大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第68回

2024年06月03日 21時08分03秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第68回




「彩音を?」

昨日訪ねるつもりだったが、どこか胸糞悪く今日の朝、木更彩音の家を訪ねた。 その時に聞いた話では噂の色恋ごとというのは全くの出鱈目で、どこからそんな噂が出たのかと母親が憤慨していた。
木更彩音が村を出た理由は大学を出て大企業で働きたかったということで、今でも結婚もせず大企業で働いているということであった。

『確かに農作業やないけど、それでも働くことが好きな子なんに色恋やなんて、誰がそんなことを言ったんか!』

この時は憤慨が治まることなく、すごすごと木更の家を出たが、またやって来なければならない羽目になってしまった。
その日の夕刻、長の家を訪ね木更彩音が村を出た理由を報告すると『出鱈目の噂をわしに聞かせたということか』 と言われてしまい、とにかく長自ら木更彩音に話を聞くということになり、彩音を村に呼び出すことになった。

「仕事もあるだろうから近く都合のいい日でいいということだ、連絡をしておいてくれ」



「あと三日」

具体的に何をどうする、何をどう言う、そんなことが頭に浮かんでいるわけではない。 言ってしまえば潤璃に丸投げした方が事がスムーズに運ぶと思う。 社会経験も豊富で管理職であるのだから、人を動かす言葉の引き出しを沢山持っているはずである。
だがそれでは途中下車になってしまいそうな気がしてならない。 火を点けておいて高みの見物をしているようでしかない。 それに守り人としての責任を果たしたい。 稚拙な言い回しになろうとも説得できなくとも、自分の言葉でハラカルラを守りたい。

「傲慢だとは分かってる」

自分の下手な言い回しや言葉で失敗に終わってしまっては、ハラカルラを守れたことにはならない。 それを分かっていて自分が前に立ちたい。

「いや、立つ」

ハラカルラを守ることは当然だが、それだけではなくもう一つ理由がある。 守り人という存在を分かってもらう。 だから守り人として先頭に立たなければならない。
もう白門には来ていないと言われている守り人。 一体どういうことをしていたのかは知らないが、水見ほどの力はなかったはず。 もしそれなりの力があったとすれば烏から聞くはずであろうし、それ以前に白門が利用していたはず。 だが白門からそれらしい話は聞かなかった。

白門は守り人を足蹴にしている。 いや、そこまで酷くはないだろうが、水見のDNAを探すだけの道具にしていた。 その守り人が今の白門には居ない。

「どうしようか」

白烏は守り人が居れば村の人間を正すだろうといったことを言っていた。 水無瀬自身のことを考えると、あながち間違いではないと思う。 まさに今の水無瀬がそうなのだから、 ましてや水無瀬に関係のない門の事なのに。

「いや、関係なくなんてない」

どこの門であろうともハラカルラの守り人なのだから。

「どうしようか」

同じ言葉が出てしまうだけであった。



スマホが鳴った。 画面を見ると玲人からである。 右手にはシャーペンを持っている、左手でスマホを手にする。 デスクスタンドで手元を照らしているだけの一室、スマホの画面の明かりがぼんやりと顔を照らす。

