで行かない。ところが、2つの要因で一緒に処理すると、その時の突然変異はどうなるかと調べたら、僕の狙いどおり、予測したとおり、少なくとも部分的に共通の作用機構を持つものを同時に処理しますと、両方足しただけの効果よりも、ずっとたくさんの統計学的にはっきり差がある相乗効果をどんどん見つけるのに成功しました。 

 それで、いろんな化学物質と放射線の間、放射線の種類をかえてもこうだと、化学物質と化学物質の間、そういうたくさんの証明を最後の8年間に集中してやりました。僕はもともと原子力に反対ですが、その原子力を一生懸進めようとしてる、今文部省と一緒になって文部科学省となりましたが、その元科学技術庁には僕を恨んでる人がたくさんいたんですけども、僕は最後の8年間は、ずっと科学研究費補助金(科研費)というのをもらいまして、しかもかなり多額をとってました。というのは、そういう独創的な研究をしてる人というのは他にいないもんだから、付けざるを得なかったわけです。 

 私は、埼玉大学に結局23年いたんですけども、23年のうち16年は科研費をとっておりましたし、最後の8年は連続でとりましたから、新しい研究材料を開発して、しかも液体培養で土も何にも使わないで育て、今までは鉢植えで置いてたら限られた個体数しか置けないところでも何百個体も置けるように、分けたクローン植物を挿して、ほんとに狭い面積でたくさん栽培し、自動的に培養液が循環するシステムを作り、環境条件もコントロールして、いつもどんな時でも同じ条件、処理条件以外は全部同じという条件を具えたのです。その機械も僕の設計で作らせたんですけど、科研費があったからできたのです。 

相乗効果で教え子が博士号 

 とにかく、それで相乗効果というのをたくさん知ることができます。それから、もう1つ、今朝も推薦状を英文で書いて、こっちに来る前に送り出してきたんですけど、僕のところで博士号を取った、埼玉大学に博士課程ができて僕の指導で第1号の博士号を取った沖縄出身のS.N.という女性なんですが、彼女がその実験をずっとやってくれた一人なんです。実験材料の改良も一緒にやってくれたんです。 

 彼女はそれが認められて、博士号を取ったあと1年間僕のところでポストドクトラルフェローといって、日本ではオーバードクターとも言いますが、研究を続ける制度があるんですが、それで研究してましたが、次の年からはカナダのトロント大学に留学しました。新型肺炎が流行って問題になったとこです。ただしトロントで新型肺炎にかかったのは、あそこの中華街だけだったんですね。だから全部あれは中国系だったんです。ちょっとこれは余談ですけど、ある説によれば中国人をねらったのじゃないかとかね、そういう説も出たくらい。そんなことはないと思いますけど。 

 とにかく、そのトロント大学の生物学科で3年間、ポストドクトラルの研究を、最初の1年はカナダ政府から、最後の2年間は日本の政府から、もちろん僕が推薦者になって、奨学金もらって続けました。現在はアメリカのザ・ジャクソンラボラトリーという、一番北東のすみのメーン州にある、ネズミ専門の遺伝の研究所なんですけど、そこに行ってもう3年になるんです。そこでも、ガンに関係した、あるいは染色体を不安定にする要因とか、そういうことについて、まだ遺伝関係の研究を続けています。その人が今度は研究だけじゃなくて教育もしたくなって、ボストン大学の医学部の教官募集に応募したいと言ってきたんで、緊急に今朝、推薦状を書いてボストン大学医学部の選考委員会の委員長に送ったんです。 

人工化合物によるDNA損傷 

 その次の人は中国から僕のところに留学してくれたS.R.という女性で、その彼女がやってくれたのが、バクテリアでは全く無害だけど、真核生物でほんとの細胞核をもっていて、DNAがヒストンというタンパク質と結びついて染色体という構造を作っている高等な生物では、バクテリアでは全く無害のものが危険なものに変えられるという、プロミュータジェンと呼んでいる化学物質に関する研究でした。ミュータジェンというのは変異原、突然変異を起こす物質。それの前という意味の「プロ」がついてるんですが、そういうものがあるというのがわかっていきます。 

 バクテリアは、ぜんぜんDNAに損傷を全く与えない、安全とされてて、だからプロミュータジェンは、除草剤とか、そういう農薬に入ってたりしていたものもあります。そういうものの中で、高等生物では、体内で遺伝的に有害なものに変わってDNAを傷つけるものがあるということが最近わかってきました。それが1つ2つとわかってくると、その化学構造等から、これもその疑いがあるということが読めてきます。 

