大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第112回

2020年01月13日 22時13分06秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第112回



やっと那覇空港から飛行機が飛んだ。
小松空港までの直行便は飛ばなかったが、阿秀の指示通り福岡空港行きの便に乗った。 そしてそこで待つようにと阿秀から連絡があった。

今尚、ノロノロと中国地方で大きな勢力をひけらかしている台風。 小松空港近くのホテルで待っていた筈の阿秀は領主が飛行機に乗る前に関西圏に入っていた。 その後は台風の隙間を縫って移動した。 新大阪で新幹線を下りると在来線に乗り換えたりと、ベタベタな移動となった。

「領主!」

「阿秀・・・」

領主に疲れの色が目に見えて分かる。 屋敷からの出発のこと、そして那覇で足止めを食ったこと、挙句に領主にとって異国と言ってもいいこの土地に一人長く居たのだから、疲れが出て当然だろう。

「お疲れのようですね。 どこかで休憩を入れて―――」

「いや、一分一秒でも早く紫さまの元に行く」

「・・・はい。 ですが台風がまだ先に居ますので乗り換えが多くなります。 大変な行程となりますが」

台風を避け、在来線やタクシーを使うつもりだ。

「かまわん」

領主の健康も気になるところだが、ここで是が非でも身体を休むように進言したとて、精神が落ち着かないだろう。 肉体も大事だが今の領主には寸分の差で精神の安定を取るに限るであろう。 それによって肉体も落ち着くかもしれない。 移動や乗り換えに肉体を使うが、それを乗り越えれば電車やタクシーに乗って座っているだけで、自分の足で走るわけではないのだから。

「では博多駅に向かいます。 タクシー乗り場に」

領主の先を歩く阿秀。
さて、これからどう移動すればいいか。 台風の機嫌次第だが、台風が過ぎるのを待っているわけにはいかない。 眉間に皺を寄せた時、後ろから声が掛かった。

「阿秀」

「はい」

声の主の領主に足を止め振り返る。

「顔色が悪いが大丈夫か?」

「何ともありません。 それより領主のお疲れの方が気になります」

「わしは何ともない」

「お疲れをお感じになられた時にはすぐにお知らせください」

そう言って再び歩を出した。



「塔弥」

屋敷の廊下を歩いている時に葉月に声を掛けられた。

「なんだ?」

「独唱様はどんな具合?」

塔弥に独唱のことを頼むと言われたあの日から二日後、塔弥が空港から帰ってきてからは独唱にはずっと塔弥が付いている。

「今は寝ておられる」

だから安心して厠(かわや)に立ったのだ。

「塔弥・・・。 もっと自分のことを大切にして」

とうとう言ってしまった。 この屋敷でも東の地でも独唱に添い、洞穴の中では片膝をついて微動だにしない姿勢で独唱を見守っていたことを知っている。

「何を言うのか?」

年下の葉月に向かって睥睨する。

「だって、独唱様はもう紫さまを見つけられたんでしょ?」

塔弥の視線が葉月から外れることは無い。 二拍も三拍も置いて塔弥が口を開いた。

「葉月は葉月のすることをすればいい。 俺は俺のすることをする。 それだけだ」

そう言うと独唱のいる部屋に足を向け歩きだした。

「塔弥!」

呼ばれても塔弥の歩は止まらない。
塔弥と独唱、二人が何かを抱えていることを感じてはいるが、心の底の思いを葉月は知らない。

「塔弥・・・どうして」

どうしてそこまで一人で頑張るのか。 どうして頼ってくれないのか。 そう言いたかったが声には出せなかった。



ゆっくりと揺れガタガタという音だけが聞こえる。 その他に音は耳に入ってこない。 それはある意味、静寂を示すことなのだろう。 そんな中で微睡んでいた。 その静寂に一本の筋を入れ、その中からゆっくりと指先で開かれていくような声がした。

「着きましてよ」

セッカの声だ。 左手を包まれているのを感じる。 なんだろう。 瞼をゆっくりと開ける。

「お目覚めかしら?」

目の前にセッカが居る。 どうしてだ?

「家に着きましたわよ。 医者が待っております。 これから家に移動しますけど、少々の揺れで痛い思いをするかもしれません。 そこはお許しくださいませね」

家に移動? ではここは何処なのか?

