大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第162回

2023年05月01日 21時03分43秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第160回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第162回



朱色の革鎧を着た武官が、手を震わせながらマツリの前に似面絵を差し出す。
差し出された似面絵受け取りもう一度まじまじと見てから武官をジロリと睨め付け、ガマガエルの額を指さした。

「これはなんだ」

問われた武官が黄翼軍六都武官長をちらりと見ると頷いている。 話しても良いということである。

「はっ! 護衛をしていた者が言うには、飾り石をお着けになっておられたそうです」

話は本当らしい。 だがどうしてガマガエルの額に額の煌輪を描かなくてはならないのか。

「詳しい話を聞こう」

詳しくと言われても長々と話す話ではない。
二人の護衛を連れ宮を出てきたが、六都に入り中心までやって来た時、急に馬の手綱を護衛に預け、鞍の上に立ち上がるとそのまま木に登って消えたというだけである。 だが話を作るわけにもいかずそのままを伝える。

聞き終えたマツリが額を押さえる。
間違いない、紫揺だ。

「護衛をしていた者からの説明でお探ししております」

たった二人しか護衛を付けなかった四方が何を考えているのかは分からないが・・・。

「もしかしてこれは紫か」

似面絵をヒラヒラとさせる。

「あ・・・その、己らは紫さまのお顔を知りませんでしたので・・・」

「・・・こんなガマガエルを追っていて捕まるものか」

似面絵をたたみ懐に入れる。 杠に見せてやろう。
辺りを見まわすとどぶ板がひっくり返され、塀沿いにあった色んなものが散乱している。 木の枝などは打ち折られたようになっていて、その下にはいい迷惑だったであろう葉が水溜りヨロシク葉溜まりを作っている。

(紫がどぶ板の下に居るとでも言いたいのか・・・)

振り返ったマツリが黄翼軍六都武官長に言う。

「事情は分かった、紫は探さんで良い。 それより片付けろ」

「は!? お探ししなくていいと?!」

「紫なら・・・一人で戻ってくる」

「で! ですが! ここは六都で御座います! どんな輩が転がっているか!」

「地下に入ったこともあるのでな。 地下に比べれば何ということは無い」

「は? ・・・ち、地下?」

宮都の武官なら一部は知っている話だが、この六都の武官たちは知らない。 応援に来ている宮都からの武官たちが知っているのかどうかまでマツリは知らないが、秘密裏に行われたはずであるから誰も口にしていないであろう。 黄翼軍六都武官長が知らなかったのだからそれがいい証拠である。

「ただ・・・紫はこの六都を知らん。 我を訪ねるものがあれば我の元に連れてくるよう」

「本当に・・・宜しいのですか?」

「何度も言わん」

「・・・護衛の者の処分は」

懐からもう一度ガマガエルならず、紫揺の似面絵を出した。

「これを描いたのはその護衛だな」

「はい」

「せいぜい・・・侮辱罪」

武官たちがざわめいた。 あの絵を見てそれはそうだろうが、だからと言ってそれは厳罰過ぎる。 絵師が描いたものでは無いのだ、武官としての職の咎めから逸脱しているのではないか。

「・・・と言いたいが、紫に決めさせよう」

『と言いたいが』・・・完全にマツリがこの似面絵に対して怒っているということだ。

「片付けをして各自持ち場に戻るよう」

これだけの人数。 夜の番の者もかり出されたのだろう。

黄翼軍六都武官長が踵を鳴らす。 それに続いて武官たちも踵を鳴らし礼をとると、片付けに入る者、まだこの事を知らない者たちに告げに行く者とに分かれた。

マツリが歩を進め屋舎に入ろうとした時、杠の声に止められた。
杠がマツリの元に走り寄るまでに、武官たちがあちこちで片付けをしているのが目に入った。
ネズミかイタチが見つかったようだ。
駆け寄ってきた杠が耳打ちをする。

