大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第69回

2024年06月07日 21時11分12秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第69回




水無瀬が先頭を切って村に入った。 潤璃が考えるにこれから作業に入る時間になるはずだということだったが、まさにその通りで村の中を何人もが農具を担いで歩いている。
その中の何人かが、集団の足音に気づいて振り返る。

「み、水無瀬!」

水無瀬の知らない顔である。 一ノ瀬誠や後藤智一の時もそうだったが、水無瀬は顔を見たことがないのに相手は水無瀬の顔を知っている。 どこで見ていたのだろうかと思う。

数人の男が水無瀬の名を呼んだことで気付いていなかった者達も振り返りだした。 そして口々に水無瀬の名を言い、その内に後ろに居る者達にも気付いてきたようである。

「潤、璃・・・か? どうしてお前が水無瀬と居るんだ」

高校を卒業してすぐに村を出てからは一度も戻って来ていないというのに、それほど顔が変わっていないということなのだろうか。 もう四十五になろうとしているのにそれは少々ショックである。

まだ口を開く気はないと示すかのように潤璃が横を向いた。。

水無瀬がどんどん村の中に入って行く。 一番広いところに行くつもりである。 その場所は事前に潤璃に聞いている、足が止まることは無い。
水無瀬達に気付いた者たちが長の家に走り、まだ出てきていない他の家の男達を呼んでいる。
集まっている男達から水無瀬にも、水無瀬の後方に立つ潤璃達にも野次のようなものが飛んでくる。

「水無瀬、こっちに来てもらおう」

男が農具を置き水無瀬に近づいてくる。 水無瀬の後ろで誰もが息を吞んでいる。

「僕に近づかない方がいいって広瀬さんに聞きませんでした?」

「聞いたよ」

更に男が近づいてきて水無瀬に手を伸ばしてくる。

「何をふざけたことを言ってるのかって思っ―――」

最後まで言えなかった。
身体が前から押されるように足を滑らせて後退していく。

「うわっ!」

声を上げてもずっと誰かに押されている感覚は消えない。 五メートルほど後退して最後にはバランスを崩して尻もちをついた。 白門の者達はあまりの出来事に途中で助けることが出来なかったどころか、押される男に道を譲るかのように避けていた。

「他の方も同じようになりますから僕には近づかないでください」

白門の誰もが驚いた目で水無瀬を見、水無瀬の後ろに立つ者達も潤璃から聞いてはいたが、初めて見る現象に驚きが隠せないようである。
丁度広い所に出た時だった、今のパフォーマンスで白門の誰もの口が塞がれている。 ラッキーである。

「これからお仕事のようですがお話があります。 この場で座って頂いても立ったままでも構いません、僕の話を聞いてもらえませんか」

あくまでも水無瀬は下手に出て話すようだ。 顎に手を置いた潤璃が次に眼球を動かす。 玻璃が歩いてきた。

「村の皆さんはまだ全員お揃いではないようですが、少しづつ話していきます」

(電話の相手は水無瀬だったのか・・・)

想像もしていなかった人物に玻璃が驚いている。 潤璃の方をチラリとみると当の潤璃は目を合わせないようにしているようである。 兄弟が何十年ぶりかに会うというのに、その態をとっていいものかどうかと思うが、ここは潤璃に合わせておこう。 それに潤璃は村を嫌って村を出た、村の誰もがそう思っているし、そしてそれは正解である。 玻璃から近寄ることは憚られる。 それに村には秘密だが、まったく会っていなかったわけではなく連絡もしていた。 ハグの必要もない。

一ノ瀬誠と後藤智一が私服を着て水無瀬の横から走ってきた。 そのずっと後ろにジャージ姿の高校生らしき姿が何人も見える。 これから部活にでも行こうとしていたのだろう。 つくづく潤璃の時間決めに感心する。

