大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第132回

2023年01月13日 20時41分17秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第130回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第132回



満月を迎え東の領土の祭が行われた。
祭が行われる前にマツリが東の領土に入り、あちこちを飛び回ったようだ。 お疲れさんはキョウゲンである。

出された椅子に腰かけ祭の様子を見ているマツリ。 耶緒がマツリに茶を出すと音夜が生まれた事への言祝ぎを言った。

「有難うございます」

「見ておらなくてもよいのか?」

音夜はまだ外には出していないらしく、見ることは叶わなかった。

「女が見てくれておりますので」

そうか、と言うと、マツリが見てきた耶緒のいた辺境の話を聞かせた。

「飛んでおっただけなのでな、父御や母御の話は出来んが辺境でも祭を楽しんでおった」

と話し始めて、ある程度の様子を聞かせた。 マツリの気遣いと辺境の様子に耶緒が目頭を熱くしていた。
その後には耶緒と秋我の子供である音夜の話しや、秋我から問われ、シキが産んだ子の話、元気な男の子と聞いたとしか答えられない状態だったが、それでも耶緒も秋我もよく知っているシキのことである、我が事のように喜んでいた。

「この年、紫は二十四の歳になるか」

「はい。 お誕生を迎えられるのは今の月ではありますが、来の月に祝いの祭をいたします」

返事がない。
領主がマツリを見る。 そのマツリは見るともなしに、目の先で行われている祭の様子を見ながら半眼になっている。

「マツリ様?」

領主に名を呼ばれて我に返る。

「ああ・・・」

「如何なされました?」

マツリが来ていることを紫揺は知っているはずだ。 それなのに紫揺が姿を現さない。

「紫はどうしておる」

「毎日、民に寄り添って下さっています。 今は櫓(やぐら)を囲う中におられるかと」

日本的に言えば櫓を中心にして盆踊りのように輪が出来ている。

「そうか」

避けられているのか。
だがそれを認める気はない。
マツリが腰を上げた。

「良い祭だ。 東の領土は安泰であろう」

目の先に映る民の誰もが目を輝かせている。 辺境を見に行ったが、辺境は辺境なりに小さくとも祭を楽しんで行っていた。
領主が心の中でそっと安堵の息を吐く。
マツリは何を咎めることもなかった。 秋我から聞かされていた紫揺が本領の誰かを殴ったという話は無かった事にしてくれたのだろう。 それとも取り越し苦労でそんなことはなかったのかもしれない。
明日から・・・いや、今日からやっと安眠出来る。

「紫に言伝を頼む」

「はい」

マツリが来たというのに姿を見せない紫揺。 それは五色としてどうかと思うが、喧嘩をされたくないし、ついさっきまでの心配事もあった。 紫揺が殴ったのはマツリかもしれないと思っていたのだから。

「紫の誕生の祝いは次の満の月だな?」

この月に紫揺は誕生日を迎えるが東の領土の祭と被ってしまう。 よって、一月遅れになってしまうが四月に紫揺の誕生祝の祭がある。 そして東の領土の祭は満月の日に行われる。

「その時まで待つと伝えてくれ」

「はい? 何をでしょうか?」

「紫は知っておる。 次の満の月に来る」

席を立ったマツリがキョウゲンの背に乗ると見送った領主と秋我が目を合わせる。

「もしや・・・」

顔色を変えた領主の代わりに秋我が言う。

「紫さまが殴られたのはマツリ様で紫さまがまだ謝っておられない・・・?」

「それを紫さまの誕生の祝いまで待つとマツリ様が・・・?」

「お誕生の祭の時に、いや、それまでに紫さまが謝られなければ・・・」

マツリから言われる前に言っておけばよかった。 紫揺から謝らせておけばよかった。

「胃・・・胃の腑が・・・」

キリキリと痛む。
腹を押さえながら前屈みになっていく。

「と! 父さん!」


「紫さま、踊りがお上手で」

「そんなことないです。 めちゃくちゃです」

(マツリ・・・帰った)

満月の空にキョウゲンの影が映っていた。

『マツリは東の領土から紫を取り上げたりしないはずよ』
“はず” シキが紫揺に言ったことだ。 シキが適当なことを言う人ではないのは分かっている。 だが・・・。
『東の領土の紫はただ一人。 東の領土の民が言っていることにマツリが耳を寄せないはずはないわ。 それに紫の気持ちを一番に考えているはずよ』

(私の気持ちをマツリが考えている? それも一番に?)

紫揺が首を振る。

(ないし。 それに不可能だし)

犬が西を向けば東に尾が向く。 この時の西は本領。 そして尾が向くのは東の領土。

(あ、いや、何を考えてるんだろ。 そんな話じゃない)

紫揺がマツリの奥になれば東の領土に背を向けることになる、でもそんな話じゃない。
それ以前の話。

(・・・ あーーー! ムカツク。 せっかくのお祭なのになんでこんなこと考えなくちゃいけないのよ!)