「可笑しなことがありまして」

「なんだ」

「紫揺のような者が朧と淡月に接触したようなのですが」

マツリが目を細める。
さっき黄翼軍六都武官長は『護衛の武官を振り切って逃走』 と言っていた、言いかけていた。 だがどうして芯直と絨礼を知っているのか。

「紫だ」

「は?」

「宮からこの六都に入ったらしい。 護衛二人を振り切って乗っていた馬の鞍の上に上がって木を上っていったそうだ」

「はぁぁぁ!?」

突っ込みどころが多すぎる。 どうしてこの六都に? 護衛がたった二人? 何故木に上る?
懐から似面絵を出して杠の前に差し出す。

「似面絵らしい。 護衛の者以外紫の顔を知らんということでな」

畳まれた紙を広げると、そこにガマガエルが描かれていた。

「こ、これのどこが似面絵ですかっ!」

「俺に怒るな」

「どこのどいつが描いたんですかっ!」

似面絵を握っている手がわなわなと震えている。
やっぱり。
杠のこの状態を見たくてわざわざ手にしていた。 喉の奥でクックと笑う。

「笑い事ではありません! 労役一生! 決まりです! 言い渡して下さい!」

ビリビリと破いて捨て・・・かけて、ごみを出してはいけないと破いた紙片を丸めて手に持った。
それがまた可笑しくて堪えきれず声をたてて笑ってしまった。

「笑い事ですか!!」

近くにいた武官たちがギョッとして二人を見る。
マツリの御内儀様になるかもしれないという東の領土の五色が現在行方不明。 それなのにマツリが大笑いをし、日頃温和な杠が怒鳴っている。 ましてやマツリに・・・。

「極刑! 労役一生! 必ずです!」

え・・・武官たちの動作が止まる。 紫揺を逃がしてしまったあの武官二人のことを言っているのだ。 先程マツリも侮辱罪と一旦口にはしていたが、それより酷いことを杠が言っている。

―――そんなに美女だったのか。

「まぁ、まぁ、落ち着け」

まだ腹を抱えながら杠の腕をポンポンと叩く。

「紫に決めさせればよい」

「み! 見せるのですか! こんな絵を!」

「まず第一に、護衛を振り切った紫が悪い。 武官たちも必死で探していたようだが、いかんせん顔が分からないのであれば、似面絵も描くだろう。 まあ、あの絵では一生見つからんだろうがな」

武官たちが必死で探していた? 書簡でもなければ、ネズミでもイタチでもなかったということか。
だが・・・紫揺を探すのにどうしてどぶ板をひっくり返したり、アリを探すように物をひっくり返さなくてはならなかったのか。

「紫揺はどんな者と思われているのか・・・」

はぁ、と溜息を吐くと怒りが静まっていく。

「接触したとは」

杠の顔が厳しくなり、芯直と絨礼から聞いた話をする。

「男を追って行ったのか・・・」

何故、護衛を振り切ったのかは分かった。

「だがどうしてあの二人を知っていた」

ひとしきり聞いた杠も同じことを思った。 そして何度か訊き返してやっと分かった。
紫揺が『君たちが話してた官吏さんは日頃どこに居るの?』 と言ったということは、杠とあの二人が話しているところを見たということだ。
直接あの二人を知っていたのではなく、杠を通してあの二人を知ったということ。 そして迂闊にも芯直が官吏姿の杠のことを俤と言った。 二人が何をしているのかを知ったのだろう。

「・・・そういうことか」

「官所に来ると思います。 今は二人を官所で待たせております」

マツリと杠が真剣な顔をして話し込んでいる。
あの二人・・・一生労役決まりだな、と、武官たちが遠い目をした。


官所の入り口近くに二人が座り込んでいる。

「来ないねー、おねーさん坊」

紫揺の代名詞が決まったようだ。

「・・・見つかったのかな」

「え?」

「捕まってないよな?」

「・・・」

「あ・・・あんな木登りが出来るんだもんな。 あんなことが出来るんだから、捕まるわけないよな?」

「・・・でもオレ達とそんなに変わらない背丈だし・・・後ろから羽交い絞めにされたら」

簡単に宙ずりにされてしまって逃げるに逃げられない。

「柳技・・・弦月みたいにされたら・・・オレたちのせいだ」

柳技、深入りをし過ぎて六都のゴロツキにボコボコにされた。 痛々しかった身体はまだ目に焼き付いている。
膝の中に入れた顔からポロポロと涙が零れる。

「ごめん・・・要らないことを言った」

芯直も膝の中に顔を入れる。
暫くすると頭の上から声が降ってきた。

「これ、下を向いていてはいけないだろう」

杠だった。
まるで道の端に座り込む坊に声をかけているような素振りで前に立っている。
顔を上げた二人の目に涙の筋が見える。
しゃがんで二人の頭を撫でてやる。 誰が見ても泣いている坊を慰めているようにしか見えない。