「君たち、高校生かな?」

白々しく訊いてきた水無瀬に一ノ瀬誠と後藤智一が頷く。

「高校生は全員揃って村に居るみたい?」

二人が一度顔を合わせてから答える。

「これから部活に行くやつらがいるけど」

「それ以外は―――」

「智一、誠! 何を勝手に喋ってる!」

怒声が飛び、二人が肩を上げ小さくなる。

「彼らは僕の質問に答えてくれただけです。 それを非難する権利はあなたにはありません」

「村の中のことをペラペラ喋るのは言語道断だって教えてやってんだよ!」

「おい、茂三、お前がうちの息子に勝手なことを言うな!」

(この声は玻璃さん? うわぁ、潤璃さんより一回り大きい)

これでは声に圧があっても納得できる。

父親が助けてくれたことに安心できたのだろう、委縮していた二人の体が戻ってきたようである。

(ナイスフォロー玻璃さん)

ジャージを着た高校生たちが何事かという目をして集まってきた。 そして水無瀬を見ると口々に「水無瀬さんだ」と言っている。 そちらに首を振った水無瀬が言う。

「ジャージを着ている君たち部活なんだって? 悪いけど今日の部活を休んでもらえないかな、強制はしないけど村のことで話がある。 高校生と言えど村のことだ、参加をしてほしい」

誰もが、え?っという顔をしている。
基本高校生は特進科に進んでいる者以外は小間使いのような扱いであり、だいいち高校生が村の話に参加ということはない。

「これから君たちが担っていく村なんだ、君たちが居ないと始まらない。 立っているのも疲れるだろう、座っていいからね」

ジャージを着ているのだ運動部であろう。 地べたに座るくらい何ともないはず。

潤璃がへぇーっとした目で水無瀬の後頭部を見ている。 潤璃の頭の中にそういうセリフはなかった。

ジャージを着た高校生たちがスマホを出し操作している。 欠席を告げる連絡をしているのだろう。

「そこそこ集まられましたでしょうか」

老若男女問わず、まだ奥から走ったり歩いたりして来ている者、横から来ている者達も居るが、すぐにこの場に来るだろう。

「長がまだのようですが、これは村の皆さんの意識の問題ですから皆さんと始めます」

これも潤璃とは考えが違った。 村のことは何事も長が居て始まる。 水無瀬は村出身ではないと言っていたから、村の基本を知らないのかとは思ったが、いま水無瀬は意識の問題と言った。 個人の意識に長は関係ない。

高校生たちがスマホをジャージのポケットに戻しその場に座り込む。 それを見た一ノ瀬誠と後藤智一といった私服組も座る。
大人たちも順々に座っていくが、聞く気のないものは立っているといったところか、だがその場に留まっているのは有難い。 それに次の水無瀬の一言で聞く耳を持つだろう、それも反骨心いっぱいで。

「もうご存知だとは思いますが、改めまして、水無瀬と言います。 僕がしばらくこの白門の村に居たことは皆さんご存知のようですが、その時に知ったことに対して単刀直入に申し上げます。 ハラカルラを守る守り人として、ハラカルラに生きる生き物たちの捕獲をやめていただきたい」

「な、何を言うか!」

「そうだ! それに勝手にこの村を出た上に勝手なことを言うな!」

「それになんだ、その後ろに居る村を出たモンたちは!」

「お前らが今まで水無瀬を匿(かくま)っていたのか!」

水無瀬の後ろでは、吐きたい息を抑えている者や、言い返したい気持ちでいっぱいになっている者達が居る。 だがまだ自分たちが言い返すタイミングではないことは分かっている。 口をひん曲げたり横を向いたりと、それぞれがそれぞれの態度で示している。

「何とか言え!」

「お言葉を返すようですが、いま僕の後ろに控えていただいている方々のことを、どうこう言う資格はあなたたちにはありません」

「なんだと!!」

「若造が何を言いやがる!!」

まだまだ走ってきている人たちが居る。 腰を曲げた年寄りが走っているつもりだろうか、手は振れているがスピードは歩いているのと変わらない。 明らかに走るつもりを諦めているだろう年寄りが腰に手を回しゆっくりと歩いて来ている。 家の用事の途中だっただろう割烹着を着たままの女性が、小さな子の手を引いて歩いて来ている。 村の朝は早い、これから一緒に遊ぼうとしていたのか、小学生が数人で固まって走ってきている。

