大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第163回

2023年05月05日 21時03分56秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第160回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第163回



床下で聞いていた話を思い起こしながら話し始め、そして話し終えると丁度、膳が運ばれてきた。 紫揺がもくもくと食べ始めた一方で、マツリと杠が眉を寄せている。

「決起とはそういうことだったのか・・・それらしい動きを剛度の女房が見たということか」

絨礼と芯直から聞いていた決起、それは六都内でのことだと思っていたが宮を襲うということだったのか。
六日後には動く、ということはあと五日。 今日はもう終わっている。

「あ、それでね、最後に入ってきた、しばさきって人の声をどっかで聞いたことがあるなぁ、って思って顔の確認をしたの」

紫揺が耳にする声など範囲が知れている。 まさか、といった目をして二人が紫揺を見た。

「ほら、沢山本を読ませてくれた時があったでしょ?」

紫揺が額の煌輪によって倒れたあとのことである。

「あの時に読み疲れて夜のお散歩に出たの。 そしたらフラフラ~って知らない所に行っちゃったみたいで、その時に官吏さん、えっと文官さんにぶつかったの。 その人だった」

やはりか・・・。

「間違いはないのか」

「うん。 何の先入観も持たないで顔を見たんだから間違いない。 その時のことを忘れてて顔を見て思い出したくらいなんだもん」

「しばさきと言ったな?」

「うん」

「杠、知っているか?」

杠が頭を巡らすが片隅にも覚えがない。

「いいえ、記憶にありません。 己が知っている文官は宮内に出入りしていた文官の一部だけです。 紫揺も言っていたように夜であったのなら、宮内に入って来てはならない文官だった可能性もあるかと」

「何処でその文官とぶつかった?」

「え・・・それは分からない。 考え事をしてたからどこをどう歩いてたか。 とにかく知らない所だったから、そのしばさきって人が私の分かるところまで送ってくれたの。 ここから分かるって言ったら、しばさきって人も丁度ここからは分からないから良かったって言ってた」

「何処にいたか分からないか・・・」

何処を探っていたのか。 だが少なくとも今の紫揺の話からは、四方たちが生活をする宮内の奥にまでは入ってこなかったようだ。 紫揺は大門に近い客間から四方たちの部屋までを知っている。

「文官の仕事部屋でしょうか」

「若しくは父上の執務室。 いずれにしても金狼印を探していたのだろう」

紫揺がヒョイと眉毛を上げた。 マツリの口調が柔らかい。
“おった” とか “おろう” という言葉が出ていない。 紫揺と話していた時、前にも感じたことがあったが、この数回はまた言葉が戻ってきていた。

(なんでだろ)

「今から飛んだとしても、しばさきが何処に向かったのかは分からん。 探そうにも顔を知っているのは紫だけ・・・」

「まずは、しばさきを押さえ、事が運ぶのを止めるのが先決とお考えですか?」

何を言いたいのかとマツリが眉を上げる。

「紫揺が潜り込んだ家の主を別件で取り押さえる、というのはいかがですか?」

「別件?」

「ええ、何でもよろしい、無理矢理に作ってでも。 そこから吐かせれば」

「吐く保証はない、その上に期限が切られている。 それに吐かせたとて六都だけを止めるに過ぎん。 他の都の動きを止められん。 今の紫の話では、しばさき以外は他の都の誰が動いているかは知らないようなのだからな」

「ですが、しばさきを探すことは出来ません」

どこの都に向かったのかも分からなければ、誰の家に向かったのかも分からない。
マツリが渋面を作る。

「御馳走さまでしたー」

気の抜けるような声がした。 続いて。

「それこそ似顔絵、じゃなくて似面絵を描こうか?」

は!? っという、鳩が豆鉄砲を喰らった顔二つ。

紫揺の行っていた葵高校は、特進科、スポーツ科、芸術科、普通科とあった。 その中で特進科と普通科はそれぞれの科だけの男女混合のクラス割りだったが、スポーツ科と芸術科はクラスに混在していた。 そしてクラス自体は女子クラスと男子クラスに分かれていた。
紫揺はスポーツ科だった。 そして紫揺の居たクラスには芸術科の美術専攻のクラスメイトと、音楽専攻が居た。 休み時間には美術専攻のクラスメイトから、似顔絵や色んな絵の描き方を教えてもらっていた。
それにこの地での書き物は筆。 筆の扱いには慣れている。 小さな頃から書道師範の手前までいった父親に教えてもらっていた。 草書体も書くくらいなのだから。