 そのS.R.さんは、研究生を1年、修士課程を2年で終えると、Sさんよりは2年遅れてドクターコースに入ったのですが、とにかく彼女もがんばってくれた。僕が、この物質もプロミュータジェンの可能性があると、しかもこの化学物質がミュータジェンに変わったら、エックス線と相乗的に働く共通の作用機構をもってると、そういうことを予測しまして、まずプロミュータジェンかどうか調べる。哺乳類である人の場合は、その物質が体内に入ってきますと、肝臓の細胞中にミクロソームというのがあるんですが、その中でその物質が変えられて、そして突然変異を起こす物質に変わってしまうんです。 

 ミクロソームは普通どんな働きをしてるかというと、天然に存在する毒物を無毒化するか、あるいは物によっては分解して害のない物に変えてしまう。そういう作用をしている。だから、体の防御のためにあるものなんです。ところが、プロミュータジェンと称する一群の全部が人工化合物です。天然のものは1つもありません。人間が石油から作り出した化合物です。 

 それが、ミクロソームにいきますと、そこで普通の天然のものを無毒化する作用が、誤って地球上になかったものに対しては同じように作用すると、かえって有害な物に変わってしまうんです。だから人間が作り出した物は体の中に入ってくることによって、我々の体を守ってた、進化の途中で獲得した見事なシステムが、悲しい宿命に一変してしまう典型的な例なんです。Sさんは、いくつかのプロミュータジェンとエックス線との間の相乗効果を見つけました。また、植物では、どの細胞も過酸化酵素によってプロミュータジェンを変異原に変えることも発見しました。 

あふれる人工化合物と放射線の危険 

 ほんとに今は8万を超える人工化合物がこの世の中に出されてしまって、毎年1000以上の新しい人工化合物が加えられている。しかも、そのかなりの部分が放射線と相乗効果を持っているとなると、放射線にさらされる可能性が高くなればなるほど、さらに危険が高まるということになりますから、その相乗効果の研究を僕の埼玉大での最後の研究にしたというのは、そういうとこだったんです。 

 そういうことで私は最初、さっきから言ったように、ムラサキツユクサという非常に優秀なものを見つける前には、一番最初にここの東海村のJRR1とかを使ってやってた頃は、まだまだわからなかったですから、非常に強い放射線をあてることによって、ものすごく放射線の効果というのは怖いものだと知った。しかも、やっぱり日本の場合は、広島・長崎の例がありますから、私も原水禁の副議長として、広島・長崎は30何年間も行きつづけてるんですけども。そういうことが頭にありましたから、どうしても放射線被曝のことを考えて、植物を使って、できるだけたくさんの放射線をあてて、どういうことが起こるかということを見てたんです。それが、東海村でやってた仕事なんです。最初、学生の頃に。 

 ところが、アメリカの国立研究所へ行って、さっき言った新しく見つかった微量放射線の危険性、無重力の危険性は発表を禁じられたけど、そこで見つけたムラサキツユクサという非常に優秀な材料と出会うことができたんです。それは誰も気がついてなかったから、誰も使ってなかった。だけど、たまたま温室担当の技官が、間違って農薬を薄めないでかけちゃった。そしたら、ある植木鉢の同じ株だけが花びらにピンク色の斑点が現れたんです。 

 僕は遺伝学者としてすぐわかったことは、いつも青いのにピンク色が出たということは、青い色素を作る優性遺伝子と、ピンクの色素を作る劣性遺伝子を1つずつ持ってるんだなと思いました。だから、優性遺伝子がやられたからその細胞はピンクになったと。それで、それを丹念に調べました。確かに青とピンクの遺伝子を1つずつ持ってるということを確かめて、それを研究に使いはじめて微量放射線の影響を証明できたし、NASAに頼まれての無重力の危険性も証明された。とにかく、ムラサキツユクサに出会うことによって、まずそれができた。そして、2つとも発表禁止になりましたけども、1つ目の微量放射線の影響については、この茨城県の常陸大宮で実験的に証明するのに成功しました。 