「お前たちの見た女人が誰か分かった」

「にょ・・・女人?」

「心配しなくともいい。 紫揺なら簡単に捕まることは無い」

全く何も知らない城家主の屋敷に入って己を助けてくれた。 あの身軽さもあるだろうが、頭の回転もいいはず。 だから己も信じている。
心配が全くないとは言えないが。

「しゆら・・・?」

「杠の知ってる女人だったの? 坊じゃないの?」

「間違いない。 紫揺だ。 もう少ししたらマツリ様もいらっしゃる。 気になるならこのままここで待っていてもいいが今日はもう遅い。 戻ってもいい」

撫でていた手を二人の頭から外すと立ち上がった。
杠の捕まることは無い、という言葉を聞いて幾分ホッとしたが『簡単に』 と言う言葉を聞き洩らしてはいない。 確実ではないということだ。

「待ってる」

「オレも」

曇天の間から見える赤くなっている陽は大きく傾き、あと数刻で完全に身を隠すだろう。 その前にマツリの姿が杠の目に映った。
同時に後方からタッタッタっと走ってくる音がした。 振り返る、と・・・。

「杠!」

間違いなく紫揺だった。

「紫揺!」

あちこちで官所の場所を聞いてやっとやって来た紫揺がドンと杠にぶつかって手をまわす。 杠も応えるように紫揺の身体を抱きしめる。 その拍子に持っていた物を落としたが、気が付かなかった。

「無茶をして」

「そうでもないよ」

「怪我は?」

「ない」

顔を上げて杠を見るその額に目がいく。 前髪をかき上げ額の煌く輪をひたと見る。

(これがガマガエルに描かれていたものか。 紫揺の顔もだが、これもかなり杜撰(ずさん)に描かれていたものだ)

