『ハラカルラ』 目次
『ハラカルラ』 第1回から第72 最終回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
『ハラカルラ』 リンクページ
「では今日からよろしくです、黒門の皆さん。 で、俺は黒門の守り人になったんだから、守り人として黒門の皆さんに言わせてもらいます」
黒門の誰もが何のことだという顔をしている。
「青門と仲良くしてください。 コレが二つ目の話しです」
高崎が驚いた顔をしている。
「水無ちゃ・・・水無瀬もそうだし、青門の守り人もそうですけど、守り人は門同士の争いを良しとはしていません。 いま白門に守り人は居ませんからこれは守り人の総意です」
(戸田君・・・)
「戸田は昔の話を聞かなかったのか」
思わずプラスティック面が下を向く。
「聞いてますよ、守り人になれば一番に聞かされるんだから。 でもそれって同じ過ちをおこさないようにっていう戒めであって、ハラカルラを大事に思う烏の気持ちからのもの。 決して青門を責めるものではない。 それに・・・」
黒門が青門に圧をかける、それはざわつきとなって表れる。 それでなくても忙しいのに忙しくなる原因を作らないでほしいと言い、黒門はハラカルラを大事に思っているのだろう、そのハラカルラの中で青門の人間に圧をかけるようなことをするのはどうなのか、と雄哉が問う。
「昔を塗り替えることは出来ない」
「ああ、事実は事実」
カオナシの面の下でそれぞれに言っている。
「だから? だから何だってんですか。 青門に圧をかけて追い回して昔の黒門の兄妹が戻ってくるとでも言いたいんですか。 違うでしょう、黒門はもう昔の兄妹の事なんて考えていない、盾にしてるだけ。 単なる苛ついた時のはけ口にしているだけでしょう」
「なっ! 何を言うか!」
「黒門の守り人がそんなことを言ってどうする!」
「まず守り人として現状注意。 大声を出さないでください、それでなくても烏は忙しいんだから」
カオナシの面の下で誰もが口をひん曲げている。
「今ここで約束してほしい。 二度と青門に変な手を出さないって。 そして村に戻ったらこのことを長に伝えて黒門の総意としてもらう。 でなければ守り人全員、ハラカルラを訪れない」
「全員って・・・」
さっきも雄哉が言っていたが、烏だけでは到底水を抑えきれないことは分かっている。
この話の持っていき方は水無瀬から聞いた。 黒門は歪んではいるがハラカルラのことを想っている、だからそこを突けば簡単に揺れると。
「あ、言っとくけど俺はちゃんと約束は守るよ、あくまでも黒門の守り人となる。 だけど守り人として守り人の総意が重いってのは分かるでしょ?」
黒門の誰もが黙る中、一人が歩を出してきた。 雄哉に向って何かを言うのかと思えたが、その身を振り返らせる。
「ハラカルラのことで守り人の言うことは長の言葉より重い」
水無瀬の時には無理強いをしたが、あれは異例なことである。
「それにいくら戸田が黒門の守り人といっても、ハラカルラを訪れなくてはまた守り人を失ったことと同じだ」
ここに水無瀬が居ればこの声の主が誰か分かっただろう、水無瀬がおじさんと言っていた相手なのだから。
“守り人を失う” その言葉は黒門にとっては大きなことである。
「俺は黒門の人間として、黒門の守り人の言うことを飲む」
このおじさんは今までに一度も青門に圧をかけたりしていない、簡単に約束が出来る。 それにさっき雄哉が言ったように、圧をかけている連中は苛ついた時のはけ口に青門をいたぶっているだけだということも知っている。
「俺も」
雄哉にはおじさんの声に覚えはないが、この声には聞き覚えがある。 誠司だ。
(ふーん・・・)
「生意気を言うようですが、青門に圧をかけている姿は見られたものじゃないと思います」
「誠司! お前、なんてことを言うんだ!」
雄哉が口の前に人差し指を立てる。 声を荒げたカオナシ面の下から舌打ちが聞こえた。
