大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

ハラカルラ 第66回

2024年05月27日 20時42分42秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第66回




玲人から電話がかかってきた。

「なんだよ、こんな時間に」

「悪い、でも長からの話だ」

「長から?」

玲人が杏里たちを見かけた複数の場所を言い、そこに村出身の者達がたむろしているようで何のために集まっているのかを探るように言われたという。

「そんな暇あるわけないだろ」

「俺もそうだよ、だけど長命令には逆らえないだろう。 それとも征太(せいた)じきじきに長に協力しないと連絡を入れるか?」

大きな溜息がスマホ越しに聞こえる。

「他に誰が居る」

「大学生は卒論に忙しいから外す。 院生だけ」

大学院生、白門で大学院に通っているのは他に三人が居る。 白門ではこの五人に対して豊作と言った数年であった。

「祥貴は」

最初は大学院に行くと言っていたが、大学に残り教授の手伝いをすることにしたと聞いている。

「祥貴は俺らとは違うだろ」

祥貴は自分たちのように村からの援助で大学に行っていたわけではない。 祥貴の親が捻出した金で高校にも大学にも通っていた。 水無瀬のことに対しては協力していたが、自分たちほど村の言いなりにならなくてはいけない立場ではない。

「五人か・・・分かった」

通話を切ると玲人が溜息を吐いた。

「いつまで村々って言ってなきゃいけないんだよ」

父親に下手なことを言ってしまったと今さらにして思う。



ファミレスで時間をつぶしていたライと合流し村に戻った。

「来週の明日」

今日を含めて九日後。 だがすぐに零時になる。



「お早うございます」

「おお、今日は真面目に来たか」

「毎日真面目です」

「昨日は来んかっただろうが、よく言えたもんじゃわい」

「あー、ちょっと事情がありまして」

ここに居ると時間を忘れてしまう。 気が付いたら勤務時間を大幅にオーバーしてしまっていることなどざらにある。 あくまでも勤務時間など決まってはいないが。
そうなると、潤璃達と会うのに大幅に遅刻をしてしまうことになる、若しくは会えない時間になってしまっているかもしれないという危惧があったからであり、決して不真面目に休んだわけではない。

とっとと二枚貝に向き合う。 終貝はなし、質の悪いものもなし、紡水はいま黒烏が見ているから心鏡の前に座り込む。
無言でルーティーンのように動いている水無瀬を二羽の烏が横目で見ている。

「矢島みたいだの」

ポロリと聞こえた黒烏の声。

「え?」

「矢島はいつもそうして無言で淡々と指を動かしておった」

「え? 俺、淡々としてます?」

「そうやって喋らなんだらな」

「話しかけたのは誰でしょう?」

「話しかけてなどおらんわ。 わしの独り言に鳴海が応えたのが始まりだろうが」

この大ジジボケ烏と疑問の塊の会話は聞いていて悪くはない。 そう思う白烏が羽を動かしていると思い出したことがあった。
水無瀬が黒烏に疑問を投げかけると『知る必要はなかろう』と返していたことがあったが、その疑問は解けたのだろうか。

その疑問とは、黒烏が矢島の印はあくまでも矢島の印であり、決して水無瀬の印ではないと言ったことから始まっていた。 それに対して水無瀬が、それを誰がどこで判断しているのかと黒烏に訊いた。 すると知る必要はなかろうと、明らかに面倒くさがって黒烏が返事をしていたのだった。

「鳴海」

「はい」

呼びかけられても指先を見て指を動かしている。 それは呼びかけた白烏も同じことであるが、声を発しながら水を宥めるのは容易なことではない。 それを水無瀬は早い段階からしていたのを白烏は見ていた。
白烏がチラリと水無瀬を見てから続ける。

「アヤツに訊いておったこと、分かったのか?」

「うん? 何を訊いてましたっけ」

「やはり鳴海はボケとるの」

下手に参加したがる黒烏である。

「矢島の印が鳴海の印ではないということを、どう判断しているかということ」

「あ、ああ、あれですね」

黒烏が半眼で水無瀬を見て「軽いのぉ」と言っている。

「ハラカルラが判断しているんじゃないんですか?」

あれはいつだっただろう、雨の音が強くしていた。 ああそうだ、ドッペルゲンガーかと思った夢を見た日だ。 ライに疲れているんじゃないかと言われ、ゆっくり寝るようにと言われた。 そのあと二階に上がり布団に横になると、強い雨の音に誘われるように頭の中が心地よく揺れたのだった。 暫くしてすっかり黒烏に訊いたことすらも忘れていたのに、ふとそれに気付いた。

『そうか』

ハラカルラが判断をしているんだ、そう思った。

白烏の羽が止まり、黒烏が水無瀬を凝視している中、水無瀬が続ける。

人間の世界でいうところの波長。 それは物理学などの分野では波の長さを表しているが、人間に当てはめて言われる事もある。 “考え方、感じ方が同じ” “一緒に居ると楽しい” それらを波長が合うと言われる。

