大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第23回

2021年12月27日 22時12分54秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第20回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第23回



襖が開いた。

「おさすりが終わりまして御座います」

今度はちゃんと手を着いて頭を下げている。
考え込んでいた肩がビクッと上がった。

「あ、ああ」

マツリの反応がいつもと違うように見受けられる。

「マツリ様?」

「・・・ああ、一度視てみる」

立ち上がり開かれた襖の中に入る。
頭に手を添える。 ここからして随分と違う。 血流の良さを感じる。 顔を見ただけで頬に赤みがさしている、だからそれだけでも十分かとも思ったが、布団が腹まで下げられている。 一応、腕から腹の下までを視た。
手を添え終える。

「あのあと指はどうだった?」

「暫くはピクピクと。 ですがお背中をおさすりしている時には、もう動かされておられませんでした」

「両手か?」

「はい、こちらのお指も動かされておられました」

「他に変わった様子は?」

「特には・・・」

二人が目を合わす。

「そうか・・・明日の朝まで待たずともよいだろう」

「え?」

二人の目がマツリに向けられる。
閉められた襖の向こうで回廊側の襖の開く音がした。
マツリが立ち上がろうとした時

「わたくしたちよ」

コトリと何かを置く音とともに、世和歌と丹和歌の声がした。
立ち上がったマツリが襖を開ける。

「まぁ、マツリ様、そちらに居られたということは」

「紫さまのお指が動かれたの」

立っているマツリの下から顔を覗かせて紅香が言う。

「え?」

世和歌と丹和歌が部屋の中に雪崩れ込んできた。
否が応でもマツリが襖から弾き飛ばされる。
この四人は紫揺の事となるとマツリの事は眼中にないようだ。

「明日の朝まで待たなくてもよいだろうって、マツリ様が仰ったところよ」

「まぁ!」

座卓の上に膳が置かれている。 彩楓と紅香の夕餉を世和歌と丹和歌が持ってきたのだろう。

(良く付き合ってくれているものだ)

本人たちは紫揺に付けて喜んでいるようだが、それでも身体に無理があるだろう。
紫揺がリツソを目覚めさせている間もずっと作業部屋で見守っていた。 それどころか、煙を出すからと紫揺より先に作業部屋に入ったと聞いた。 睡眠をとるように言っても仮眠程度だ。 その状態で紫揺の身体をさするのも疲れが積もるだろう。

たぶん紫揺は明け方頃か、もしかすると夜中に目覚めるかもしれない。 おおよそ一日半眠っていたことになる。 そんな時分に厨はあいていない。

「薬草師に何か身体に良い茶でも頼むか」

そのついでに動きがあれば今晩だろう。

「キョウゲン」

声を掛けると、マツリが部屋を出て行った。



「澪引、そうヘソを曲げることは無かろう」

澪引が四方に背を向けている。
澪引の側付きも従者も、四方の従者ももう居ない。 それぞれ戻っている。 四方の側付きだけが回廊に座している。 その側付き、まだ顔色を悪くしている側付きが、外に漏れてくる声に何度か口元をほころばせていた。

「リツソが元気になったのだから、それで良かろう」

「わたくしからリツソを取り上げておいて、よくもそんなことを仰いますこと」

「いや、だからそれは、リツソを医者と薬草師に任せねばならんことだったから・・・」

「医者と薬草師が何をしていても、わたくしが横に居ても良かったのでは御座いませんか?」

「それは、その・・・」

完全に澪引がキレ、四方が尻に敷かれているようだった。
死法はどこへ行ったのやら。



「なんだって!」

手下(てか)が亀のように首を身体の中に入れるのではないかというくらい、首をすくめた。

「その、官吏がそう言っていたそうで・・・」

城家主の屋敷である。

リツソが見つかったのはこの日の午前中であった。 文官が宮内に来て仕事をしていた時である。 その後に刑部の前にリツソが出たが、リツソが見つかったことは宮内に知れ渡っていた。 地下に通じる官吏である文官もその話を耳にしていたが、仕事が終わるまでは地下に知らせることが出来なかった。

「くそっ!」

いつ武官が来るか分からない。 手下たちから見てこれからのことを考えているかのようにしてみせ、己一人だけで逃げる算段を頭に描く。
だがその算段が無用であることを手下が言う。