「だって・・・戸田君が言ったように完全にはけ口にしてるだけじゃないですか。 それって大人としてどうなんでしょうか。 自分の子供に見せられますか?」
水無瀬からはこの誠司は大人しいと聞いていたが、何の何のなかなか言うではないか。
(水無ちゃんに報告だぁ)
少し面白くなって心の中でそう思うが、この短時間で雄哉は子供であるのならば嫌気も差さないが、大人であるのに建設的な話が出来ないことに嫌気がさしてきていた。 この何倍もの時間をかけて水無瀬は白門と話をしたのかと思うと気が遠くなりそうである。
「どうするんだ、少なくともここに居る全員が納得しなければ守り人を失うことになる」
「で? 結局?」
ライの家の水無瀬の居る部屋である。
「不承不承って感じで承諾した。 高崎さんも納得して頷いてくれた。 それと高崎さんに持ってきてもらった面の効果もあったな」
水無瀬からこの話を聞かされたあと、すぐに高崎に連絡を入れた。 青門の誰かが黒門の面を持っているはず、それをこの日持ってきてほしいと言っていたのである。 そんなことを知らなかった高崎が村でその話をしたときに、カオナシの面が出されたのには驚いたそうであった。
穴でその面を高崎から受け取り、雄哉が腰に挟んで持っていた面を黒門に差し出した。
『青門の人が拾ってくれてたんだって。 青門の守り人さんから預かってきた。 誰のかは知らないけど大事な物なんだから失くしちゃダメでしょ』 と言って渡したのだった。
「かぁー、取り敢えず何もかも落ち着いたか」
頭の後に両手を当てるとゴロリと転がる。 卒論を書きながら、烏のところに通いながら、いつも心の隅にあったことがこれで何もかも落ち着いた。
「高崎さんがくれぐれも水無ちゃんに礼を言っといてって」
「ん、まぁこれで青門も黒門も落ち着いてくれたらいいんだけどな」
高崎を見ていると心が締め付けられるようだったのだから。
「上手くいくっしょ。 帰りに高崎さんが言ってたけど、歴代の守り人で守り人同士がこんなに話すなんてことは無かったんじゃないかなって。 俺もそう思う。 まずは守り人同士が上手くいかなきゃな」
「そうだな。 そう思うと白門の守り人が居ないのが気になるなぁ」
「それは要らない心配だろが。 何でもかんでも背負(しょ)いこむなよ」
言ってみれば青門と黒門のことは水無瀬には関係のないこと、それなのに背負いこんだ。 だがそれはこれから黒門の守り人となる雄哉のためであり、高崎のためでもあることは分かっている。 そして守り人としてであることも。 でもこれ以上はもういいだろう。
「まぁ、な」
「で? 進路は決まった?」
「ああ、それな。 決まったわけじゃないけど雄哉に話しておかなきゃだな」
「うん?」
そこで高崎おススメの株式会社Odd Numberである開発部部長、一ノ瀬潤璃が今回の白門の件で助力を得た相手だと話した。
「うわ、なにその縁」
「縁? えー、縁なのかぁ?」
やはり偶然ではなく必然なのだろうか。
『やだぁー、なに遠慮してるのよぉー』
ライの母親にバンバンと背中を叩かれた雄哉が、ライの家で夕飯を食べると護衛となる三人に送られて帰って行った。 白門のことは落ち着きを見せたとはいえ、まだ雄哉のことは放っておけないと長が決めたのである。
そして今日もライの父親であるモヤはキリの家で夕飯を食べているということで、ライ曰く、兄弟水入らずということではあったが、それはとんでもない水入らずであった。
「だから言ってんだろ、ナギはナギで自分で探させる」
「こっちこそ言ってんだろ、お前、父親なんだからナギの性格が分かってんだろ、あれについてこられる男なんかいないだろうが」
「兄弟揃って毎日毎日同じことをよく言い合えるもんだわ」
呆れたようにキリの嫁さんが言い、卓にアテを置く。
「それにナギのあの顔だぞ、伯父としてナギには男前をつけたいって思うだろ」
「だからって何で泉水なんだ」
「俺の抑えが利くからに決まってんだろ、それにナギの年ごろと合う男前ってのは泉水だけだろ」