「たしかに僕はまだ若造です。 ですが守り人です。 それにこの村を勝手に出た、ですか? 勝手に連れてきたのはあなたたち白門でしょう。 いいえ、連れて来たではない。攫ってきた」

高校生たちが驚いた顔をして互いに見合い合っている。

(聞かされていなかったのか)

遥か後方で車が入ってきた音がした。 ライではないだろうが、こんなに朝早くからどこかに出かけていた村人が居たのかと思うと、ライと一緒に居なくて良かったと思う。

「そして後ろに控えていただいている方々に匿ってもらっていたということはありません」

「どうやって信じろってんだ!」

「おう、今そうやって一緒に居るのが何よりもの証拠だろうが!」

「話が進みませんね、肯定はしませんが、それでは勝手にそう思っていて下さい」

「なんだと!」

高校生たちがざわざわとしだした。 粋の良い反骨精神の持ち主たちから目を外し高校生たちの方を見ると、長と思われる年寄りが歩いてきた。

「長でしょうか?」

「そうだ。 わしの村で何を勝手なことをしておる」

「勝手と言われましても、守り人としてのことは勝手ではないですよね」

「お前はこの村の守り人ではない、逃げたのだろうが」

「さっきもその話をしましたが、逃げたのではなく戻った、です。 いつまでも攫われの身は御免ですから」

「戸田はどうした」

「雄哉ですか? ここに居るんじゃないんですか? そう聞いていましたけど」

「・・・」

「長が訊いてるんだ、訊き返す話じゃないだろ!」

長と一緒に歩いてきた数人の内の一人が水無瀬の胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたが、先ほどと同じように見えないモノに押され後退していき最後には尻もちをついた。

「玲人、いいのか助けに行かなくて」

尻もちをついたのは玲人の父親の啓二である。

「・・・いい、自業自得だ」

車でやって来たのは玲人たち五人であった。



三日前、玲人から連絡があった。 更に三日前には五人が二組に分かれて杏里と勝彦のマンションを訪ねていた。 その帰り道にそれぞれがそれぞれの思いを持ってしまっていた、それを口に出してしまっていた。 そこから何かが変わった。 一番変わったのは玲人かもしれない。 他の四人に連絡を入れたのだから。

