大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第131回

2023年01月06日 20時29分23秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第130回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第131回



「はぁ~」

座卓に顎を乗せて何度目かの溜息を吐いた。

「また溜息ですか。 そんなに辺境に行く理由がなくなったのが寂しいんですか」

殆ど呆れたように塔弥が言う。
紫揺の紫としての力で木々と話が出来た。 そのお蔭で辺境に行く必要が無くなったというわけである。

ちなみに此之葉はここのところ自分の部屋に籠っていることが多い。 今代 “紫さまの書” に次々と書き足したいのだが、何をどう書いていいのかが分からなくなってきていた。
此之葉には理解できない紫としての力のこともある上に、紫揺から歴代紫が行っていない辺境まで足を延ばしていたと聞いてそれが何処なのか阿秀に説明してもらうが、行ったことのない此之葉には想像だに出来ないのである。
よって、此之葉が部屋に籠るとこうして塔弥がやって来ている。 今日は朝餉の時に話していたことを書き留めたいと此之葉が家に戻ってしまっていた。

「違う。 そうじゃなくて、紫の力って底が知れないなって。 考えても考えても自分が出来たことが不思議でなんないんだもん」

木々と話が出来ただけではない。 花を咲かせることも、身体の具合を視て治せることも、自分の傷を治せることも。
コトリと、目の前に湯呑が置かれた。 湯気がほんのりたゆたっている。

「俺には分かりませんが、此之葉が言うには独唱様もかなり驚かれておいでだったと」

「そりゃそうでしょうね、木と話せるなんて。 塔弥さん達には聞こえなかったの?」

「聞こえるわけないでしょ」

けんもほろろに言われてしまった。

「で? 今日もお出掛けにならないんですか?」

昨日はべったりと領主の家にいた。 デレデレした顔をして。 今日もそうするつもりなのだろうか。

「寒いの苦手・・・」

塔弥が横目で見る。

「分かってます、分かってます。 寒くてもみんな働いています」

いただきます、と言って湯呑を手に取りコクリと一口飲む。

「最近どこに行ってなかったかなぁ・・・」

「蚕はどうですか?」

「こんな寒い時に有り得ないでしょ。 ってか、絶対嫌味で言ってるでしょ」

始めて行った時に逃げ出したのだから。 あの形体は日本に居る時から受け付けられなかった。 身体全身に毛が生えているバージョンのものも。

「うわっ、トリハダ・・・」

思い出しただけで駄目である。

「っとにもう、五色様たる方が蚕を見て逃げ出すなんて」

前代未聞です、と続けて言われた。 今日の塔弥は些細なことでも言いたいことを言ってくれる。

「生理的に無理なんだってば」

塔弥だけではなく、紫揺もかなり塔弥に対して言葉が崩れてきているが。

「冬野菜の収穫を見にいきますか? あ、今日はもう終わってるか」

質問をしておいて一人で完結している。 それにさっきのことと言い、どこかおかしい。

「もしかして、葉月ちゃんと喧嘩でもした?」

「・・・」

塔弥が止まった。
図星だったらしい。

「仲、取り持とうか?」

「結構です」

「いや、葉月ちゃんとの喧嘩でこっちまで火の粉被るの嫌だし」

「火の粉なんて飛ばしていません」

自覚がないようだ。

「今日はどこに行かれますかっ」

飛ばしまくりだし・・・言いかけたが思うだけで心に留めておいた。

「織物の郷・・・どれくらいかかったっけ?」

あまり長くここを空けたくない。 徒歩なら往復だけで時間がかかる。 馬で行く距離で近場と言えばここが無難な所だろう。

「音夜(おとよ)のことを考えてますね」

「あは、バレた?」

「毎日毎日足を運んでるんですから分かります」

音夜、無事に生まれた秋我と耶緒の子。 後継ぎと考えると残念ながら女の子であったが、それはそれは可愛い赤ちゃんであった。

「ホンットに、紫さまといい葉月といい」

秋我から葉月も音夜にベタベタだと聞いている。
そういうことか。 塔弥はやきもちを妬いているのか。 赤ちゃん相手にやきもち妬くか? これは仲を取り持つなどと言う話ではないな。

