大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第144回

2023年02月24日 20時38分06秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第144回



最初に比べ随分と馬に慣れた様子の世洲。 心身ともに疲れたのか、馬の首にもたれかかっている。 そう思えばいつの間に馬の首が上がってきていたのだろうか。

「このまま家まで帰るよう」

出来ることらこれからのことを考えて、官所の厩に戻してから家まで歩かせたいが、今日のところは疲れているだろう。

「はい?」

声がひっくり返った。
馬の首から姿勢を立て直すと続ける。

「家並みの中を歩かせるのですか?」

練習した学び舎の周りには何もない。 広い原っぱにぽつんと建っているのだから。

「馬を動かすよう」

言い終えると先を歩く。 世洲の家であり帆坂の家を知らないが、官吏たちの家が何処に集まっているのかは知っている。
置いていかれては馬から下りることも出来ない。 慌てて世洲が馬の腹を蹴った。
遅い歩みと思っていた馬だがさすがに四足である。 日頃の世洲より早く歩いているし、人が走ればこの馬より早いが、それなりな人並みの歩調である。
暫く無言で歩いていたマツリが口を開いた。

「この馬で移動し、学び舎を三か所まわれるか」

帆坂が保証していたように、この世洲は子供たちの心を変えてくれるかもしれない。 先ほどの学び舎の前で見ていた様子がそれを物語っている。

「え・・・」

「この馬は官所の馬。 無償で貸し出してもらえることは確約済み。 飼葉賃などの心配もいらん。 毎日、官所の厩に行ってこの馬に乗り学び舎を移動する。 その後、官所の厩に返す。 馬番がおるから厩の中の心配はない。 だがそこからは歩いて帰らねばならん。 三か所をまわれれば賃仕事などではなく給金となるだろう。 どうだ」

世洲にとっては夢のような話である。

「やってみんか」

「え?」

「世洲には今までやって来たことに対しての信用がある。 給金仕事に変えられよう。 いつまでも賃仕事をしておっては一人でやっていけまい」

「マツリ様・・・」

「どれほど出るかは文官の元で決められるが、今より良いことは分かっておる。 一ケ所から三か所になるのだから当たり前なのだがな。 どうだ」

マツリが言った時には家の前に着いていた。
コクリと頷き「有難うございます」と言った世洲。

「厩番にはこの馬を借りることは言っておる。 官吏にもな。 いつでも借りればよい。 まずはこの馬に慣れるのが一番だ」

帆坂はまだ帰っていなかったが近所の者に台を借り、世洲を下ろすとマツリが官所の厩に馬を返した。
厩番には、明日より世洲という者が馬を借りに来る、ということを忘れずに言い添えている。
世洲の足は膝から下が思うように動かないということであるから、騎乗と下馬には台が必要となってくる。

「あれだけ慕われているのだから、学び舎では子たちが台を用意するだろう。 厩では厩番がそれなりの物を用意をするであろうし・・・」

それなら世洲が乗り降りする学び舎と、ついでならそれなりの台ではなく厩にも世洲に合った台を用意すればいいこと。 できれば人の手を借りずに一人で乗り降りできる台。

「明日は・・・」

大工仕事か、と思いかけたがその材料がない。

「・・・杉山に行くか」

材料は杉山にしかない。


宮都では大店に咎が下された。 訴状からも悪質である。 ましてや人死にがある。 店主には一生の労役。
番頭と手代は同じ穴の狢だった。 ましてや人死ににその手を染めていた。 他の罪状にも関与していた番頭と手代にも咎が下される。

「て、店主に言われればっ!」

「道理を言い返せないというか? ずっとそういう身でいたか? 真はどこにある」

「それは、六都以外の考えでありましょう!?」

「六都も宮都もない。 人として考えぬか」

「それが道理といわれるか、真と言われるか、それは何ぞ!? そんなものは六都にはない! 怖気(おぞけ)が走る!」

一本筋の通った反省のなさ、店主と同じく労役の咎が下った。 だが主犯である無期の店主とは違い有期の労役とされた。 その有期は労役態度次第ということである。
このような者を六都に戻してしまうと、今マツリがしようとしていることに弊害が出るだろうと四方が考え、刑部にしてはこのような者を六都に戻してまた何やらされては堪ったものでは無い、有期と言ってもかなりの年数になるだろう。


「端木はないか?」

雪の降る中、馬で杉山までやって来たマツリが、雪を踏みしめながら薪を持って宿所の前を歩いていた一人の男を止めて訊いた。 それは食事当番の男である。

「端木?」

男にしてみれば今まで気軽に六都で生きてきていた。 それなのにこのマツリが現れてからおかしくなった。 とは言ってもマツリは本領領主の跡継ぎ。 簡単に手は出せない。 それにそのような立場の者が武官も連れず簡単に己に声をかけるなどと。

