大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第67回

2024年05月31日 20時36分14秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第67回




オートロックの杏里のマンションを出て暫く無言で歩いていたが、征太がポツリと言う。

「虚しさ感じてるの俺だけ?」

「・・・」

「村から親から勉強勉強って言われて、次には水見がやってきたことを研究しろって言われ―――」

「仕方ないだろ、それにそのお陰で大学も卒業出来て院生にもなれてんだから」

「それはそうだし今さら変えられないけど、それって俺らの青春を村に売ったことにならないか? 青春どころかこれから先も」

「・・・」

「杏里、生き生きしてたよな」

杏里が言ったように村に居た頃は小学校中学年までしか遊んでいなかったが、それ以降杏里を見かけなかったわけではない。 高校を卒業し、村を出て大学に通うようになるまでは話すことこそ無かったが見かけてはいた。 あの頃よりも生き生きとしていた。

「化粧がそう見せてんじゃないか」


勝彦のマンションを訪ねていた三人も駅に向かって歩いていた。

「俺ら大学院卒業したら村に戻るんだよな」

「そしたら先に卒業してる時雄さん達と研究、か」

「院生の中じゃ、和夫が一番だな」

「出してくれた金分は働いて返さなきゃな」

「・・・で? そのあとは?」


「そうか、分かった」

通話を切った。 息子である玲人からであった。

「まったく、曖昧な情報を流してきおって」

長への報告は明日でいいだろう、今日はもう遅い。


玲人が手の中でスマホを弄んでいる。

「まるで村の狗(いぬ)だな」

父親である啓二は長の腰巾着。 それは玲人が小さな頃からだった。 そんな父親を見るのが嫌だった。 それに長は考えが浅い。 その長に諂(へつら)って何十年。

「何が楽しいのやら」

そうであるのならば自分はどうなのか。 村の狗ではないのか、それは長の狗でもあるということではないか。
村の者が黒門の者たちを殴打したことには驚いた、そしてあの時に初めて水無瀬を見た。 その水無瀬と二度話したことがあった。 その二度目に自分の口から発した言葉。

『俺からの助言としては諦めることだな。 諦めた方が楽しく暮らせる』

でも水無瀬は呑まなかった。

『この山ん中で楽しく? それもしたくないことをしながら。 あなたたちは白門としてのプライドはないんですか、ここで生まれ育ったんでしょうが。 守り人が何をするか、門の人間がどうあらねばならないかを分かってるでしょう、代々教えられてきたんじゃないんですか』

そして玲人もまた水無瀬から発せられた言葉を呑まなかった。

『プライドかぁ・・・それって黒門で教えてもらった? 黒門はそんな風に考えてんのか。 まぁ、門それぞれが同じ考えとは限らない、それに時の流れってやつがある、時代に合わせないと置いてかれるだけだぞ』

いつの間にか弄んでいたスマホが手の中に納まりじっとしている。

「俺はいつ諦めたんだろうか」

それに門の在り方というものを聞かなかったわけではない。 幼い時、小さな小さな声で曾祖父から聞いた話を覚えている。

『いいかい玲人、白門の村はハラカルラを守り、ハラカルラを守ってくれている守り人の手助けをせにゃならん。 宗太郎も啓二も何も分かっちゃない。 玲人だけは大爺の言うことを分かってくれるか?』

日頃から大爺が玲人の祖父を宗太郎、父親を啓二と呼んでいるのは知っている。

『うん』

『そうか、いい子だ。 だがこの話は誰にもしちゃならんぞ』

『爺ちゃんとお父さんにも?』

『そうだ、玲人の心の中にだけ置いておく。 分かったな』

あの時には理由が分からなかった誰にも言ってはいけないという言葉。 今その理由は分かっている。 理解したのは今ではない、小学校中学年の頃にはもうわかっていた。 村の中に漂う空気感、村の外に出て勉強を積み重ねた者が帰ってきて村で研究を重ねていたその存在理由。