キリはどうしてもナギと泉水をくっつけたいらしい。
「モヤさん、諦めんか? こん人は言い出したら聞かんで」
「絹代までそんなことを」
本来なら義理の姉にあたるのだから絹代さん、若しくは絹代姉さんとでも呼ばなければいけないが、小さな頃から絹代と呼んでいた。 急に変えられるものでもなく絹代自身も気にしていない。
「うちには子供がおらんから力(りき)が入るんだわ」
今日も大きな溜息をつくモヤであった。
翌日、ようやく練炭が水無瀬と会わせてもらった。
「わーい、水無瀬だ水無瀬だ」
二人が喜んでハモリながら水無瀬の周りをぐるぐると回っている。
「こら、お前ら、水無瀬さんと呼べと言っただろうが」
「言ってない」
怖い父ちゃんが言うが、父ちゃんは『水無瀬君を水無瀬と呼び捨てにするのはやめろ。 それとバカと言うのもだ』と言っただけである。
「呼び捨てが駄目って言っただけ」
腕を組んだ父ちゃんが考える。 そんな気がする。
「なら今日から水無瀬さんと―――」
「ねぇ、水無瀬の名前は何て言うの?」
「下の名前」
「鳴る海って書いて鳴海だけど?」
「んじゃ、鳴海」
「今日から水無瀬は鳴海」
「だからお前ら呼び捨ては駄目だって言ってるだろうが!」
いや、それ以前にどうしてお兄さんと呼べって教えてくれないのか? と思うが・・・もう今更どうでもいいか。
「いえ、いいです。 それで」
練炭が水無瀬にうちに泊まりに来いと言ったが卒論のことがある。 そっち方面の勉強をしていかなくてはならなく、練炭と遊んでいる暇などない。 丁寧にお断りをした上で練炭のジップ付き袋とメモがとても役に立ったのだ、この日一日は二人の相手をして過ごした。
一か月が経った。 潤璃からの連絡で白門は落ち着きを見せているということで、雄哉からの連絡では高崎から連絡があり、黒門が何かをしてくる様子はないということであった。 その連絡を聞いてようやく水無瀬が落ち着くことが出来た。 卒論の方はかなり進んでいるが、落ち着けたのだ、次は就活を考えなくては。
「もう一度アパートに戻って教授に相談をしようかな」
だがもう八月も半ば。 遅いだろうか。 頭をよぎっているのは株式会社Odd Number。 決して潤璃が居るからではなく、雄哉が言っていたように調べたところかなり水無瀬の理想に近いからである。 だが守り人としてどうなのだろうか。 それを考えると雄哉おススメが一番理想になってくる。
「でも」
水無瀬は決して朱門の守り人になるとは言っていない。
「俺・・・どうしてこんなにのんびりしてるんだろ」
入社試験の日程もあるというのに。
『一緒に村に戻ろうって言った』 ライが言っていた。 水無瀬がそう言っていたと。
秋となり稲刈りが終わり今は田んぼに藁が干されている。 朱門の山の中では随分と前から秋の虫の音が毎晩聞こえてきていた。
黒門との確執が無くなったということで鍛錬の必要がなくなったというのに、高校生からライたち二十代と三十五歳ほどまではまだ自主鍛錬を積んでいる。 それ以上になると『三十五を越してみろ、全然違うからな』という常套句を使ってくるが『バカヤロ、それを言うなら四十からだ』『甘いな、四十くらいで言うな』などと醜い年齢争いをしている。
「内定もらって良かったな」
ピロティである。 雄哉は黒の穴から入ってきていた。
「まぁな。 雄哉も無事教育実習が終わってほっこりだな」
「おお、可愛かったなぁ、小学生」
“戸田先生” 始めて呼ばれた時には照れたとラインに書かれてはいたが、一か月間の教育実習はかなり楽しかったようで、それなりにしなくてはならないことがあるだろうに毎日ラインが入ってきていた。
「で? 黒門はどんな感じ?」
「週一に関してはやっぱりいい顔してないな。 大学卒業したら村に来ればいいとかって言ってるな」
「それって取りようによれば在学中は目を瞑るってこと?」
「だろな。 で、これから週に一、二回は来られるようになった」
