大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第143回

2023年02月20日 21時06分57秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第143回



「帳簿はあまり得意でない。 簡潔に頼む」

「承知いたしました」

長卓に置いていかれた一冊を手に取ると、自分の置いた十三冊の中からも裏と表の帳簿を一冊ずつ手に取った。 それぞれの頁を繰る。

「ああ、ここが分かりやすいかと」

そう言って二冊それぞれに、左右の人指し指を這わせる。

「ここから・・・ここ。 数字が違ってきていますでしょう?」

そう言って次は “内訳” と書かれたところを指でなぞった。
んん? マツリが先程までと違った意味で眉を寄せる。

「この頁だけでおおよそ・・・金貨二十枚分はあるかと」

マツリにも分かった。 たった一頁で金貨二十枚分の違い。 それが照らし合わせると少なくとも五冊ある。 杠が持ち出してきた裏帳簿七冊がこの六冊の表帳簿に書かれている期間に則するのだろう。 裏帳簿の方が一冊多いということは、それだけ誤魔化していることが多いということ。

「これを年間でまとめた報告書が、この年に当たります」

依庚が持って来た年間報告書である。 いわゆる決算書。

「売上げを誤魔化していたということか?」

頷いた杠だったが、すぐに口を開く。

「それだけでは御座いません。 仕入れ先を脅していたようです」

この大店は主に酒を扱っている。 呑み屋の殆どがここに買いに来ているし、ふらりと買いに来る者もいる。 そして他に雑貨やつまみになる物なども置いているが、それが安価ということでこれもよく売れている。
その仕入れ先はこの六都ではなく、他の都だという。

「他の都であれば脅されたと官所に訴えに行けば済む話ではないか、六都ではないのだから」

少し前のこの六都でそんなことをしていれば、より一層脅されるかもしれなかったが。 それも都司から。

「それが、己が六都の者と分かっていような、などと言い添えていたようで」

呆れたようにマツリが息を吐いた。

「決して仕入れに対して金を支払わないわけでは御座いません。 値切っているだけなので、それに関しては咎が下るかどうかは刑部の裁量次第ですが、仕入れ額を誤魔化しております」

まだ包みに残っていた仕入れ台帳を二冊ひろげて分かりやすい所を指で示した。
一冊には値切った額、そしてもう一冊には仕入れをした事にしている値切る前の額が書かれている。

「これは・・・破格に値切っているということか」

再度杠が頷く。

「証人になると言っておるのか?」

「はい。 全てにあたったわけでは御座いませんが、己のあたった者たちは諾と。 それと・・・人死にが出ております」

マツリの目が険しくなる。

「値切りに諾と言わなかった、ということか?」

杠が首を振った。

「そのような者もいるかもしれませんが、己があたったのは廻り船屋で御座います」

廻り船屋、それは廻船屋(かいせんや)である。

この大店は自馬車を持ってはいるが、酒を樽で仕入れるには馬車を使うより、船を使った方が早く安上がりになるところがある。 船で川を下り近くの船着き場で自馬車に乗せる。 それは特に珍しいことではない。 特に重いもの、木材などを運ぶのにも船を使う。

「廻り船屋との間で賃金問題が出たようで、脅しに水夫(かこ)を川に沈めたと」

「廻り船屋はどうして黙っておる」

「娘を沈ませたくないだろう、と言われたようです」

マツリが顔を歪める。

「それからはあの大店に言われるままの賃金で船を出しているそうで、ちょっと揺さぶりましたらすぐに泣きついてきました」

マツリが頷く。
あくまでも賃金は払っている。 そこを抜け道としているのだろうが、そんなことで見過ごす気など無い。

「帳簿で確実な・・・あ、いや、それは宮都に任せよう。 おおよその誤差がどれほどあるか調べておいてくれ」

仕入れも売り上げも誤魔化して官所に出していたのだ。 納めなければならない税も随分と狂ってきているだろう。

「こちらに」

数枚の紙を長卓に置いた。
杠のことだ、おおよそではなく確実な数字を上げているのだろう。 一枚ずつの紙を見て何度も口を歪める。

「まさに店が潰れるな」

誤魔化していた分を全て払わせる。 紙を長卓に置く。

「被害を被った者たちは訴えそうか?」

「誰か一人が立ち上がるか、あの大店が捕まるかしなければ、という感じですか」

「では、こちらの税逃れの方でまずは捕らえる、ということだな」

「一度に出来ずお手間を取らせます」

杠が太腿に手を置くと頭を下げた。

「その様なことは止めてくれというに」

上げた顔が相好を崩す。

「これらを持ってこれから宮都に行きたいと思いますが、一応ご許可を」

含み笑いをしている。
この分官所に置いてある報告書と、ちょろまかしてきた帳簿を持って出る許可が欲しいと言っているのだ。 大店からは簡単に盗んできたというのに。

「許可する」

マツリが呆れたように口にする。

「固すぎるだろう。 依庚には俺から言っておく」

「宜しくお願い致します」

宮都に戻り刑部から令状を出してもらう。 余罪はその後だ。
杠のことだ、その時に被害を被っていた者たちのことを話し、余罪も迅速に動けるようにするだろう。

「では頼む」

杠が出た後に湯呑を下げに来た依庚には報告書を杠に持って出させたことを言い、もう一杯茶を飲むと止める依庚を押し切って文官所を出た。 低い空からさっきまで降っていなかった粉雪がちらついていた。