時の流れに乗るということは必要なことでもある。 但しそれが正しければ、そしてそれに納得していれば。 納得もしていないのに乗り遅れたところで何の支障があろうか。

「俺は」

いつプライドをなくしたのだろう。



「のぅ、オマエ、いつまでスネておる気だ」

「うるさいわい・・・」

まるで小学生のような返しである。

「あっさり雄哉に教えていけばそれでいい話だろうが」

烏たちの会話を聞きながら不思議に思うことがある。 烏たちはどうして言葉や文字を教えるのだろうか。
そして烏たちはハラカルラを守るために存在している。 そのハラカルラが涙してまで我慢していることがあるというのに、そこに積極的にかかわろうとしない。 ハラカルラに言われるまで待つという手段を取っている。

文字こそハラカルラが認識しているわけではなく、ハラカルラの流れを烏が文字にしただけでありハラカルラは直接関与してはいないのだから、烏が勝手に教えても何の不思議はないが、初めて言葉を教えてもらった時、ミニチュア獅子に印を入れた時にハラカルラは言葉を守り人に教えろとは言っていないと聞いた。 それなのに烏は守り人に言葉を教える。 どうしてなのだろうか。



「そうか、怪しげなことは無いということだな」

「はい、そのようで」

「それに越したことは無いが・・・村を出た者が集まっているというのが気に食わん」

「御尤(ごもっと)もで」

「この間も木更の彩音が来ていたというが、その前は何年も前だろう」

「そう聞いています」

啓二の返事に舌打ちをしたくなる。 どうして先を読んでその返事が出来ないのか。

「何をしに来ていたと?」

一つ一つを質問しなければ分からないのか。 よくこんな男から玲人のような息子が生まれたものだ。 まさに鳶が鷹を生む、だ。

「いえ、とくには聞いていませんが、いわば単なる里帰りではと」

「玲人には調べさせておいてお前は調べていないということか」

「・・・すぐに」



「あの、烏さん、どうして文字や言葉を教えてくれるんですか?」

「ハラカルラのか?」

黒烏、当たり前なことを訊くな的なことを以前言っていたよな。

『そろそろ文字も教えるかのぅ』

『え? ハラカルラの?』

『それ以外に何がある』

それもどこかバカにしたような目をして。

「そうです」

それ以外に何がありますか、などと言ってしまえばまたスネてしまうかもしれない。 黒烏がスネると、どこからともなく小さな呻き声が聞こえてきたり、溜息が何度も吐かれたりと穴の中の雰囲気がじめっとする。 これ以上それは避けたい。

「文字はテン、テン、テン・・・テンプラ?」

どうして烏が天婦羅を知っている。

烏がチラリと水無瀬を見る。 合っているかということだろうが、絶対に天婦羅ではないはず。 だが何を言いたいかが分からない。

「なんでしょうか」

分からないということを示すように小首を少し捻ってみせておく。 これで水無瀬の返事に対しての機嫌は損ねないはず。

コホンとわざとらしく咳払いをする黒烏。 ちゃんと羽を嘴の元に持ってきている。 水無瀬が分からないということを示したことに元来のエラそばる黒烏が戻ってきたようだ。

「定型があっての」

定型・・・テンプレートのことだったのか。 この黒烏、器用に微妙にどこかはずしてくる。
テンプレート、ライが言っていた。 それに長が矢島達に受け継がれているとも言っていた。

黒烏がハラカルラの言葉でその定型を口にする。

「意味は言わずとも分かるだろう」

『扉を開けよ、閉めるでない 誰が為(たがため)のものか 扉を放て、作るでない
さすれば桎梏(しっこく)の環が解き放たれ、万水の縁由(えんゆう)を以ちて穢れ罪、塵埃芥ぞ祓われり』