『どうした、こんな時間に』

『あの時話してたこと』

『え?』

『杏里が奇麗になったのは、生き生きしてたのは化粧のせいだけじゃないよ、な』

『今さらかい・・・そうだろ』

持っていたシャーペンを指ではじく。 はじかれたシャーペンがコロコロとノートの上を転がりノートから落ちると机の上で止まった。

『俺らはもう青春を村に捧げたよな』

『え? ああ、そういうこと。 青春を捧げたんだから返す必要は無いってことか? 現段階でフィフティーフィフティーって言たいのか?』

『征太はハラカルラのことをどう考えてる、このまま俺達も手を染めてもいいと思ってるか?』

『手を染めるって・・・それだけで玲人の考えていることが分かるわ。 ・・・俺も、同じだよ』

他の三人にも同じことを言うと同じ返事が返ってきた。 だが玲人の最後の一言には四人の返事は割れた。

『大学院・・・辞める勇気あるか』

授業料は村が出しているのだから必然的にそうなってくる。 そして卒業後はハラカルラから獲ってきた生き物たちを解剖する。

『取り敢えず今度の休みに村に戻ってみる。 そこで長に言ってみる』



返事の割れていた四人だったが、友達の車を借りた玲人と一緒にやってきた。
複数の足音に杏里が振り返り玲人たち五人を見てほほ笑んだ。

さっき見た者達はそれなりに免疫があるが、今初めて見た者達は驚きに目を丸めている。

「な、何をした!」

尻もちをついている男から目を外した長が言う。

「さっきもお一人同じ目に遭われましたが広瀬さんから聞いているでしょう、僕に近寄るとああなります。 でもこれって手加減している範囲だと思いますよ」

「それは・・・烏か」

「はい、烏が作ってくれました」

「言ったのか」

水無瀬は作ったと言った。 それがどんな物なのかは分からないが、それなりな理由を言わない限り烏がそのようなものを作るはずがない。

広瀬と同じ質問をしてくる。 それほど門を閉じられたくないのならば大人しくしていればいいのにとは思うが、この村は大人しくしないために門を閉じられては困るのだ。

「何をです?」

「・・・」

「どこかに掛けられてはどうですか? まだ話の途中ですので」

長から目を外すと正面に向き直る。

「話を戻します。 この村の考えとして満場一致でハラカルラに生きる生き物たちを獲るということであれば、それなりの手段を取らせてもらいます」

水無瀬の正面でざわめきが起こる。

「しゅ、手段ってなんだ!」

「それはその時に。 どうですか? 満場一致ですか? 高校生の君たちは?」

水無瀬に顔を振られ高校生たち全員が顔を下げる。

(うん、一ノ瀬君、後藤君、今はそれでいい)

「君たちがこれから担っていく村をどうしたいかよく考えてからでいい。 門のある村は門のない村とは違う、ハラカルラから恩恵を受けているからね。 君たちがそのハラカルラをどう思っているのかよく考えてほしい」

水無瀬が高校生たちから目を外して正面に向き直る。

「デモクラシー、日本は民主主義ですがこちらの村はどうなんですか? 独裁体制ですか?」

こんな言葉は玻璃の調べが無ければ出ない。 アンチが一人も居なくその上で独裁体制であれば言っても何も響かない。 裏に玻璃の調べがあってこそ言えるものである。

「独裁などと! それこそさっき水無瀬が言ったように満場一致だ!」

「一人としてハラカルラの生き物たちを獲ることを反対していない、ということですね」

「そうだ! だからと言って守り人の力を振りかざすのはどうかと思うがな! いや、水無瀬の力じゃない、烏の力だ、烏の力を借りねば何もできない守り人など守り人とは呼べないだろうが!」

そうだそうだ、と声が上がる。 ミニチュア獅子の力に頼れば、こういう風に言われるだろうことは計算済みであった。 だから白烏に教えてもらった。 ただ理由はそれだけではない。
水無瀬がチラリと高校生の方を見ると下げられていた顔は上がっていたが、誰一人として大人たちの言っていることに賛同している様子はない。 だがこの中には特進科の生徒が居る。 その生徒はどう思っているのか。

「さっきの烏が作ってくれた物のことを仰っているのでしょうか、ですがそれはあなたたちが僕を攫おうとするからです。 それに今後いつ僕が烏の力を借りると言いました? 想像の域で話をしないでください」

「じゃ、じゃあどうするって言うんだ」

「ですから、それはその時に」

「吹っ掛けてるだけだろ、みんなのせられるんじゃない!」

「ああ、そうだ、そうに違いない。 水無瀬の言うことに耳を貸すんじゃない、時間の無駄だ戻ろう!」

数人が奥に向かって歩き出す。

「戻られては困ります」

そう言って水無瀬が手を動かした。
ぶっつけ本番である、成功するかどうかは分からない。 朱門の村を出る前に練習をしたかったが、白烏に必要以上に迷惑をかけたくはなく練習は出来ていない。
水無瀬に言われ、歩きながら振り返り文句を言おうとした男たちが、柔らかい何かに押されるように押し戻される。

「え? え?」

「なんだ!?」

「うわ!」



「おかしな動きが始まりました」

高崎が白烏に言う。 いつもと違う水のざわつきがあればすぐに呼ぶようにと言っていたからである。 すぐに白烏が心鏡から身を翻し雄哉の横につく。

「ほほぅ、鳴海がやっとるの」

「え? 水無ちゃんがなに?」

白烏が羽の先で水鏡に映る水を宥めていく。

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