日曜のみか土日の連日ということなのだろう。 今日は土曜日、雄哉は昨夜の内に黒門に迎えに来てもらっていたはず、となればどこに泊まったのだろうかと思って訊くと、水無瀬が泊まっていた家だということだった。
「大分落ち着いたのか? 大学の方」
「まぁな、休み返上までとはいかなくなった。 これからは卒論にかかる。 水無ちゃんはもう提出したんだよな?」
「ああ、提出さえすればいいってことだから卒業は出来るな」
「いいなぁ、俺なんて一講義も落とせない。 風邪もひけない」
自業自得とまでは言わないが、それは仕方のないことである。
「あ、そうだ、一ノ瀬さんなんだけど」
「うん」
雄哉は会ったことは無いが高崎からも聞いているし、今回白門のことで助力をもらっていたと水無瀬からも聞いている。
「プロポーズを受けてもらったって」
「え?」
潤璃は村のことがあってどうしても踏ん切りをつけることが出来なかった。 だが今回のことがあってようやく自分の選ぶ道に進むことが出来たということであった。
お相手は木更彩音。 彩音は潤璃が村に居る時から恋心を抱いていた。 だから高校を卒業するとすぐに潤璃を追いかける様に村を出た。 潤璃に教わり奨学金で大学を卒業し、Odd Number に入社したということだった。
噂の色恋ごとというのは真実であったというわけである。
「うわぁー、じゃあその木更さんって人、めっちゃ待たされたんだなー」
木更彩音の歳がいくつかまでは聞いていないが、かなりの年月を待っていただろう。
「こりゃあ、いつまで話しておるか。 さっさと来んか」
水無瀬と雄哉が顔を合わせた。 二人でゆっくりと話が出来るのはこのピロティだけである。
「はーい。 よし、今日こそ見るぞ!」
気合は十分のようである。
そして「よし、明日こそ見るぞ!」と言って帰って行った。
その日の夜、またドッペルゲンガーかと思わせる夢を見た。 以前見た夢と同じようにドッペルゲンガーが静かな視線を送ってきている。 ただ静かなだけの視線。 そしてまた同じように背中を向けて歩き出した。
ホーストコピー。 アイデンティティを持った自己像。 そう思った時にこれが夢であることを認識した。
(君はどんな自我を持っている)
後をつけようとして目が覚めた。 その夢が忘れられないが二度と見ることは無かった。
除日を迎えようとする十二月も中旬になった。 雄哉はこの頃にやっと水鏡に映るざわつきが見えだしたと張り切っているが、まだ宥められるには遠そうである。
水無瀬がじっとスマホを見ている。
「やっぱ、そうだよな」
あの夢を見てからずっと考えていた。 あれはドッペルゲンガーでもホーストコピーでもない。 自分の深層心理なのだと。 あの視線が語っていた、水無瀬がどうしたいのかを、何を選んでいるのかを。 その方向に向かっていない自分を静かに見つめていた。 そしてようやく決心がついた。
登録している番号をタップする。
「おっ、これからか?」
雑巾とバケツ、それに脚立が置かれている。 今日はライがお獅子拭き拭き当番であるようだ。 奥に鎮座しているお狐様もそうなのだろう。
「うん」
カンという音が聞こえた。 その音はここに来るまでも聞こえていた。
「ナギ、弓が好きなんだな」
もう必要がないというのに練習をしている。
「みたいだな。 それかまだ一射絶命を追ってるかってとこかな。 あいつ頑固だから」
頑固と言われれば納得がいくが、そうだな、なんて言ってしまったことがバレれば後でどんな目に遭うか分かったものではない。 取り敢えず笑顔で応えておく。
「んじゃ、行ってくる」
朝食を食べているときに連絡したいところがあるからと、今日は遅めに出ると言っていた。
「ご苦労さん」
「ライもな」
『お早うございます。 Odd Numberで御座います』
『お早うございます。 内定通知をいただいた水無瀬と申します。 採用担当人事部の荒木さんをお願いいたします』
「久しぶりに今日穴まで迎えに行く」
「うん、一緒に村に戻ろう」
そして朱門の守り人になると長に言おう。