「んじゃ、サッサと結婚して葉月ちゃんに塔弥さんの赤ちゃんを産んでもらえばいいのに」

“結婚” も “赤ちゃん” も何度か紫揺から聞いていてその意味は分かっている。
塔弥が顔を真っ赤にした。 そして口をあえあえさせてからやっと声が出たようだ。

「だっ! 誰もそんな話はしておりませんっ!」

「はいはい、分かりました。 んじゃ今日は織物の郷に行きます」

「では、準備をしてまいります」

まだ顔を赤くしている塔弥である。

「着替えたらお転婆のことは自分でしますから」

塔弥が一礼をして部屋を出て行った。 これからお付きたちがドタバタと準備を始めるのだろう。

「シキ様も、もうお産みになってるはずなんだけどなぁ」

年は明けていた。 紫揺が最後にシキに会いに行った時点で八カ月だと聞いていた。 耶緒の方が少し早いくらいでそんなに変わらない。 音夜はもう生後二か月になっている。 いくらなんでももう産まれているはず。
本領に行ってシキに会って四か月は経っている。

「マツリとはどれだけ会ってないっけ・・・」

シキと会った時にはマツリはいなかった。

「杠・・・また逢えるって言ってたのに、居なかったし」

澪引の話しでは杠の方が早く宮都を出ていたということだった。 独り言を言いながら着替えを始めた。


東の領土の短い冬が終わり、ボォーっとしてさえいなければ寒さを感じない程である。
今年の三月の満月は月初めにあった。 三月の満月は東の領土の祭である。
既に櫓が建てられていて民の足も浮足立っている。

「去年の服・・・衣でいいって言ったのに」

祭用の服が新調されている。

「紫さまにはもう少し我儘を言って欲しいようです」

新調された服を広げながら此之葉が言う。

「身体つきが変わったわけじゃないんだから、もったいないだけなんだし」

「民が新しい衣を着られた紫さまを見たいんです。 どうですか? お気に召されましたか?」

基本の形は変わらない。 色合わせが変わるくらいである。 今年は柔らかく薄い空色が基本となっている。

「綺麗な色」

「はい、慎重に色を染めておりました」

こんな話を聞くと、つくづく寒いからと言って出かけるのをサボってはいけないと思う。
でも時々考える。 自分には他にすることはないのだろうかと。
紫揺があちこちをまわるのは “紫さまの書” で見た歴代の紫がそうしてきたからなのだが、紫揺ほど回っていた歴代はいない。 ただ、紫揺の場合はスタートが誰よりも遅い。 先(せん)の紫である紫揺の祖母などは、いくつにもならない時から領土を回っていた。 十年しかこの領土にはいられなかったが。

「ね、此之葉さん」

「はい」

「民は紫にどうして欲しいんでしょうか」

「どうして欲しい? ですか?」

「えっと、他の言い方をするなら、何を望んでるんでしょうか」

「紫さまにお幸せになって頂きたい、ただそれだけです。 そして紫さまのお幸せが民の幸せに繋がります」

「もし私に五色の力が無かったら?」

「お力が無ければ紫さまと言うお名は付けられませんでしたが、そうであっても、紫さまの血をお引きになっておられることは確かです。 お力があっても無くても、紫さまのお幸せを願い、お力が無いのであれば紫さまのお力になります。 それが民の幸せです」

そして、覚えていらっしゃいますか? と訊いてきた。
紫揺が初めてこの領土に来た時のことを。 民がどれ程喜んだかを。 あの時、領主は民に『紫さまが見つかった』と聞かせた。 だが民たちは五色の力を持つ紫が見つかった、と深く理解したわけではなかった。 紫の血を繋いでいる者が見つかったと理解していた。 と話し出した。

