大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第139回

2023年02月06日 20時06分44秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第130回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第139回



お付きたちは夜な夜な部屋を出る塔弥を監視していた。 塔弥と言うか、塔弥と葉月をである。
あの時、マツリが来ていた時は・・・塔弥が葉月の涙を拭いた時はもう夜も遅かった。 起きていられず野夜だけは寝ていたが、他の者たちはその様子を見ていた。 そして戸をそっと閉めた。
塔弥が葉月に・・・お付き曰くのクッサイ言葉を言ったあとに、お付きたちが塔弥を囲んで尋問まがいなことをしなかったのは己たちの矜持があったからである。
一番年下の塔弥に先を越されたなどと認めたくもない。 それなのに二度目は葉月の涙を拭き、そして三度目の今日だ。

「順があるだろ!」

口より先に頬なり額だろう、と言っている。

「俺に言うなよ!」

「いーや、そんな事より、塔弥がどうしてそんな強行に出た」

今日の間諜となっていた悠蓮と湖彩が睨まれる。

「いや・・・小声だったから話までは聞けなかった」

「塔弥のヤロウ・・・締め上げてやる」

「野夜、それは葉月の逆襲を受けるだけじゃないのかぁ?」

野夜ならず、お付きの誰もが葉月のプロレスの技に一目置いている。
野夜をヤッたときのそれは、それはそれは見事だったのだから。 それに技はまだあると言っていた。


本領では秋の虫が鳴いている。 各領土でいま同じように感じているのは西の領土だけである。 東の領土では短い夏を終わらせ春を思わせる気候である。 この後に短い秋と冬がやってくる。

「久しぶりに辺境に行きましょうか。 秋我さんと耶緒さんが居たところに」

「そうですね、秋我も耶緒も喜びますでしょう」

紫揺の心の内を知っている塔弥が答える。
あれからマツリのことは聞けていない。 襖に耳を付けていたなどとも言えないのだから。
紫揺にしてもそうだ。 今をもってもマツリとの間であったことは微塵も見せていない。

「では、用意をしてきます」

「うん、着替えたらお転婆の所に行くから」

塔弥が笑顔を向けたがそれは寂しい笑顔。 それに気付いているのは葉月と紫揺だけ。
紫揺は塔弥も葉月もマツリのことに気付いているとは知らない。 それでも塔弥の寂しい笑顔には気付いていた。 







だからこそ、その塔弥にいつもの無邪気な紫揺の顔が「じゃ、数日戻ってこられないって――」

「領主には言っておきます」

紫揺が言い終わる前に塔弥が声を重ねた。

「うん。 ありがと」

耶緒の両親に音夜の話を聞かせよう。
自分の出来ることをする、ただそれだけ。



「たー! キツイっ」

毎日毎日、杉山まで行ってその後の労働。 そしてまた徒歩で戻ってくる。 さすがの京也でもキツイようだ。

「お疲れのようですね」

誰も居ないはずの長屋なのにどこからともなく声が聞こえ、疲れた体ですら跳び上がりそうになった。
すっと陰から杠が姿を見せる。

「俤・・・おどかすなよ」

相変わらずどうやったらそれだけ気配を消せるのか。

「さすがの力山も音を上げますか?」

片手に酒瓶を持って上がり框を上がり座卓の前に座った。 そして横に置かれている盆から伏せられた湯呑を二つ取ると、とくとくと音を鳴らせて酒を湯呑に注ぐ。

「俺に覚えがあるのはこっちだからな。 足じゃねぇ」

相変わらずの太い腕を見せると、もう片方の手でパンパンと叩いてみせる。

「やはり杉山まではキツイですか?」

力山の前に湯呑を置くと一気に吞み干した。 「かっ、沁みる」と顔を歪ませて言いながらも湯呑を杠の前に出してくる。 もう一杯ということだろう。
とくとくと注いでやる。 後は手酌で勝手にやってくれと言わんばかりに酒瓶を京也の前に置いた。