「あの似面絵より随分とマシだと思うよ? それをあっちこっちに貼り付ければ・・・うーん、何か言葉を添えて。 そしたら、しばさきって人、動きにくくなるんじゃないかな」

何か言葉を添えて・・・それは日本で言うところの『指名手配』 とかと言いたかったが、この領土ではなんと言うかが分からない。

「いや・・・あれよりマシ程度では」

「取り敢えず人であると分かる程度では無理だろう」

「人のこと馬鹿にして・・・。 墨! 墨と筆と紙! 用意して。 今すぐ!」

ビシッと人差し指を向けそのままその手を戸に向ける。
紫揺に怒鳴られ指をさされ、すごすごと出て行ったのはマツリであった。

さらさらさら。

用意された筆に墨を付けると紙に似面絵を描き出した。 描いている途中からその顔が誰か分かった。 特徴をよくつかんでいるというより、そのものに見える。
またもや二羽の鳩が出来上がった。

「はい、出来上がり」

鳩がポッポポッポと互いを見合ったり、紙に描かれた似面絵を見ている。

「・・・芯直と」

「絨礼・・・」

似面絵には二人が顔を寄せてプンスカ怒った顔が描かれている。

「初めて会った時こんな顔してた。 急いだから結構手抜きだけど、何枚も描くんだったら、これと同じくらい手抜きになる。 それでもいい?」

「いや・・・想像以上っていうか」

「そのものではないか・・・」

「これで少しは動きが制限されるだろうから、六日っていう期限は延ばせるかもしれないし、上手くいったら捕まえることが出来る、かな? それとも無駄になるかもしれないけど、何でもやってみなくちゃ分からないしね」

「あ、ああ・・・。 ではこの事は紫に頼む」

ポカンとしかけた二羽だったが、すぐに紫揺から叱責が飛ぶ。

「それなら、マツリ! ボケッとしてないで紙! もっと紙持ってきなさいよ! 紙!」

トイレットペーパーが切れたように叫ぶ紫揺である。 最初にマツリが持って来たのは一枚だけであったのだから。
次期本領領主を顎で使う。 武官たちが言っていた尻に敷かれているのは、あながち間違いではなかったようだ。

宿からかき集めてきた紙を紫揺の前に置くと、さらさらと描き始める。
ボケッと見ていてはまた紫揺から叱責が飛んでくるかもしれない。

「その家の主をどんな別件で捕まえる」

杠が顎に手を当て考える。

「描いているところを悪い、その家というのは商家か何かだったか?」

六都では殆どが店を構えていればそこが住居となる。 それは大店にしてもそうだ。 大店であれば店奥に離れもあったりする。

「しょうか? 商売ってこと?」

杠が頷く。

「うううん、普通の家」

さらさらさら。

商家なら帳簿閲覧をして正しくやっていようとも、難癖をつけようと思ったが、そうはいかなかったようだ。

「我の足を蹴らせようか」

本気で言っているのかどうかわからないが、家の主が歩いているところにマツリが足を出せば、マツリが主の足を引っかけたというより、マツリの足を蹴ったという形になる。 それはマツリの立場があるからであって、他の者に出来ることではない。

「家から出てこなかったらどうするの?」

さらさらさら。

描きながら言ってくれる。
そうだ、いちゃもんをつけようにも家から出てこなければ、いちゃもんのつけようがない。 そしてもう一つに気付いた。
その家を知っているのは紫揺だけだったと・・・今更にして。
今回のこと、紫揺が居なければ宮は襲われていただろう。 それをつくづくと感じた。

