大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第24回

2021年12月31日 20時51分51秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第20回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第24回



紫揺がちらりと正面を見るとキョウゲンの止まり木がある。 だがそこにキョウゲンはとまっていない。 下に置いてある巣箱の中にいるようだ。 その巣箱はこの部屋にとても不自然に置いてある。 きっといつもは隣の部屋に置いてあるのだろう。

「紫の力を使ったのを憶えておるか」

紫揺が頷く。 匙の中のポテトサラダもどきを口に入れる。 やはりフェイントだった。 美味しい。 というか、これはどうも薬膳ではないようだ。 最初に飲んだ薬湯で薬関係罰ゲームは終了しているようだ。 それならば安心して食べられる。

「リツソ君の頭の中に、どす黒い緑っぽい・・・渦が見えたから」

「・・・そうか。 リツソは薬湯を盛られ眠らされていたが、その薬湯には身体に見合う以上の薬草を使われたようだったから、その様な形で残っていたのかもしれん」

「盛られた?」

「ああ、それはこの本領の事情だ。 紫が知ることでは無い」

つい口が滑ってしまった。

「なにそれ・・・」

眉間に皺を寄せる。

(先ほどまで大人しく頷いたり、首を傾げていたりした時は可愛げがあると思ったが、やはりコイツは・・・)

「紫、お前はまだ領土のことは分かっておらん。 領土には領土の矜持がある。 それと、声を荒げるな。 説明はまだ終わっておらん」

「荒げないわよ。 でもこうしてかかわった者に、その盛られたって説明が無いのは納得できない」

「リツソを救ってくれたことには礼を言ったはずだ。 それにお前がすすんで本領に来たのではなかったか? 俺はお前にリツソを救ってやってくれなどとは言っておらんはずだ。 言ってみればお前が勝手にかかわったということだ。 それを脅すように説明しろとはおかしなことだ」

たしかにマツリは来いとは言っていなかったし、それどころか民のところに戻るようにと言っていた。 自分から押し掛けたようなものだった。 勝手に自分でかかわっておいて、説明しないと納得できないとは勝手もいいところだ。
匙でおじやをすくう。
眉を上げてそれを見ていたマツリが続きを話す。

「リツソが僅かだが意識を戻した時、紫の力の限界を超えたお前が倒れた。 身体がついていけなかったのだろう」

紫揺の手が止まった。 目は手元を見たまま。

「これ以降、限界を超えるような使い方をするのではない。 力とは徐々につけていくもの。 今の己の力を分かっていくよう」

(そうだ。 リツソ君が私の名前を呼んでくれて・・・目の前が真っ暗になってふわっと浮いた感じがしたんだ。 あの時に倒れたのか)

一応、マツリにはコクリと頷いて返事をしておいた。 小さく息を吐くと再び手を動かす。

(私は何度倒れたら気が済むんだろう・・・)

「彩楓と紅香、世和歌、丹和歌のことは覚えておるか」

コクリと頷く。

「あの者たちがずっとお前についてくれておった」

紫揺の視線が上がった。

「お前の身体の調子を視て身体をさするようにあの者たちに頼んだ。 あの者たちが居なければ、お前は三日間は眠ったままだっただろう」

「さっき、眠ってたって・・・」

「ああ、一日半眠ったままだった」

それはさっき聞いていた。 そうでは無く、身体を起こした時に筋肉のこわばりを感じなかったのはそれでだったのか。

「先ほどは言い過ぎた」

「え?」

思わずマツリを見てしまった。 すぐに顔を戻し匙を動かす。

「お前が勝手にかかわったと言ったことだ」

「・・・」

胸にある嫌なものを飲み込む。

「紫の怒りを止める為だとしても不義な言い方をした」

匙を豆腐のような物に伸ばしながらマツリをチラッと見るが、目線を少し下げているマツリとは目が合わなかった。
そして少しの間をおいて続いて話し出す。
その間は何だと言いたくなる。