『ハラカルラ』 第1回から第72 最終回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。
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ハラカルラ 第72 最終回
「では今日からよろしくです、黒門の皆さん。 で、俺は黒門の守り人になったんだから、守り人として黒門の皆さんに言わせてもらいます」
黒門の誰もが何のことだという顔をしている。
「青門と仲良くしてください。 コレが二つ目の話しです」
高崎が驚いた顔をしている。
「水無ちゃ・・・水無瀬もそうだし、青門の守り人もそうですけど、守り人は門同士の争いを良しとはしていません。 いま白門に守り人は居ませんからこれは守り人の総意です」
(戸田君・・・)
「戸田は昔の話を聞かなかったのか」
思わずプラスティック面が下を向く。
「聞いてますよ、守り人になれば一番に聞かされるんだから。 でもそれって同じ過ちをおこさないようにっていう戒めであって、ハラカルラを大事に思う烏の気持ちからのもの。 決して青門を責めるものではない。 それに・・・」
黒門が青門に圧をかける、それはざわつきとなって表れる。 それでなくても忙しいのに忙しくなる原因を作らないでほしいと言い、黒門はハラカルラを大事に思っているのだろう、そのハラカルラの中で青門の人間に圧をかけるようなことをするのはどうなのか、と雄哉が問う。
「昔を塗り替えることは出来ない」
「ああ、事実は事実」
カオナシの面の下でそれぞれに言っている。
「だから? だから何だってんですか。 青門に圧をかけて追い回して昔の黒門の兄妹が戻ってくるとでも言いたいんですか。 違うでしょう、黒門はもう昔の兄妹の事なんて考えていない、盾にしてるだけ。 単なる苛ついた時のはけ口にしているだけでしょう」
「なっ! 何を言うか!」
「黒門の守り人がそんなことを言ってどうする!」
「まず守り人として現状注意。 大声を出さないでください、それでなくても烏は忙しいんだから」
カオナシの面の下で誰もが口をひん曲げている。
「今ここで約束してほしい。 二度と青門に変な手を出さないって。 そして村に戻ったらこのことを長に伝えて黒門の総意としてもらう。 でなければ守り人全員、ハラカルラを訪れない」
「全員って・・・」
さっきも雄哉が言っていたが、烏だけでは到底水を抑えきれないことは分かっている。
この話の持っていき方は水無瀬から聞いた。 黒門は歪んではいるがハラカルラのことを想っている、だからそこを突けば簡単に揺れると。
「あ、言っとくけど俺はちゃんと約束は守るよ、あくまでも黒門の守り人となる。 だけど守り人として守り人の総意が重いってのは分かるでしょ?」
黒門の誰もが黙る中、一人が歩を出してきた。 雄哉に向って何かを言うのかと思えたが、その身を振り返らせる。
「ハラカルラのことで守り人の言うことは長の言葉より重い」
水無瀬の時には無理強いをしたが、あれは異例なことである。
「それにいくら戸田が黒門の守り人といっても、ハラカルラを訪れなくてはまた守り人を失ったことと同じだ」
ここに水無瀬が居ればこの声の主が誰か分かっただろう、水無瀬がおじさんと言っていた相手なのだから。
“守り人を失う” その言葉は黒門にとっては大きなことである。
「俺は黒門の人間として、黒門の守り人の言うことを飲む」
このおじさんは今までに一度も青門に圧をかけたりしていない、簡単に約束が出来る。 それにさっき雄哉が言ったように、圧をかけている連中は苛ついた時のはけ口に青門をいたぶっているだけだということも知っている。
「俺も」
雄哉にはおじさんの声に覚えはないが、この声には聞き覚えがある。 誠司だ。
(ふーん・・・)
「生意気を言うようですが、青門に圧をかけている姿は見られたものじゃないと思います」
「誠司! お前、なんてことを言うんだ!」
雄哉が口の前に人差し指を立てる。 声を荒げたカオナシ面の下から舌打ちが聞こえた。