「ああ。 山に行ったモンは全員、飯も食わずに寝てるだろうさ」

今度は少しだけ口に含みゆっくりと喉に通す。

「今のところ不穏な動きはないな。 だが、あくまでも今のところだ。 これ以上となるとキツイからな・・・働きに金が合わねーっていうやつも出てくるかもしれん」

辞めるか何人かが固まって暴動を起こすか。 どちらも受け入れがたい。

「そろそろ宿所を建てた方がいいということか・・・」

口の中で独り言(ご)ちるように言う。

「ああ。 それにこれからどんどん寒くなってくる」

怠け者の六都の者たちが寒い中、仕事をする為に家の外に出るとは限らない。

「宿所のことは承知しました。 人数的にどうですか? まだ増えてもいけそうですか?」

男達が荒れださないように京也が先頭に立ちまとめ役になっている。

「杉は山ほどある、それにまだ切った木はあっちに置いたままだ。 どっちかってーと、木を運ぶやつが欲しいくらいだ。 増やせるのか?」

そうなると賃金の問題がでてくる。

「さほどではないですが。 最近、暴れる輩がまた出てきましたので、武官にひっ捕らえさせておられます。 その者たちをまわそうかと仰っておられて」

誰が、とは言わない。

「ああ、そういうことか。 いいんじゃねーか?」

それならさほどの金の問題もないだろう。 正規に働いているものより賃金は安いはずだ。 それとも咎という名の無償労働かもしれない。

「まっ、見張りの武官さまが一番疲れるだろうがな」

杠が含み笑いを見せると己の湯呑に入れた酒を一気に吞み干した。

「では、あとも頼みます」

すっと立ち上がり何事もなかったように出て行ったが、外に人の気配がなくなったところで出て行ったのだろう。

「ちっ、一気に呑んでも顔色ひとつも変えやしない」

湯呑に入っている酒をチビチビと口に含ませた。

絨礼と芯直が学び舎に入った。 悪態をつく子として入ったのではなく、ちょっと落ち着きのない風を演じて入っている。
今までのように井戸端で気に入られる素直な子を演じてしまえばここでは潰されるかもしれないし、悪態をつくようであれば武官から目を付けられてしまう。 事前に杠からそう聞かされている。

今、絨礼と芯直、そして柳技を見ているのは享沙である。 見ていると言っても夜だけだが。
柳技と共に働いていた巴央が杉山に行くことになった。 学び舎が全て建ち終ったからである。 その為、巴央が少しでも杉山に近い長屋に移った。 そして柳技はとてもじゃないが杉山に毎日通い労働することは出来ない。
享沙と同じように影を移動しながら、不穏分子がいないか耳をそばだてていた。

そして杉山では伐採した杉を使って宿所が建てられ始めた。
学び舎を建ててきた男達にとっては慣れたものだったし、己らが寝泊まりする所だ、自然と力が入る。 入り過ぎて意見の相違が出るところもあったが、それを上手く京也が丸めていた。

「へっ、お前らこの宿所にえらくご執心じゃねーか。 なんだぁ? 帰るとこがねーのかよ、長屋をおん出されたか? ここを定宿にするつもりか?」

「う、うっせーんだよ!」

「ま、熱くなんじゃねーよ。 この宿所が出来りゃ、楽になるんだからな。 そうなりゃ、金にも納得がいけるってぇもんじゃねーか?」

徒歩でここまで来るのがどれ程しんどいかを知っている者にしか言えないことだった。

「やめようと思ってたんだけどな、あんな金じゃあ割に合わねーしよー、だが宿所が出来りゃあ話は別だ」

言い合っていた者たちが互いに目を合わせる。

「アンタもそう思ってたのか?」

「当たりめーだろ。 毎日クタクタだ。 だがこの宿所が建ってくれりゃあ話は別だ。 結構いい稼ぎになるしよ」

「あ、ああ。 そうだな」

「それに槌でブッ叩くってのも気が晴れらー」

「お、おお。 斧で木を切るのもな」

賃金への不服を治め、何をどうすれば堪ったものを発散できるのかを遠回しに気づかせる。
京也は丸める以上の働きをみせていた。


「なんだよ、今日のアイツ!」

学び舎を三度目に移動した時だった。
結局、絨礼と芯直の二人で一緒に移動することになった。
今日も武官は道義のことを説いていた。 その時突然に立ち上がった者がいた。