「どうした、こんな時間に」



「鳴海、アヤツに教えてもらって新たな道具を作らんか?」

「はい?」

「オマエ、何を勝手なことを言うか。 道具が簡単に作れるはずがなかろう」

白烏がチラリと黒烏を見て水無瀬の方を見たかと思うとまた黒烏の方を見る。

「オマエ、鳴海に身の周りの水を宥めることを教えたか?」

「は? いんや」

「鳴海はそれが出来る」

黒烏が水無瀬を見てまた白烏に向き直る。

「オマエが教えたのか」

「そんなわけがあるまい」

指を止め二羽の烏の会話を聞いていた水無瀬と黒烏の目が合った。

「鳴海、どうして知っておる」

「え? どうしてって・・・水鏡とか心鏡と同じですよね? っていうか、道具を扱う全部とそう変わりませんよね?」

「・・・わし、い―――」

「嫌というなよ」

言わせてもらえなかった。

「確かに鳴海の言うようにそう変わりはせん。 だが・・・」

道具には黒烏の力が込められいて、それだけではなくハラカルラの文字が入れられている。 それがあるからこそ人が扱えるという。
だが紡水で大きく歪みが出たことを知ると紡水では対処できなく、烏が穴を出て直接直しに行っている。 黒烏の力も込められていなく、ハラカルラの文字も入れられていない風景の中の歪みを人が直せるはずがないのだから。 だが水無瀬にはそれが出来ると白烏が言う。 そして水見もそうだったと。

「うそん」

白烏への返事はしばらく保留としてもらい、またもや黒烏が陰気オーラを放つこととなってしまった。


ライの家に戻ると一ノ瀬誠と後藤智一にラインを送った。 内容はいつか水無瀬が白門の村に入る時があるが、その時には素知らぬ顔をするように。 水無瀬が何を言っても自分たちの思うままに行動をするように。 水無瀬に会う前の二人でいるようにということであった。 それは斟酌(しんしゃく)も何も要らないということである。 そして日付をわざと教えなかった。

「構えられても困るもんな」

スマホを置きパソコンに向かっていると、二人から了解したというスタンプでの返信があった。

「なんだ? この “押忍” ってのは」

“押忍” の意味が分からないのではない。 可愛い系でもなくカッコイイ系でもなければキモカワ系でもないキャラクターが “押忍” という文字と共に居る。
雄哉なら知っているだろうかと思う水無瀬だが、今現在、距離的にもっと近くに知っている人物が居る。 それは茸一郎である。
茸一郎が『押忍』キャラチャームを落としたときに、一ノ瀬誠と後藤智一が声を合わせて『あ』と言ったのは、二人の間でブームになっていたキャラクターだったからである。

「あー、俺もおっさんの仲間入りになってきたかぁ?」

高校生が好むスタンプが理解できない。



スネている黒烏には頼めないことを白烏に頼んでご教示願った。
以前、白烏が鳴海になら出来ると言っていたことがある。 あっちの世界にいるつもりでも、水無瀬であれば重なり合っているハラカルラの中に居ることが可能である。 早い話、水無瀬はいつでもハラカルラに居ることが出来るということで、同時に二つの世界に存在することが出来るということであった。
それを思い出し、水の流れでどうにか出来ないかと白烏に相談したところ「練習が必要となるが鳴海になら出来るだろう」ということでこの流れとなった。