放射能濃縮のこわさ 

 それから、人工放射性核種というのは、ものすごく体内に濃縮するということを発見したのは、さっき触れたムラサキツユクサの原発周辺での実験だったんです。日本でもアメリカでもドイツでも、なぜ同じことになったのかというと、主たる原因が放射性ヨウ素だということがわかりました。はじめは、そういうことは日本の原子力の安全審査で全く考慮されてませんでしたが、放射性ヨウ素がものすごく濃縮されるというのは、実際には1959年にアメリカの核兵器関係の工場なんですが、そこで大量の放射性ヨウ素漏れの事故が起こっていました。 

 そして、2つの研究グループに調査が依頼されて、そこの報告は1960年にはアメリカの原子力委員会に届いていました。しかし、その2つも私の場合と同じように公開されることはありませんでした。ところが、私が1978年にたまたまいろんなところに講演旅行をしていた時のことなんですが、ワシントンまで行ったもんだから、その日の午後から講演があるその前に、昔のAEC、74年に解体されて今のエネルギー省と原子力規制委員会に変わっているんですが、そこに行ったら今まで秘密になってた資料を順次公開している。今日、公開するものもあると。それで僕は、そこに入る時には身分証明書を見せなければいけないんです。僕は、ブルックヘブン国立研究所のIDナンバーというんですけど、それを持ってますから、それを言いますと、ブルックヘブンにいたサダオ・イチカワだなということで、君は見る資格があると。一般に公開する前でも。それで10時からしか見せないということだったんだけれど、資格があるということで見せてくれた。 

 すごく分厚いファイルを持ってこられて、そんなの全部丁寧に見れるわけないんですけど、すごいなと思いながら、何かちょっとでも有益なものがないかなと思って見てたら、マーターという人の報告書で、放射性ヨウ素の濃縮についての報告がありました。それでデータを見ていくと、何とマーターさんの場合では、サバンナリーバーというところで1959年に起こった事故なんですが、そこで1週間前後で植物の種類によって違いますが、作物、自然の草、木も含むんですが、植物種によって200万倍から650万倍にも濃縮してたという報告です。 

 それにビックリして、その前後に何かないかなと思って、次を見たらソルダットという人の署名が入ってる報告書で、その人の場合は350万から1000万倍、植物の種類によって。それで幅を見ると200万から650万というのと、350から1000万倍ですから、両方の幅をとれば、200万から1000万倍に1週間程度で濃縮してしまうということがわかったんです。 

 それで、それまで1974年から静岡の浜岡で実験して、東海でも後に行われて、なぜそんなに突然変異が実際に原発の周りで増えるのかと、僕はたぶん天然にはない人工の放射性核種の中には、放射性核種のない元素だったら生物は安心して、どんどん体内に入れて使ってるはずだと、そのことは考えてたんです。だから、いつも原発の周りで実験をやってくれた人たちには、そのことを言ってたんです。 

講演録(5) 

高濃縮される放射性ヨウ素  

 原子炉の中で核分裂の結果出てくるものは、もちろん自然にあるものと同じ放射能を持つものもあります。だけど、それはごくわずかで、ほとんどが人工放射性核種といって、核分裂させなければできない放射性の核種なんです。核種というのは原子核の種類なんです。それには目をつけてましたけども、現実にワシントンのNRCの図書室みたいなつくりの部屋で公開しようというのを見て、バーンときました。原発の周りでムラサキツユクサの突然変異率を上げてるのは、圧倒的に放射性ヨウ素だとわかったんです。なぜなら、その当時、皆さんには、周りの人には放射能を出さないと言ってきました。だけど法律を見ていただいてもいいように、法律上は、固体廃棄物は「可能な限り」というより、ほとんど全量を廃棄物としてドラム缶等に収めることができます。それで、液体はどうしても漏れてしまう。 

 例えば外へ戻すのに本来なら冷却水には漏れないはずなのに、ピンホールかなんかあいて、そこから少しずつ漏れて出てしまう。だから、液体も一部は出てます。ただ、原子炉の中で水漏れがあったりして、それをプラスティックの手袋をして雑巾を絞ったとか、そういうのはドラム缶に納められるわけですから、そのまま外には出ませんが、例えば関西電力のような加圧水型でピンホールがあると、一次冷却水と二次冷却水が混ざってしまう。一次冷却水の水が一部二次冷却水に出てってしまえば、当然それはそのまま外に出ていきます。液体の一部は出ます。だけど、気体廃棄物は環境中に廃棄すると、はじめからそうだったんです。 