「紫さまは紫さまで御座います。 この東の領土の民の心のより所なのです」

初代紫の声を思い出す。 初代紫がここまで紫という立場を築いたんだろう。 自分とは雲泥の差だ。
自分は何をしていいのかも分かっていない。 何をすべきなのかも分かっていない。

「何をお考えですか? 今の紫さまを民は喜んでおります。 迷うことなど何もありませんのに」

「うーん・・・。 このままでいいのかなって。 他に私にできることはないのかなって、しなくちゃいけないことはないのかなって。 こうやって衣を作ってもらったり、食べさせてもらうばっかりだし」

「だからと言って、もう鍬を持って畑を耕そうとしないで下さいませね。 民が卒倒いたします」

短い冬が終わって冬野菜の収穫が終わった畑にやってきた紫揺。 民がこれから土をつくり直すのだというのを聞くと「手伝います!」と言って近くにあった鍬を持って振りかぶろうとしたのをお付きたちが慌てて止めたのであった。
近くにいた民は驚きに尻もちをつく者から、固まって動けなくなった者がいたと、あとになって阿秀から聞いた。

「紫さまは紫さまの思うようにされてよろしいんです。 あ、あくまでも、お付きたちや民が困ることのないことで、ということですが」

一瞬頭の端っこで喜んだが念を押されてしまった。

「じゃ、私が家に引きこもってもいいんですか?」

「はい。 それが紫さまのなさりたいことでしたら」

「お祭に出なくても?」

「はい」

一瞬あらぬ方を見て此之葉をもう一度見る。

「それが出来ないって分かってて言ってますよね?」

此之葉が返事の代わりにニコリと微笑む。 それが紫なのだから。 民の為にいようとするのが紫なのだから。

「此之葉さん・・・阿秀さんに似てきてません?」

「そ、その様なことは御座いません」

どうして顔を赤らめて言うのか。

「あれ? もしかして・・・チューしました?」

“ちゅー” のことは葉月から聞いている。 出来るだけ紫揺の言葉が分かるようにと、分からなかった言葉は葉月に訊いていたが “ちゅー” は葉月から先に聞かされた。
『此之葉ちゃん、紫さまがチューって言われたら、それは接吻のことだからね』 と。

「しっ! しておりませんっ!」

「なんか・・・塔弥さんにも似てきてるけど。 ・・・ふーん、此之葉さん、秘密を持つんだぁ」

「ひ、秘密などと」

「なんか悲しいなぁ。 此之葉さんに起きたことを教えてもらえないんだぁ・・・」

「あ・・・決してそのようなことは・・・」

「うん、いいんです。 誰にだって秘密ってあるし。 ・・・此之葉さんと私の間に秘密があってもおかしくないし。 ふーん・・・」

完全に話せと言っている。 チューをしただろと言っている。

此之葉にしてみれば、未だに紫揺の憂いのことを紫揺から話してもらえていない。 紫揺を見ている限りはすでにその憂いは取れたようだが。
此之葉が長い息を吐いた。

「阿秀が・・・」

「はい!」

元気すぎる・・・。
目を輝かせて座卓に身を乗り出してきた。

「紫さまがどなたかと婚姻・・・結婚をされたら私たちもしようと」

婚姻とは言わない、日本では結婚と言う。 それを思い出した。

「は!?」

チューの話しではないのか? それにどうして阿秀と此之葉の結婚の時期に自分がかかわるのか?

