大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第65回

2024年05月24日 20時36分31秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第65回




「え? 杏里?」

丁度夕飯を終わらせた時間に玲人の父親が訪ねてきた。
杏里の母親が後ろを振り返り杏里の父親を呼ぶ。

「お父さん、啓二さんが杏里のことで何か訊きたいって」

杏里の父親と玲人の父親である啓二は歳が同じである。 従って玲人と杏里も歳が近く、小さな頃はよく一緒に遊んでいたが、大学に進んだ玲人と違って杏里は高校を卒業すると村を出ていた。
玲人が街中で杏里を見かけた時には垢抜けていて驚いたが、それでも高校生の頃の面影を残していてすぐに杏里と分かった。 だが声をかけることは無く、時々見かける程度であった。

「おう、啓二、なんだ?」

「明彦、お前、最近の杏里の様子を知ってるか?」

「そりゃ知ってる、一人娘だからな、毎日連絡を入れるように言ってる。 元気にしてるさ」

一人娘と言っても一人っ子ではない。 杏里の兄である智則(とものり)は高校を卒業した後は村に残っている。

「ラインで元気よ、ってくらいですけどね」

生死を確認している程度の様子である。 それならば訊きたいことは知らないのであろうか。

「村を出た誰かと会っているとかって聞かないか?」

「聞いたことあるか?」

明彦が杏里の母親に聞く。 そんなところは女同士で話しているだろうという感じの訊き方である。

「えーっと、せっちゃんとはよく会ってるって聞くかな」

「矢川の節子か」

節子と杏里もまた、そんなに歳は変わらないが節子の方が上である。

「そう、良くしてくれているみたい」

節子がどれだけ良くしていようとも今そんな話は関係ない。 間髪入れずに次を訊く。

「他には?」

「うーん、聞かないかなぁ」

「まぁそれでもどこかで村出身の連中と会うと話の一つもするだろうがな」

「杏里はどうして村を出たのか、親なんだから聞いてるよな」

「単純に化粧をして仕事をしたいってさ。 農作業じゃない仕事ってな、呆れるだろ」

玲人からは垢抜けて奇麗になっていたと聞いている。 村を出た理由を実践しているだけのことなのだろうか。 だが玲人は複数人の中に杏里が入っていたと言い、それを何度か見かけたと言っていた。 今、明彦が言ったように単に村出身の者の家なりマンションなりに訪れ、昔話でもしているだけなのだろうか。

「そうか、夕飯時に悪かったな」

「いやいや、玲人は勉強が進んでるようか?」

「そうなんだろうな、だが俺の分からん話をされてもチンプンカンプンだ。 邪魔したな」

「そんなことはない、おやすみ」

ガラガラと戸が閉められ、硝子戸に映っていた啓二の姿が徐々に消えていく。

「おい」

声を押し殺して言っている。

「はいはい、分かってますよ」

そう言って台所に入って行くと、続き間でテレビを見ていた杏里の兄に呼びかける。

「智則、夕飯の片づけ手伝ってちょうだいよ、天ぷらの後は大変だから」


その後も玲人が見かけたという親たちの元を訪ねたが、どこも同じような反応であった。 だがそれが可笑しい。

「どうしてだ」

「一人くらい村を出た連中と賑やかにしていると言っていてもいいはずです」

「それはそうか」

村を出ているのだ、それこそ一揆などという心配はないが、高校生たちや農作業で怪我をした者たちがハラカルラに入ると、朱門と黒門に見張られ縮こまっている状態だと聞いている。 そんな不安定な時に不穏な空気は払拭しておきたい。

「玲人たちに探らせますか?」

村を出て大学や大学院に通っている者たちに。

「そうだな」


時間は少し遡り、啓二が明彦の家を出たあとになる。
ライが言ったようにラーメンを食べ、腹ごしらえを済ませた水無瀬が潤璃の家を訪ねていた。 遅れてくる者も居るということで、すでに揃っていたメンバーたちに水無瀬を紹介したあと、一人ずつの紹介が始まった時であった。

「あ、ごめんなさい」

着信があったようで、一人の女性がスマホを持ってリビングを出たがすぐに戻ってきた。

「お父さんからだった。 啓二さんが怪しんでるみたい」

集まっていた誰もがその女性を見る。 もちろん水無瀬も。 その水無瀬に向かって「下坂杏里と言います」 と言ってから潤璃に向き直る。

「村を出た誰かと会っているかっていうのと、私がどうして村を出たかの理由を訊いてきたって。 理由は農作業以外をしたいからって言って、お母さんがせっちゃんと会ってるって言ったくらいらしいけど」

