大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第145回

2023年02月27日 20時33分13秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第145回



「百足は後身した後はどうするのですか?」

四方によると、百足は後身すると次代の育成に当たるというが、全員が全員ではないという。 百足たちの暮らす集落でゆっくりとする者もいるという。

「後身した者を・・・見た目も気も優しげな者を三人ほど借りられませんか?」

四方が眉根を寄せる。 どういうことだと言っているのだろう。 当たり前だ、そんなことを唐突に言われて疑問に思わない者などいないだろう。

「六都で童や童女に道義を教えて欲しいのです。 六都から給金が出ます。 集落でゆっくりしているだけでは金は入ってこないのでしょう?」

「集落は衣食住と宮都がみておる、金の心配はない」

百足たちの中には嫁をもらっている者もいる。 そうそう会えるわけではないが、その者たちの援助もしてやらねばならない。 百足自身に給金というものは払っていなく必要経費を手に持たせている。 その分、集落に戻ると何の心配もなく暮らせるということになっている。

「六都の文官に合格を押される者がどうしても三人欲しいんです。 他の都から六都に来るはずもありませんし、六都にそのような者も居りません。 お願い致します」

長卓に手をつくと、ガバリと頭を下げた。
その姿を目にしながら魚の煮つけを口に入れる。

「・・・父上?」

下げたままの格好で頭だけを少し上げて四方を上目遣いに見ると、素知らぬ顔で咀嚼しているではないか。

「軽い頭になったものよな」

嫌味の一つも言いたくなる。 本領領主の跡継ぎがこのようなことで頭を下げるとは。
マツリが口を歪めながら姿勢を戻すが引く気はない。

「童が恐がらないような面立ちと話し方、宜しくお願い致します」

後は聞かないと言った風に白飯をどんどん口の中に入れる。

「武官はいつ返してくれる」

思わぬ問いに、あっ、と閃くところがあった。 白飯をゴクリと飲み込む。

「強面で体格のいい百足を四人揃えていただけるのでしたら、武官四人はお返し出来ます」

四方がジロリとマツリを睨んだが、素知らぬ顔で味噌和えに手を伸ばしている。

「シキの所には行かんのか」

「昼餉のあと行こうと思っております」

「もう初の歳を迎えておる。 それまで一度も見に行かなかったとは・・・何たる叔父であろうかのう」

「こういう時です、仕方がありません」

「贅沢なことよな」

四方は一人っ子である。 澪引の兄の子だけが甥姪になるが、血の繋がった甥は可愛いだろうに。
それからは互いに無言で料理を口に運んだ。

マツリが立ち上がり茶を二人分淹れる。

「姉上の所に行った後、東の領土に行きます」

四方の前に湯呑を置く。

「そのような時があるのか」

とっとと六都に戻らなくてもいいのか。 それに東の領土といえば・・・。

「東の領主に話しに行きます」

「まだそのようなことを言っておるのか」

「父上、申し上げたはずです」

四方が湯呑に手を伸ばす。

「それと、紫を奥と迎えた後は宮に向かえず、紫には東の領土に居てもらいま―――」

一瞬にして顔中が茶だらけになった。

「・・・父上」

立ち上がり手巾を手に取ると、一枚をまだむせている四方に渡す。

「これで二度目で御座いますが・・・」

顔と濡れた胸元を手巾で拭いていると、ゴホゴホ言いながら四方が言い返す。

「マ、マツリが・・・ごほ、驚くような事、ごほごほ・・・ばかり言う、ごほ、からであろう、ごほごほごほ」

「だからと言って・・・」

「そ、それに今何と申した、ごほほ」

「紫を東の領土からは取り上げないと申しました」

「そっ、その様なことがまかり通るとでも思っておるのか」

「紫が宮に居ても何もすることは御座いません」

「女官たちを見ておらんでどうする」

「それは母上がして下さるでしょう」

たしかにそうである。 本領領主の奥になってすることと言えば、女官たちを見ておくということだけである。 澪引もそうである。 澪引だけでなく歴代の奥がそうであった。 本領領主の血の繋がりのことも分からないし、あり方さえも分からない。 仕事すら分からない。 そういう立場である。

