投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 3月25日(日)12時43分45秒
続きです。(次田香澄『とはずがたり(上)全訳注』、p222以下)
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御物語ありて、神路山の御物語などたえだえ聞え給ひて、「今宵はいたう更け侍りぬ。のどかに明日は、嵐の山のかぶろなる梢どもも御覽じて御帰りあれ」など申させ給ひて、わが御方へ入らせ給ひて、いつしか「いかがすべき、いかがすべき」と仰せあり。
思ひつることよとをかしくてあれば、「幼くより参りししるしに、このこと申しかなへたらん、まめやかに志ありと思はん」など仰せありて、やがて御使に参る。ただ大方なるやうに、「御対面うれしく、御旅寝すさまじくや」などにて、忍びつつ文あり。氷襲〔がさね〕の薄様にや、
知られじな今しも見つる面影のやがて心にかかりけりとは
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【私訳】斎宮は院とお話をして、伊勢の神通山のことなどを、とぎれとぎれに申し上げられると、院は「今宵はたいそう更けてしまいました。明日はゆっくりされて、嵐山の木の葉の落ちた梢などを御覧になってお帰りください」などとおっしゃって、自身のお部屋に戻られると、さっそく私に、「どうしたらよいだろう、どうしたらよいだろう」と仰せになる。
予想通りだとおかしく思っていると、「お前が幼いときから私に仕えてきた証拠に、あの人との間をうまく取り持ってくれたら、本当に私に対して誠意があるものと思うぞ」などとおっしゃるので、さっそくお使いに参った。ただ一通りの挨拶のようにして、「お会いできてうれしく思いました。御旅寝も寂しくはありませんか」などといった口上で、別に密かにお手紙がある。氷襲の薄様であったか、
知られじな……(今逢ったばかりのあなたの面影が、すぐに私の心に
とどまってしまったとは、あなたは御存知ないでしょうね)
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更けぬれば、御前なる人も皆寄り臥したる、御ぬしも小几帳ひき寄せて、御とのごもりたるなりけり。近く参りて、事のやう奏すれば、御顔うちあかめて、いと物ものたまはず。文も、見るとしもなくて、うち置き給ひぬ。「何とか申すべき」と申せば、「思ひよらぬ御言の葉は、何と申すべき方もなくて」とばかりにて、また寝給ひぬるも心やましければ、帰り参りてこの由を申す。「ただ寝給ふらんところへ、みちびけ、みちびけ」とせめさせ給ふもむつかしければ、御供に参らんことはやすくこそ、しるべして参る。甘〔かん〕の御衣などはことごとしければ、御大口〔おほくち〕ばかりにて、忍びつつ入らせ給ふ。
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【私訳】夜が更けていたので、斎宮の御前に伺候している女房たちも皆寄り臥しており、御本人も小几帳を引き寄せておやすみになっておられた。近く参って、院の仰せの旨を申し上げると、お顔を赤らめて、特に何もおっしゃらない。お手紙も見るともなく、そのままお置きになった。「何と御返事申しましょうか」と申し上げると、斎宮は「思いがけないお言葉は、何とご返事のしようもなくて」とばかりで、また寝てしまわれたのも余り感心しないので、院のもとに帰って事情を申し上げる。すると院は、「何でもよいから、寝ておいでの所へ私を案内しろ、案内しろ」としつこくお責めになるのも煩わしいので、お供に参るだけなら何でもないことだから、ご案内した。甘の御衣などは大袈裟であるので、院は大口袴だけで、こっそりとお入りになる。
ということで、つい最近まで政治的事情と個人的事情で各々出家を望んでいたはずの後深草院と二条にしては、方向転換の素早さもいささか度が過ぎているのではなかろうか、という感じがします。
特に二条は、「里に侍るをりは君の御面影を恋ひ、かたはらに侍るをりは、またよそにつもる夜な夜なを怨み、わが身に疎くなりましますことも悲しむ」(里にいる折には院の御面影を恋い、院のおそばにいるときは、また他の女とお過ごしになる夜が重なることを怨み、わが身が疎遠になることを悲しむ)などと深く悩んでいたはずなのに、この場面では後深草院と前斎宮の仲を取り持つことに嬉々として荷担しています。
『とはずがたり』に描かれた後深草院の血写経とその後日談(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/7630942f4d47a35fc023c3ce48457dfc
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