「紫さま?」

「はい?」

「あの・・・拳は危のうございます」

「え・・・」

何時からなのだろう。 握り締めた手を突き出していた。
拳も危険だが手刀でなくて良かった・・・。 と思った紫揺は間違っているのだろうか。
そう思った時、声が聞こえたような気がした。
『お前の手刀など簡単に受けられるわ』 と。

「くっそ! お前言うな!」

紫揺がバタバタと浮かんだ声に今度こそ手刀を繰り出す。

「む、紫さま!!」

慌ててやって来たお付きたちに取り押さえられた紫揺であった。
その取り押さえた中の一人、悠蓮が咄嗟に振り返った。 此之葉が阿秀と話していてこちらを見ていない。
他の取り押さえたお付きたちも振り返り、此之葉の姿を見てほっと息を吐いた。 この報告は見ていなかった此之葉にはしない。 “紫さまの書” に書かれたくない。
“紫さまご乱心” などと。



「お疲れ様で御座いました」

マツリの部屋に杠が姿を現した。 その手には盆を乗せている。
盆に乗っていた茶器から茶を淹れると湯呑をマツリの前に置く。
東の領土から宮に戻ってきたマツリ。 杠から話を聞くと公舎に走り、やっと戻ってきたところだ。

「四方様は?」

「まだ公舎におられる」

「そうで御座いますか・・・」

杠が何を考えているのか分かる。

「杠のせいではない。 もちろん父上のせいでもない」

杠が己を責めるということは四方を責めていることにも繋がってしまう、とも付け足して。
杠が小さく頷くのを見て前に出されていた茶を口に含む。
静かな時が流れた。

「紫とは会えなかった。 相当嫌われておるらしい」

「そんなことは御座いませんでしょう」

マツリが両の眉を上げると話を元に戻す。

「長くかかり過ぎた。 頭の硬い奴らだ」

東の領土に飛ぶ前に、宮都で下三十都と秀亜群であったことの咎の言い渡しがギリギリに終わったのであった。
宮都内のことであれば大きくない以上は朝議などにかけられないが、今回は宮都外であり辺境と都の二つを跨いでいる。
証人を宮都に連れて来て刑部で証言をさせてから、下三十都都司に令状を書くという段取りで進めると朝議で決まりかけたが、マツリがそれに異を唱えた。

『そんな猶予は御座いませんでしょう。 その間に都司がなにやら策を講じてはどうするおつもりか』

一度は刑部に呼ばれたのだ。 逃走を謀ろうとしていてもおかしくはない。

『マツリ様、杠の言うことを疑っているわけでは御座いません。 ですが刑部の立場というものも御座いましょう。 令状を書けと言われただけで書かなくてはならないとは、面目は丸つぶれで御座います』

『ええ、それにそれは越権行為にもあたりましょう』

次々と反対意見を出されてマツリの意見が通らなかったのだった。

「まぁ、無事に済んだことですから、良かったということで」

「都司は逃亡を謀ろうとしていたというではないか」

マツリが口を歪めて言うが、それより気になることを訊いておきたい。

「巴央はどうだった?」

あの時、あの一室での会話、己の受け答えで巴央は納得したのか、と訊いている。
巴央を杠の下に置くと考えたのはマツリだ。 巴央だけではないが、その中で巴央は灰汁が強過ぎる。

「マツリ様のご判断に納得したようです」

「杠には」

「まぁ、少々、でしょうか」

苦笑して応えると、マツリがフッと息を吐いた。

「まぁ、まだまだこれからとは思うが、アレは・・・巴央は真っ直ぐに生きておる。 真っ直ぐ過ぎるくらいに」

「はい。 ・・・分かっております」 

マツリの言いたいことは。 巴央を見ていればわかる。

「頼めるか?」

「充分に」

余裕で御座いますと、顔で応える。
このまま会話が続くはずだった、それなのに二人の会話が途切れた。 四方と朱禅のことがあったからだ。

「明日、六都に戻るか」

「・・・はい」



日は遡って、もう陽もとっぷりと暮れた頃、六都を出て宮に戻ったマツリと杠はすぐに四方を前に事の子細を話した。

「あのことが・・・」

秀亜郡司、基調(きちょう)からの書簡を受け取ったのは四方である。 たしかに早馬や武官文官を走らせたり、下三十都都司を宮都に呼んだりはした。
だがそこで終ってはいけなかったのか。 ・・・朱禅を巻き込んでしまったのか。

「父上、これは杠が居てこそ分かったことで御座います。 我も杠がおらねば分からなかった事」

四方のせいではないとマツリが言っている。

「偶然の駒から出たもので御座います」

マツリが何を言いたいかは分かっている。 マツリの言葉に杠がなおも添えた。 だがそれは真実。 絨礼と芯直が井戸端を聞いて報告をしてきたのが発端なのだから。
四方が腕を組む。 後悔していても始まらない、何の解決にもならない。 これからのことに目を向けなければならない。