「だって・・・戸田君が言ったように完全にはけ口にしてるだけじゃないですか。 それって大人としてどうなんでしょうか。 自分の子供に見せられますか?」
水無瀬からはこの誠司は大人しいと聞いていたが、何の何のなかなか言うではないか。
(水無ちゃんに報告だぁ)
少し面白くなって心の中でそう思うが、この短時間で雄哉は子供であるのならば嫌気も差さないが、大人であるのに建設的な話が出来ないことに嫌気がさしてきていた。 この何倍もの時間をかけて水無瀬は白門と話をしたのかと思うと気が遠くなりそうである。
「どうするんだ、少なくともここに居る全員が納得しなければ守り人を失うことになる」
「で? 結局?」
ライの家の水無瀬の居る部屋である。
「不承不承って感じで承諾した。 高崎さんも納得して頷いてくれた。 それと高崎さんに持ってきてもらった面の効果もあったな」
水無瀬からこの話を聞かされたあと、すぐに高崎に連絡を入れた。 青門の誰かが黒門の面を持っているはず、それをこの日持ってきてほしいと言っていたのである。 そんなことを知らなかった高崎が村でその話をしたときに、カオナシの面が出されたのには驚いたそうであった。
穴でその面を高崎から受け取り、雄哉が腰に挟んで持っていた面を黒門に差し出した。
『青門の人が拾ってくれてたんだって。 青門の守り人さんから預かってきた。 誰のかは知らないけど大事な物なんだから失くしちゃダメでしょ』 と言って渡したのだった。
「かぁー、取り敢えず何もかも落ち着いたか」
頭の後に両手を当てるとゴロリと転がる。 卒論を書きながら、烏のところに通いながら、いつも心の隅にあったことがこれで何もかも落ち着いた。
「高崎さんがくれぐれも水無ちゃんに礼を言っといてって」
「ん、まぁこれで青門も黒門も落ち着いてくれたらいいんだけどな」
高崎を見ていると心が締め付けられるようだったのだから。
「上手くいくっしょ。 帰りに高崎さんが言ってたけど、歴代の守り人で守り人同士がこんなに話すなんてことは無かったんじゃないかなって。 俺もそう思う。 まずは守り人同士が上手くいかなきゃな」
「そうだな。 そう思うと白門の守り人が居ないのが気になるなぁ」
「それは要らない心配だろが。 何でもかんでも背負(しょ)いこむなよ」
言ってみれば青門と黒門のことは水無瀬には関係のないこと、それなのに背負いこんだ。 だがそれはこれから黒門の守り人となる雄哉のためであり、高崎のためでもあることは分かっている。 そして守り人としてであることも。 でもこれ以上はもういいだろう。
「まぁ、な」
「で? 進路は決まった?」
「ああ、それな。 決まったわけじゃないけど雄哉に話しておかなきゃだな」
「うん?」
そこで高崎おススメの株式会社Odd Numberである開発部部長、一ノ瀬潤璃が今回の白門の件で助力を得た相手だと話した。
「うわ、なにその縁」
「縁? えー、縁なのかぁ?」
やはり偶然ではなく必然なのだろうか。
『やだぁー、なに遠慮してるのよぉー』
ライの母親にバンバンと背中を叩かれた雄哉が、ライの家で夕飯を食べると護衛となる三人に送られて帰って行った。 白門のことは落ち着きを見せたとはいえ、まだ雄哉のことは放っておけないと長が決めたのである。
そして今日もライの父親であるモヤはキリの家で夕飯を食べているということで、ライ曰く、兄弟水入らずということではあったが、それはとんでもない水入らずであった。
「だから言ってんだろ、ナギはナギで自分で探させる」
「こっちこそ言ってんだろ、お前、父親なんだからナギの性格が分かってんだろ、あれについてこられる男なんかいないだろうが」
「兄弟揃って毎日毎日同じことをよく言い合えるもんだわ」
呆れたようにキリの嫁さんが言い、卓にアテを置く。
「それにナギのあの顔だぞ、伯父としてナギには男前をつけたいって思うだろ」
「だからって何で泉水なんだ」
「俺の抑えが利くからに決まってんだろ、それにナギの年ごろと合う男前ってのは泉水だけだろ」
