大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

辰刻の雫 ~蒼い月~  第146回

2023年03月03日 20時50分29秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第146回



閉められた襖を見ていた紫揺が睨みつけるようにマツリに視線を転じる。

「なんなのよ」

来てほしくなかったのに、どうして来たのか。
挑戦的に紫揺が言う。 その言葉を受けながら座卓を挟んで紫揺の前に座り、その上に四つの包みを置いた。

「母上の従者、元姉上の従者、彩楓たち、姉上の従者。 またみんな菓子だろう。 夕餉前だ、明日にでも食べればよい。 先刻の菓子の味はどうだったかと訊かれたが?」

「う・・・うん、みんな美味しかった。 そっか、お遣いに来たんだ」

挑戦的な態度はどこへやら、いそいそと袋を開けだし始める。 途端、甘い香りが漂う。

「順位をつけろと言われたが?」

紫揺が菓子を一つ取り出して口に入れる。
夕餉前だと言ったのに、明日食べればいいと言ったのを聞いていなかったのか、とマツリの眉が寄せられる。
美味しそうに食べながら考える様子を見せたかと思うと、ゴクリと飲み込む。

「・・・みんなが一番。 甲乙なんて付けられない。 どれも美味しかった」

また袋の中に手を入れようとしかけたのをマツリが咎めるような目で見るが、そんな事など気にする様子も見せずもう一つを袋の中から出すと口に入れる。 その姿を見てマツリが袋を取り上げ解いてあった紐で袋を括った。

「なにするのよ。 お菓子も受け取ったし、甲乙つけられないって言ったでしょ。 お遣いはもう終わりでしょ。 帰って」

どうして菓子を持ってくるため、順位を聞くためにわざわざキョウゲンを飛ばしてまでここに来ると思うのか。
マツリの呆れたような目に紫揺が反感を覚える。

「なによ」

「ほう、我の腕の中で眠ったことを忘れたか?」

胸糞悪いことを言ってくれる。 迂闊にもいつしか眠ったようだったが、その前を忘れてはいない。 マツリもそのことを言っているのだろう。
何か月も前の話なのに、しつこく覚えているものだ。

「言ったけど・・・」

両親のことを言ったけど、思わず言ってしまったけど。

「マツリには関係のない話だから」

マツリが両の眉を上げる。

「では? 紫が我に向けて言った、想い人と一緒に幸せになってはいけない、と言ったのはどういうことか?」

それは両親のこと。 想い合っていた両親の想いを切ったのは自分だから。 両親を殺したのは自分だから。 そんな自分が誰かと一緒に、好きな人と一緒に暮らすことなんて許されない。
だから言った。 マツリとは一緒にいられない。 お願いだから実力行使とかやめて、と。
あの時、熱くなりすぎていたようだ。 要らないことを言ってしまった。 どう言い返したらいいのだろうか。

「我のことを想っておるから、我と一緒には居れんと言ったのだろう?」

「う、自惚れないでよっ」

マツリが笑み頬杖をついた。 大体いつもは背筋を伸ばして話しているのに珍しいことだ。

「今から領主に紫を我の奥にすると言いに行く」

「なっ! 勝手にそんなこと!」

「勝手ではない。 だから先に紫の所に来たのではないか。 それで? 紫はどちらを選ぶ。 我の奥になっても東の領土に居るのか、本領でずっと我の隣にいるのか」

「だからっ! だから言ったじゃない! 実力行使とか止めてって! それにマツリとは一緒にいられないって!」

葉月のように襖に耳をくっ付けているわけではないが、紫揺の大声は襖の向こうに座る此之葉にも聞こえてきた。
喧嘩が始まるかもしれない。 それに今の紫揺の言った言葉の意味はどういうことだろうか。 塔弥なら何か知っているかもしれないが座を外すことなど出来ない。

「ずっとそうやって己を誤魔化すのか? 想いもしていない相手を領主の前に差し出すのか?」

「想いもしていないなんて、どうしてマツリに分かるのよ!」

「当たり前だ。 お前の考えは透けて見えると言ったであろう」

慌てて頭を手で覆う。

「そういうことではないと言ったであろうが・・・」

ほとんど溜息交じりに言っている。

「わ、分かってるわよ」

本当に分かっているのだろうか、まだ見られまいとその手を下ろしていない。

「紫が我以外の誰を想う」

「だからっ! それが自惚れって言ってるの!」

「・・・いい加減押し倒すぞ」

頬杖から顔を横に向け、ぼそりと聞こえた言葉がなにやら剣呑に聞こえたが、はっきりと聞くことが出来なかった。

「え?」

「まぁ、いい。 そうか、分かった。 では本領の力を使うまで」

立ち上がったマツリを紫揺が止める。

「待ちなさいよ!」

本領の力、それは実力行使ということ。 襖から出させる気はない。 領主の所に行かせるわけにはいかない、襖の前に立ちはだかる。

「待ったら? 何がどう変わる?」

精神的にも肉体的にも見下されてるのが腹立つ。 だからと言って腰を曲げて目の高さを合わせるようにされたくない。 そんなことをされたら精神的に負けるだろう。
顔を上げマツリを睨み据えていたが、ふっと顔を前に向けた。 マツリの鳩尾(みぞおち)辺りがそこにある。