六都の民の異変に気付かなかったと杠が落ち込み、そしてマツリは、百足は気付かなかったのか、それとも気付いて四方に報告がいき、既に手を打っているのかと思案するが、この時まで四方からの連絡が無い、百足は気付いていないだろうと、無意識に唇をかみしめた。

「紫」

「ん?」

「手が疲れたら、その者の家を教えてくれ」

「うん」

手を止めることなく返事をする。 その時にはいい休憩になるだろう。

「似面絵の上下にスペース・・・隙間を作っといたから、乾いたら何か書いといて」

『指名手配』 とか。

描きあがった似面絵を見る。

「ふむ、なかなかの・・・」

「良い顔ですね」

「うん、夜だったけど光石に照らされてよく見えたよ。 声は心に沁みるような優しい声だったし、顔も爽やかな感じだった」

言ってしまえば男前を描いている。

「マツリ様が書かれるのは朱墨の方が宜しいでしょう。 持っているか宿の者に訊いて参ります」

描きながら杠の声を耳に入れた。 ここでもそれなりに書く文言があるようだ。
手を止めることなく、さらさらさらと描いている紫揺の手元を見る。

「上手いものだな」

「高校の時のクラスメイトが教えてくれたの、美術専攻でイラストが得意な子。 って、何言ってるか分からないよね」

「ふっ、そうだな。 “教えてくれた” と“得意” しか分からん」

さらさらさら。

いつも紫揺はこんな感じで会話を聞いているのだろうか。 とくに宮には宮だけの言葉もある。 言葉だけにも寂しさを感じていたのだろうか。

「ね、どうして口調・・・言葉って言う方がいいか。 私と話している時の言葉、どうして元に戻ったの?」

何のことかとマツリが首を傾げるが、ずっと手元を見ている紫揺にはその様子を見ることは不可能である。 だがマツリからの返事が無い。 何を言っているのか分からないのだろう。

「ほら “我は知っておる” とか “知っておろう” みたいな言い方。 前に一度、そんな言い方をしなかったのに、今みたいに杠と話している時みたいに言ってたのに、またそんな言い方をしてた。 そんな言い方っていうのは嫌だから言ってるんじゃないけど、どうしてかなって」

さらさらさら。

「ああ、そういうことか」

「びゃ! 失敗!」

紙をクシュクシュと丸めて次の紙を取る。
かなり心乱れている。 それほどに気になったコト。
紫揺の様子を見ていて微笑む。

「我が・・・心張らずに居られるのは杠だけだ。 だがうっかり、紫にもそういう話し方をしたのだな」

「・・・うっかりって」

さらさらさら。

マツリが大きく息を吸った。

「我の意識のないところ・・・それほどに紫に心を許しているということだ。 だが紫の言うように我の言葉が戻ったのは・・・」

クシュクシュ。
描いていた紙を丸める。

「紫が・・・我の手の中で・・・」

ギュッギュ、握りしめる紙がどんどん小さくなっていく。

「幼子のようだったのかもしれんな」

「はぁぁぁ!?」

「紫は・・・何も知らなかっただろう?」

何もって・・・なに。

「うっかりだ。 幼子に教えるように話してしまっていたようだな」

幼子? どうしてだ。
だからおムネが小さいんだ、とでも言われているようだ。
ムカツク。

「どういうこと?」

マツリが眉を上げる。

「あの時の紫は幼子・・・だった」

「はぁ?」

あの時? どの時? 何月何日、何曜日、何時何分。 何年前に勝手にマツリが時空を飛んだ?