「足場となる台を作りたい、その為の端木が欲しい」

男が眉を上げる。

「台?」

「おい、何をして・・・マツ・・・」

宿所の戸を開けて出てきた男が途中で口を止めた。
食事当番は一人ではない。 何人ものむさ苦しい男たちの腹を満足させねばならないのだから、一人では到底追いつかない。

「端木がないかって、台を作りたいんだとよ」

「台?」

この宿所には武官の目がない。 最初こそ見張の武官がいたが、今は全員杉山で見張っている。

「・・・武官も居ねーしな」

男が杉山を仰ぎ見る。 武官の下りてくる姿は見えない。
男が口の端を上げ目が鈍く輝いた。


「・・・器用なものだな」

己が作るよりよっぽど上手いだろう。

ほんの数刻前。

『台ってどんな?』

『馬に乗るための台だ、高めに作りたい。 それを二つ』

物知り顔に頷いた男。

『武官の目もねーや、ちょっくら抜けるぜ』

そう言って走り出した。 戻ってきた時には端木を抱えてきていた。 雪を蹴散らすと端木を置き、道具を持ってきて台を作り出したのだった。

『足が思うように動かねーんだったら、この方が乗りやすいだろからな』

男が数段の階段を作っている。
マツリが用意した台に上がる時には、動かない膝を手で持ち上げていた。 マツリがそれを助けたほどだった。
そしてその男の横には、最初に声をかけた男も座り込んでもう一つを作っている。

「器用って・・・オレらは学び舎を建てたんだぜ? これくらい屁でもねーわ」

マツリの口角が上がる。 学び舎を建てたことがこの男達にとっての誇りとなり自信となっている。 それはこの男達に限ったことではないだろう。

「ああそうだったな。 童・・・子たちが喜んでおった」

一瞬暗い目をした男。

「・・・燃やされたんだってな」

男が言うともう一人の男の手が止まった。

「木が焦げた、燃えるまではいっておらん。 それに子たちが懸命に焦げ跡を磨いた」

「え?」

「誰に言われたわけではない、子たちが考え行った。 子たちにとっては大切な学び舎なのでな」

そうかい、と言った後、口を綻(ほころ)ばせた男達が雪をかぶりながら、無言になり手を動かした。
仕上がった台をマツリの乗ってきた馬にこれまた器用に括り付ける。

「壊れるこたーねーけど、万が一壊れたら作り直す、変えて欲しいとこがあったら作り変える。 いつでも来てくれ」

「物作りが楽しいか」

「え? ・・・楽しい?」

思いもよらないことを言われ、男たちの時が一瞬止まったようだ。

「あ・・・そうか。 そうだな」

「ああ、楽しいと言われたらそうかもしれねー、か」

男二人が目を合わせる。

「気が付かなかった」

「そう、だな」

切った杉を木材としてだけ売るのではなく、家具を作らせてもいいかもしれない。 溜まった力を出させて発散させクタクタにさせて、暴れる力を残させることなく寝させる。 それが終わりを告げているのだろうか。
男達がマツリを見送ることなく宿所に戻って行った。 遅れを取り戻すべく夕餉の準備を始めるのだろう。

「今日の夕餉は一品足りんかもしれんな」

マツリが思うが、あの男たちが作る物はそんな上品なものではない。

マツリが去ってから暫くして杉山で仕事を終えた男たちが続々と戻って来た。

「けっ、お前らの当番の時にはいつもこれだな」

「もっと他に作れねーのかよ」

男達の自作の長卓の上には色んな野菜を煮込んだ大鍋と飯釜がドンと置かれていた。

「いや、そんなことよりよー」

まるで日本の給食当番のように、一人が椀に野菜の煮込みを入れ、もう一人が出された茶碗に飯を盛りだす。

「今日マツリが来て―――」

「マツリ様だ」

男達を見張っていた武官の一人から叱責が飛んだ。
言いかけていた男がチッと舌打ちをすると、話を続けた。
すると面白いことに、翌日から夕餉を食べ終えると端木を使って男たちが色んなものを作り始めた。
京也と巴央がそれを見て目を合わせ笑いを堪える。 武官にしてはとっとと寝て欲しいのに、と眉根を寄せている。
新米の九人は余力が残っておらず、食べ終わるとすぐに寝入っていた。

そして三日後。
世洲が馬に乗り、三か所をまわることとなった。
男二人が作った台は最初にマツリが作ろうと考えていたものよりよほど大きく重く、子供たちが簡単に持てるものではない。 まさか世洲がそんなに早く実行にうつすとは思ってもいず、台の一つは厩に、もう一つはずっと教えていた学び舎に置くつもりで二つしか作ってきていない。
だがマツリの杞憂も子供たちが飛ばしてくれた。 子供たちが雪の降る中、重そうにしながらも、馬の後について台を運んでいるのだから。

杠がマツリの部屋にいる。 一段落ついたところで久しぶりに酒を酌み交わしていた。

「教える者ですか・・・」

「ああ、この六都には居らんだろう。 他から来てもらうにもこの六都に来るような粋狂な者も居らんだろうし」

今、小さな子供たちを教えているのは帆坂兄弟で六棟。 建てた学び舎は十二棟。 残りの六棟が遊んでいるわけではない。 十二棟とも十の歳以上の子供たちが武官に徹底的にやられている。

