大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第140回

2023年02月10日 20時19分06秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第130回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第140回



「あそこの壁にもたれかかっている者たちです」

壁にもたれかかり腕を組んで学び舎を見ている男が四人。
決起すると聞いたのは十七人、そして今目の前にいる四人の前に六人を教えられた。 現段階で十人の顔を覚えた。 
杠が闇討ちをした五人は未だに動けないらしい。 その五人はおいておこう。 あとは二人。

「動きはどうだ?」

「頭になっている者を己がやりましたから今はまだ動きはありませんが、あの様な者たちはいつ火が点くかは分かりません」

マツリが頷くとあとの二人の所へ行くのを促した。
言ってみればこの時に武官を連れていれば二度手間にならないのだが、杠が武官と行動を共にしているところをあまり見られたくない。 杠は単なるマツリ付の官吏の立場としてここに居るのだから。 それに武官がいればこんな話もできない。
それにしても十七人の内の十二人一人ずつに武官をつけるわけにもいかない。 宮都から武官を借りていると言えど、それぞれに動いているのだから。
四方に言って百足を借りれば良かった、などと今にして思うがあとの祭である。 今から宮都に飛んでいる間に何かあってはどうにもならない。

「淡月と朧は何か言ってきているか?」

「悪たれに日々腹を立てているようですが、これと言うようなことは無いようです。 ・・・動かしますか?」

「ああ。 何人もの武官をアイツらに割けられん」

「弦月は?」

「そのままで。 この事以外の周りを見ているように」

杠が頷きそして続ける。

「沙柊はこれから行く二人についています」

マツリの眉が上がった。 どうして、と訊いている。

「己が手をかけた五人は今回のことを言い出した者たちです。 沙柊がついている二人はその五人に反感を持っている者たちです」

「決起する前からの内輪もめか」

「あの五人がかなり横暴なようで」

マツリの眉が寄せられる。

「その五人とやらはこの六都で地位ある者か?」

「地位・・・とまではいきませんが、一人が大店の愚息です。 あとの四人の父親がそこで働いています」

「大店?」

「はい。 どれだけ裏で動いていることやら」

どれだけ、と言った杠だが、そこのところは調べ初めているのだろう。
ふと腑に落ちた。 数日前に杠が言っていたこと。 紫揺に会いに行かないかと言ったことに。 これからはその大店の悪事を暴くことになるのだろう、だからあの時が機と考えたのだろう。

「宮でよく書類を見ておったな」

六都のことをチラリと言っていた。
杠が前を見たまま軽く頭を下げる。

―――いつの間に

いつの間に杠は・・・。

「杠・・・」

驚いて杠が振り返った。 マツリの声音がいつもと違っていたからだ。

「マツリ様?」

杠はいつの間に一人先を歩いていたのか。

「どうなさいました?」

「あ、ああ、悪い。 何でもない」

置いて行かれたようだった。 杠一人が階段を上がっているように感じた。
杠はずっとマツリと離れていた、離れてマツリの欲しい情報を集めていた。 だが今は先を読んで動いている。
今までもそうだったのかもしれない。 マツリが知らなかっただけなのかもしれない。 こうして一緒にいるようになって初めて気付いたのかもしれない。 置いて行かれるように感じたのは今更なのかもしれない。
杠は今までの杠ではなくなっていた。 官吏としての杠になっていた。 杠は確実に成長している。

(見習わねばならんな)

紫揺のことでぐちぐちと考えていては取り残されてしまう。

マツリが二人を確認すると、十二人の内の二人にはそのまま享沙がついた。 そして絨礼と芯直は二人一組で一人の男に、武官の三人が九人の男達に目を光らせることとなった。


「沙柊が一人で二人だろ? 武官が九人を三人でだから・・・一人が三人だろ?」

すっと割り算が出来るようになった。 享沙である沙柊が柳技と絨礼、芯直を夜だけ見ていると言えど、しっかりと勉強を教えるために宿題を出している。
柳技たちが帰ってくると玄関に紙が入れてある。 それが宿題であり、添削して戻ってきた前回に出された宿題もある。 ひらがなを読めるようになったから出来ることであった。