「わしが退いた後は澪引もおらん事になる。 そうなればどうするつもりだ」

「まだまだ父上は退かれませんでしょう。 それまでには紫も宮に来るようには致します」

「どういうことだ」

「御承諾いただけますでしょうか。 御承諾いただけないようでしたら、リツソに継がされても我は全く以って宜しいですが?」

リツソと聞かされて四方の顔が歪む。 それにこれは殆ど脅しではないか。
冷たくなのか、天の助けなのか、始業前の太鼓の音が響いた。 四方は執務に就かなければいけない。
四方が立ち上がると思いついたことを言い添える。

「百足の件ですが、父上の推薦状があれば六都の文官も文句を言わないと思います。 そちらの方も宜しくお願い致します」

「いいように使いおって・・・。 天祐(てんゆう)の制裁を受けるがいいわ」

背中を見せると執務室に向かったが、マツリには最後に言った意味が分からなかった。 だが気にするようなことではないだろう。
リツソのことでは散々いいように使われてきた。 今までのことを思うとこれくらい大したことではないだろうとマツリは思うが、四方にはマツリを使ったという気はさらさらない。

立ち上がり自室に向かって歩いていると三回呼び止められた。
いったいどうしたということだろうとは思うが、仕方なく受け取り新しい他出着に着替えるとキョウゲンに跳び乗った。

シキの邸につくとキョウゲンから跳び下り外套についていた雪を払う。

「シキ様! マツリ様がお見えで御座います」

シキの従者が襖の向こうで昌耶を通さず叫んだ。
シキと昌耶が目を合わす。 するとすぐにマツリの声が聞こえた。

「マツリで御座います」

「まぁ、マツリ? 入って」

従者が襖を開けると襖の奥から暖かな空気が流れてきた。 宮都でも雪が続いているのだろう、風邪などひかせることのないようしっかりと部屋を暖めているようだ。
シキの目に映った襖の向こうには久方ぶりに見る弟が立っていた。
シキは息子である天祐(てんゆう)を遊ばせてやっているところで、天佑の笑い声は襖の外にも漏れ聞こえていた。
その天祐が固まっている。

「若? どうされました?」

昌耶が声をかけた途端、天祐が泣きだした。

「どうも、嫌われたようですか」

「一度も来ないからよ」

シキが天祐を抱き上げあやしてやるが全く泣き止まない。
どれ、と言ってマツリがシキから天祐を抱き上げる。 目線が一気に高くなった天祐が驚きに泣き声を止めた。 くるりとひっくり返されると、先ほど見た知らない男の顔が目の前に現れたではないか。 火が点いたように再び泣き出してしまった。

「そんなに泣くでない。 男であろうが」

宥めすかしたり、身体を揺すってみたり、高い高いをしたりするが、一向に泣き止む気配がない。

「まぁまぁ、若、マツリ様がお困りで御座います。 ほれ、昌耶に来られませ」

昌耶が手を出すと飛び込むように昌耶に身を投げしがみ付く。 諦めたマツリが天祐から手を放した。

「久方ぶりで御座います、ゆるりとされますのでしょう?」

天祐の大泣きの間から昌耶が訊いてくる。
問をかけられた昌耶を見てからシキを見て答える。

「いえ、今日はあまり」

「あら、そうなの? まさかすぐに六都に戻るの?」

六都の事を知っているのか。 波葉はかなり情報を漏らしているようだ。

「戻りますが・・・その前に寄るところも御座いますので」

シキと昌耶が目を合わせる。
その昌耶が話の邪魔になるだろうと、泣き叫んでいる天祐を抱いて部屋を出て行く。 そのまま廊下を歩いて何度か曲がると、履き物を履きある一角にひょいっと顔を出す。