『うっせ、無理やり連れて来てそれか?』

武官が眉根を寄せた。 今まで見ていた武官ならすぐに座卓を叩き問答無用にしていたが、今日の武官はそうではなかった。 それを甘くみられたのだろう。

「無難に過ごせたんだから、それでいいんじゃないの?」

『では? 物を盗ってお前は平気か? お前が汗水たらして得たものを盗られても平気か? お前の時が取られても平気か?』

『盗られる方が馬鹿なんだよ』

『ではお前は馬鹿ということだ』

『なっ! どういうことだ!』

取り巻きたちもいきり立ったが相手は大人の武官、簡単に手が出せるものではない。

『今、本官とお前は話している。 それは本官がお前の時を取っているということだ』 

「アイツ・・・絨礼のこと馬鹿にしてただろ!」

『へっ、双子だって? 似てねー。 お前、腹違いじゃないのか? 下賤の生まれだろ』

下賤・・・。 売られてきた童女が後に孕んだ子。

「それに足蹴にされただろ!」

助けようとした時には既に蹴られていた。

「芯ちょ・・・朧、オレは淡月だよ?」

「そっ! そんな事はどうでもいい!」

「うん。 ありがとう。 どうでもよくないけど」

「明日、明日、アイツを―――」

「朧、いけないよ。 オレたちが何をしなくっちゃ、しちゃいけないのか、分かってるよね?」

「淡月・・・」

淡月と呼ばれた絨礼がニコリと笑う。

「オレたちはムムム様の元に動くんだろ? そう約束しただろ?」

だから感情に押し流されてはいけないだろ?
ムムム様とはマツリのことである。 マツリの名は簡単には出せない。
芯直が顔を歪める。

「ほら、今日の報告を書こう、って、誰に見てもらえるわけじゃないけどね」

事細かなことを毎日書いている。 日本的に言えば日記である。
絨礼の “さ” と “ち” はこの時には正されていた。 “ま” と “は” と “ほ” も。
ガラガラガラと、玄関の戸が開いた。

「あ! 柳技・・・弦月が帰ってきた!」

二人が玄関に走った。 走るほどもない距離だが。
すると玄関に暗い顔をした柳技が立っていた。

『沙柊・・・』

『ああ、俺も聞いた。 俤には俺から言っておく』


「決起すると?」

「はい」

杉山に行った者たちはこの六都の権力ある者とは言えなかった。 権力があると言われるからには給金などどうでもいいこと。 金をまき散らし食いたいものを食えばいいだけの話。 そしてそれに侍(はべ)っている者が居る。

「一人一人が誰か分かりますか?」

「はい」

「教えてください。 個々に潰します、ついてきて下さい」

個々がどこにいるかを教えろということだ。 杠が腰を上げた。

「潰すって、どうやって・・・」

腰を上げた杠を見上げる。

「腕を折るもよし、足を折るもよし。 警告です」

享沙が息を飲む。

「沙柊・・・。 貴方にだから言えるんです」



此之葉が退いたあと、毎日部屋の窓から夜空を見上げていた。
―――来てほしくない。
それなのに期待するように夜空を見上げる。
馬鹿だ。
紫揺が目を閉じ息を吐いた。 そっと内障子を閉める。
次にマツリが来れば何と言えばいいのか・・・。
―――来ないでほしい。

迂闊にも言ってしまった。
父と母のことを。 自分が両親を殺したということを。
絹の座布団に座している “額の煌輪” を見ると、その横にある大きな紫水晶に手を添える。

