大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第161回

2023年04月28日 21時04分54秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第160回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第161回



今もまだ床下に潜ったままの紫揺。 男たちの会話からもう一人来るかもしれないという男を待っている。
柴咲という男を。

男達は為すべき話は終わったというように、裏の木戸を開け放ち風を通している。 二人が濡れ縁に座っているようで、むさ苦しい男の足が四本見える。

(声の感じからすると四人はいたかな)

くぐもっていたということもあって似た声音だと区別がつかなかったし、喋っていない者もいたかもしれない。 簡単に断定はできない。

(うー・・・そう言えばお腹空いたな。 お昼ご飯食べてない)

食べたのはもぎ取った梨やちょっとした物だけ。 馬を駆けさせてきて体力も使ったのだ、腹も空いてこよう。
それにこの体勢も疲れる。 極力衣を汚さないように全身の身体を浮かせていたが、聞く場所が決まってからは下半身を下ろしたのは下ろしたが、うつ伏せ状態で上半身を起こしたままである。

(早く来いよー、しばさきとやらー)


杉の葉が風に揺れた。 見上げた曇天は雨を降らすこともなければ、陽の光を降り注ぐものでもなかった。 ただ・・・微妙暑い。 杉の葉を揺らした風は一瞬で終ってしまった。

「よう、將基、今日は中心には行かなかったんだな」

「お前の知ったことか」

「つれないこと言うなや、一緒に自警の群第一陣を飾った仲じゃないか」

杠が頭と思わしき男と見た男、將基(しょうぎ)。
ふん、と鼻で息を吐いた。

「あれ? なに? 自警の群が気に入らなかったのか?」

「うっせーんだよ」

「・・・そっちこそ」

声をかけた巴央が声を低くして続ける。

「うざいんだよ」

どれだけお道化ながら揺さぶっても何も見せない、言わない。 とうとう限界だ。
將基が巴央を見た。

「あの時、オレが力山に言われて最後尾を歩いてただって? ふざけんなよ、なんでオレが力山に言われるがまま動かなきゃいけない。 オレを見下してんのか」

今までの巴央の態度を一転させる。
將基が巴央から目を外した。

「・・・悪かった。 宮都のヤツかと思ったからだ」

「は?」

またもや一転して間の抜けた声を出したが、それは作ったものではなく本心からであった。


芯直たちがやっと杠を見つけた。 だが困ったことに屋舎に入ってしまっている。

「どうする?」

「うーんと・・・最後のやつ使う?」

「いいのか?」

「手加減してよ?」

芯直がニヤリと笑い、そして息を吸うと大声で叫んだ。

「淡月のバカタレー!」

バカタレと言われた絨礼が「きゃー」と叫びながら頭を抱えて走り出し、上手い具合に屋舎の入り口付近でスッテンコロリンと転ぶ。 そこに追いついてきた芯直が絨礼の頭をポカスカ叩きだした。
屋舎の外で作業をしていた男達が笑いながら様子を見ている。