あてはないか? という目を酒の入った湯呑を口にしながら送る。
腕を組んで考えるが、そんなあてなどどこにもいない

「・・・百足はその身を引いたらどうするのですか?」

腕を開いて湯呑を口にする。

「百足?」

思いもしなかった案である。
ふむ、そう言って今度はマツリが腕を組んだ。

「百足のことは何も知らんが・・・良い案かもしれん」

「宮都に戻られて四方様にお伺いをして、そのまま東の領土に飛ばれれば如何ですか? 一旦は落ち着きました。 今を逃すとまた何があるか分かりません」

腕を組んだままチラリと杠を見る。

「そんなに気になるか?」

「当たり前です。 いつまでも我が妹を放っておかれるのでしたら、己が紫揺に合う新しい男を探します」

「そのような者はおらん」

湯呑を口にする。
子供のようなマツリにクッと喉で笑うと手酌で酒を湯呑に入れた。

「明日は降らねば良いのですが」

酒瓶を置くとクイっと湯呑の中の酒を吞んだ。


お帰りなさいませ、回廊を歩くマツリにあちらこちらから声が飛ぶ。 その中でマツリの姿を見た女官たちがバタバタと走り去ると、自分達の陣営に戻って行った。
厨ではマツリが戻ってきたと聞いて、大慌てでマツリの昼餉の用意を始めだしている。

部屋に戻るとキョウゲンが止まり木に飛び移り、長く飛んだ羽を休めている。 雪で道が悪くなっている、よって馬ではなくキョウゲンで戻って来ていた。
雪で濡れた頭巾付きの外套と他出着を脱ぎ若葉色の狩衣に着替える。 平紐を解くと濡れた銀髪を手拭いで拭き、丸紐を持つと高く結い上げる。
出来ることなら湯につかって冷えた身体を温めたいが、こんな刻限に湯の用意などしていないだろう。

夕べ杠が『降らねば良いのですが』と言っていたが、残念ながらこの連日降っていた雪は止むことは無かった。
四方はまだ仕事をしている。 すぐに太鼓が鳴るだろうが、先に澪引に挨拶をする為に部屋を出る。
澪引に挨拶が終わり、少しの雑談をしている時に、時を告げる鐘の後に太鼓の音がドンドンドンと鳴った。 これから昼餉の休憩に入る太鼓の音である。

「四方様とゆっくり昼餉を食べていらっしゃい」

澪引が何を言わんとしているのかが分かった千夜が、従者に耳打ちをするとすぐに従者が立ち上がって足早に去って行った。
朝早くに六都を出たがすぐに宮都に入らなかった。 執務中の四方が出てくることは無いだろうと思ったからだ。 まずは放ったらかしになっていた本領の中を飛んでから宮に戻ってきていた。

「どんどんと送ってきてくれるな」

箸を持った手を小鉢に伸ばしながら四方が言う。 罪人を送って来ていることを言っているのだろう。
きっとこういう話になるだろうと、澪引が気を利かせてリツソと自室で昼餉をとっている。 四方は四方で人払いをしている。

「あの折には助かりました」

番頭と手代を早々にしょっ引いてくれたことだ。

「まぁ、こちらにも税が入ってくるのだから、入りやすくしたまでのこと」

やはり税として取ったか。 借金返済には充ててくれないようだ。

「おかげで忙しいことこの上ないわ。 まだ六都は機能せんか?」

都司や文官所長を置けばいい話だが、まだ人選までに至っていないし、その立場の者を置くとマツリがやりにくい。

「細かいところでの咎人はこちらで引っ切り無しに咎を言い渡しております。 ですが大事にはもう少し宮都を頼らせてください」

六都で出来ないことを宮都に頼る。 それは四方に頼るということになる。 頼るとは、四方の仕事が増えるということになる。

「マツリの言っておった郡司、やはり金を取っておった」

柳技のいた辺境の郡司である。 柳技を金で売ろうとしていた。

「父上にしては遅い仕事で御座いますね」

随分と前の話である。

「次から次へと送ってきて何を言っておるか。 武官も借りたままで、こっちがどれ程忙しくしていると思っておるのか」

「調べたのは百足で御座いましょう?」

出した箸を止めてムッとした顔を見せるがそのまま箸を動かす。

「証拠は百足が掴んできたが、後釜の郡司を探したり郡司の咎があったり、こっちも動かねばならんのだからな」

「で? どういう咎を?」

「人身売買にあたると刑部が判断をした。 よって労役その後に焼き印」

納得するようにマツリが頷く。
一口二口おかずに手を伸ばしてから口を開く。

「今日おうかがいしたいのは、その百足のことなのですが」

人払いがされていると言えど声を静めて言う。
四方の手が止まった。

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