大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第25回

2022年01月03日 21時50分06秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第20回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第25回



怒りの理由に心当たりがある。 澪引にも背を向けられている。 これ以上は御免被りたい。

「ああ」

書類のズンと乗った机の前で立ち上がった。

従者の一人に四方の自室に来るようにと迎える相手に伝言を言いつけ、他の従者たちを払い、側付きだけを見張り役に回廊に座らせた。
そして迎える相手が四方の自室にやって来た。 

開口一番。

「父上! どういうことですの!? どうして紫が宮に来ているのに、わたくしに知らせが御座いませんの!?」

四方の従者たちが居並んでいないのを見てシキも自分の従者たちを払っていた。 四方の側付きから離れて座っているのは昌耶だけである。

シキの後ろで波葉が申し訳なさげに頭を垂れている。
・・・やはりか。 そこから漏れたのか。 だがそれは仕方のないことである、分かっている。 だが考えただけで気が遠くなってくる。 心の中で溜息を吐いた四方が影を薄くする。

「色々、事情があってな」

「事情!? 波葉様もそう言っておられました! ですが本領の事情とわたくしと紫の間のことは違いましょう!」

「いや、まぁ。 まあ、落ち着け。 事情は説明する。 シキにも協力してもらった形になるのだから」

「紫がわたくしの所に来たということになっているというのは、波葉様から聞きましたわ! ですから門番にはそのように見せかけてきました。 ご安心くださいませっ」

ご安心とは・・・シキの気に入っている紫がシキの邸に行き、一緒に宮に帰って来ているという形をとってきたと言っているのだろう。 だがその門番がシキの怒りに気付いたというのに、どういう了見で言っているのであろうか。

「とにかく座ってくれ」

「義父上・・・申し訳ございません。 私の態度をおかしく思ったシキ様に問い詰められまして・・・」

「いや、気にするな。 いずれシキにも言わねばならんことだったのだから」

そう言って、リツソが攫われたことから始まって、リツソを助け出したのはいいがそのリツソの目が覚めない。

医者から聞いた方法の一つを試そうとマツリが紫揺を連れてくることを提案した。 だがこれは紫揺にそうと知られてはならない。 リツソの為に紫揺を東の領土から出すことなどあってはならない事、それは本領の矜持に関わること。 マツリがどんな手を使ったのかは知らないが、あくまでも紫揺自らがリツソの為にこの本領に来たと仕向けている。 ここはしっかりとシキに口止めをした。

そこで、どうして紫揺が来たのにシキの所に行ったように見せかけたのかは、宮帰りをしたいと言っていたシキに、攫われたリツソのことを知られては困るから。 だからシキお気に入りの紫揺をシキの邸に行かせ、宮帰りを防いだということにした。 そうすれば紫揺が来た理由を付けられるし、その方がリツソが宮に居ないと思わせることが出来るからだと告げた。

そして最後に紫揺が倒れたことを言った。

「え・・・紫が?」

ずっとふくれっ面で聞いていたシキが最初に言ったのはこの台詞だった。

「シキ、紫の事より己(おの)が弟の心配が先だろう」

リツソが意識を失っていたと言った時には黙っていたというのに。

「どこにおりますの?」

「今はマツリに見させておる」

どうしてそうなる、リツソより紫揺なのかと呆れたような顔を向ける。

「どこにおりますのと聞いて御座います!」

と、そこに外から声が掛かった。

「父上、マツリです」

四方の側付きが間に入ろうとしたのをマツリが止めた。 相変わらず顔色が悪い。
それに中にいるのがシキだけなら二度手間は要らない。

「入れ」

襖を開け入ってきたマツリを見たシキ。

「マツリ! 紫は?!」

「姉上、声をお静め下さい。 先ほどのお声が外まで聞こえておりました。 他の者に聞かれます。 訳あってまだまだ宮内では気を許せない状態に御座います」

そしてお帰りなさいませ、と丁寧に頭を下げた。 波葉にも挨拶をすることを忘れない。 義理とはいえ我が兄となったのだから。

「紫は一日半、目が覚めませんでしたが深夜に目が覚めました。 今は我の房におります。 姉上の従者だった者に見させておりますので、ご安心ください」

走り戻る門番を止めシキが来たことを聞いた。 そこで四方の部屋に来る前に自室に寄り、女たちにシキが来たことを伝えた。 話がどうなっているのかが分からないため、このまま部屋に居るようにと告げてきたのである。