 だから、ヨウ素を吸着するフィルターは当時は使われていませんでした。私たちが実験をはじめた頃は。そして、そのムラサキツユクサの実験結果が出て、ようやく活性炭フィルターがつけられるようになりました。活性炭フィルターがつけられる前は、希ガス、不活性気体といって、クリプトンとかキセノンという元素の放射能を持った核種で、それは不活性気体ですから何も捕まらない。化学反応をまったくしませんから。なぜ原発が石炭も石油も燃やせないのに煙突があるのか、その希ガスというのを、できるだけ高いところに出して、人が住んでるところにあんまり降りてこないようにする。そのクリプトンとかキセノンという希ガスが圧倒的大部分で、当時ムラサキツユクサの実験を原発周辺でやってたころの希ガスと放射性ヨウ素の放出比は、1万対1の比率でした。不活性気体1万に対して、放射性ヨウ素は1しか出てない。 

 だけど先程のワシントンで見た、やっと公開された当日に見つけた資料からいけば、仮に気体の中に出されるのが、不活性気体が1万で、放射性ヨウ素が1だとしても、不活性気体は体の中に入ってきても何も反応しませんから、化学反応しませんから、体の中の濃度と空気中の濃度は同じはずです。だから1万のまま留まります。ところが、放射性ヨウ素は1万に対して1しか出てなくても、これは200万から1000万倍まで濃縮されたら、放出量が1万分の1だからそこまでしかいかないんですけど、200から1000倍になってるわけです。そうでしょ。濃縮で200万から1000万倍になりますから、1万に比べたら1万の200倍から1000倍にもなるわけです。 

生物体内での大逆転 

 だから、植物体の中で全く逆転して、原発の周りの空気中では、空間線量というんですけど、放射線量を測ってますけど、それに寄与してるのは、ヨウ素は1万分の1しかないんです。今は活性炭フィルターがついてますから10万分の1です。それしかないけど生物の体の中では、植物でそれを濃縮する。動物は直接・間接的に植物を食べますから、体内で、我々の場合は甲状腺に溜めるわけです。 

 ただし例外がありまして、妊娠中の女性の場合は、優先的に胎盤を通じて胎児に送ります。それから授乳中のお母さんの場合は、優先的に乳腺に送ってお乳に入って子どもに行くようになってます。妊娠も授乳もしてない時は自分の甲状腺に集めます。とにかく、そういうことで動物の体の中でも大逆転する。なぜかといったら、エネルギーの素は、全部もとを正せば植物から摂ってるわけだから、植物が濃縮してたら、あとは、例えば家畜を食べても、家畜が食べてる物は草ですから同じことになってしまうんですね。 

 だから、「しきい値説」の否定に続いて、そういうことが20年近く公開されていなかった報告を見て判明した。そして人工放射性核種のうち、特にその元素にはもともと放射性核種が全くなかったものに作られた人工放射性核種が生物をあざむくと。セシウムもそうだし、ストロンチウムもそうです。そういうことが判明した。そして3番目に、エネルギーが小さいほど生物効果が高くなるというのを、まず散乱放射線で、コンプトン効果の結果としてガンマ線からできる散乱放射線で見つけて、次は、わざわざ違うエネルギーの中性子の実験を繰り返し行って、中性子もエネルギーが小さいほど、散乱放射線以上にエネルギーが小さくなるに連れて飛躍的に生物効果が大きくなるということを見つけた。 

 その飛躍的に大きくなることは、JCOで被曝された人についても非常に大きな問題なんです。それを政府筋は、何とかはじめに言ってたよりも、もっと放射線の推定線量は少なかったみたいに言い方を変えたりする。そんなことは「しきい値説」にもとづくような、これ以下ではガンは発生しないなんて、どこの世界でも、もはや通用しないようなことを言い出して、何とかだまそうとしてる。そういうことは訴状の中で徹底的に暴いていかなければならないと思ってます。 

 そして最後に、ほんとに巨大なお金がかかりましたけれど、放射線と化学物質、化学物質と化学物質の間に、いろんなたくさんのケースで相乗効果があるということを見つけた。 

多種多様な相乗効果

  今までは化学物質なら化学物質単品でしか試験されてません。昔は何でも実用化されて世の中に出されて、いろんな害を起こしてはじめて禁止された。DDTもそうでした。BHCもそうでした。合成保存料に使われた、豆腐など、いろんなものに入ってたAF2もそうでした。みんなそうして害が起こってから禁止されたのが多かったんですが、PCBもそうです。みんな回収されましたね。今は一応、検査が義務づけられてますが、全部単品検査です。 