「俺はお前から北の者を紫の力を使って治したと聞いていたのに、心に添いたい、それが紫の力の元なのだろうかと聞いていたのにリツソに会わせてしまった。 俺の浅慮だった。 悪かった」

そういう間だったのか。 二つのことを区切って言う為の間だったのか。 それなら「それから」 とか「and」 とかと言えばいいのに。

言い終わったマツリが手を足の上に置くと、軽く頭を下げた。

僅かに開かれていた襖の向こうで、四対の目が大きく見開かれる。

リツソを目覚めさせたことに礼を言う、といった時には手の位置を変えただけだった。 だが今回は軽くだが頭を下げた。

(マツリ個人のことだから頭を下げた? マツリの浅慮が招いた結果だから? じゃ、リツソ君のことは、兄として個人的に言ったことじゃないっていうこと?)

本領からの礼とするならば、マツリの立場の者が迂闊に頭など下げるものでは無いのだから。
マツリがちゃんと型にはまったことをした。 それならこちらも応えるべきなのだろう。

「・・・マツリが言ったように、私が勝手にしたことだから」

マツリが息を吐く。 紫揺なりにマツリの言うことを理解してくれたようだ。

「お前はまだ姉上の所に行っていることになっておる。 彩楓と紅香もだ。 このままにしておくと外にも出られん、不便であろう。 朝一番に帰ってきたことにする。 彩楓と紅香には頼んでおくがお前もそれなりに振舞ってくれ」

「分かった」

「東へ戻るのは、紫の様子から明日はやめておいた方が良い。 明後日と明々後日、我は出なければならん、紫を送って行けない。 我の都合で悪いのだが東に帰るのは控えて欲しい。 悪いのだが明々後日の翌朝まで待ってほしい」

「大丈夫、一人で帰れる」

「それはやめてくれ。 お前に何かあれば本領が困る」

「何にもないわよ。 岩山に着くまでは前後に見張番さんが付いてくれるし、あとは東の領土に帰るだけだから」

リツソが宮に戻ってきたのだ。 官吏が関わっているということは、シキが紫を可愛がっていたということが知られているかもしれない。 万が一にも紫揺に手を出されては困る。 まだ見張番が何人、地下と繋がっているのかが分かっていないのだから。

「ならば、明々後日まで待ってくれ」

夜の山の中を歩く方が随分とマシだ。

「何てことないって」

この強情者めがっ! っと、怒鳴りたいところを抑え、口を歪ませて腕を組む。
そんなマツリの様子を肌で感じながら紫揺が口を開いた。

「・・・訊きたいことがある」

匙でおじやをすくいながら言う。 目はおじやをすくう匙を見ている。

「太鼓橋」

すくっていた匙を椀に戻して、おじやをグルグルかき回す。

「は?」

歪ませていた口から出たのはその一言。

「太鼓橋の上に私が座ってた時」

「ああ」

あの時のことか。

「あの時からおかしいんだけど」

「なにが」

「・・・マツリの態度」

しっかりと心当たりがある。

「さっきだって謝った。 有り得ないんだけど」

「お前・・・俺が謝ることを知らないとでも思ってるのか」

「・・・」

ぐるぐるぐるぐる。

「俺は己が悪いと思えば謝ることくらいする」

「初めて北の領土で会った時と、太鼓橋であった時と違いが大きすぎる」

ぐるぐるぐるぐる。

「初めて北で会った時?」

「リツソ君を頭ごなしにして、私には上からものを言ってた」

ぐるぐるぐるぐる。

「・・・気のせいだ」

「ほら、そんな風になんて言わなかった」

手を止め、マツリを見上げる。

「米が潰れる。 そんなことをしておらんで口に入れろ」

「・・・」

ぐるぐるぐるぐる。

紫揺の態度に大きく息を吸うと長い溜息を吐いた。

「・・・姉上に聞いた」

なんのことかと再度手が止まる。

「俺が九の歳だったときだ」

何を言うのかと紫揺がマツリを見た。 マツリは正面を見ていたが、その目には本棚も何も映っている様子はない。

「五の歳の童が父と母から川に近づくなと言われていたのに、魚を追ってしまって川に落ちて流された。 魚を獲っていた父と母が助けようとしたが、母はそのまま流されてしまった。 父がようやく童を岩場に上げたが父も流された。 川の向こうには滝がある。 二人とも滝に落ちてその先の川べりに母、父は岩に引っかかっていた。 二人とも息は無かった。 キョウゲンに童を運ばせて父と母に別れを告げよと言った」