「だって! 朧が下手に名前を言ったんじゃないかー!」

嘘っぱちの芯直絨礼劇場なのに真実をついてきた絨礼。
聞き覚えのある声に屋舎の中にいた杠が外に目を移した。

「あー!! それ言うかー!!」

ポカスカポカスカ。

「きゃー、やめてよー!」

隣りに立つ文官も筆の手を止め杠と同じように目を転じている。

「坊の喧嘩ですか」

「そのようですね」

思いっきり目立っている。 これでここらあたりにいる男達に顔を覚えられたということになる。 杠が額に手を当てかけ白々しく頭を掻く。

頭を抱えてうずくまる絨礼。
ポカスカポカスカ。
あまりの一方的さに作業をしていた男達が声をかけてきた。

「こら、坊。 喧嘩は同じ力の者同士でしろ」

「馬鹿か、そんな止め方があるか。 こら、喧嘩はやめろ」

ポカスカポカスカ。

「いたーい・・・」

手加減してって言ったにもかかわらず、そこそこの力で叩いてくる。 涙が出そうになってきた時、ポカスカがなくなった。
ふと顔を上げると男が芯直の手を止めていた。

「坊、これが見えねーか」

『六都 自警の群』 と書かれた腕章をこれ見よがしに見せる。

「俺らに捕まったら武官の所に連れて行くぞ」

「だってー」

「だっても糞もない。 どうする、捕まるか?」

恐~い顔をしてみせているが笑いを堪えている顔である。

「・・・分かった」

「よーし、今度喧嘩をする時は相手を選べ」

芯直の頭をガシガシと大きな掌で撫でたが、少々おかしな助言に芯直が首を捻る。

「オレが相手してやるから」

「いっ!」

芯直が逃げ出すと、次いで絨礼がその後を追うように走って行った。

「なんだい・・・ありゃ」

被害者が加害者を追う図。
作業をしていた男の一人が言う。

「あの二人、しょっちゅう一緒に居るからな。 喧嘩をしてもああなんだろ」

「なんだ、止め損か」

作業をしていた男達の間で笑いがおきた。

「ではそろそろマツリ様が戻ってこられると思いますので」

「はい。 ご協力、有難う御座いました」

マツリ付きという立場であるのだから本来、杉の木の管理は杠の仕事ではないが手伝いをしている。 給金の計算が増えてしまって文官の仕事が増えてきていたからである。

屋舎を出ると辺りに目を走らせ歩を出す。
いくらか歩くと物陰からひょいひょいと手の先が杠を呼ぶように動いている。
辺りを見まわしスッと物陰に入る。

「ごめん、逃げられた」

「見つかったということか?」

「見つかってはいない・・・はず」

見つかったというなら分かるが、逃げられたというだけであんなに派手な呼び出し方はしないだろう。 次の言葉を待つ。

「途中で塀を上っちゃって追えなくなった。 そしたら杠のことを知ってるおねーさんって坊が来てあとを追ってくれるって。 えっと・・・迎えに来てって言ってた」

「は?」

お姉さんって坊? どういう意味だ?
いや、待て。 その前に芯直は己のことを知っていると言った。

「えっとね、朧がうっかり俤の名前を言ったの。 それなのに杠に迎えに来てって伝えといてって」

「だから・・・淡月、それは言わないでって」

「言わなきゃ俤が何のことか分からないじゃない」

己の立場を漠然とではあるが知っている女人は限られているし、その女人にしても杠と言う名を教えていない。 それに俤として何をしているのかもはっきりとは知らない。

「そのお姉さんって坊というのはどういう意味だ」

「俺たちと一緒くらいの坊。 でも自分でおねーさんって言ってたから、おねーさんって名前の坊」

ちょっと誤解が入っているようだ。
ようやく掌で額を覆うことが出来た。
俤と杠の両方の名を知っていて、尚且つ、俤が何をしているか知っていて、芯直と絨礼が上れなかった塀を昇り、芯直たちと同じくらいの坊。 だが実際は女人。 心当たりがある。
だが・・・六都にはいない。 この本領にも。

「どこに迎えに来るようにって?」

「いつもいる所を訊かれたから官所って言った」


「いたか?」

「いない」

四方八方から武官が寄ってきた。

「不審な者は?」

「いや、見かけなかった」

いったいどこに・・・。

「・・・もうそろそろマツリ様が戻ってこられる」

互いに見合った。
ここに居る者たちだけではなく、他の者たちもそれに気付いてきたのだろう。

―――まだ戻ってきてもらっては困る。

あちこちで革鎧を着た武官による不気味な祈祷もどきが始まった。

「ゴルラァー!! そんなことしている間には探さんかー!!」

六都黄翼軍長の叫び声が響いた。


戸を叩く音がした。
男達が互いに目を合わせる。

「誰か居らんか!」

柴咲ではなかったようだ。 一人の男が頷いて腰を上げる。

「へい、へい、居ります。 お待ちくださいませ」

男が履物を履き鍵を開けガラガラと戸を開けると目の前に武官が立っていた。
情報が漏れたのかと男の顔が一瞬こわばったが、ここで逃げ出して逃げ切れるものではないのは分かっている、誤魔化す自信があるわけではないがなんとか平静を装う。

「こちらに女人・・・坊が来なかったか」

「は?」

最初に見せたこわばった顔は武官を見てのことだったのだろう、本当に何のことかという顔をしている。 家の中に隠してはいないようだ。

「坊が迷い込んでは来なかったか」

「さ、さて。 つい先ほど裏の木戸を開けたところですんで・・・あとも鍵をかけてありますし・・・迷って家の中に入ってくるなどということは無いと思いますが」

武官が三和土を見る。 男物の草履が一つ。 紫揺は長靴をはいていたと聞いている。 三和土にはないが、捕獲したのなら家の中に隠すことくらいはするだろう。 だがそれ以前に、まったく寝耳に水状態のこの反応。 隠してはいないだろう。