「それからの紫は・・・教えてやらねばならなかった」

「教える? 何を?」

全く見えない。

「我がどれだけ紫を想っているか。 紫が我をどれだけ想っているか」

「・・・」

紫揺の手元を見る。

「究極を言ってしまえば、紫の父上と母上のお気持ち」

ギュッギュする手が止まった。
杠が戸を開けようとしていた手を止めている。

「そっか・・・そういうことか。 マツリは・・・杠に心を許してて」

一つ息を吸って続ける。

「で、私のことは幼子と思ってるんだ」

教えてくれた。 父と母の気持ちを。

「い、いや、そうではない」

「だったら何?」

手の中で丸めた紙をマツリの顔に投げつけたが、しっかりハッシと受けられてしまった。

「絶対に私のことを “お姉さんみたい” って言わせてやるから!」

それは無理だと思う、と思ったのはマツリだけでなく、戸の外に立つ杠もだった。 そして紫揺の境遇を聞いたうえで、己の両親のことをマツリと話したことが頭をかすめる。

(お父と・・・お母のことを。 いつまでも考えていては・・・引きずっていては・・・幼子か)

伏せていた顔を上げて戸を開けた。


夜陰に二つの影が走っている。
流れる雲が時折月を隠すが、街灯代わりの光石が武官の姿を視界に入れ、あちらこちらで点灯している。
武官を避けながら走ってはいるが、それでも武官の通り過ぎたあとの光石はしばらく点灯したまま。 足元がよく見える。

「地下を思い出すね」

いかにも嬉しそうな顔を向けてくる。
そう、二回目に地下に潜った時、二人でこうして走った。

「疲れてないか?」

宮都から馬で駆け、そのすぐ後に今向かっている男の家の床下に潜り、その後にはずっと似面絵を描き続けていた。

「いい気晴らし」

振り返った額には、光石に照らされた額の煌輪が光っている。

「それに楽しい」

塀を上ったり、大きな庭石を跳んだり、木に上ったり、跳び下りたり走ったり。 それも杠と一緒に。

(本当に好きなんだな)

紫揺は障害物が目の前にあると、跳び越える、駆け上るなどとして避けるということが無い。 それによく見ていると、走りながらにも関わらず目測で距離を測り小走りになることなく、歩幅が合わなければ二三歩を少し大きく出し調整し跳び越えている。 紫揺のそれは単に好きなだけではなく、経験があるということだ。

(いったい東の領土でどんな生活を送っているのか)

思いながらも、一越えする度に喜んでいる紫揺が愛おしくてたまらない。
その紫揺は時折杠を振り返っては笑っている。
二人が宿を出る前、ようやく筆を置いた紫揺が言った。
迷い迷い官所にやって来ていた。 よって官所から直接床下に潜り込んだ家の場所が分からないと。

『ね、杠があの子たちの頭を撫でていた所に連れて行って。 そこからしか分からない』

だから武官と別れた時の木に上り、人家の裏庭を走り抜けるところからスタートをした。
月明かりだけではない、光石がある。 木の上に上って男を追っていた方向も分かる。 小路にも光石が点灯している。 男が入っていった家が光石に照らされている。

「あの家」

木の上から指さす。 一つ下の枝に立つ杠が指先を見たが、一軒の家を特定するには難がある。

「こんなことをして追わなければいけなかったのだったら、芯直と絨礼には無理だっただろうな」

「ふーん、そんな名前だったんだ」

そう言えば、少年の似面絵を描いた時にそんな名前を言っていたかと思い出す。

「ああ、俺と同じに朧と淡月って名もある」

「淡月・・・ん? 朧だけ? 朧月じゃなくて?」

「朧月って書いたんだけどな、俺と同じ一つだけの字がいいって言って月を取った」

「へぇー、杠が名付け親なんだ」

「考えてくれって言われてな」

照れ臭そうに頭の後ろを掻いている。
朧・・・そんな字などついぞ書くことが無い。 どんな風に書くんだったっけ、と思いながら「あの家に行こうか」と言って木を跳び下りた。

夜に出歩くなと言われたマツリが、イライラしながら墨が乾いた紙の上に『科人の疑い』下には『武官に知らせよ』 と朱墨で書いている。

「杠め、なんだかんだと言いながら、紫を独り占めしおった!」

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