そうしたら

『オレが・・・オレが。 オレがおとととおははを殺した・・・。 オレが殺したー!』

「長い間叫んでおった・・・今でも耳に残っている」

正面を見ていた顔を寂しそうに、辛そうに下げた。

紫揺が下を向き、匙をおじやの椀に入れたまま手を下した。
そういうことか。 シキに話した、自分自身のことを。 自分が両親を殺したと・・・泣き叫んだと。
マツリはその童と紫揺を重ねたのだろう。

「思い出させて悪かったな」

紫揺が首を振る。

「その子はどうなったの・・・」

「あとになって父上から郡司が里親を見つけて預けたと聞いた」

「五歳・・・五の歳だもんね。 辛かっただろうな・・・」

マツリが目だけを動かして紫揺を見る。

「その子、名前は?」

「杠(ゆずりは)」

「ユズリハ? 可愛い名前。 どんな字を書くの?」

マツリから字の説明を受ける。

「杠君か。 五の歳は辛かっただろうな。 何も分かってないんだもん。 私なんて十八の歳だもん。 もう何もかも分かってる歳だった・・・」

「もういい。 この話は終わりだ。 冷めてしまう、食べろ」

十八の歳から一人だったのか。
もう一度腕組をして木戸が閉められている窓の方に目を移した。

紫揺にしてみればマツリが何か偉そうに言えば、そういう態度が上からっていうのよ! と言うつもりだったが、五歳の少年の話を聞かされてしょぼくれてしまった。
匙を持つと残っていたおじやとおかずを黙々と食べた。

食べ終えた紫揺を見たマツリ。

「頼むから、東に戻るのは明々後日の次にしてくれ」

と言って茶を出す。 薬湯ではない。

と、その時、襖がパンと開けられた。
驚いた紫揺が右を、マツリが後ろを振り向くと四人が並んで手を着いている。

「紫さま、是非とも明々後日まではこちらにいらして下さいませ」

「わたくしたちは、紫さまのお世話をしとう御座います」

「今度いつ、紫さまとお会いできるかが分かりません」

「わたくしたちに、時を頂けませんでしょうか」

下げていた頭をより一層下げる。

「あ・・・」

呆気にとられる紫揺。
マツリの口角が上がった。



男三人で朝餉を終えた。
リツソはそのまま四方の従者三人に左右後方を固められ、宮の下働きの者たちに “御免なさい行脚“ に行くこととなった。 四方は少しでも仕事を進めると言ってそのまま執務室に向かった。

「お珍しい・・・」

澪引が朝餉を一緒にとらなかった。 そうであるのならば澪引のことが気にかかり澪引の様子を見に行く筈なのに。

一人残ったマツリが茶をすする。

紫揺のことはあの四人がシキのところから帰って来たように上手く進めてくれるはず。 その後もマツリから言わせれば、勝手に東に帰ることの無いよう見張ってくれているはず。
今日は昨日見た文官がどこの者か見に行くくらいしか出来ないか、と思いながら深夜の紫揺との話を思い出す。
北で初めて会った時と言われ気のせいだと言ったが・・・。

「あの時、怒髪しかけた。 どうしてだったか・・・」

・・・そうだ、あのあとにも同じことを考えたが分からなかった。

紫揺は九州から来たと言った。 それはどこにあるのかと訊いた。 紫揺はマツリに知らないところがあると言った。
それは今なら分かる。 あの時紫揺は九州とも言ったが日本とも言っていた。 あの時は北の領土と日本を繋ぐあんな洞があるとは知らなかったのだから。