「そうか、邪魔をした」

玄関先での会話を離れた床下に居た紫揺が聞くことは無かった。

武官が家を出てきた時にスッと物陰に隠れた影があった。
武官が隣の家に入って行った隙にすぐに目的の家に入って行く。 先ほど武官が出てきた家。
武官を見送った家の主が鍵を閉めようとした時、外から戸が開けられた。
ひっ! 突然のことに驚いたが相手は知った顔だった。

「お・・・驚かすな」

男が家の中に入ると履き物を脱いで己の懐に入れ、勝手知ったる他人の家、という具合に部屋の中に入って行く。 鍵を閉めたこの家の主が後ろから上がり框を上がってきた。

「武官がウロウロしている。 何かあったのか」

「さぁ、坊を見かけなかったかって訊かれた」

「なんだ、迷子か? それにしても仰々しいな」

二人が話している間に暗黙の了解なのだろう、他の男たちが木戸を閉め始める。

(ん? 新しい声?)

多少こもってはいるが聞き取りやすい声音。
男達が座ったのだろう、紫揺が聞き耳を立てている場所からドンドンと音が聞こえる。

(この新しい声がしばさきとやらかな)

外からは今までの音や声に混じって、新たに何か呪文か呪詛のような声が聞こえてきている。 決して呪詛ではないのだが、武官たちの野太い声で低くぼそぼそと言っていれば呪詛のように聞こえなくもない。

(外うるさいなぁ・・・)

「マツリの様子を見に来たのだが居なかった。 どんな具合だ?」

「毎日毎日あっちこっち歩き回っている。 最近、自警の群ってのを作りやがった」

「自警の群? それならマツリが作ったんじゃないだろう」

「え? そうなのか?」

「勝手に作って・・・そうだな、許可はマツリが出しているだろうが。 だがどういうことだ? 六都にそんなものを作る奴なんていないだろう。 まさかまとめられてないんじゃないだろうな」

(あれぇ? この声どっかで聞いたことあるような・・・)

「あれだよ、杉山に行ってる奴ら。 あいつらがその自警の群ってのをやってんだ」

「杉山のか・・・。 あそこは武官も、それこそマツリも手を出しているところだ。 あの中にこの事を知っている奴はいないだろうな」

「さぁ、どうだか。 だけど未だに探られたりしてないってことは、いないんじゃないのか?」

「いい加減な!」

「い、いや、まとめてる奴らの中にはいない。 ただ、話を聞いて入らなかった奴がいるかもしれないってことだ、だから詳しいことなんて知らないはずだ」

「入らなかった奴らにはどうやって声をかけたんだ」

「あんたらが俺らに声をかけてきたのと同じだ。 本来なるべきだった六代目本領領主の直系、その後ろ盾をしないか、だ。 何も変えてない。 そこで質問してきた奴は全員まとめてる。 入らなかった奴らは鼻っから馬鹿にして入らなかった。 話も信じてないってとこだ」

「まぁ・・・六都の民だ、学も何もない。 そう心配することもないだろうが事を起こすまで気を緩めるなよ」

「その事ってのは? いつ?」

「これから徐々に始める。 五六七八都は一二三四都にゆっくりと入る。 一気に入ると武官に気付かれるからな、だが素早く。 入ってからは一二三四都でまとめている奴が誘導する。 それから徐々に宮都に入る。 決起はマツリが六都に居る間に起こさねばならない。 だからマツリの様子を見たかったんだが・・・。 そうだな、この六都で自警の群を作って間がないのなら・・・暫くは宮都に戻って来まい」

「そうなのか?」

「暫くと言っても保証できるのはそう長い間ではない。 五日後から・・・いや、六日後から六都を動かせるか? 三都に入れるか?」

「六日後?」

「本当なら明日と言いたい。 だが一斉に動かしたい。 これから他の都をまわって同じ声をかける。 そうするには五日か六日はかかる」

「分かった。 六日後から動く」

三都のどこに行くかを説明すると柴咲が立ち上がった。
木戸は再び閉められている、それは音を聞いて知っている。 逃げるなら今しかない。
柴咲を待っている間に方向転換はしている。 まるでヤモリのようにサワサワと動き始めた。
床下から出る時に辺りを見まわす、耳にも集中する。 相変わらず呪文か呪詛か、新しく加わった念仏のような声も聞こえるが、木戸を開ける音でもなければこの裏庭に誰かが居る声でもない。