「そうそう、上手いもんだ。 そのままをあちらでもすると同じ現象があちらに出る」

気になるのだろう、チラチラと黒烏がこちらを見ているが、完全無視して白烏に色々と訊く。

「うーん、そうだの。 ハラカルラとしては歓迎せんが、言ってみれば吾がこちらで宥められる範囲、気にすることは無かろう」

「では明日だけ、すみませんがお願いします」

「鳴海には借りがあるようなもの、気にせんでいい」

「借り?」

貸しなど作った覚えはない。

「雄哉に教えることがなくなったのは大きい」

雄哉・・・いつまで言われるのだろうか。

黒烏をチラリと見る。 目が合った。 すぐに黒烏が目を逸らせ大きな溜息をつく。

「だーかーらー、烏さん。 烏さんのせいじゃありませんから、その溜息とかどこからか漏れる声とかやめてもらえませんか?」

「いつわしが、わしのせいだと言った」

「ですよね、誰も言ってませんよね、だから元気にいきましょう」

横目で見ていた水無瀬から視線を外し、また大きな溜息を吐く。

「だからぁ、それ・・・」

「鳴海、放っておけ。 ボケとるのだからそのうち忘れるわい」

「ボケとらんわ」

明日は来られないと言い残し、暗い一日を終えた。


ライの家に戻ろうと歩いていると既に雄哉が来ていたようで、おっさんたちと話している。 

「久しぶり~水無ちゃん」

すぐに雄哉が腕を組んでくる。

「いつ着いた?」

「ちょっと前。 ギリギリまで教授とサシで向かい合ってたから」

「悪いな、無理言って」

「白門か黒門の事でなにかあったのか?」

雄哉も板についてきた。 問題が起きているのは白門のことで雄哉もそれは知っている。 だが雄哉が呼ばれたということは黒門のことだろうかと思ったのだろう。

「黒門と青門の事」

「え?」



翌早朝。 水無瀬にとって勝負と言っていい日が来た。

「水無瀬君、本当にライ一人でいいのか?」

朝、長に出かけると言いに行った。 どこに出かけるのか、その理由も長は知っている。 だから車に乗り込む段になってもまだ言っている。

「言い方は悪いですけど、運転手が居てくれればそれでいいんです。 何かあれば獅子が居ますから」

確かめるようにポケットの中のミニチュア獅子に触れる。

「運転手のライでーす」

運転席に乗り込んだライが、開けられたままになっている助手席のドアに向かって言っている。

「いや、そういう意味じゃなくて」

水無瀬も屈んでライに言うが、はっきりと運転手と言ったのは水無瀬である。

「長、しつこすぎると嫌われるよ」

嫌われる好かれるなどとはどうでもいいことだが、ライの言う通りしつこすぎてもいけないかもしれない。

「分かった。 だが何かあったらすぐにライに連絡を入れてくれ。 ライ、頼んだぞ」

「お任せ」

「それじゃ、雄哉のことはお願いします」

「ああ、安心してくれ。 水無瀬君が間に合わなければ必ず送り届け、無事連れ帰る」

アクセルが踏まれライタクシーが発進をした。
水無瀬からは絶対にキツネ面もライの素顔も晒さないでほしいと言われている。 それは朱門が絡んでいることを避けるため、そしてライ自身を守るためであることは分かっている。

「だけどなぁ」

「いや、ほんっと、このミニチュア獅子凄いんだってば」

「確かにそれもあるけど、敵陣に水無瀬一人を放り込むってのがなぁ」

「陣地は敵陣かもしれないけど、居る人間は敵だらけじゃないって」

それは知っている。 水無瀬からちょくちょく聞いていたのだから。

「うー、でもなぁ」

「ライ、長と変わらないくらいだぞ」

決してしつこいとは言わないが心配が過ぎるだろう。

水無瀬とて不安であれば朱門のみんなについてもらいたいと考えるだろうが、ミニチュア獅子もさることながら潤璃達が居る。 潤璃とはほんの二度顔を合わせただけで、ネットワークの人間とは一度だけ。 玻璃にしては通話という手段で話をしたことはあるが、顔を合わせた事などない。 高校生の味方が居ると言っても所詮高校生、それに水無瀬を見ても素知らぬ顔をするようにと言っている。
だが誰もが信頼できる、それはみんながハラカルラを想っているから。 みんながハラカルラを守ってくれる。 水無瀬の言うことを分かってくれている。 決して敵ではない。

白門の村近く、おっさんたちが停めていたパーキングに車を停める。

「早目に着いたな」

その方が都合がいい。 潤璃達が車で来るのか電車で来るのかバスで来るのかは分からない。

「お茶でもする?」

「いや、いい」

白門の村を出た者達もこの辺りに集まるはず、いつどこに誰が居るか分からない。 個人では信用しているが村同士のことがある。 今はまだライと一緒に居るところで鉢合わせをしたくない。
それに村を出た者だけとは限らない。 今も村に居て魚を獲ることに賛成している者もどこかに居るかもしれない。
水無瀬と一緒に居ることでライの顔が覚えられ、どこかの町中で万が一にもライを見かけられた時、後を付けて村の位置を知られたくない、若しくはライに危害を与えられない為でもある。