「・・・マツリに、マツリの身長にあった人を探せばいいでしょ。 必要以上に背が低い私を選ばなくてもいいじゃない」

「ああ、そうだな」

マツリが一瞬屈むと手を伸ばし紫揺の腰に巻き付けた。 次の瞬間には紫揺の足がふわりと浮いた。

「だがこうすれば同じ高さになる」

「なっ!」

手のやり場に困ると考えた時には、ついうっかり既にマツリの肩あたりを握っていた。

「他には」

「・・・もっと落ち着いてて綺麗で身体のふっくらした人がいいんでしょ」

マツリが言ったことをしっかりと覚えているようだ。 気にしていたのだろうか。

「良いとは言っておらん。 紫がそうではないと言っただけだ」

真っ直ぐに目を合わせるマツリ。 自分から視線をそらせたくない。 そんな事をしたら負けを認めてしまいそうだから。 なのにもうこれ以上は見ていられない。 顔を俯けた。

「マツリ・・・本領の領主になるんでしょ、もっと澪引様やシキ様みたいにちゃんとした人見つけなさいよ」

「紫はちゃんとしていないと言うのか?」

「欄干に座るし木にも上りたい。 そんなこと本領領主の奥がしていいことじゃないでしょ」

「よく分かっておるな。 だがしたければこの東の領土ですればよい」

お付きたちが聞いていたら、千切れるほどに首を左右に振っただろう。

「しつこい人は嫌い」

「ああ、我もだ。 しつこいのは性質が悪い。 だが紫が我を嫌いになどなるものか」

「髪の毛なんて伸ばす気はない」

ちょいちょい、マツリが言ったことを挟んでくる。 やはりかなり気にしていたのだろうか。 それとも・・・。

「我の言ったことをよく覚えておるのだな」

「・・・」

「髪など伸ばさずともよい。 紫が伸ばさぬ分、我が伸ばしておる」

目先を変えるとマツリの銀髪が目の中に映る。 綺麗な一本一本が絹糸のような銀髪。 一度マツリが寝ている間に三つ編みをしたが、スルスルと手から落ちて編みにくかった。

「歌なんて歌ってやんない」

どうやら佳人の意味が分からなく、とうとう本領では歌手を “歌う人” と言うのだと理解したらしい。 “歌人” だと。

「いや・・・歌ってもらわなくてもよいが?」

急に何を言い出すのだろうか。 己はそれらしいことを言っただろうか。
マツリが考える一方で紫揺も頭を巡らせている。
何のことだ? という返事を聞いて失敗したと思った。

(あ、歌手じゃなくて・・・。 歌っていうのは歌うんじゃなくて、俳句が何かだったのかな? あ、じゃなくて和歌だったっけ)

日本の平安の時代を考えると歌は和歌に乗せている。 ふとそれが頭に浮かんだ。
一人百面相をしている紫揺の顔をしばらく見ていたマツリ。
しばしの沈黙が流れた。 その沈黙を先に破ったのはマツリ。 紫揺ほど頭の中はゴチャゴチャしていないのだから。 ましてや頓珍漢に。

「紫、我に心を預けんか?」

百面相が止まった。 マツリの顔を見ないように喉元を見て半分目を伏せている。

「・・・」

「寂しいと言っておったな。 民と分かれるのが。 我は紫に悲しさも寂しさも覚えさせる気はない。 紫が我の奥にならないというなら、リツソに父上の跡を頼むつもりだった。 父上にもそう伝えておる。 我は紫以外の者を奥にする気はないのだからな。 そうなると我には跡がないのだから」