「あら、もう初めていたの?」

「もちろんに御座います。 千夜様達に負けてはおられませんのでっ」

マツリが三つの包みを持っていた。 それを見逃すことは無い。

「それはそうね。 でもマツリ様はあまり居られないということです」

「え・・・それでは大急ぎで」

「ええ、そうね。 ですが誰か茶をお出しして」

昌耶の腕にはグズグズ言っている天祐がいる。 昌耶が茶の用意をすることが出来ないということだ。

天祐の泣き声が去って行った。

「波葉様以外の男の方は駄目みたいなの」

シキが言う。 さっきは一度も来ないからと言っておいて、どういうことだ。

「父上もあんな風に泣かれて、いつも肩を落としてお帰りになられるわ」

四方が言っていた『天祐の制裁』とはこの事だったのかとは思ったが、マツリはそれほどショックではない。

「男が苦手なややは多くいると聞きますので、あまりお気になさらない方が宜しいでしょう」

そうなのかしら、と言いながら、片手の掌を頬に当てて、ほぅ、っとため息をつく。 子を産んだというのに美しさは全く変わっていない。 相変わらず美しい。

「病にもかからず?」

「ええ、元気にいてくれているわ」

「それが何よりで御座いましょう。 あれだけの声が出れば、すくすくと育ちましょう」

「でもね・・・少しのことですぐ泣いてしまって」

「男の方がよく泣くものです」

「あら、マツリが泣いたのを見た記憶はあまりないのだけれど?」

「我はそうだったかもしれませんが、リツソはよく泣きましたでしょう、少しのことでも」

我が弟と言えどリツソと同じようになるのかと思うとゾッとする。 要らないことを言ってくれる。

失礼をいたします、と襖の外から声をかけられ茶を持った従者が入ってきた。 楚々と茶を置くとすぐに部屋から出て行く。
それからも天祐の話、澪引には懐いているのに、四方がどれだけあやしても泣き叫ぶだけの天祐。 四方がどれだけ肩を落としているかの話などをひとしきりした。
そして話が尽きた頃にシキが六都の話を切り出してきた。

「長く六都に出向いているそうね」

「はい」

「まだ落ち着かないの?」

「分かっただけの膿は出しましたがまだまだ出てくるかもしれません・・・まだまだでしょうか」

そこで学び舎を建てたというと帆坂の話をしだした。

「まぁ、そのようなお方が?」

「ええ、帆坂の兄弟ならば天祐も泣かないかもしれません」

「あら、ご兄弟も?」

「ええ、帆坂の弟になりますが、童にも好かれ馬にも大層好かれたようで」

あの覇気のなかった馬の目が生き生きとし、いつの間にか上げていた頭もずっと上げたまま歩いている。

「ああ、それと・・・」

杉山で台を作った男たちのことを話した。

我が弟は離れた所で色々とやっているようだ。 単に領土を見て回っていた時と大きく違った事をしているようだ。 地下が落ち着いてきたのが大きな理由なのだろうか。 だがこのまま六都の話で終始するつもりはない。
そうなの、と婉然な笑みを送りそう言うと

「六都に戻る前に紫に会いに行くのよね?」

「どうして急にそのような・・・」

「いつぶりなのかしら?」

少々険しい顔を向けられる。

「あ、えっと・・・。 かなりになります、か。 先年の四の月が最後かと」

信じられないという顔をシキがした。

シキが紫揺のことは全て波葉から聞いているだろうことは分かっている。 マツリが紫揺に心を寄せていることも知っているはずだ。 そしてあのことも・・・。 だからシキがそんな反応をしたのだろう。 隠し立てしても今更である。

「今日、紫の所に行きますが東の領主に紫のことを言うつもりです、我の奥にしたいと。  東の領主には紫が倒れて機を逃しておりましたが、今日こそはと思っておりますし、父上にはその前に言っております」