一人の人間が長く呼ばれてきた名前を、ハラカルラはその人間の身体の周りにある水の流れで分かる。 水が体をまとうように触れると身体から発せられる微妙な振動(波)を感じ、それが身体の周りでの水の流れとなる。 その振動で長く呼ばれてきた名前を知ることが出来る。

一人の人間に沁み込んでいる名前という音の波なのか、名前がその人を形成し身体が振動を発しているのか、そこまでは水無瀬の知るところではないが、ハラカルラが誰かの名前を知っているのは、水で名前を感知しているということになるのではないか、だがそれだけではないと水無瀬は思っている。 嘘を言うと水がざわつくというのも、その辺りが影響しているのではないだろうかと言った。

「違いますか?」

「もう・・・わし、いや」

そしてこの日も水どころか、黒烏を宥めなくてはならない日となった。


「黒烏、スネ過ぎ」

挙句の果てに白烏が要らないことを言ってくれた。

『オマエは今回手を抜きすぎだからの、今回は数に入れん。 次の雄哉はオマエが教えろ』

『あんなのに教えるなどと、身が持たんわー!』

そう言ってまたスネだしたのだった。

「雄哉、酷い言われようだな」

とっとと水無瀬の力を受け取ればいいのにとは思うが、水無瀬が雄哉の立場であれば同じように簡単に受け取ることはない。
誰かがそれってプライドが邪魔をしているのではないのか? などと言えば、はっきりと首を横に振る。 もし雄哉を見ていなければ、小さなプライドがあったかもしれないと思ったかもしれないが、雄哉を見ていればそうでないことが分かる。

プライドなどというものではない。

小さなプライドは自分自身に対してというところが大きくあるだろう、そして大きなプライドは人の目を気にする、自分が優位に立とうとする。 だがそのどちらでもない。 自分の力を試すのでもなく、純粋に自分の力だけで努力をしたい。

プライドとはいったいどこから発生するだろうか。 自分の出来ることを頑張ろうとするが出来ない、その時に手を差し伸べられそれを断ればそれはプライドからなのだろうか。 人の手を拒み純粋に自分で頑張ろうとする、それとプライドとの線引きはどこにあるのだろうか。

プライドと自分が頑張ろうとする純粋な思いを同次元に考えるのは違う。 だがその線引きは曖昧。

雄哉は高崎がかけた日数を一区切りと考えている。 烏の言うことを聞いているときっと無理だろうがそれでも応援しよう、寄り添おう。



「玲人」

名を呼ばれ振り向くとそこに征太が居た。

「こんな時間に集まってるってか?」

「こんな時間だからだろうが、全員それなりに仕事か学校に行ってるんだからな」

「他の奴は?」

「違う場所を見てる」

目の前に建っているマンションに入って行くのを何度か見かけた。 今日も来るとは限らないが来たのならば偶然通りかかったふりをしてそれとなく話しかける。 今日会うことが出来なければ父親である啓二から聞いた杏里のマンションを訪ねる。 他の三人は違う人間のところを訪ねる。

「えー・・・そこまでするのかよ」

「いま波風が立つようなことは避けたんだと」

「波風立ててるのは村の方だろ」

水無瀬のことを知っているし、どうやって連れてきたのかも知っている。 そして村に襲撃があったことも。

「場所を変えよう」

少し離れるがマンションを見張れる喫茶店がある。 そこは玲人が杏里たちを見かけた時に居た喫茶店であった。



今日もまだスネていた黒烏を尻目に一日が終わった。

ハラカルラから出ると雨が降っていた。 朝は降っていなかったのに。 だがライからちょくちょく聞いていた、水無瀬がドッペルゲンガーかと思った夢を見た日から時々豪雨のような雨が降っていると。 『今あちこちでゲリラ豪雨だってさ、夕立のような風流さがないよな』 などと言っていた。

「濡れて帰るか」

今はまだハラカルラとの境でそんなに雨は感じないが、先を見ただけで雨粒が激しく当たれば痛そうである。

「水無瀬くーん」

え? っと思ったら、ライの母親が傘を三本持って木の陰から出てきた。 一応、雨宿りをしていたのだろう。

「はい、傘」

三本のうち一本を差し出された。 あとの二本はライとナギの分なのだろう。

「ライたちはまだ?」

「うん、そろそろだと思うんだけど」

「じゃ、俺が待ってます。 おばさん忙しいでしょうから」

決して夕飯と風呂の用意をしておけと言っているわけではない。

「やだー、気にしないで、お風呂は沸かしてきたから帰ったら先にお風呂に入ってて」

毎度のことであるが、今日は背中ではなく腕をバンバンと叩かれる。 それに心の中を読まれたのだろうか。

「ん? あれ? おばさん、雨がやんできてるみたい」

え? と振り返った母親。

「きゃー、ほんと」

またバンバン叩かれる。 今度は胸板を。

「お母さんうるさい」

後ろを振り向くとライとナギ、そのほかに何人もが歩いて来ている。 今日の白門見張り隊のご帰還と言ったところだろう。

「あーら、せっかく傘を持ってきてあげたのに、その言い方ってないと思うわー、ねぇ、水無瀬君」

本当に明るい人である。 この母親を見ていてどうしてナギのような育ち方をするのだろうかと思ってしまう。



チャイムが鳴った。 立ち上がりモニターを見ると久しぶりに見る玲人が立っていて、その横に誰かの髪の毛が見える。 少なくとも玲人と他に一人ということ。 それ以上でないことを祈りながら通話ボタンを押す。