水無瀬が頷く。
長がこの定型を読んだ時 “作るでない” までだった。 そして続きがまだあると言っていたが、それがこれだったのか。

『さすれば桎梏(しっこく)の環が解き放たれ、万水の縁由を以ちて穢れ罪、塵埃芥ぞ祓われり』

「これはの、ハラカルラが一番言いたいこと」

「え?」

「鳴海たち人間の世は枷で繋がれておる。 それを外せば重なり合っているハラカルラの水で穢れが祓われるということ。 それを守り人に聞かせるために言葉と文字を教えておる」

「だから今までの守り人には今コヤツが言った以外の言葉も文字も教えておらん。 まぁ、それ以上となると普通の人間なら頭が爆発するだろうがな」

普通でなくて悪ぅ御座いました。

だが確かにそうだろうと思う。 それは物理的に爆発するのではなく、一言一文字教えられる度に、頭の中に一筋の細い雲が出来る感じを受ける。 そしてそれが増えていくと頭の中が朦朧(もうろう)とし、その雲が幅を利かせて爆発しそうに感じるという感覚であった。

「 “万水の縁由を以ちて” ハラカルラがどれだけの痛みを伴おうとも、そうするということ、そう選ぶということ」

「じゃが人間は何も分かっておらん」

「まぁ、それも仕方のないことだがな」

烏が言うには、あくまでの烏たちはハラカルラが望むことをするだけ。 そのハラカルラから文字や言葉を守り人に教えるようにとは言われていない。 自分たちで決めたということ。

「わしらに出来るたった一つじゃがな、ハラカルラを分かってもらうために鳴海たちに教えておる、それが答えじゃ」

黒烏の機嫌が直ったが、この日はしんみりとして終わることとなった。


以前、黒烏が初めて水無瀬に文字を教えた日、すっかり忘れていた矢島からのメモを思い出していたが、白烏が言ったように頭が爆発する前だったのだろう、穴から出て『グゥー、頭が爆発しそう』 と言ったのを覚えている、あれは間違いではなかったようだ。 そしてそればかりが頭に残って、矢島のメモのことをまたもやすっかりと忘れてしまっていたが、黒烏から聞かされ再び思い出し矢島の書いていたメモが気になってきた。 あのメモは長に渡してある。
村に入ると足を長の家に向けた。

「よう、水無瀬君お疲れだったな」

白門見張り隊ではないおっさんが声をかけてきた。

「あ、ただ今戻りました。 皆さんもお疲れ様です」

全てとは言わないが、ライの家で出される食事の食材を村のみんなが作ってくれている。

「うん? ライの家に戻らないのか?」

「ちょっと長に」

「そうかい、水無瀬君も忙しいな」

一つ笑ってみせると再び歩き出した。


「矢島の書いていた?」

「はい、見せていただきたいんですけど」

「もちろんだ、言ってみれば水無瀬君に持っている権利があるのだからな、待っててくれ」

長が水無瀬に気を使って「預かる」と言ったのは分かっている。 訳も分かっていないあの時の水無瀬に預ける、若しくは返すということが水無瀬の負担になると考えてのことだったのだろう。

「水無瀬」

振り向くとライが居た。

「ライ」

「おっさんが水無瀬が長のところに向かったって、ややこしいことだったら分け合えって言われた」

おっさん達が気を使ってくれたようだ。

「ややこしい話じゃないよ、ほら、矢島さんからのメモを見せてもらいに来たんだ」

「あー、そっか。 てっきり白門のことで烏から何か言われたのかと思った、っておっさんたちが言ってた」

朱門のみんなは世話好きなのか心配性なのか。
そこへ矢島のメモを持った長が玄関まで出てきた。

「おお、なんだライも居たのか」 そう言いながら水無瀬にメモを差し出すと、ゆっくりと水無瀬が広げる。 長とライがその様子を見ている。 するとおもむろに水無瀬がハラカルラの言葉を口にした。 目は矢島のメモを見ているのだから、それを読んでいるということ。

え? という目をしているのは長である。

水無瀬が口を閉じる。 最後の三文字も分かった。 二文字、それは矢島を表す印。 そして最後の最後の一文字、長はこちらの世でいう判子のようなものだと言っていたがそうではない。 それは誰かに矢島の印を聞かせた、聞かせた相手のその身に入れるという意味の言葉だった。