節子の方を見ると節子も頷き、水無瀬に向かって「矢川節子です」と言った。

「まずい方に風が吹き出したかもしれませんね」

「私が時間をかけすぎたからだ、申し訳ない」

「いいえ、そういう意味で言ったのではありません。 それに慎重が第一ですから」

水無瀬の気遣いに一つ頷いてから続ける。

「取り敢えず誰が誰か分からないだろう、紹介の続きをしよう」

一人ずつの名を告げられるが、一度に覚えきれる数ではない。 ネットワークから広がった人数は総勢五十八人ということで、今このリビングに居るのがその内の十二人である。

玻璃から聞いた村の人数と合わせると、総勢百二十一人。 村の二十歳以上の総人数である三百人の中に玻璃たちは入っているが、この五十八人は入っていない。
総人数に五十八人を足して三百五十八人、この人数が最終的な総人数となる。 あくまでも当日、五十八人が参加できればの話であり、村の総人数は三百人オーバーだというから狂いは出てくるだろうが。

おおよそで考えた時、358分の121と考えて0.3379となり、33%強だがオーバーの分から、良くて33%。 玻璃たち村の中の者だけで考えた時の20%を大きく上回る。 そして五人に一人が同じ志を持つ者だったのが2.9586人となり、オーバーの分を考慮して四人から三人に一人とこちらもかなり数字が変わった。 その上ここに居る二十一人と、まだ顔合わせはしていないが四十六人、合わせて五十八人は、村の中の者たちよりも大きく主張するはずである。 そういう意味で考えた時の数字はまた大きく違ってくる。

一人一人紹介されたあと、各々が自分の考えを水無瀬に聞かせる。 やはり誰もがハラカルラを大切に思っている。 その言葉を直接聞くことが出来、改めて肚の中の納まりが良くなっていくのを感じた。 水無瀬自身気付かなかったが、少し前まで積み木をグチャグチャにして肚の中に入れていたような状態だったようである。

一人一人が話す中、時間差で何人かのスマホが鳴っていた。 それは通話であったりラインであったりそれぞれだったが、口を揃えて杏里と同じことを言っていた。
そして最後には潤璃のスマホが鳴った。 村の中をまとめている玻璃にも村の中で問われた全員が連絡をしていたということで、そちらも注意するようにと言われたという。

「こんな時間になって・・・いや、と言うことは杏里の家が一番最初だろうな。 ということはついさっき知って焦って訊いて回っているということか」

「でもお袋が聞いた限りでは、俺たちが意味あって集まっているとまでは知らないでしょう。 せいぜい何人かが一緒に居るところを見られたくらいなものじゃないですか?」

「そこを嫌っているのかもしれません。 今、白門は朱門と黒門に圧をかけられていますから、村の中を平成に収めておきたいといったところかもしれません。 杏里さんのお話ではどうして村を出られたかまで訊かれたということ。 村を出られた方々と言っても実家とご連絡を取り合っていらっしゃる、そこに不穏分子があっては困る」

「村を嫌って出た、と考えているってことか? まぁ、正解だが」

「可能性は大きいかと、それもハラカルラのことで。 朱門と黒門に色々言われましたから敏感になっていても可笑しくはありません」

「悠長に構えてはいられないな」

「そのようですね」

だが今から全員で白門に行くという話にはならないし、そんなことは出来ない。
話を戻して一人一人が話している間に数人が遅れてやって来ていて、最初の十二人以上と意見を交換し合うことが出来た。

「他のみんなも同じ考えだよ」

「うっぷんが溜まっていたことを盛大に吐き出してやりますよ」

「ええ、それもあるけど、その前に水無瀬君、本当にありがとう」

「え?」

「そうだな、潤璃さんから聞かなきゃ俺たちは誰一人として声を上げなかったと思う。 鬱屈した気持ちでネットワークを組んでいただけで終わっていた。 ありがとな」

「そうね、時々、腹の探り合いをしながらね」

誰もがくすりと笑っている。

「ネットワークの中ではこんな話は全くなかったんですか?」

「表立って話せる話ではないからね」

「たとえネットワークの中だと言っても、いつ誰が村の誰かに言うとも限らない、そうなれば実家が心配になるだけだから」

「その証拠っていうのもなんだけど、ネットワーク全員が参加をしているわけじゃない」

「ということは、声をかけていない人もいるってことですか?」

「ああ。 たとえ村に漏らさないとしても、ここに居る者たちほど強い思いがない人間には声をかけていない」

潤璃がどういう基準でそう判断したのかは分からないが、そこのところの選別に時間がかかったのだろう。 それを思うと潤璃に声をかけてから今日までにこの人数を集めたというのは最短なのではないだろうか。

「それでこれからの事なんだが」

「はい、僕は決して弁が立つわけではありませんし、小細工も出来ません、良策を考える頭も持っていません。 拙策にもならないほどになりますが、僕に考えがあります」

水無瀬の考えというのは、正面からストレートに言い、村の内側から崩していくということであった。 そこで村を出ている五十八人には悪いが、立場を忘れてはっきりと言ってもらうと言う。 わざわざ村に足を運ぶのだから、チャンスはこの一回だけ、誤魔化すことなくはっきり言ってほしいと。

「願ったりだね」

誰もが頷いている。
そして村の中の人たち、玻璃からの情報では六十三人だということだが、こちらには強制はしないと言った。 あくまでも村の中で生活をしているのである、その時の色んな立場、状態があるだろうからと説明をし、その場になり手を上げ声を上げるかどうかはその時次第で、水無瀬が遠回しな言い方をして手を上げるチャンスを作るということであった。