キリはどうしてもナギと泉水をくっつけたいらしい。
「モヤさん、諦めんか? こん人は言い出したら聞かんで」
「絹代までそんなことを」
本来なら義理の姉にあたるのだから絹代さん、若しくは絹代姉さんとでも呼ばなければいけないが、小さな頃から絹代と呼んでいた。 急に変えられるものでもなく絹代自身も気にしていない。
「うちには子供がおらんから力(りき)が入るんだわ」
今日も大きな溜息をつくモヤであった。
翌日、ようやく練炭が水無瀬と会わせてもらった。
「わーい、水無瀬だ水無瀬だ」
二人が喜んでハモリながら水無瀬の周りをぐるぐると回っている。
「こら、お前ら、水無瀬さんと呼べと言っただろうが」
「言ってない」
怖い父ちゃんが言うが、父ちゃんは『水無瀬君を水無瀬と呼び捨てにするのはやめろ。 それとバカと言うのもだ』と言っただけである。
「呼び捨てが駄目って言っただけ」
腕を組んだ父ちゃんが考える。 そんな気がする。
「なら今日から水無瀬さんと―――」
「ねぇ、水無瀬の名前は何て言うの?」
「下の名前」
「鳴る海って書いて鳴海だけど?」
「んじゃ、鳴海」
「今日から水無瀬は鳴海」
「だからお前ら呼び捨ては駄目だって言ってるだろうが!」
いや、それ以前にどうしてお兄さんと呼べって教えてくれないのか? と思うが・・・もう今更どうでもいいか。
「いえ、いいです。 それで」
練炭が水無瀬にうちに泊まりに来いと言ったが卒論のことがある。 そっち方面の勉強をしていかなくてはならなく、練炭と遊んでいる暇などない。 丁寧にお断りをした上で練炭のジップ付き袋とメモがとても役に立ったのだ、この日一日は二人の相手をして過ごした。
一か月が経った。 潤璃からの連絡で白門は落ち着きを見せているということで、雄哉からの連絡では高崎から連絡があり、黒門が何かをしてくる様子はないということであった。 その連絡を聞いてようやく水無瀬が落ち着くことが出来た。 卒論の方はかなり進んでいるが、落ち着けたのだ、次は就活を考えなくては。
「もう一度アパートに戻って教授に相談をしようかな」
だがもう八月も半ば。 遅いだろうか。 頭をよぎっているのは株式会社Odd Number。 決して潤璃が居るからではなく、雄哉が言っていたように調べたところかなり水無瀬の理想に近いからである。 だが守り人としてどうなのだろうか。 それを考えると雄哉おススメが一番理想になってくる。
「でも」
水無瀬は決して朱門の守り人になるとは言っていない。
「俺・・・どうしてこんなにのんびりしてるんだろ」
入社試験の日程もあるというのに。
『一緒に村に戻ろうって言った』 ライが言っていた。 水無瀬がそう言っていたと。
秋となり稲刈りが終わり今は田んぼに藁が干されている。 朱門の山の中では随分と前から秋の虫の音が毎晩聞こえてきていた。
黒門との確執が無くなったということで鍛錬の必要がなくなったというのに、高校生からライたち二十代と三十五歳ほどまではまだ自主鍛錬を積んでいる。 それ以上になると『三十五を越してみろ、全然違うからな』という常套句を使ってくるが『バカヤロ、それを言うなら四十からだ』『甘いな、四十くらいで言うな』などと醜い年齢争いをしている。
「内定もらって良かったな」
ピロティである。 雄哉は黒の穴から入ってきていた。
「まぁな。 雄哉も無事教育実習が終わってほっこりだな」
「おお、可愛かったなぁ、小学生」
“戸田先生” 始めて呼ばれた時には照れたとラインに書かれてはいたが、一か月間の教育実習はかなり楽しかったようで、それなりにしなくてはならないことがあるだろうに毎日ラインが入ってきていた。
「で? 黒門はどんな感じ?」
「週一に関してはやっぱりいい顔してないな。 大学卒業したら村に来ればいいとかって言ってるな」
「それって取りようによれば在学中は目を瞑るってこと?」
「だろな。 で、これから週に一、二回は来られるようになった」