「官吏が言うに、あのチビは何も言わなかったそうで」

「あー?」

「珍しい蛇の話を聞いて、宮を出て左に曲がって真っ直ぐ行って右でくるっと回って、とか民に茶を貰ったとか、高い所から跳び下りて歩いた、などと言っていただけのようです」

「なんだそれ?」

「その、ですから、地下のこともこの屋敷の事も一切言っていないそうです」

城家主が頭に描いていた算段を止める。

「本領から武官もなにも来ないってーことか?」

「城家主の屋敷どころか、地下が関係していることさえも、あのチビは言っていないようです。 それだけが書かれていたと。 マヌケなことを刑部の前で言っただけのようで、間違いないと言ってました」

城家主が大きく息を吐いた。
人質は取り逃がしたようだが我が身に災いは起きないようだ。
だが

「くそ、あのチビ! そんな馬鹿がここから逃げ出したとはなっ!」

手下を一睨みする。

「お前ら分かってんだろーな」

「へ! へい! 地下牢からは絶対に同じようなことは・・・」



キョウゲンの背に乗っているマツリ。

「あの官吏だったか」

馬道を走り山を抜け、地下に通ずる洞に入って行った。 それは帖地(じょうち)ではなかった。
顔は知っているが、名もどんな仕事をしているかもマツリは知らない。  下位の文官であった。

「父上にお伺いするしかないか」

俤がどんな情報を手にしているのか、未だ手にしていないのかも分からない。 このまま地下に入りたいがリツソが見つかった今、地下に入っては何かを疑われるだけだ。
暗い空の下、キョウゲンが宮に戻って行った。

官吏を確認し終え回廊を歩いていると、厨の者がマツリの夕餉を運んでいるところだった。
マツリの座る前に膳を置くと「女たちのように上手くは出せませんが」 といって一つ頭を下げた。 給仕をすると言うことだ。

食事の時にはちゃんと誰かが付いているが、あまりに遅くなれば食事室に膳が置かれているだけである。 マツリがそれを望んだ。

その盆には少々の時ならば冷めない石が使われ、もちろん食器にもその石が使われており、布が被せられている。 厨の者が偶然にそれを食事室に運んできていたのだった。

「美味かった」

マツリが言う。 茶を淹れた厨の男がマツリの言葉を聞いて頭を下げる。
ふと、マツリが思い立った。

「悪いが」

厨の者が下げていた頭を僅かに上げた。



「ん・・・」

襖の向こうで僅かな声が聞こえた。 それは “最高か” でもなく “庭の世話か” の声音でもない。
マツリが腰を上げる。
止まり木にとまっているキョウゲンが何度か瞬きを繰り返してマツリを見送る。

襖を開けると、とうとうまいってしまったのか “最高か” と ”庭の世話か” が横になっていた。
マツリが四人から目を離し紫揺を見ると苦しそうに寝返りを打とうとしている。
紫揺の横に座る。

「紫、苦しいのか?」

紫揺が眉間にしわを入れる。

「紫、我の声が聞こえるか?」

紫揺の瞼がうっすらと開いた。

「紫・・・」

「・・・だ、れ」

何度も眉間に皺を寄せると身をよじった。

「紫!?」

「イッター!」

ここで「痛い」 と殊勝に言えば可愛げもあるものだが、イッターとはなんたるものか。

「どうした!?」

「こ、し・・・腰、が・・・」

「腰? さすってやる、じっとせい」

身をよじる紫揺の身体を左手で止め、右手で腰をさすってやる。
さすられている紫揺、腰から温かいものを感じる。
あの時、トウオウがしてくれたように。
じわじわと手当を感じる。

「トウオウさん・・・」

瞼の裏にあの時の事が思い返される。 何故だかじわりと涙が瞼の裏を支配する。

(トウオウ? 北の五色、白と赤の異(い)なる双眸を持つ者・・・)

二十分ほどさすっただろうか、紫揺がゆっくりと瞼を上げた。
目の前に映るのは青い・・・。

(これなに? どっかで見たことがあるような気がするけど)