「すごいな、水無瀬」

この短期間に読めるようになり、ましてや簡単に発音できないハラカルラの言葉を口にしたのだから、ライが驚いても仕方のないことである。

「長、以前言ってらしたこの続きっていうのは」

またもやハラカルラの言葉で黒烏から聞いた言葉を紡ぐ。

「あ・・・多分その通り」

「なんだよ長、多分って」

「いや・・・わしが聞いたというか、覚えた話し方とは随分と違うから」

「水無瀬どうなんだ?」

「うーん、以前長に読んでもらった時には何も知らなかったからな。 でも烏たちには間違ってるとは言われてないし、どうだろ」

「んじゃ長、俺が聞いてやるから一度読んでみてよ」

水無瀬は烏じきじきに教えてもらっているのだ、恥をさらすようで読みたくはないが、ハラカルラの言葉を耳にしたことのないライが聞いてどれだけ違うのかを知りたい。
長が水無瀬からメモを受け取り声に出して紡いでいく。 そして口を閉じた。

「長・・・」

「・・・どうだった」

「何も知らない俺が聞いても明らかに違うんだけど?」

ライが言うように水無瀬もそう思う。 長から初めて聞かされた時は、はっきりと聞き取れない発音で言葉を紡いでいく、発していくではない、紡いでいる、そんな風に聞こえた。 だが烏に教えられたハラカルラの言葉は遥かにそれを超える紡ぎ方だった。 包まれ揺られるような、漂うような、まろやかな、そんな心地の良い言葉で紡がれていた。 聞いていて心地が良い、いつまでも聞いていたい心地の良さがあった。
長には悪いが、よくこの紡ぎ方で矢島の印を入れられたものだと思う。

ライの言葉に長ががっくりと肩を落としていた。



夕刻、啓二が長の家に入って行った。 その姿を玻璃が横目で見ている。

「やはり単なる里帰りだと?」

「はい、年の離れた従弟の智一が世話になっていると幾人かに土産を渡していたくらいなもので、久しぶりだからと一泊して帰ったと」

長が首を傾げる。 朱門と黒門からハラカルラのことを言われてから二か月と半月以上が経つ。 その間に村を出た者達が集まっているやら、この木更彩音の話やらと持ち上がってきた。 木更彩音が一度も村に来たことがないわけではないが、めったに来るわけではないのにこのタイミング。

「木更の彩音はどうして村を出たのだったか?」

「たしか・・・噂では色恋ごとだったかと」

「噂?」

「あ、はい、確かめてきます」

「今日はもう疲れてる、報告は明日でいい」

「・・・はい」



ハラカルラから戻ってくると着信ランプが点滅していた。 スマホを開けると雄哉からのラインで、半月ほどが経つが例の会社の件はどうする、といった内容であった。

「うわ、あの連絡から半月が経っちゃってたのか」

ラインの返事を打ちかけたその手が止まり、通話画面を開く。
五コールで雄哉が出てきた。

「やっほー」

「元気そうじゃん」

「空元気に決まってんだろ、クタクタなんだからな。 で? どう? 調べた?」

「ごめん、まだ調べてなかった」

「まぁ、水無ちゃんも忙しいからな、あれだ、決して急かしてラインしたわけじゃないから気にすんな。 単に高崎さんが今度の日曜日にハラカルラに行くって言ってたから、顔も合わせるだろうしなって思っただけだし」

「え?」

「久しぶりに穴に行くって言ってた。 俺も出来れば行きたいんだけどなぁ、長く行ってないし」

「雄哉は来られないのか?」

閃いたことがある、出来れば来てほしい。

「無理は言わないけど、来られそうにないか?」

「うーん・・・仕方ないか、水無ちゃんの頼みとあらば一肌脱ごう」

「脱ぎはしなくていい」

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