「今シキに全部説明したところだ。 ある程度波葉から聞いていたようで、紫と共にシキの邸から帰って来たように見せたということだ」

もう紫揺は人前に出てもいいということだ。 もちろん “最高か” も。

「紫の身体のほどはどうなの?」

「まだ少し頭がはっきりとしない部分があるようですが、至って元気にしております」

「そう、良かった・・・」

ホッとしたように下を向くとすぐに四方に向き直った。

「父上」

「なんだ・・・」

威厳よく腕は組んでいるものの目が泳いでいる。

「どのような事情が御座いましたかは存じませんでした。 ですが紫のことをわたくしに知らせないというのは承服いたしかねます」

「だがシキはもう波葉の奥となった。 宮のことは二の次、第一に波葉の事であろう」

波葉が苦い顔をして頭を下げる。

「波葉様も一緒になって、わたくしに紫のことを知らせなかったのですものね」

波葉を見てからツンと横を見る。

「シキ様、それは・・・」

「言い訳は結構ですわ。 暫くはわたくしにお話をしかけないで下さいませ」

「・・・シキ様」

「シキ、それは考え直してくれ。 波葉に口止めをしたのはわしだ。 シキが宮に来るようなことがあれば、それを止めてくれと言ったのもわしだ」

「ええ、よくわかりました。 波葉様はわたくしより父上をとったということですわね。 よーく分かりましたわ」

「姉上、それではあまりに義兄上に立場が御座いません」

「マツリ、わたくしの房に紫を連れて来てちょうだいな」

マツリが四方を見る。 四方が溜息交じりに頷いた。

歩を出しかけたシキが、あ、と言って四方を振り返った。

「それで、リツソはどうなりましたの?」

「・・・元気にしておる」

やっとか、という諦めに近い目で答えた。

マツリが襖に手をかけようとした時、外から声が掛かった。

「お方様に御座います」

四方の側付きの声だ。

「・・・澪引?」

四方が口の中で言う。
それをチラッと横目で見たシキ。

「お入りくださいませ」

四方に代わってシキが応えた。
側付きによって襖が開けられるとそこに澪引が立っていた。

「シキ!」

「母上、ご挨拶が遅れ申し訳ございません」

「元気にしていた?」

「はい」

「婚姻の儀の疲れはない?」

「母上、随分と経っておりますわ」

笑みを零す。
相変わらず美しいと、マツリがシキを見ているが、それにしてもあの優しく物腰の柔らかかったシキの先程の言いようは初めて聞いた。 思わず波葉の味方に立ってしまったほどだ。
と、マツリが四方を見ると、どこか様子がおかしい。

「父上、如何なされました?」

「ああ、いや、なんでもない」

右手の拳を口に充てコホンと咳払いをしたのに、拳をそのまま口から離さないでいる。

「では・・・姉上、姉上のお房に連れておきます」

「あら、どなたかがご一緒なの?」

襖に伸ばした手がまたしても止まる。

「あー、それはだなー、その・・・」

慌てたように四方が言う。

「紫で御座いますわ」

「まあ! 紫も一緒に来たの?」

シキがジロリと四方に目をやる。

「それはだなー・・・」

「母上、紫は数日前から宮に居たそうです」

「え?」

すぐに四方を見る。

「四方様、いったいどういうことで御座いますか? わたくしはそのようなお話など聞いておりませんが?」

先ほどまでシキと話していた声音ではない。

「ああ、えっと、そうだ、なぁ・・・。 マツ・・・」

マツリと呼ぼうとした時に襖が閉められた。

「四方様っ」

波葉が四方にお気の毒にという視線を送った。
同病相哀れむ。

四方がマツリの名を呼ぶことは分かっていた。 呼ばれる前に部屋を出てきたということである。 リツソに何かあった時に呼ばれるのは致し方ないが、澪引との間のことは勘弁願いたい。