「え? 父上はご存知だったと言うの?」

マツリが四方に紫揺のことを言っていたのは澪引から聞いていた。 だが今のマツリの言いようでは時期が合わないのではないだろうか。

「はい」

「紫が倒れたということは・・・父上にはいつ言ったの?」

「いつで御座いましたでしょうか・・・。 紫が倒れて宮に連れ帰った時が御座いましょう? あの日に東の領主に言うつもりで御座いましたので、その時には既に父上に言っておりましたが」

そう思えばいつ言ったのだろうか、とぼそぼそと口の中で言っている。
シキの目が半眼になった。

(母上にご報告だわ)

そんな早くにマツリがそこまで考えていたなどと知りもしなかった。 それなのに四方は知っていたなどと。 それを澪引にもシキにも言っていなかったなどと、許せるものではない。

四方が地獄の針山に立つ日が近い。

四方をどう料理するのか今は二の次、現実に戻る。

「紫は何と言っているの?」

「・・・紫が姉上にも話したで御座いましょう、紫の父御と母御のことを」

どうしてこの話の流れで紫揺の両親の話が出てくるのだろう。

「ええ、でもマツリにも言ったわね? 紫のせいではないと。 それを紫に言ったと」

マツリが頷く。

「姉上が言って下さっていても、紫の思いは変わっていないようでした」

「・・・そんなこと、あの時、紫は頷いてくれたわ」

マツリが首を振る。

「深く・・・深く傷を負っているようです。 紫は・・・想い人と幸せになってはいけないと、想い合っている父御と母御を切り離したのだからと、そう言いました」

そして泣いて泣き、泣き疲れて寝てしまった。
シキが繊手で顔を覆う。

「我とは一緒にいたくないと」

「紫・・・」

シキの繊手の向こうでは顔色を変えているのだろうか、それとも目に涙をためているのだろうか。

「姉上? 紫の言ったことは光明です」

え? っとシキが繊手から顔を上げる。
どうして? 紫が・・・紫揺が苦しんでいるというのに。
目に溜まったものが窓から差し込む陽の光を反射した。


マツリがシキの邸から出る時に包みを渡された。

(またか・・・)

キョウゲンに跳び乗る。

「なぁ、この包みは何を意味していると思う?」

「・・・繁殖相手の取り合いかと」

思いもかけなければ不気味な返事。
四つの包みを目の前にかざす。
時は夕刻になり、いつしか雪が止んでいた。


キョウゲンから跳び下りたマツリ。 東の領土では、これから東の領土なりの冬を迎えるがため誰も外に出ていない。 したがってマツリを迎える姿もない。 だがそれこそが重畳。 大袈裟にしたくない。
紫揺の家に足を向ける。

紫揺の家にはお付きという者たちが居ることは知っている。 そのお付きの中に塔弥が居ることも知っている。 そして紫揺の横にはいつも ”古の力を持つ者” 此之葉が居ることも。 紫揺自身が時折、辺境に出向いているということも知っている。
今この時、紫揺が辺境に行っていれば家には居ないだろう。
だが・・・紫揺の気を感じている、近くにいる。 それは東の領土という大きな括りではなく、今マツリが歩を進めている先に居る。 紫揺の家に。

「マ! マツリ様!」

声を上げたのは此之葉だった。
紫揺が固まる。

「此之葉、悪いが座を外してもらえるか」

だがその目は紫揺を見ている。
マツリだ、入ってよいか、と言われ此之葉が襖を開けたのだった。
紫揺が身じろぐ。

「・・・ですが」

「我は紫に話がある。 座を外すよう」

此之葉が紫揺を見る。 見られたとて紫揺に逃げ場はない。 だが此之葉を巻き込むわけにはいかない。

「此之葉さん、ごめんなさい。 えっと・・・ちょっとの間、マツリと話をするから、それまで・・・」

諦めたように此之葉が部屋を出て襖の前に座した。

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