(しばさきって人の顔を確認するに越したことは無いよね)

どこかで聞き覚えのある声・・・くぐもってはいたが心に沁みるような声。 似ているだけなのかもしれないが、紫揺が聞き覚えのある声なのだから場所は限られている。 宮内か地下の者たちか、地下の関係で馬車や馬に乗っていた武官、若しくは見張番。 顔を見れば覚えているかもしれない。 どこで会ったか分かるかもしれない。


一人の武官が難しい顔をして紙を手にし、なにやら念仏を唱えている。
後ろから覗き込むとガマガエルが描かれてあったが、そこに気になるものも描かれている。

「ガマガエルを探しておるのか」

ギョッとして振り返るとマツリが似面絵を覗き込んでいた。

「マ! マツリ様!?」

マツリが武官からガマガエルの絵を取り上げると、反対の手で顎をさすりながらまじまじと見る。

「このガマガエルの額にある物は?」

「あっ! ぎゃ! いやっ・・・それはっ! ガマガエルではなくっ!」

木の枝を突いていた武官がマツリを見かけ顔色を変えると走り出した。 「マツリ様のお戻りぃぃぃ」 と呪われたように叫びながら。
あちこちで武官たちが顔色を変えた。 マツリが戻ってきたことをあちこちで叫ぶ声がする。 いつもはそんなことは無いのに。

「なんだ?」

ガマガエルの似面絵を見ていたマツリが顔を上げ走って行く武官を見ようとしたが、ワラワラと武官が出てきては走っている。
己の居ない間に何かあったのだろうか。

「何があった」

「いえ・・・そっ、それは。 己の口からは・・・。 六都武官長が来るまでお待ちください!」

「六都武官長?」

どうして?
ガマガエルの似面絵をもう一度見る。

「このガマガエルのこれはどういう意味だ」

額に書かれている物を指さしたが、武官は「お待ちください」と繰り返すだけである。
武官が簡単に口を割らないだろう。

「これは貰う」 とだけ言って先に歩いて行きかけたが、すかさず武官が止めた。

「申し訳ありませんが、その似面絵はお返しください」

もう一度ガマガエルの似面絵を見る。 そんなに大事なものなのだろうか。
ガマガエルの似面絵を武官に渡すと今度こそ歩き始めた。
武官にとっては、このガマガエルの絵がマツリの御内儀様になろうとしている女人を描いたものだという証拠は無いものにしたい。

罪状、侮辱罪。

この武官が描いたわけではないし、実際こんな顔なのかもしれないが、それでももう少し美化して描いていても良かったのではないか。

歩いていたマツリの前に黄翼軍六都武官長が走ってきた。 周りにいた武官たちが足を止め黄翼軍六都武官長を見ている。
黄翼軍六都武官長がマツリの前まで来ると、カンという音を立て踵を合わせ急いで礼をとる。

「申し訳ありません! 宮から東の領土五色様である紫さまが来られましたが、この六都で護衛の武官を振り切って逃走・・・見失ってしまい、未だ捕獲・・・お見つけ致しておりません!」

ちょいちょい気になる言葉が入っていたが、地下の時のことを思うと当てはまらなくもない。
だがどうして六都に来たというのだ。
それに六都に来るからには四方を通しているはず。 そこそこの護衛を付けていただろう。 それを振り切って逃走? いや、なぜ逃走をしなくてはいけない。
本当の話なのだろうか。

「先ほど武官がガマガエルの絵を持っていたが気になることがある。 誰か持っておらんか」

ガマガエル・・・。 マツリの御内儀になるかもしれない人物を描いた絵がガマガエル。 見せることなど出来ない。
遠巻きに見ていた誰もがそっと似面絵を後ろ手に持ったが、そんなことを見逃すマツリではない。 一人の武官の元に行き手を差し出す。 武官がマツリの後ろに立つ黄翼軍六都武官長を見ると痛い顔をして頷いてみせている。

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