「朝餉のあとの父上のご様子がおかしかったのは、母上とのことがあったということか。 それにしても・・・」

あんな風に澪引が四方に言うのを初めて聞いたし、あの優しいシキが波葉に結構な言い方をしていた。
婚姻とは女が強くなるのだろうか。

ついこの間もそうだったが、四方はその声一つで何者をも脅かすのに、その四方が何を言っても、あの弱い澪引が背中を向けて話を聞こうともしなかった事を思い出す。
剛度夫婦にしてもそうだった。 剛度が何を言っていても結局は女房に言い切られていた。

「婚姻をした女人とはそういうものなのか?」

―――計り知れない。

百藻(ひゃくも)の祝いの席で訊いてみようか・・・。
自室の前で足を止めると「我だ」と言って襖を開けた。


シキの部屋では澪引とシキ、そして紫揺が椅子に座り丸い卓を囲って団欒をしている。 シキの部屋の前には何もかもを知っている “最高か” と “庭の世話か” と何も知らないシキの側付きの昌耶と澪引の側付きが座し他の者は払われている。

久しぶりに宮に帰ってきたシキの従者たちが宮に残った元シキの従者たちとこちらも色んな話に興じている。

シキの部屋では先ほどの四方の部屋で見せていたものとは全く異なる空気が色を染めていた。

「それではリツソを救ってくれたのは紫なの?」

澪引が紫揺に問う。

「いえ、救っただなんて。 そんな大袈裟なことじゃありません」

「紫、力の使い方を分かってきたっていうことなのね?」

「少しずつですけど。 シキ様が教えて下さったから。 あの、とてもあの時のお話はお勉強になりました。 有難うございます」

ペコリンと頭を下げる。
ペコリン止まりにしておかないと、いつ異音を発するか分からないからだ。 これは何回もやってしまっていて勉強済みである。
だがそんなこととは知らず、そのペコリンが気に入った澪引とシキが笑む。

「でも、その、言われました」

さすがの紫揺も澪引やシキの前でマツリと呼び捨てにすることは憚られる。 怒り心頭の時にはシキと四方の前で散々言ってはいたが。

「あら、マツリかしら? なんて?」

マツリの部屋に居たのだからマツリだろう、と憶測してシキが問う。

「紫の力の限界を越したって、以降、限界を超えるような使い方をするんじゃないって、己の力を分かっていくようにって」

「ええ、それはそうね。 それで紫が倒れてしまっては困るわ。 それにそんなことを何度も繰り返すと紫の身体がどうにかなってしまうかもしれないわ。 マツリの言ったことをよく覚えておいてね」

紫揺の膝の上に置かれていた手にシキがそっと上から手を重ねた。
紫揺の身体を案じてくれているのだ。 紫揺が微笑み返す。

「でも今回のことは、紫がリツソのことを想ってしてくれたこと。 紫が力の限界を超えてまでリツソのことを想ってくれているなんて、わたくし・・・」

澪引の目が潤む。

いや、誤解をされては困る。 ここはしっかりと言っておかねば。

「あ、澪引様。 あの、あの時申し上げたように、あくまでもリツソ君のことは弟みたいに思っているだけですから」

「え? あの時って?」

「あ・・・。 その、シキ様の二日間の婚礼の儀が終わった後です。 澪引さまとお話をして」

話を大きくしたくないが説明するしかない。

「あら、わたくしだけのけ者でしたの?」

「そんなことはないです」

ブンブンと頭を振る。
婚礼の儀がまだあと三日続くというのに、のけ者も何もあったものではない。

「紫がね、あと一の年リツソを待ってくれるそうなの」

「まあ!」

「あの! シキ様誤解なく」

シキを見て言うと、シキと澪引を交互に見ながら続けて言う。

「あくまでも私はリツソ君のことを弟のようにとしか見てません。 ですが澪引様のお話から、それではあと一の年待って、その時にリツソ君が頼れるようになっていたら、そこから考えると申し上げただけです」