驚いてマツリを見た。 マツリはそこまで腹を決めていたのか? 本領領主の長男なのに。
それにあのリツソが本領を継ぐなどと・・・。

「だが紫が我の奥になってくれるのなら我は本領を継ぐ。 紫は東の領土に居ればよい。 だが我は本領を空けるわけにはいかん」

婿養子ではなく別居のようだ。

「時を作って東の領土に来る。 紫も時が許すのなら本領に来る」

「・・・」

「だがそれも叶うか叶わないかは分からん。 一番に肝要なことが抜けておる。 紫が我のことをどう想っておるかだ」

まだ聞いていない。 本領の力など使うつもりはない。 その必要などないのだから。

「もう一度訊く。 我に心を預けんか? その心、我は大切にする」

「・・・嫌いじゃないって言った」

「聞いた。 だがその程度で婚姻は出来ん」

「マツリが居なくて寂しいって言った」

「あの時は母上だけしか居られなかったからかもしれん」

「・・・なんでそんな意地悪言うの」

「虐めたつもりはない。 では何と言えばよい」

紫揺が頭を下げる。

「・・・マツリ、は、寂しくないの」

別居が。

「寂しいに決まっておる。 今も、今までもそうだ」

「・・・四方様に逆らうことにもなる」

「我は紫が手に持ちたいものを取り上げる気など無い。 それだけだ」

「・・・ここに居ていいの? 宮に行かなくていいの?」

自分が。

「父上が何と仰ろうと押し通す」

「・・・杠が、私が疑問に思ったことをなんでも答えてくれる人、教えてくれる人って言ってた」

「ああ」

本領からの帰りの洞で紫揺から聞かされている。

「マツリはいっつも答えてくれる。 教えてくれる。 力の事も亀のことも」

「杠の目には、かなっているということか」

紫揺が首を振る。
どういうことかとマツリが首を傾げる。

「・・・いつからだろ。 いつからこんなにマツリのことを好きになってたんだろ。 ・・・腹立つ」

どうして腹を立てねばいけないのか・・・。
だが今そんなことはどうでもいい。 今、紫揺は好きと言った。 本領でも他の領土でも幼子が使う言葉で “想っている” ということを言ったのだ。

「・・・誰かと幸せになってもいいの・・・?」

マツリは言った。 殺すというのは心に刃(やいば)を持つこと。 それを別の形に変えて命を絶つことと。
自分は両親に刃を向けたことなどない。 持ったこともない。

「誰かではない、我だ」

紫揺が僅かに頷いた。
片手を紫揺の背中に回す。 そして抱き寄せた。
耳元でマツリが言う。

「我の奥になってくれるか?」

「・・・うん」

宙ぶらりんになっている足。 まるで大きなぬいぐるみを抱きかかえているようだった。


領主たちに見送られてマツリが飛び去って行った。
領主がまだ呆然としている。
『今すぐということではない』 とマツリは言っていたが、明日でも百年先でも有り得ないだろう。 どこをどうしたら、あの二人が結びつくのか。

領主の家に行く前、紫揺の部屋から出てきたマツリが座していた塔弥の姿を捉えた。
此之葉が外に座しているのを塔弥が見かけたからだった。 どうして此之葉が外に座しているのか、その理由は一つしか考えられない。 葉月を呼ぼうかとも考えたが、沈んだ顔の此之葉のことを考えると呼べるものではなかった。 ただ己も座することしか出来なかった。

『塔弥、長い間すまなかったな』

何のことだろうかと、此之葉が塔弥を見ている。

『今から領主に言ってくる』

『有難うございます』

そう言って手をついて額が床にあたるほどに頭を下げた。
馬車の中で東の領土から紫揺を取り上げることは無いとマツリは言っていた。 矛盾は己が一人で感じているだけ。 マツリには矛盾などないはず。



酒杯がチンと音を鳴らした。 酒杯と言っても湯呑。 湯呑での祝杯だ。

「これで己も落ち着きました」

クイっと祝杯を飲み干して手酌で注ぐ。 かなり機嫌がよさそうだ。

「どうして杠が落ち着かねばならん」

「これでも一日も早くマツリ様を紫揺の元に行っていただくため四苦八苦していたのですよ?」

湯呑を口に当て、ん? という声と目を杠に送ってきた。

「あの大店の愚息を黙らすにはどうしたらいいか、とか」

「なんだ? 大店の悪事を暴くために調べていたのではないのか?」

「いえいえ。 まずはあの愚息を黙らせようと画策しておりましたら、あの様な駒がでてきたということでして」

マツリも一気に飲むと杠がすぐに酒を注ぐ。
杠のことだ、文官所に居る間に色んな報告書を見て頭に入れていたのだろう。 愚息のことが無くても文官所から出て店の様子を見ただけで駒を見つけただろう。
六都のことが終われば杠とゆっくり話したいと言っていた。 それは紫揺が言っていた両親のことと同じ話をするつもりだった。
心に刃も何も持っていなかったのに自分を責め続けていた紫揺。 杠もそうなのではないか。 それを訊くつもりだった。 だったと言っても過去形ではない、今でも思っている。