「どうして分かった?」

芯直と絨礼に目をやる。

「杠と一緒に居るところを見たの。 そしたら地下の時みたいな気配が漂ったから。 一瞬だったけど。 だから俤かなって」

「・・・無意識か」

反省しなくては。

芯直と絨礼の前で執り行われている・・・らぶ。 二人が顔を赤らめて下を見た。

「ほんとに・・・女人だったのかな」

目の前にしてもまだ信じられない。

「ってか、オレだってあんな風にしてもらったことないのに」

「え・・・」

「オレの俤なのに・・・」

「それちょっとオカシクない?」

芯直が杠のことを敬愛しているのは知っているが、方向性がオカシイ。

「でも良かったね、無事だった」

「あ・・・うん、それは良かった」

二人が目の前に落ちてきた丸められた紙を拾い上げ、バラバラになっている紙をパズルのように合わせながらぼそぼそと話していると、長い影が二人の姿を覆った。

「いつまでしがみ付いておる」

「あ、マツリ」

マツリがピクリと眉を動かす。
軽すぎないか? 杠には抱きついておきながら。 それに今も尚、杠に抱きついているのはどういうことだ。

「話があるんだけど、その前にお腹空いた。 東の領土で朝餉食べたっきりだし」

「え? 護衛の武官は昼餉をとらせなかったのか?」

言ったのはマツリではない。
杠が怒りの顔でマツリを見た。

「マツリ様! 一生労役など甘い! 一生不眠不休労役!! 宣告してくださいませ! 宜しいですね!」

何のことだと見上げる紫揺に対して、こめかみを押さえるマツリ。
イタイ兄貴だ。

「紫」

「なに?」

なに? 未だに杠にしがみ付いていてそれか。

「兄妹の挨拶は済んだのだろう」

え? と芯直と絨礼が顔を上げる。

グイッと杠から紫揺を引き剥ぐと、腰に手をまわし噂のガマガエルの身体を持ち上げた。

「わっ! ちょ! 何すんのよ」

何すんのよとは、杠との扱いが違いすぎる。

「決まっておる、抱擁であろう」

「要らないわよ!」

どうして。
片手を離すとそっくり返る紫揺の背中を押さえて抱きしめる。

「心配をさせおって」

「心配なんてしてないでしょ! 放してよ」

「何も知らんこんな所でほっつき逃げおって、心配をしないわけが無かろう」

「誰が逃げたって!? 逃げてなんてないわよ! それにほっつきってどういう事よ!」

「我の居らんところで無茶をするなということだ」

「どーでもいい! わ、分かったから下ろしなさいよ」

「紫が我に手をまわすまでは下ろさん」

「ばっ! 馬っ鹿じゃないの!?」

芯直と絨礼の前で繰り広げられる・・・らぶ、なのか、罵倒なのか。 だがどうして罵倒? マツリに対して。
マツリは今この六都で一番偉い人なのに。 それどころではない、本領で二番目に立場の高い人物だ。 それに、それなのにどうして杠の妹が?
だがそれを聞いていたのは芯直と絨礼だけではなかった。 辺りを片付けていた武官も耳を大きくして聞いている。

「紫・・・って仰ったな?」

「ああ、確かに」

「ではあの方が・・・御内儀様になられるかもしれないという?」

「・・・完全に・・・尻に敷かれておられるのか?」

「いや、どっちかってーと、じゃじゃ馬っぽくないか?」

「言えてるな。 尻に敷かれてるってのは違うな」

「ってか、さっき官吏が言ってた・・・」

一生不眠不休労役・・・。
遠目ではっきりと顔は見えないが、ガマガエルではないことは確かだ。 マツリと杠がここに来るまでに言っていたことは既に聞いていた。 一生労役と聞いていたが、昼餉を食べさせなかったことで咎が加算されたようだ。
波紋が広がるように口伝えで広がっていく。
それを耳にした紫揺を取り逃がした二人の武官。 泡を噴き倒れてしまった。

混味にしましょうか、などと話しているマツリと杠の後ろで、仕方なくマツリの首に手をまわして解放された紫揺が、芯直と絨礼が不思議なパズルを完成させた前に座り込んでいる。

「これなに?」

芯直と絨礼と同じようにしゃがみ、出来上がったパズルを見ている。 全く同レベルの坊が三人いるようだ。

「さぁ、杠が落としたけど」

何気なく振り返ったマツリ。 思わずプッと噴き出した。

「それは紫の似面絵だ。 それを元に武官たちが紫を探しておった」

「に、づらえ?」

にづら・・・と考えて、にづらえとは似顔絵のことだとわかる。

「はぁ? これがぁ!?」

「一生探せなかっただろう。 軽くても侮辱罪。 紫から罪状を言い渡すがいい」

「いや、そんな権限もってないし」

「では我が言い渡すが? なんと告げよう?」

「そんなことしなくてもいい」

マツリから目を外しもう一度似面絵を見る。
ふむ・・・。 自分の顔はこんな風に人の目に映っているのか。 目で見たまま、それが似顔絵なのだが、そこに感情が入ると見たままではなくなる。 そう教えてもらった。 美術専攻のクラスメイトに。
紫揺が馬の鞍から木に飛び移った。 それが柳の枝に飛び移ろうとする蛙のように見えたかもしれないし、その前に水に足をつけていた。 水場に生息する蛙。 そのあたりで蛙という発想になったのかもしれなかったが、それは描いた武官にしか分からない事である。

杠が紫揺の頭を撫でると「武官長に紫揺が見つかったことを言ってくる」と告げ、武官所に足を向けた。

杠が戻ってくると、結局、混味を食べられる店ではなくマツリと杠の宿泊している宿に向かった。 紫揺が急ぎ内密な話があると言ったからである。
道々、杠が「あの後、張り倒されなかったのですか?」と訊いたが、何のことかと言う顔をしたマツリ。
杠が紫揺を抱きしめるのを見て『抱きしめていたではないか』 とマツリが言ったことに対して、杠がマツリも抱きしめればいいと言った時『張り倒されるわ』 と言っていた。 そのことを言っている。

「抱擁のあとには張り倒されなかったのですか?」

「あ、ああ、そういうことか。 ああ、なかった、か」

官所の前の様子ではマツリの一方的に思われたが、上手くやっているようだ。

宿に戻ると部屋まで三人分の食事を運ばせることにした。 夕餉時と言ってもいいのだからマツリと杠も夕餉をとることにしたのである。

部屋に入るとすぐ剛度の女房から聞いた話をした。

「マツリに伝えてほしいって。 なんか胡散臭い動きが目につくって」

「胡散臭い?」

「うん。 でね、それって今からいう事に繋がってるんじゃないかな」

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