そしてよくよく自分の身体を感じると、背中に手が当てられ横向きにされている。 そして揺れている。

「へ?」

「ああ、目覚めたか、腰はどうだ」

聞き覚えのある声が上から降ってきた。

「どうだ?」

紫揺の目にドアップのマツリの顔が飛び込んできた。

「え? え、え? マ! マツリぃー!?」

思わずマツリが支えていた左手を紫揺の背から外し口を押えた。
コロンと紫揺が仰向けに転がる。

「今は夜中だ、静かにせい」

そのまま後ろを振り向くと四人は熟睡しているのか、起きる様子はない。

「良いか、大きな声を出すでない。 分かったか」

コクリと頷く。 頷くしかない。 今の状況が全く分からないのだから。
そっとマツリが紫揺の口から手を離す。

「説明の前に、まず腰の痛みはどうだ」

紫揺が黒目だけを上に向けて自分の腰の具合を感じ取る。

「痛みは引いたか」

紫揺が頷く。

「他に具合の悪い所は無いか」

そう言われれば、頭が少し痛むが軽いものだ。
またもや紫揺が頷く。

「起き上がれるか」

ゆっくり体を横に向けて手を着いて上半身を起こす。 腰以外にはそんなに強張りを感じない。 だが関節に違和感がある。 肘を曲げ伸ばし手首を回す。 肘を曲げて肩を回すと首を回した。 ゴギっと鈍い音が鳴る。 腰を左右に捻じってこれまた二度いい音を鳴らす。
投げ出していた足を曲げ伸ばしし膝を動かす。 脹脛を持つと背中を丸くして腰を引っ張る。 筋肉が引っ張られ背中まで気持ちよさが伝わってくる。 そしてボキ。

(コイツは・・・女人のくせにボキボキと)

最後に左右の指を絡ませ掌を上に向けて伸びのようにして、指の骨をボキボキボキボキ。 今度は手を下して内側に指を折り込みボキボキボキ。

とうとうマツリの眉がしかめられた。

ルーティーンが終わったように紫揺がマツリを見ると、何故か渋い顔をしている。

寝起きにポキポキいわそうと何をしようともそれは紫揺の勝手と心に言いきかせ、吐きたい溜息を飲み込み口を開く。

「説明をするが、ここでは」

そう言って後ろを顔で示す。

「あ・・・」

「みな疲れておる。 寝かせてやりたい」

「夜なんだ」

さっき言ったはずだ、と言いたかったが喧嘩になっても困る。 それにあの時はまだ頭がはっきりと覚醒していなかったのだろう。

「立てるか」

まだ両足を前に出したままだ。 マツリを見ると青い衣装で片方の足で立膝をしていた。 動いた様子は無かったと思う。 立膝で座っていたのか。 その衣装が目に入ってきたのか。

ゆらりと身体を動かす。 そんなに筋肉のこわばりを感じない。 関節もさっき動かした。 ただ頭がはっきりとしない。 最初は痛いと思っていたが、今はどちらかと言えば、ぼぉーっとしているようだ。
よろめきながら立ち上がる。

「隣の房まで歩けるか」

いつの間にかマツリが紫揺の手を取っていた。 紫揺の右手をマツリの右手で。 いつ紫揺がふらついてもいいように、マツリの身体は半身を紫揺の後ろにつけている。
紫揺が一歩二歩と歩き出す。 時々、身体が揺れる。 頭がぼぉーっとしているせいだろう。 マツリが紫揺の左上腕に手を回す。

隣りの部屋の座卓の前に紫揺を座らせる。 座卓の上には布を被せた何かが置かれている。
襖を閉めたマツリが隣の部屋を背に紫揺の右隣りに座る。 少ししてことりと湯呑を紫揺の前に置いた。

「薬湯だ。 まずはこれを飲むよう」

ここには火の元になる物などない。 日本のようにポットもないはず。 それなのに “湯” とはどういう事だろう。 ぼぉーっとする頭で馬鹿なことを考えながら、きっと冷めてるな、と思って湯呑に手を伸ばすとほんのり温かい。
目をパチクリとさせる。

「この本領には色んな石がある。 少々の時なら冷めないようにする石もある」

マツリが薬湯を用意していたところを見ると、蓋つきの壺のような物があった。 あれがポット代わりなのか。 そう言えば茶を淹れてもらっている時にこのポットもどきから注がれていたように思う。

薬湯・・・きっと薬膳と同じで苦い筈。 飲みたくは無いが喉が渇いている。 他の物を出してくれと言っても、このマツリだ、まずはこれを飲めと言ったのだから出してはくれないだろう。