日曜のみか土日の連日ということなのだろう。 今日は土曜日、雄哉は昨夜の内に黒門に迎えに来てもらっていたはず、となればどこに泊まったのだろうかと思って訊くと、水無瀬が泊まっていた家だということだった。
「大分落ち着いたのか? 大学の方」
「まぁな、休み返上までとはいかなくなった。 これからは卒論にかかる。 水無ちゃんはもう提出したんだよな?」
「ああ、提出さえすればいいってことだから卒業は出来るな」
「いいなぁ、俺なんて一講義も落とせない。 風邪もひけない」
自業自得とまでは言わないが、それは仕方のないことである。
「あ、そうだ、一ノ瀬さんなんだけど」
「うん」
雄哉は会ったことは無いが高崎からも聞いているし、今回白門のことで助力をもらっていたと水無瀬からも聞いている。
「プロポーズを受けてもらったって」
「え?」
潤璃は村のことがあってどうしても踏ん切りをつけることが出来なかった。 だが今回のことがあってようやく自分の選ぶ道に進むことが出来たということであった。
お相手は木更彩音。 彩音は潤璃が村に居る時から恋心を抱いていた。 だから高校を卒業するとすぐに潤璃を追いかける様に村を出た。 潤璃に教わり奨学金で大学を卒業し、Odd Number に入社したということだった。
噂の色恋ごとというのは真実であったというわけである。
「うわぁー、じゃあその木更さんって人、めっちゃ待たされたんだなー」
木更彩音の歳がいくつかまでは聞いていないが、かなりの年月を待っていただろう。
「こりゃあ、いつまで話しておるか。 さっさと来んか」
水無瀬と雄哉が顔を合わせた。 二人でゆっくりと話が出来るのはこのピロティだけである。
「はーい。 よし、今日こそ見るぞ!」
気合は十分のようである。
そして「よし、明日こそ見るぞ!」と言って帰って行った。
その日の夜、またドッペルゲンガーかと思わせる夢を見た。 以前見た夢と同じようにドッペルゲンガーが静かな視線を送ってきている。 ただ静かなだけの視線。 そしてまた同じように背中を向けて歩き出した。
ホーストコピー。 アイデンティティを持った自己像。 そう思った時にこれが夢であることを認識した。
(君はどんな自我を持っている)
後をつけようとして目が覚めた。 その夢が忘れられないが二度と見ることは無かった。
除日を迎えようとする十二月も中旬になった。 雄哉はこの頃にやっと水鏡に映るざわつきが見えだしたと張り切っているが、まだ宥められるには遠そうである。
水無瀬がじっとスマホを見ている。
「やっぱ、そうだよな」
あの夢を見てからずっと考えていた。 あれはドッペルゲンガーでもホーストコピーでもない。 自分の深層心理なのだと。 あの視線が語っていた、水無瀬がどうしたいのかを、何を選んでいるのかを。 その方向に向かっていない自分を静かに見つめていた。 そしてようやく決心がついた。
登録している番号をタップする。
「おっ、これからか?」
雑巾とバケツ、それに脚立が置かれている。 今日はライがお獅子拭き拭き当番であるようだ。 奥に鎮座しているお狐様もそうなのだろう。
「うん」
カンという音が聞こえた。 その音はここに来るまでも聞こえていた。
「ナギ、弓が好きなんだな」
もう必要がないというのに練習をしている。
「みたいだな。 それかまだ一射絶命を追ってるかってとこかな。 あいつ頑固だから」
頑固と言われれば納得がいくが、そうだな、なんて言ってしまったことがバレれば後でどんな目に遭うか分かったものではない。 取り敢えず笑顔で応えておく。
「んじゃ、行ってくる」
朝食を食べているときに連絡したいところがあるからと、今日は遅めに出ると言っていた。
「ご苦労さん」
「ライもな」
『お早うございます。 Odd Numberで御座います』
『お早うございます。 内定通知をいただいた水無瀬と申します。 採用担当人事部の荒木さんをお願いいたします』
「久しぶりに今日穴まで迎えに行く」
「うん、一緒に村に戻ろう」
そして朱門の守り人になると長に言おう。