「オレたち二人で一人って・・・」

「だって、オレたちこんなじゃない? いつどこで難癖付けられるかも分からないんだし」

まだ子供だということもあるし、二人とも実年齢よりもずっと背が低い。

「・・・分かってるけど。 悔しくないか?」

絨礼が芯直を見て微笑む。

「下手を踏む方が悔しいより怖いよ?」

自分がヘマをすれば家族がどうなったか分からない。
絨礼がどんな思いで生活をしていたかは聞いていた。 己より心の呪縛があったということを。

「絨礼・・・」

「だから、淡月だってば。 ね、オレたちはまだ子だから。 ああ、朧は柳技みたいに動けるね。 オレと違って勇気があるもんね。 でも、オレについててもらえない?」

「絨ら・・・淡月」

淡月と呼ばれた絨礼が窓の外を見た。

「広い空だね」


「捕らえろ」

マツリの声が響いた。
武官が見ていた男が驚いて少女から手を離した。 男は使いに出た少女を捕まえて売ろうとしていた。

「なっ! なんだよ!」

マツリの声に踵を返し逃げ出そうとした男の前に武官が立ちはだかり簡単に捕らえる。
これで一人。
この男は人身売買、その前に誘拐という咎がある。 充分な罪だ。 咎は労役。 杉山に長い間無償で働かせることが出来る。

今は十二の月が終わろうとしている。 
少し前に宿所が建っていて、以前から働いている者たちは既に宿所で寝泊まりをしていたが、この男は当分徒歩で通わせる。 雪の中を歩くには往復だけで終るかもしれないが。
宿所では当番制で食事係を担っていた。 食事代は相応に賃金から天引きされている。 その食事をこの男の口に入れさせるわけにはいかない。 それにいま落ち着いている宿所で問題を起こされても困る。

この数日前、ややこしい時に、と思いながらも数日前に北の領土の祭を見に行っていた。 抜け殻のようになっていた爺が息を吹き返し、トウオウの家に羽音を住まわせ、身の回りの世話役と教育係として同居しているようだが『トウオウ様のようにご注意を差し上げるところが無く、寂しい限りです』と、どこか可笑しなことを言っていた。
かわらずアマフウが羽音を可愛がっているようで、ずっと手を繋いで微笑みを羽音に注いでいる姿は美しいものであった。

残りの武官が見ていた男を遠目に見ていた杠に元気な子供が後ろからぶつかってきた。

「ワッ!」

子供が声を上げて転んだ。
杠が振り向くと二人であるはずなのに一人しか居ない。

「大丈夫か?」

子供に手を差し伸べて立たせてやる。
ごめんなさい、と言うと子供は走ってどこかに行ってしまった。
手に持たされた紙を誰にも分からないように見る。

『くろ山ぎ あたらしい中ま あつめてる』

黒山羊で懇親会らしい。

“山” と “中” という漢字が書けるようになったらしい。 だがこの場合、下手に “山” を漢字で入れられるより “くろやぎ” と全てひらがなで書いてくれる方が読みやすい。 それに仲間の “中” が間違っている。
頑張っているのだと思うと微笑ましくなるが顔を引き締める。

「いつまで経っても・・・」

吐き捨てるように言うと歩を出した。
マツリが何処に居るか分からない、そのまま黒山羊に向かう。 絨礼はあのまま黒山羊まで走って戻るだろうが、その間、芯直一人で黒山羊に残っているということだ。
呑み屋に子供二人置くのも何があるか分からないというのに、一人だけで置いておけば少なくとも必ず絡まれるだろう。 官吏が走ると何かあったと見られてしまう。 走ることは出来ないが目立たぬように足を早める。

「らっしゃい!」

まるで夕餉の混味を食べに来たように黒山羊の中に入った。 目を走らせると苦笑の中に息を吐いた。

どうして杠が笑っているのか分からないまま、匙を手にした芯直が目で男達を示す。 頷くこともなく男たちの近くに腰をかけた。 あと少ししたら混んでくるだろうが今はまだ空席が多い。