「人数が不確定ということか」

「はい。 ですが玻璃さんがかなり確実性を持っていらっしゃるようなので、そんなには変わらないと思います」

「うちの兄さんが手を上げないことは分かっているし、お母さんはどっちつかずだけど兄さんを選んで上げないわね、でもお父さんは必ず手を上げるわ」

杏里である。

「一人でも確実な人が居れば、つられて手を上げる人が出てきますよ。 それとお兄さんはどうしてですか?」

「いちおう白門では例のアレのことを村おこしだって言ってるの」

例のアレとはハラカルラの魚たちからエキスを作るということ。 はっきりと口にしたくないということである。

「村が儲かればそれで楽が出来ると思ってるの、我が兄ながら情けない話だけど。 そんな兄さんを未だに可愛いがってるお母さんだから、手を上げないのは分かってる。 でも私とお父さんの間には協力してくれてるの。 だからどっちつかず」

「じゃあ、ご家庭でこのことを知らないのはお兄さんだけってことですか?」

「そう」

「他の方たちもそんな感じですか?」

ネットワークの人たち全員ではないが、自分の家族の誰かが同じ考えを持っているのではないかと感じることはあったが、あえて話すことは無かった。 だが今回のことがあり、それとなく訊いたということで、それで輪が広がり玻璃にも情報を流したということを最初に聞いていた。 それまでは家族間、夫婦間や兄弟姉妹間でも一切そのことに触れてこなかったということであった。

「そうだね、たとえ親兄弟といえど村が決めたことに大々的に逆らうようなことは言えないからね、良くても、それとなくコソコソと話している状態だね」

それは家族としてどうなのだろうか。

「今更撤回する気はありませんが、ご家庭の中で軋轢(あつれき)など生まれませんか?」

「生まれる家もあるだろうね、だけどもうみんな肚はくくっている。 村の中でのこちら側の人間もそうだろう、いや、くくれていない者が手を上げない、といったところか。 水無瀬君の言ったようにそれはそれでいいとしよう」

「大きなご迷惑をおかけすることになるかもしれませんね」

「まぁ確かにそんな家も出るだろうが、水無瀬君が気にする話ではない。 ハラカルラを知る人間として人非人を作ってしまった白門のせいであり、一人一人が考えを改めるいい機会だと私は思っている」

水無瀬と共に潤璃によって集められたメンバーが、白門の村に出向く日が反対する者たちに改悟させる日である。

「五十八人が揃うことの出来る日が来週の明日でその日にお願いしようと思っていたのだが、村が気付いたということは早める必要がある、か」

どちらを優先すればいい、水無瀬が考える。 このメンバーは外したくない。 だが白門がどう動くかが見えてこない。

「僕が白門から逃げる時、よくは分かりませんでしたが争いごとがあったようなんです、怒号や凄い音が聞こえていて。 白門の村の方々は強硬に出ることがあったりするんですか?」

よく分からないどころかしっかりと分かっているし、白門の人間が黒門の人間を殴ったことも知っているが、こんなところでバカ正直になる必要は無い。

「いや、その話は私も玻璃から聞いているが、初めてのことだったということだ」

「俺も聞いたけど、親父たちは無理やりやらされたって。 っていうか、言われれば逆らえないって話ってことだけど。 でもその内相手が刀みたいなのを振るってきたから思わず手が出たとは言ってたな」

「ではこちら側が白門の村に行く前に、五十八名の方々が追及されることなどありませんか? 暴力付きで」

誰もが互いを見る。 “追及” で終わっていればそんなことには屈しないと言ったところだが、暴力という言葉を付けられては考えてしまう。 水無瀬が言った話は誰もが耳にしている。 到底今までの白門からは考えられない話だった。

「それが何だっていうの、たとえ暴力付きでも口は割らない。 逆にそんな暴力を振るう村を作った今の村を変えなきゃ」

「そうよね、それに簡単に暴力には走らないと思うの。 走っても対峙するけどね、でも白門はもともと先に頭で考えるっていう傾向があるわ、一週間以内に暴力に走るっていうことは無い可能性の方が高いと思う」

「女性陣、強~」

「何言ってるの、肚くくりなさいよ、村を変えるんでしょ」

「分かってるって」

ライとナギを見ているようである。 こちらのナギの方が言葉は随分と上品だが。

「どうしますか? 僕としては全メンバーが揃って下さる方を選びたいんですが、何かあった時の当事者になるのはメンバーの方々ですから」

「そうだな・・・女性陣に負けていては男が廃るってものか」

「では予定通りということで宜しいですか?」

「みんな、いいか?」

全員が明るく応え反対はなかった。

「今日で準備を終わらせたということにしよう。 村の目がある、誰とも会わないようにしてくれ」


潤璃の家を出る前に訊かれたことがあった。

「玻璃は水無瀬君にまだ気付いていない様子かい?」

「はい、最後の連絡の時に、いったい誰なんだと訊かれました」

「そうか、玻璃も頭が固まってしまっているな」

ということであった。

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