 その単品だけでどれだけ害があるからといって、これだけの濃度以下に抑えろと、ある濃度以下に抑えろというのは実用性を認めてるから、あえて「しきい値説」に立ってるんですよ。原子力も彼らの言い分は、原子力によって大きなエネルギーを得てる。したがって、「しきい値説」をとってもいいじゃないかと、こういうふうになってるんですよね。 

 ところが、放射線は放射線で、化学物質はそれぞれ単品で検査した結果にもとづいてやってるんですが、実際には我々の環境中には、例えば食品添加物1つ考えた時にも、もう様々な物に一緒にさらされているし、それから農薬にも汚染されている。それから大気汚染にもさらされてる。水の中にもいろんな物が混じってきている。食べ物の中にもいろんな汚染が起こっている。ものすごい多種多様な物にそれぞれが微量とはいえ、さらされているときに多種多様な相乗効果が起こっている可能性があるんですよ。 

 だから単品検査ではとうていダメだということを、私の最後の埼玉大学での証明ができまして、さっき言ったS.N.さんが、そのままポストドクトラルフェローとして、それでカナダに3年間も、それぞれ日本政府、カナダ政府から研究費をもらい、今はアメリカのジャクソンラボラトリーで、3年間続けた研究には、何とアメリカの国防省からの研究費を受けてるんです。それが、何で国防省が研究に金を出してるかと言ったら、将来、核が使われてガンが起こった時に、どうしたらガンの発生をくい止めることができるかということを知りたいから、そうした基礎研究にも金を出すのです。僕は、もらうのを反対したんですけども、彼女は真理を見つけて、国防省の金をいくらかでも一般市民の物にした方がいいということでもらったんですけど。僕も最後は賛成しましたけど。 

 とにかく、そうして一生懸命いろんな人がやってくれて、しかも僕は常に仮説を立てて自分で想定できる限りのことを考えて、これとこれだったら相乗効果が起こるはずだと、それから放射線の挙動を考えて、低エネルギーになるほど貫通力が弱まりますから、ガンマ線と散乱放射線を比べても、中性子ももちろんです。だから、今まで低エネルギーだから生物効果は弱いと考えられていたが、そうじゃなくて低エネルギーになればなるほど貫通力が弱いだけに、より短い距離に集中して生物効果を及ぼしてしまうんだという、そうなるはずだと狙いをつけたら、そのとおりに。それで、さっき言ったように、少なくとも部分的に共通の作用を持つ要因間では相乗効果は出るはずなんです。少なくとも出るものは必ずあるはずだと、そういう狙いをつけたら、やったうちの十中八九相乗効果が見つかりました。 

 そういうことで私の研究の進め方は、一番最初のムラサキツユクサという、いい材料をつかんだのはラッキーでしたが。そのあとは、その材料を得てからは、こうなるはずだと、こうすればこうなるはずだと、こういう物とこういう物の間には、こういう事が起こるはずだと。そういう狙いをつけることによって、次々といろんなことを発見してきたんです。 

JCO事故での相乗効果

 今日、そういうことで微量放射線の影響からはじまって相乗効果までのお話をしましたけども、このJCOで起こった事故も、中性子という放射線の特異性と我々自身がいろんな環境、例えば周りの田畑で農薬をまいてるとか、買ってきた物には添加物が入ってるとか、いろんなものにさらされるわけですから、被曝した当時もさらされていたわけですから、そういう点で今でも日本政府は、放射線なら放射線だけでの量で見ようとするし、しかもそれを過小評価しようとする傾向が非常に強いですけども、実際このJCOの問題についても相乗効果というのは非常に大きかったということです。 

 僕は、チェルノブイリの国際医学コミッションというのがあるんですけど、それの委員も頼まれてまして、1986年に起こったチェルノブイリの事故も僕にそういう方向へ動かす大きな結果になりました。 

 チェルノブイリ事故で北半球全部汚染された時代になって、すでに始めていた放射線のエネルギーと生物効果の関係を、もう少しやり終わって、そして最後は相乗効果に全ての力を注ごうと思ってやってきたんです。今日は、そういうことをお話しました。これで終わります。