シキがその柳眉な眉頭を寄せた。

「シキ様?」

「紫、それは・・・不可能というものだわ。 分かって言っているのね?」

「あ・・・」

「シキ、何を言うの? そんなことは無いわ。 これからリツソに鍛練をさせれば紫もリツソを認めるはずよ」

「母上・・・。 残念ですけれど母上が思われる鍛練後のリツソは、他の者が思う頼れる者になっては御座いませんわ」

紫揺が心の中でシキに拍手を送った。

「まあ、シキ、なんてことを」

「わたくしも最初に紫に話した時、これからリツソは変わるでしょうと思っておりました。 ええ、母上もわたくしも」

「ええ、そうよ。 リツソはこの一の年程で立派になってきたわ。 随分と変わりました」

「母上・・・わたくしからはそう思えません」

「そんなことは無いわ」

「母上、リツソは可愛いですわ。 玩具のように可愛いですわ。 リツソが涙すれば拭ってあげたい。 いつまでも守ってあげたいと思います。 ですが、そう思わせるリツソはまだまだ童ということです。
そのリツソが一の年以内に、女人が頼れるような者になれると思われますか? 今回のことにしてもそうです。 宮の者であるのにもかかわらず供も付けず宮の外に出て攫われたのです。 いつでもどこかで誰かに守られていると思っているから、そういう軽挙に出たのでしょう。 勉学もそうですが、まだまだ深く考えるということが出来ておりません。 それを一の年以内だなんて」

シキが首を振る。

「ではシキは紫が義妹にならなくていいというの?」

「それとこれとはお話が違いますわ」

どこが違うんだ、と突っ込みたい紫揺ではあるが簡単に突っ込める相手ではない。

「わたくしは嫌よ。 義娘は紫でないと」

「あの・・・」

「なにかしら?」

シキと澪引が目を輝かせて紫揺を見る。
うっと、一瞬ひいてしまった。

「リツソ君のことはさて置き、その、はっきり言って、私は東の領土の五色の紫です。 東の領土を出るつもりはありませんから・・・その・・・」

「安心して。 紫が本領に来ると決まれば、東の領土には新しく五色を送るわ」

澪引もうんうんと頷いている。 それを受けて紫揺が言う。

「東の領土はずっと五色が居ませんでした。 本領からも新しい五色を迎えるようにと言われたそうですが、東の領土はそれを受け入れず紫を待ちました。 ですから・・・」

偉そうなことを最後まで言い切る力は持ち合わせていなかった。

「紫、その事は充分に分かっているわ」

シキが言うが、澪引は首を傾げる。
澪引は各領土のことを知る権利も義務もない。 四方の奥、この宮のお方様としてだけの存在である。 領土のゴタゴタのことなど知る由もない。
だがシキは紫の居ない間の東の領土の民の悲しみを知っている。

「東の領土が紫を失った悲しみ。 新しい五色を受け入れないとした決断。 紫を待ち続ける心。 わたくしは何年も全て視てきました。 だからこそ、東の民は紫の幸せを心から願っているのではないかしら」

意味が分からず紫揺がコキンと首を傾げる。 まだはっきりしない所が残っている脳みそがグワァ~ンと響いた。

「まぁ!」 「きゃ!」 と、紫揺のその仕草に澪引とシキが喜ぶ。
シマッタと思い、グワァ~ンとなっている脳みそを揺らさないように、ゆっくりと首を元に戻すが、それも珍しいのか二人が喜ぶ。
何か言わなければシキと澪引の視線が痛い。

「私の幸せは、東の民が喜ぶことです」

「まぁ、五色の鑑のようなお返事だわ。 東の領土の民も喜ぶでしょう」

「ですから・・・」

「ええ、だから紫には頼りになる、マツリの奥になってほしいの」

「は?」

紫揺の世界が止まった。

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