混味も食べ終え今は杠も居る。 もう自分たちはここに居なくていいだろう。 分かれるのは名残惜しいが。

「お姉さん、ありがとう。 ご馳走様でした」

「いいえ、どういたしまして。 本当に可愛らしい坊たちね」

「二度も混味を食べさせてもらって・・・何かお返ししなきゃな、淡月」

絨礼が頷く。

「坊が何を気にしてるの。 元気に混味を食べる坊たちを見ているだけで幸せよ」

肘をついて組んだ手の甲に顎を乗せていた女が両手を分けると二人の頭を撫でる。

「さ、これからは性質の悪いのが来るわ。 お帰り」

「うん・・・」

二人が名残惜しそうに席を立つと女が微笑みで送ってやる。 まだ一緒に歩いて送ってやらねばならない時ではないだろう。
それより、とチラリと杠を見た。 弁当はもう作らなくていいと聞いた日から、杠は女の所に戻ってこなくなった。 座卓の上には質の良い巾着に金貨が数枚入っていた銭入れが置かれていた。 いつの間に置いていったのやら。 だが急に居なくなるのも、それもいつものことだった。
ちょっと気に入らないことがあって憂さ晴らしに黒山羊に入って来たら偶然あの坊を見つけた。

『あら? 今日は一人?』

芯直に声をかけた。
こんな所に坊一人で座っていては何があるか分からない。 店主を見ると気にしてはいたようだったが、女が芯直に声をかけた途端、安心するように中に入っていった。
芯直が言うにはついさっきまで二人だったと。 でも一人に用事をしてもらいに行って今は待っているだけだという

『淡月は優しすぎるから、ここで何をされるか分からないから淡月に行ってもらったんだ。 オレだったら相手を蹴り上げるから平気だし』

『まぁ、元気な坊ね。 混味をおごらせてくれるかしら?』

『あ・・・。 あ、じゃあ、淡月が戻ってきてから』

もう一度杠を見ようと思ったが、あまり見ていては杠の邪魔をするだけかと、店主に酒を頼む。

「あれ、すきっ腹に酒かい?」

「なぁに? 混味を食べろって言うの?」

店主がニヤリと笑う。 しっかりと商売っ気を出してくる。

「さっきの坊たちの分で儲かったでしょ。 お・さ・け」

諦めたのか「あいよー」と言って杯にたっぷりと酒を入れた。

今はまだ官吏の働いている時間だ、杠は酒を吞むわけにはいかない。 かなりゆっくりと混味を食べている。
官所で働いている者がこんな風に就業中に食をとるなどと言語道断だが、杠や武官たちのように外に出ていては、官所で働いている者たちのように定刻に食など摂れない。 現に杠も混味を注文するときに店主に言っていた。

『昼餉をとれなかったのでな。 やっと今だ』

『そりゃ、ご苦労なこった』と店主も気を利かせたのだろう、大盛りを持ってきていた。

この黒山羊が流行っているのは混味が美味しいだけではなく、店主のこういう心意気もあってのことだろう。 六都の全員が全員ろくでもないわけではない。

「ったく、いつ戻ってきてたのかしら」

クイっと呑んだ酒杯を口から外すと唇が当たっていたところを指でなぞる。

「らっしゃい!」

段々と混んできた。 喧騒で会話が聞こえなくなってきている。

「兄さん、相席頼んまさー」

耳をそばだてていた杠が顔を上げる。 店主の声はそばだてていた方から聞こえてきた。

「あー!?」

男が辺りを見た。 もう満席になっている。

「ちっ、仕方ねーか。 こっちの話に首突っ込むんじゃねーぞ」

立っていた男に言う。

「悪いねー、兄さんこっちに掛けてくれ。 混味でいいね?」

兄さんと言われた享沙が頷いたが心の中で舌打ちをしている。 あまりにも近すぎる。
享沙が思っていることは杠にも通じている。 芯直たちが享沙に言ったのか、柳技から回ったのかは分からないがタッチ交代というところだろう。
だがここですぐに立つと享沙がここに座らされる。 ここではあまりの喧騒に話が聞き取りにくい。

「それにしても・・・」

大盛りはなかなか減らないものだ。

二人が長屋に戻ってくると添削したものが玄関に置かれていた。 算術である。 そして新しい漢字が書かれた紙も置かれている。
その中の一つに『仲まと川に石をひろいに行く』と書かれたものがあった。 漢字の上にルビがふられている。