「塔弥にもそのように言ったそうです」

「はい?」

「もちろん、塔弥は言われずともでしたが・・・葉月が」

「え?」

「塔弥に怒ったそうなんです」

それはそうだろう。 自分たちの結婚が他の人間が結婚をするかどうかにかかわるなどと関係のないこと。 特にあの葉月だ。

「私は・・・その、阿秀から・・・接、吻を・・・」

「うぁ?」

話の筋が分からない。 思わず言葉にならない声が出てしまった。
此之葉が頬を赤く染めて続けて話す。

「葉月は・・・その、塔弥から・・・何も、いえ、何もではないのですが、一番欲しい言葉を言ってもらえていないそうです」

一番欲しい言葉。
それは人それぞれに違うだろう。
だがチューは大切なのではないであろうか。
チューの詳しいことは、種類があることは葉月に教えてもらった。 しっかりと覚えている。
此之葉が言うに、阿秀は此之葉にチューをした。 阿秀が言葉足らずということはないだろう。 その上でチューをした。
だが此之葉から聞く限り、あの言葉足らずの塔弥は葉月の一番欲しい言葉も言って無ければ、実力行使もしていないようだ。

「葉月は塔弥を諦めかけています」

「はい!?」

「ですが、塔弥への想いは冷めることはありません。 その方向を変えたようです」

「もしかして・・・音夜ちゃんに?」

「はい」

サイアクだ、サイアクだ。
紫揺が天を仰いだ。
元の元は自分だろう。 だがそれはそれ。 葉月の方向性を元に戻さなくては。 その為には塔弥を・・・あの頭の固い塔弥をどうにかしなければいけない。

「えっと・・・元凶は私ですよね」

「決してそのようなことは」

ありません! という顔をして此之葉が言う。
此之葉は阿秀に包まれているのだろう。
葉月の言っていた通りだ。 この東の領土では日本のように簡単にチューをしないようだ。 だが阿秀ならチューをするのだろう。 おまけで梁湶も。
とは言っても、阿秀も梁湶もそう簡単にはしないであろう。 押さえ所を知っているのであろう。
塔弥は押さえ所を知らない。 葉月も分かっているだろうが、塔弥は余りにも口下手すぎる。

(私には結構言いたい放題なのに・・・)

あれ? と思った。
葉月はそこまで馬鹿じゃない。 もしかして葉月は計算をしているのではなかろうか。 塔弥を振り向かせるための計算を。
やきもちを妬かせる計算を。

それはイヤラシイことではない。 日本に居たならば、それは浅ましく思えるかもしれないが、それでもそれが成り立つ日本だ。
紫が結婚しなければそのお付きが先に結婚などすることはない、と考える純粋な想いが此処にはある。
葉月は塔弥と違って日本の考え方を知っている。 結婚にまで行かずともその前のアレヤコレヤに、葉月がこういう手に出ても全然イヤラしくはない。 
アッケラカンとした葉月だ。 だがそう思うのは紫揺だけだろうか。

「葉月ちゃんのことはご心配なく」

葉月の味方をしよう。 塔弥の情報をどんどん流そう。

「え?」

「そっかー、阿秀さん、チューしたんだ」

此之葉が耳まで真っ赤にして下を向いた。

「私を待たなくていいですよ。 私を待っていたら結婚出来ないかもしれませんから」

「え?」

思わず此之葉が顔を上げると、紫揺が苦笑を作っている。

「って、血は残さなくちゃいけないんですよね」

「・・・紫さま」

何かを吹っ切るように紫揺が言った。
杠から色んな話を聞いた。 実感として湧かないが、杠が教えてくれたその人ではなく、その人の次、二番目の人と結婚する。 一番目は・・・許されないから。

「このお祭でいい人が見つかればいいかな」

紫揺が宙に目をやる。
その先に、目先にある人物が浮かんだ。 だがその人物は許したくない。 許すと言ったが・・・。 まぁ、もうその事はいいけど。 殴ったんだし。
どうしてその人物が目先に映ったのだろうか。

(杠・・・教えて)

『マツリを信じて? そして紫は誰を想っているのかに心を寄せてもらえる?』
『紫の心に誰かが居るはずよ』

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