こんな心配もなくハラカルラを守る者どうし仲良く出来ればとは思うが、そう簡単にはいかないだろう。
水無瀬が車を降りる。

「待ち合わせにはまだ一時間半ほどあるから時間つぶしにウロウロしてる。 ライはどこかでお茶してて。 どれだけかかるか分からないし」

「いい、ここで待ってる。 何かあればすぐに連絡を入れろよ」

「ケツ痺れるぞ」

「痺れてでも何でも、待つことには慣れてるって言ったろ」

「・・・分かった」

ドアを閉めかけた時、ライの声がした。

「絶対戻ってこいよ」

水無瀬の頬が緩む。

「ああ、一緒に村に戻ろう」


三十分ほどが経過した。

「水無瀬君」

潤璃である。 その後ろに見覚えのある顔とない顔が並んでいる。

「お早うございます」

「お早う、早いね」

「一ノ瀬さん達こそ、まだ一時間ありますよ」

「電車の本数が少ないからね。 水無瀬君はこの前の電車で来たのかい?」

「いいえ、友達に借りた車で来ました」

ペーパーではないが車は持っていないと言っていた。 真実、学生の身であるのだ、簡単に車など買えるわけがない。 だがもっと言った真実ではペーパーであるし運転もしていない、こうして噓を重ねたくないものだと思う。

「時間もあることだし、まだ会っていない連中を紹介するよ」

潤璃が身体を半分開き後方に居る者達に「噂の水無瀬君」と言って、まだ水無瀬が会っていなかった一人ずつを紹介する。 一人も欠席者が無かったようである。 木更彩音という人物もこの時に初めて顔を合わせた。 柔和な顔をした美人で潤璃と同じOdd Numberに勤めているということであった。
数では分かっていたが実際の人数を見て水無瀬が潤璃に対して思う。 これだけの人数を短期間でチョイスし、まとめ上げるというのは容易なことではない。 改めて潤璃の統率力の凄さを知った。

「水無瀬と言います、今日初めてお会いして実践に移さなければならないというのは僕への不安もおありでしょうが、守り人として精一杯白門の皆さんに分かっていただけるようお話します」

「潤璃から聞いてる、不安なんてないさ」

「そうそう、守り人が俺らの村のために立ち上がってくれたんだ、信頼してる」

「白門がどうにかならないかって、思ってるだけじゃダメって教えてくれたんだもの」

「感謝こそあれ、不安なんてないわ」

誰もがこれからのことを思いながら水無瀬に対しての思いを口にする。

「有難うございます、そう言っていただけて僕も心強いです」

「玻璃にも誰にも今日のことは言っていない。 村に突入は奇襲のような形にしている」

水無瀬も一ノ瀬誠と後藤智一にはその手を打った。 潤璃も同じように考えたようである。 一つ頷き続ける。

「最初は僕が前に立ってもいいですか?」

「勿論。 誰もが水無瀬君に賛同している、いや、ずっとそう考えていた、思っていた。 ただ行動に移すこともなく不服ばかりを心の中で言っていただけ。 だが水無瀬君は行動に移した。 みんなに伝えたのは私だが、それは水無瀬君の代弁でしかない。 みんなは水無瀬君の背中を見ているんだから、こちらとしても君に前に立ってもらいたい」

潤璃の言うことは表だけを聞けば全くその通りだろう、だが裏を覗けば守り人の存在をこれから行く白門の者達、そして今目の前に居る者達に印象付けようとしているのではないだろうか。 水無瀬としてそれは有難いことだが、この人数をまとめ上げた潤璃に言われるとプレッシャーを感じてしまう。 なにせ “どうしよう” で止まったままなのだから。

「紹介をしている間に時間を取ったな、丁度頃合いか。 それじゃあ行こう」

まるで偶然のように言うが、きっと潤璃はこの時間を含めて待ち合わせの時間を決めていたのだろう、そして水無瀬が待ち合わせの時間より早く来ることも計算に入れていたはずである。

年齢がバラバラな全員が頷いた。

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