「ああ」

了解したと無意識に声が出る。

薬師によって骨折による高熱はさほど出なかったが、ずっと続いた微熱。 それに前後不覚とは言わないが、ムロイ自身が取った行動に精神も肉体も限界を超えていた。 何が何やら分からない。
途端、板戸ごと身体が持ち上がった。 先ほどの心地よい揺れと比べて大きく身体が左右に揺れる。
いや、あの揺れを心地よいと思っていたのは慣れかもしれない。 痛い箇所が揺れによって痛みはしていたが、慣れというか麻痺していたのかもしれない。

「クゥ!」

右半身に痛みを感じ思わず声が出た。

「申し訳ありません。 少しの辛抱を・・・」

誰の声だ? どこかで聞いた声ではあるが思い出せない。 若い男の声だという事しか分からない。

(副作用のない薬草はいいけれど、やっぱりギプスは彼の地の方が上かしら?)
運ばれるムロイに添ってセッカが心の中で呟いたが、やはりそうであるようだ。 渋面を作るムロイに思わず声をかけた。

「すぐに家に入ります。 それまで辛抱くださいませね」

板に乗せられたムロイが二人の男に運ばれていく。



「よっ、はっ、とっ」

緑豊かな芝生に向けて指をさす。

「もぉー・・・」

隣で座るガザンがキョトンとして見ている。

「てぃ! てい!」

手首を上下に動かし尚も芝生を指さす。
とうとう諦めたかのか、手を下すと腕を頭の後ろに組みゴロンと転がった。 その転がった人物、紫揺に添ってガザンが伏せる。 ようやく静かになるようだ。

『オレたちは体と心を繋げなければ何も出来ない。 でもシユラ様は心ひとつ、思い一つで出来るんだ。 花を咲かすことにオレ達みたいに手を動かす必要はないだろう? 心で何かを思っただけで花を咲かせられるんだ』

トウオウにそう言われたし、ニョゼにも同じことを言われた。 紫揺自身も思い返せばそうだろうと思うが、いざとなってはどうしても手を動かしたくなる。
片手を頭の後ろから抜いて、ゴロンと隣に伏せているガザンに向き合った。

「出来るわけないよねー」

ガザンは素知らぬ顔をして今にも寝そうにうつらうつらしている。

屋敷にはどの階も部屋からだけではなく、いま紫揺が居る西側を見られるように廊下から奥まったところに窓がある。 その窓の一つ、一階の窓で人影が動いた。 

「アマフウ様?」

「あら、ニョゼ。 セノギの具合はどう?」

振り返り窓を背に尋ねる。

今日アマフウは珍しくリクルートスーツを着ている。 いつになく大人しい服装に思わず声を掛けてしまった。

「今日から起きるようです。 今一緒にシユラ様のお部屋を点検に行きましたが、足取りもしっかりしておりました。 今はトウオウ様のお見舞いに行っております」

「セノギの事だから無理をしてるんじゃないの?」

「多少はあるかもしれませんが、わたくしからみてももう何の心配もないかと。 シユラ様のご様子はいかがですか?」

アマフウの肩越しに窓を見る。

「ああ・・・。 何してんだか、芝生に寝転がってるわよ」

首を捻るとガザンに手をまわしている紫揺が見えた。

「まぁ、この陽が強い時に」

日焼け止めなど塗っていない筈。 お辞儀をしてこの場を退こうとしかけた時、アマフウが話しかけた。

「ニョゼ、仕事はどうするの?」

「領主の指示がありませんと・・・」

動くに動けない。 そう言おうとしたが、本音は動きたくない。 途中で言葉が止まってしまう。

「そう・・・。 まぁ、いつも忙しすぎるからたまにはゆっくりすればいいわよね。 ああ、そう言えばアノコには誰も付いていないんだから、ニョゼが付けば?」

「はい? セノギはシユラ様に誰も付けないでいたのでしょうか?」

「全くって程じゃないけど完全な付き人は居ないわ。 アノコが断ったそうよ。 でもニョゼなら了解するんじゃない? ホテルでもニョゼが付いていたんでしょ?」

「はい」

「じゃ、そうなさい。 セノギの顔を見がてらセノギには私から言っておくわ」

そう言うと大階段の方に歩き出した。
ニョゼがお辞儀をする。
歩きながらアマフウが不気味な笑みを作っている。 後姿を送っているニョゼには見ることが叶わなかった。

隠れるようにある小さな階段に足を運んだニョゼ。 アマフウに遅れながらも階段を上る。 四階まで上がり、女性部屋に入るとポーチではなく化粧品箱を開いた。 そこには未使用の物が入っている。