「緑色・・・」

緑茶の緑ではない、グロイ。 一言漏らすと口に入れた。 やはり苦い。

「おおよそ一日半眠りについておった。 それを全て飲むよう」

不貞腐れて上目遣いで見ると、一気に喉に流し込む。 眠っていた胃がビックリしたように起きたが踊りはしなかったようだ。 良かった。

マツリが被されていた布を取り払う。 その下には膳が用意されてあった。 それぞれの椀に蓋がしてある。 その蓋を一つづつ取りながらマツリが話す。

「腹が減っただろう。 冷めてきつつはあるが、厨の者に消化の良いものを作ってもらった。 これから説明をする食しながら聞くよう」

おいしそうな匂いが漂ってきた。 起き上がった胃が匂いに空腹を思い出したようだ。
全ての蓋が取られた。

添えられていた匙を手に取るとおじやをすくった。 頃よく温かい。 下に敷かれているお盆も、もしかしてこの容れ物も蓋も、冷めない石から出来ているのだろうか、などと考えながら咀嚼する。

さっきマツリは一日半寝ていたと言っていた。 それならば、おじやには薬草は入っていないが、それでも残りのおかずたちには薬草が入っているはず。
たとえ美味しそうな匂いだと言っても臭いになど誤魔化されない。 これは明らかに薬膳のはず。 東の領土ならば臭いからして薬膳と分かるが、この本領では薬膳の臭いを誤魔化しているようだ。

おじやを二口食べると、こんもりと山のような形をし、そこにアンがかけられている卵に匙を伸ばす。 卵と一緒に、何やら緑のものも入っているようだが、これは絶対に薬草のはず。 苦みを覚悟で口に入れたが、苦みなど無く優しい味がする。 これは薬草フェイントなのだろうか。

もう一口入れようと手を伸ばした時、ふと気づいた。 マツリは説明すると言っていた。 それなのにマツリの声が聞こえない。

耳、イカレたか?

横を見る。 肘を卓に置き両手の指を組み、その上に顎を乗せている。 そしてこっちを見ている。
目が合った。

「何ともないようだな」

声が聞こえた。 耳がイカレていたわけではなさそうだ。
目を元に戻す。 匙を卵の山に差し入れた。

「お前はリツソに添うてくれた。 覚えておるか?」

組んでいた指を解き、卓に腕を乗せながら言う。

卵の山のおかずが載った匙を口に入れたまま首を傾げる。 マツリに目は向けていない。

「紫の力を使ったことは?」

匙を口から引いて僅かに首を反対に傾ける。
なにがあった?
憶えていることを思い出さなくては。 目の前の膳に視線を落とす。

最後の記憶は・・・。 口の中のものを飲み込む。

そうだ、リツソだ。
リツソが弱弱しく自分の名を呼んだ。
ちがう、もう少し前。
だんだんとテープを巻き戻すように思い出してきた。 

昏睡状態と聞かされた。 今日の夕刻で丸三日になると。

リツソが煙の中に横たわっていた。 リツソの名を呼んだ。 目を開けてといっても目を開けてくれなかった。 自分の名を言っても開けてくれなかった。 一緒にお勉強しようといっても・・・。
そしてリツソの頭にどす黒い緑の塊が視えた。
手を添わせた。

「あ・・・」

ゆっくりと視線が上がる。

「思い出したか」

「リツソ君は!?」

「大きな声を出すのではない」

目で後ろの襖を示す。

「あ・・・」

「リツソなら、あの翌日の朝に目が覚めた。 もう体調も戻っておる」

ほっと一息つくように匙を置く。

「今回のリツソのことは紫のお蔭だ。 礼を言う」

卓に乗せていた腕を足に下した。
マツリが礼? 礼を言う? それも姿勢を正して? 紫揺が珍しいものでも見るかのようにマツリを見る。

「ゆっくりでよい、食べていくよう」

すぐにまた腕を卓の上に戻す。

マツリの声に、そーだそーだと胃が訴える。
仕方なく匙を手に持ちポテトサラダのような物をすくう。 色んな野菜が入っているのだろう、彩りが綺麗だ。 それに盛られているてっぺんにあるのは、食用の花びらだろうか、鮮やかなピンクの花びらが乗っている。
だがこれらの野菜も花びらも薬草なのだろうかと思うが・・・いや、きっと薬草フェイントのはずだ、きっとそうだ。 でなければ、そう思わなければ食べる気になれない。

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