「あれ? え? 玲人?」

白々しく言えているだろうか。
潤璃の家に居る時、父親から連絡があったが、翌日また連絡がきた。 杏里の住所を訊かれたということで、一人暮らしの娘の居所など教えたくないと言ったのだが、それが通らなかったということであった。 このことは既に今回動くネットワークの人間たちは知っている。

『久しぶり』

「なに? どうしたの? ってか、すぐにドアを開けるね」

オートロックであるマンションの扉が開かれた。 エレベーターで五階まで上がり再びチャイムを押すとすぐにドアが開かれた。

「良かった、まだお化粧落としてなくて。 久しぶりね、入って。 ん? 征太?」

横からヒョイと顔が出てきた。
朱門もそうだが白門も基本、三、四年違いだけであれば男女問わず互いに呼び捨てである。 だが五年、六年と違ってくると下の者は “さん” を付け始める。

「キレイになってるじゃん」

「なにそれ、元が悪かったみたいに聞こえる。 それより早く上がって」

「玄関先でいいよ、ちょっと訊きたいことがあるだけだから」

「そうそ、それにこんな時間に男が訪ねてきて家に上がり込ませてどうすんの」

「そんなこと考えなきゃなんない相手じゃないでしょ」

「うわー、俺ら男として認められてないみたいだぜ、玲人」

さっきまでグズグズ言っていたというのに、この変わりようはどういうことか。 チラリと征太を見て口を開きかけた玲人より先に杏里が口を開く。

「そっか、うちのお父さんにここを訊いてきたのはどっちかのおじさんってことだったのか。 お父さん誰かまでは言ってなかったから」

父親が娘の居所を訊かれてそれを娘に話さないわけがない。 あまり白々しく何も知らないという態を取っていては余計に怪しまれるだけ。
実際に杏里の父親に訊いたのは玲人の父親でも征太の父親でもない。 そのことを玲人は聞いているが杏里は何も知らないらしい。

「訊きたいことは」



「よう、勝彦、久しぶり」

ドアを開けると芳宗(よしむね)が立っていた。

「うわ、どした?」

こちらはモニターも何もなく単なるドアチャイムだけであった。

「他にも居るぜ」

親指だけを伸ばして横を指す。 ドアを大きく開けるとそこに和夫と大地が居た。

「なにー? 久しぶりー。 嬉しいな、上がれよ」

「悪いなこんな時間に」

狭い玄関に男の大きな靴が次々と脱がれていく。 通された和室は六畳で部屋数としては2DKである。

「いいとこに住んでんじゃん」

この三人は水無瀬ほどのボロアパートではないが、間取りとしては水無瀬と同じく2Kである。 大学時代も大学院も忙しくてまともにバイトなど出来ない、従って贅沢な暮らしは出来ないということである。

「高卒だと言っても社会人だしな、それなりに働いて儲けてる。 ま、杏里のマンションほどじゃないけどな」

三人が一瞬目を合わせた。 それを見逃してはいない、わざと杏里の名を出したのだから。

「へぇー、杏里か。 杏里とよく会ってるのか?」

白々しい質問だ、今の話の流れでいうと杏里のマンションがどれほどのものかを先に訊くだろう。 第一、杏里との事を訊きにやって来たのだろうが、と言いたいが言えるものではない。

「よくってほどでもないけど、たまに何人かで飲んだり食べたりしてるくらいだな。 メンバーはその時々で入れ替わりだけど。 で、そのまま誰かの家に行って朝までドンチャンって日もあるな」

「メンバーって?」

「簡単に言えば里友会、村を出たやつらで時々集まってんだ。 やっぱ村を出てすぐに働いてってなると、村の生活しか知らなかったから良いことも悪いことも色々あるわけよ。 で、色々話すけど最後には昔話なんかで和むって感じ。 お前らも村を出て大学に通い始めた時、村と町との違いをまざまざと感じただろ?」



「うん、そう」

「飲み食いカラオケ・・・そしてたまに泊り。 それも男女関係なくって・・・」

「小さな頃から一緒に遊んでたんだから、男とか女とか以前じゃない。 あ、そっか。 玲人も征太も勉強漬けだったから、小学校中学年くらいまでしか遊んでないか」

廊下の向こうである、きっとリビングだろうところからスマホの着信音が響いてきた。

「あ、ちょっと待ってて」

「いや、いい。 こんな時間に悪かったな、帰る」

「やだ、せっかくの久しぶりなのに。 いつでも来てね、みんなも呼ぶから」

二人が出て行きドアが閉められると背を壁に預け大きく息を吐く。 そしてそのまま膝が折れていき座った状態となった。

「上手く言えたかなぁ」

もう一度大きな息を吐いた。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ハラカルラ 第65回 | トップ | ハラカルラ 第67回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事