「シユラ様」

離れた所から声を掛ける。 夕べガザンの吠える声が何度も聞こえていた。 まだ気が立っているかもしれないと思うと必要以上に離れた所からの声かけであった。

陽に当たりポワポワとしてきたのであろう、ウッカリ寝てしまっていたようだ。 ガザンなどニョゼの気配すら感じないのかハッキリと寝息を立てている。

「あ・・・」

ガザンに回していた手を解いて起き上がり、キョロキョロとすると離れた所にニョゼを見つけた。

「ニョゼさん!」

ガザンを置いてすぐにニョゼに駆け寄る。

「ガザン・・・あのままでも大丈夫ですか?」

一匹だけにしていていいのかという事だ。

「完全に寝てるみたいだから」

「そうですか。 シユラ様、日焼け止めなどは塗られておられますか?」

「産まれてこの方、塗ったことないです」

「まぁ!」 目を丸くすると 「じっとしていて下さいませ」 と言い、手に持っていた日焼け止めのクリームを紫揺の顔に塗りだした。

「シユラ様はきれいなお肌をしておられますが、日焼けをしてしまいますと後になって出てきますから、これからは外に出られるときにはこれを塗って下さいませ。 今日からお部屋が使えますので、シユラ様のお部屋に置いておきます」

塗り終えた手を下すと紫揺の目を見て続ける。

「お邪魔でございませんでしたら、今日からシユラ様にお付き添いさせて頂いて宜しいでしょうか?」

「え? セノギさんは?」

「もう一人でも大丈夫かと」

「そうなんですか!?」

「お邪魔であれば―――」

「邪魔だなんて! 一緒に居てくれるんですか!?」

ニョゼがコクリと頷く。

「嬉しい!!」

ニョゼに抱きついた。

「まぁシユラ様」

ニョゼの胸元に紫揺の後頭部が見える。 そっとその髪を撫でる。

「随分と髪の毛が伸びられましたね。 わたくしで良ければお切り致しましょうか?」

「え? ニョゼさん出来るの?」

「プロではありませんが多少は。 わたくしの髪は自分で切っておりますし、此処に帰ってきた時には、アマフウ様とトウオウ様そして領土の者の髪を切ることがございます」

「わー、本当に何でもできるんだ。 うん、切ってほしい。 お願いします!」

ガザンが目を開けた。 鼻先に紫揺の足元から広がってきた何かが当たってこそばゆくなったからだ。

「ヴワン!」

迷惑だと言わんばかりに首を振り一吠えするとゆっくりと立ち上がる。

「あ! ガザンが起き・・・」

ニョゼに回していた手を解き振り返った。 同時にニョゼが俯けていた顔を上げる。

「シユラ様・・・」

芝生があったところに色とりどりの花が咲いている。

「・・・今、お幸せを感じておられますか?」

一瞬驚いたがそこで止まってはいけない。 紫揺に冷静になってもらわなくては。

「あ・・・」

今までこれほどまでに広く鮮やかなものは見たことがない。 それに今まではすぐに枯れていたのに、枯れるどころか褪せてもこない。

「シユラ様? 今のご自分のお気持ちを覚えてくださいませ」

「・・・ニョゼさんが一緒に居てくれるって、髪の毛を切ってくれるって。 だから嬉しくて」

「言葉ではございません。 シユラ様のお気持ちです」

紫揺がゆっくりとニョゼに振り返る。

「わたくしのことを思って下さって、これほどのお花を咲かせて下さって、きっとシユラ様よりわたくしの方が嬉しく思っています。 わたくしにその力がないのが残念でなりません」

もう一度後ろを振り返る。 ガザンがノッシノッシとこちらに向かって歩いてきている。 色鮮やかな花を踏んで。
花を踏んで・・・。
花を踏んで!?

「キャー、ガザン! お花を踏んじゃダメー」

一気に辺り一面に咲いていた花の色が褪せていき、その姿を消した。


「チッ」

舌打ちをすると回廊から姿を消した。

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