「マツリ様? どうかされましたか?」

だが六都のことがいつ終わるのだろうか。 今訊いてもいいのだろうか。

「あの女人だが・・・あの者はどうするつもりだ?」

「どうすると言われましても、特には」

「あの様な者が他にも居る・・・と言っておったな?」

「はい・・・。 どうされました?」

いや、今はやめておこう。

「あれ程の女人が何人も杠の周りにいるのかと思ってな、杠は女人の容姿にこだわるようだな」

はっきり言って面食い、ナイスバディ好みだな、と言っている。

「ははは、何を仰られるのかと思ったら。 それはそうでしょう、出るところは出て絞るところは絞られている。 容貌も美しい方が良いでしょう。 まぁ、第一は口が堅いことですが」

「・・・悪かったな。 あんなで」

拭きやすい胸で。

「紫揺は別です」

クイっとまた一気に呑むのを見ていたマツリが今度は注いでやる。

「あー、でもそうか・・・」

そうかそうか、と言って頬を緩め目尻を下げながら何度も頷いている。 まるで本当の兄ように妹の幸せをかみしめている様だ。
杠は紫揺が同じような立場にあったことを知っているのだろうか。 知っているからこそ、紫揺がマツリと一緒になるというのを喜んでいるのだろうか。 いや、それ以前に日本に居たことも知っているのだろうか。
もし今、杠に訊いて紫揺が日本に居たことを言っていなかったら、誤魔化しようがない。 この事は紫揺に訊く方がいいだろう。

「そんなに嬉しいか?」

「ええ、我が大切な妹が己の信ずる方の奥となるのです。 これ以上の幸せは御座いません」

「信ずる方とは・・・尻がむず痒いな」

「何を仰います、己の忠心は今までもこれからもマツリ様にのみ」

「それは有難いことだが、何度も言うが、我は杠に幸せになってもらいたい、それを忘れないでくれよ」

マツリが言うのを聞き口の端を上げると、クイっと一息に吞んだ。
いつも思うことだが杠はどれだけ呑めるのだろうか。 いつもどれ程呑んでも酔う素振りが無いし、翌朝も何事もなかったようにしている。

「杠はどれ程呑めるのだ?」

杠の湯呑に注いでやる。

「さぁ・・・どれ程でしょうか。 ですが酒に呑まれたことは無いでしょうか」

「何処で鍛えたんだ?」

十五の歳にマツリのところにやって来た。 それまでにあの里親の元で呑んでいるはずなどないだろうし、マツリのところにやって来てからは勉学と鍛練をしていた。 そしてその後はあちこちに出向いていた。 酒など鍛える間などなかったはず。

「鍛えたつもりはありません。 ・・・生まれつきでしょうか」

ああ、と納得がいった。

「羨ましいことだ」

「マツリ様は?」

「父上に似れば杠を羨むことは無かったのだがな、どうも我は何もかも母上に似たようだ。 最初など匂いだけで酔っておった。 お蔭で父上に鍛えられた。 あれは鍛練より苦しかったか・・・」

杠が面白そうに笑っている。 生まれつき呑める者からすれば笑える話なのだろうか。

「父上はお婆様に似たらしくよくお呑みになる、お爺様は呑めないのだがな。 ふむ、我が家系は男は母上に似るのかも知れんのかな。 リツソも呑めそうにないが・・・あ、あれは見た目は父上に似ておるか」

「見た目ですとシキ様とマツリ様がお方様に似ておられますか。 ああ、でもお目は四方様に似ておられますか」

澪引の丸い目はリツソ一人が似たようだ。 そしてシキとマツリは目だけは四方に似たようである。 それがあってか、紫揺からは澪引がシキの妹のように見えるのかもしれない。

「ああそうだな、目だけは父上に似たか」

そのようで、と言いながら軽く頷くと続ける。

「リツソ様は・・・吞みはされましょうが呑まれるやもしれませんでしょうか」

「その姿が目に浮かぶわ」

クックっと喉の奥で笑って湯呑に口をつける。

「我はおとと(父)か、おかか(母)のどちらの血を引いたのでしょうか」

どこを見ることなく、まだ幼子が父と母を呼ぶ言い方をしてポツリと言った。 あの日と同じ呼び方で。

「・・・杠」

宙を見ていたような目をマツリに戻した。

「紫の父御と母御が亡くなっておられるのを知っておるか?」

え? と言った杠の目が険しくなった。

―――知らなかったか。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 辰刻の雫 ~蒼い月~  第1... | トップ | 辰刻の雫 ~蒼い月~  第1... »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事