「明日の朝議、マツリは勿論の事、杠も出るよう」

「はい」

「朱禅をおさえていた方が宜しいでしょうか」

「要らぬ。 逃げも隠れもせん」

翌日の朝議を終え、事はすぐに動いた。 この朝議でマツリが異を唱えたのだが、マツリ曰くの頭の硬い奴らに反対をされてしまったのだった。
宮都の武官が大勢六都にいる。 六都まで早馬を走らせ六都にいる数名の武官を下三十都に走らせた。 まずは証人の保護である。 保護をするとそのまま武官に守られ証人が宮都入った。
同時に同じく六都にいた武官数人が秀亜群にも走っていた。

証人の話を聞いた宮都の刑部が下三十都都司に嫌疑ありとして出頭命令を出した。
三名の武官が令状と下三十都武官長への書簡を持って文官と共に宮都を出た。
文官を乗せているのは馬車である。 武官が馬を走らせるように早々には着けない。
宿に泊まりながらもやっと下三十都に着くと、すぐに下三十都武官所に行き武官長に書簡を見せた。
書簡には都司のことが書かれており、協力するようにと指示が書かれていた。

下三十都官所の都司の部屋に武官が三名入った。 逃走を抑えるために戸の外に四名。 官所の外には宮都からやって来た武官と文官が居る。
都司の部屋には纏められた荷物があった。

「どちらかにお出掛けでしょうか?」

都司の部屋に入った武官がチラリと荷物を見てから言う。

「ああ・・・。 いいえ、整理をしていただけです」

「そうですか。 いえ、お出掛けでしたら、今すぐお相手様にお断りを入れてもらわねばなりませんので」

「どういう事でしょうかな?」

今回が初めてでもないのに今から何が起こるか分かっていよう。 それにその荷物は何だ、 整理だと? 白々しい。 とは思ったものの、口に出せるはずもなく、令状を都司に向けて見せるとそれを自分の方に向け読み上げた。

「嫌疑とは? どういうことで?」

読み上げ終わった武官が令状を丸める。

「いったい何の嫌疑だというのでしょうなぁ?」

「いま読み上げた通り。 詳しい嫌疑の内容は刑部にて聞かれるよう。 答申は刑部でされますよう」

「納得がいきませんが?」

「逆らうようであれば力づくで捕らえますが、どうされる。 心当たりがないのであれば具申されればよいだけの話」

「そうですか・・・。 分かりました」

これが初めてではない。 前回は “嫌疑” などではなく出頭命令だったが、さほど変わりはないであろう。 前回は上手くいった、何を怯えることがあろうか。
都司が官所を出た途端、数人の武官と文官が入ってきた。 これから官所を検める。 毒草探しも含めて。
同時に都司の家にも武官が入った。

「なにを! 何事ですか!?」 家人が悲鳴にも似た声を上げた。

武官が宮都刑部の令状を広げて見せると、書かれていることを読むではなく省略して言う。

「下三十都都司が毒草を持っているという嫌疑がかかった。 家の中を検めさせてもらう」

「ど・・・毒草・・・」

腰を抜かした家人の横を何人もの武官が走り抜ける。
毒草は家の中から見つかった。 官所の厨にも乾燥をさせた毒草の破片があったということであった。

「だからと言って? 私が毒草を使ったことにはなりません。 どうして私が官所で働く者に毒を盛ったと言うのですか?」

毒草が見つかるなどとは思ってもいなかった。 それどころか探されるとも思っていなかった。 どう回避していくか・・・。

「では、毒草を持っていたことは認めるのだな」

「まぁ、仕方ありませんか」

そう言った後に、濡れ衣と言えばよかった、と思ったが、言ってしまったことを元には戻せない。

「毒草はこの宮都で許可された者しか持てんと言うのは知っておるな?」

刑部官吏が問う。
四方が一段高い所にいてマツリは末席にいる。

「ええ、知っています」

「許可は持っておらんな」

「はい、持っておりません。 ですが私は都司です。 毒草は毒を以て毒を制する。 民に万が一のことがあってはと思い手にしていました。 そこに咎が出されるのであれば致し方ありません」

尤もらしく言う。

「民が流行り病に苦しんでいるというのに、己だけ、己の身の周りを整える者だけに解毒の薬草を買い、都庫の金を使わず民が苦しんでいるのを放っておいてか」

一段高い所から声がした。 その声が続けて言う。

「都庫の金が消えているのはどういうことか」

都司を捕らえた後、武官が入ったが、それは毒草を見つける為。 同時に入った文官は都庫の流れを見る為。

「え・・・」

目の前に座る刑部官吏から一段高い所に目を移す。
目の合った四方が一度睨み据えると横を見る。 四方の視線を受け、戸の横に立っていた下位の刑部官吏が戸が開けると、下三十都に住む三人の証人が入ってきた。 オドオドとしている。 その後に都司を睨みつけるように秀亜群の民の四人の者たちが続いている。

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