「初代紫さま、初代紫さまは伴侶のことをどう考えられましたか」

初代紫からの応答はない。
当たり前だろう。 初代紫はそんなことを石に込めたのではないのだから。 初代紫は強大な紫の力を引き継ぐ次世の紫に力に翻弄されないように石を授けたのだから。

(寂しくなんかない・・・)



『五人・・・ですか』

『今晩の所は一部だけですが』

全員で十七人だと享沙から聞いていたうちの五人。

「沙柊は納得できなかったということか?」

骨を折ると言って立ち上がった杠に享沙が異を唱えた。

『それはあまりにも!』

享沙がどうしても譲らず、仕方なく腹や背に拳を入れる程度の闇討ちに終わった。 享沙が納得してくれねば、その先の者たちが何処の者かもわからないからだ。

「まぁ、今はそれくらい思えるが良いか。 それであとの者はどうするつもりだ?」

「明日の具合を見て決めようかと」

杠とて闇討ちをしたいわけではない。
ふむ、と言ってマツリが顎に手を当てる。

「杠は決起の方に目を光らせながら沙柊から全員の顔を教えてもらっておいてくれ。 そのあと俺に教えてくれ。 武官に取り締まらせる」

武官に目を光らさせ、些細なことでもひっ捕らえるということだ。 その後に杉山にでも行かそうと考える。 徹底的に疲れさせる。
京也が言っていたように見張りの武官が一番疲れることになるだろう。

「承知いたしました」

マツリの前に置かれていた空になった湯呑に茶を注ぎながら「お伺いしてもよろしいでしょうか」と尋ねる。
マツリが眉を上げて、なんだ? と応える。

「少しでも落ち着けばと思っており、お訊き出来ませんでしたし、今また新たな問題が出てきております。 いつになってもお伺い出来そうにありませんので。 こんな時ですが」

「なんだ?」

今度は声に出して問う。

「あまりに長い時をこちらで過ごされておられます。 東の領土に行かれなくて宜しいのですか?」

四の月の満の日に行ったきりだ。 もう今は十二の月に入っている。

「一日くらいどうにでもなります。 どうしてもお気になられるのなら夜にでも飛ばれれば如何ですか?」

夜は夜とて問題があるが、吞み逃げやいざこざが殆どで武官が見まわっている。 マツリの出る幕はない。
マツリとて気にならないわけではなかった。 あんな風に東の領土から戻ってきたのだから。

「キョウゲンも退屈でしょうし」

この六都にきてからまともに飛んだのは東の領土に行った二回と、南の領土と西の領土の祭に行った二回くらい。 それと宮と秀亜群の往復。 あとは夜になり獲物を探しに出て行くくらいだ。
杉山を見に行くにもキョウゲンで飛ばず、馬にも乗らず徒歩で見に行っている。 時間の無駄とは分かっているが、簡単に飛んで行ったり馬で走って行くのを男たちが目にしてささくれを引っ剥がすことは避けたかったからだ。

六都のことを始めようと思った時に今動いていいものかという懸念はあった。 紫揺とのことが中途半端な時だったからだ。 だが六都のことは長くかかる。 今始めなくては四方が領主を退いてしまっては手を付けられなくなってしまう。 だから動いた。

杠にしてみてもこんな時に言いたくはなかった。 だがいつまで経っても問題は治まりそうにない。 マツリが紫揺のことを気にしていても、簡単に六都を離れることは無いだろう。 その背中を押せるのは己だけだと思っている。

「・・・そうだな。 その決起とやらを潰してから考える」

それはそうだろう。 今この時に目は離したくないだろう。 だがこの六都は次から次に問題が出てくる。 そんなことを言っていてはいつまで経っても紫揺の所には行けない。

「夜にだけでも行かれませんか?」

「ああ、今はやめておく」

「・・・承知いたしました」

『好きな人と・・・一緒に幸せになっちゃいけない。 私はそれをお父さんとお母さんから取り上げたんだから』
思い出すかのようにマツリの耳朶に紫揺の声が響いた。

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