紫揺がマツリのことを “アナタ” と言った。 マツリは名乗っていたのに。

リツソがマツリに突っかかってばかりしてきたからリツソを睨み据えた。 リツソが口を閉じると、お前はまだその程度だと言ったら、紫揺が黙りなさいと言った。 そして

『黙りなさい。 早い話うるさいって言ったのよ。 これだけ頑張ってるのに、そんな子になんてことを言うのよ。 アナタ・・・マツリって言ったっけ、アナタの弟でしょ!? これだけ頑張っている自分の弟をどうして認めないの!? リツソ君の兄上なんでしょ、頑張ってるリツソ君を馬鹿にするようなことをどうして言うの!』

「よくもまあ、細かに覚えているものだ・・・」

呆れたように己に感心する。

「それをアイツも覚えていたということか」

フッと息を吐くと、腹の底の疑問が一つ解決できたような気がする。 ほんの欠片だが。
丸の中に四角が入り、収まりの悪かった部分が収まるような感じがする。 四角かったものが角を丸くし、全体が丸い形をとったからなのだろう。
具体的にそれが何なのかは分からないが。

「・・・様?」

湯呑を両手で覆う。

「アイツの言いようじゃあ、かなりいい印象ではなかったみたいだが」

「・・・ツリ様?」

「まあ、そうだろうな」

その先を思い出す。
あの時は狼からの報告で紫揺に会う前からリツソが恋をしていたと気付いていた。

紫揺のことはシキにしか分からないと思った。 だから迷子と言っていた紫揺の四方への報告は、東の領土に出ていたシキが帰ってからで良いか、それまではリツソの好きなようにさせてやろうか、それとも協力してやってもいいか、などと一考していた。

本来なら領土以外の者がその領土に居るなどとあってはならない事。 すぐにどこからどうやって来たのか調べねばならない事だったのに。

「どうして俺はあの時あんなに悠長に構えてしまったんだ」

・・・それなのにどこかで苛立っていた。

「どうしてだ・・・」

「マツリ様?」

「え?」

隣りに立っている女官を見た。 手には茶を継ぎ足す器を持っている。

「如何されましたか?」

「え?」

「もう空の湯呑で御座います。 それをお持ちになって、何やらお独り言を・・・」

これが若い女官であればこんな風にマツリに話しかけるなどとは出来なかったであろうが、この女官はそこそこの歳嵩である。 マツリを小さな頃から見ている、こうして茶も入れていた、若い女官のように無用にマツリを怖れる理由など無かった。

「あ・・・」

頭の中で考えていたつもりだったが口に出していたのか。
湯呑を覗き込む。

(いつの間に飲んだんだ・・・)

食事を終わらせた後に長々と食事室に居たみたいだ。

食事室を後にしたマツリ。 朝餉の席で四方に言うことが出来なかった夕べ見たあの文官を確認に行こうとしたが、日頃文官たちの居る所に近づかない己がウロウロするのも不自然か、と回廊で足を止めた。
と、その時、門番が走って行くのが目の端に映った。

「なんだ?」

勾欄に手をかけその先を見ると四方の執務室か、文官たちの居る方向に走っていると分かった。

「なにかあったのか?」

何かあったかもしれないが、それに乗って文官たちの居る方に疑われることなく、己の足を向けられる。
門番の走る方に足を向けた。

右に左に曲がる回廊を走るマツリより、真っ直ぐに走ることの出来る門番がマツリより随分と早く目的地である四方の執務室についた。
そして末端に座る四方の従者を呼ぶと耳打ちをした。 従者から側付きに伝えられ、それが四方に伝えられる。

「なんだと!?」

「門番が言うには憤慨のご様子で・・・」

側付きが続いて伝えた。

門番を追っていたマツリだが、門番が四方の執務室方向に走って行ったのを見て、文官の居る所ではなかったのかと途中で足を止めた。

一方で四方が筆を置く。

「お迎えに上がられますか?」

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