「あ・・・」

「どした?」

「・・・俤に漢字を間違えて書いた」

一つお勉強になったようだ。 これで “仲” と言う漢字の使いどころを忘れないだろう。 失敗こそ成功への道となる。

享沙が黒山羊に向かい二人の男から目を離しているその間、柳技に二人の男のことを頼んでおいた。 かなり無理があるとは分かっていたが。

『無理をするな。 深追いも』

『分かってるって』

柳技が見張っているとき一人の男がどこかに行ってしまった。 どっちを追うか躊躇ったが、塀にもたれているだけの残っている男に動きはない。 行ってしまった男の後を追う。 距離をあけることを忘れない。
男が立ち止まった。 どういうことだ、と目を顰めさせた時だった。 首に腕が回ってきてグイッと締め上げられる。

「餓鬼、何をしてやがる」

締め上げてきたのは塀にもたれていた男。

(しまった、気付かれてた)

男が腕を上げていく。 柳技の足が徐々に地から離れていく。 首が痛い、息が出来ない。 知らず涙が出てくる。
巴央と京也は杉山に行って宿所に泊まっている。 享沙と杠は黒山羊に居る。 絨礼と芯直は既に長屋に戻っているだろう。 助けに来てくれるあてがない。

「うぐ、ぐ・・・」

「下ろせや。 うっぷんが堪ってんだ」

締め上げていた男が片方の口端を上げて笑うと柳技を下ろす。 もう一人の男が柳技の肩を持ち、もう一方の腕を柳技の腹に入れる為、思いっきり後ろに引いた。

「うぐっ・・・」 

腕だからまだましだ。 郡司には足で蹴られていた。 だから耐えられる。 それよりバレてしまったことの方がよほど心を痛める。 深追いはするなと享沙に言われていたのに。
うずくまると二人からあちこちを蹴られた。 頭と腹だけは守らなくてはと、両腕で頭を覆って丸くなった。 意識が遠くなっていく、蹴られる音が遠のいていく。

ひたりと額に冷たいものがあたった。 うっすらと目を開ける。

「ああ、気が付きましたか!」

顔を覗いてきた男に見覚えがある。

「遅くなってすみません。 貴方を目にしたときにすぐに飛びこめばよかったんですけど、私じゃ勝てないと思ったもので武官を呼びに行きました。 その間に酷くやられてしまったようで・・・。 吐き気などありませんか?」

(・・・ああ、そうだ。 いつもマツリ様の横にいた官吏だ)

自分の身体を感じると横向きに寝かされていたようだ。

「大、丈夫です」

身体を上げようとすると、押さえられた。
うっ、と声が漏れる。

(そこ、痛い所だから)

「ああ、無理をしないで。 まだ休んでいなさい。 それより家の方で心配しているでしょう、連絡をしてきます。 どこに住んでいるのですか?」

「兄さん、痛がってるよ。 手を放してあげれば?」

足を引きづりながら桶を持った男が入ってきた。

「殴られたりしたところを冷やしているから、じっとして」

言われて身体を見てみれば衣をはがされ、あちこちに濡れた手巾が置かれている。

「額なんぞ蹴られてないのに、心配が過ぎるよ。 熱を出しているわけじゃないのに」

兄さんと言った男が官吏をチラリと見ると「だってねぇ」と官吏が眉尻を下げて柳技を見てくる。

「上手く頭を庇ったな、上等上等」

横向きに寝かせると柳技の身体に置かれていた手巾を一枚ずつ剥がし、桶に入れた冷たい水を含ませてギュッと絞る。 そしてまた元の位置に置く。

(この男は・・・殴られ慣れているのだろうか。 それとも以前に殴られていたのだろうか)

「さ、それで家はどこだ? もう陽はとっぷりと暮れている。 坊主だったらとっくに寝ている刻限だ。 家の者が心配をしているだろう」

「あ・・・」

絨礼と芯直が心配をしているはずだ。 享沙に言うかもしれないが、その享沙も戻っているかどうかわからない。 二人がこんな刻限に家を出て柳技を探そうとしていたら今度はあの二人に何があるか分からない。

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