数日後、宮都から税逃れの令状を携えた武官がやって来た。 大店では大わらわとなっていた。
店主以外、番頭と手代もひっ捕らえられたということであった。 そしてそのまた数日後、被害を被ったものから訴状が提出されたいうことであった。
同時に追徴税、重加算税などで文官が大店に入り込んだ。 店主以下、店の金を動かせる者が居なくなったからである。
これは四方の差し金かもしれない。 ここに杠は絡んでいないだろう。 こうすることは尤もなことなのだが、四方は取れるものは搾り取ると考えているはずだ。

「これを宮都に入る税ではなく、今までの借りに充てて欲しいものだ」

立ち合いという立場で、大店からありとあらゆるものを持ち去っていく官吏たちを見ながら、何気にあくどいことをポツリとつぶやく。 四方とどっこいどっこいかもしれない。

「この土地も建物も六都のものになりそうですな」

いつの間に居たのか、依庚が斜め後ろに立っていた。
金は勿論だが、物を徴収して金に換える。 その合計で足りねば土地も建物も没収される。

「かなりの額になるようであったからな。 それと宮都に収める他は六都都庫に入るのだから都庫がかなり潤うか?」

「かなり・・・とは難しいところではありますが、なにか?」

「今、学び舎に帆坂が足を運んでおるが、全ての学び舎に運べておるわけではない。 全ての学び舎に教える者を置きたい。 将来的には帆坂も身を引けるように。 あくまでも文官なのだからな」

「たしか帆坂殿の弟にはそんなに払ってはおりませなんだと。 それを考えるに可能かとは思いますが、同じ賃料ではまず、誰も来ませんでしょうな」

マツリが驚いた顔をした。 結局いくら払っているのかを聞いていない。

「そんなに低いのか?」

「帆坂殿が仰るに、それでも弟からすれば十分と。 私も最初はどうかと思いましたが、考えて下さいませ、帆坂殿は三か所をまわっておられます。 その上、文官の仕事もしておいでです。 それを思うに、単純にして帆坂殿の三分の一でも多いほどで御座います」

仕事量ということか。

「食ってはいけるのだろうな?」

あまりの驚きに心配になってしまう。

「帆坂殿と一緒に居られる以上は家賃が発生しませんので、なんとかいけるでしょう」

ということは、一人では暮らせないということ。

「こちらに来る前は親と住んでいたと聞きました」

足が悪いだけで職人にもなれなければ、一人で暮らすことも出来ない。 なんとかならないかとは思うが、これは帆坂の弟だけの話ではない。 あちらこちらにそういう者は居るだろう。

「相場の賃料では都庫から出んか?」

うーん、と唸りだした。
やはり難しいようである。
だが税を納めていないとか、横領をしているとかの咎人を捕まえに来たわけではない。 この六都でこれからを担う者の道義心を育てに来たのだ。 金一つで躓きたくない。

「十一人もの雇はちょっと・・・」

学び舎は十二棟建てたところからその数字が出てきたのだろう。

「あ、いや。 十一人も要らん」

「と仰いますと?」

帆坂が一人で三か所回っているのだ。 言ってみれば四人いればいい。 一日中、一ケ所で子供たちを座らせて教えるわけではないのだから。 その上で帆坂の弟がいる。

「おお、そういうことですか」

ポンと手を打った。

「そうだな・・・官所の厩から大人しい馬を一頭借りられんか。 出来れば無償で」

「大人しいと言いましょうか、年老いた馬ならおるようですが」

もう早馬にも使えなければ武官への貸し出しにも使えない。 本領でも各領土でも殺処分ということは念頭にない。 それだけに穀潰しとなっているのだが。
ふむ、と顎に手をやると数舜考えるそぶりを見せ口を開く。

「三人、三人であればいけるか?」

「そうですね、三人なら・・・相場というのを詳しく調べてからはっきりいたしますが、まずいけると思います」

「馬も借りられるな? 飼葉代は払わんぞ」

「ええ、どうぞ。 厩番が喜ぶでしょう。 年老いていると言えど、何日かに一度は散歩に出さねばいけませんので」

目途が立った。
あとは武官をいつまでもあんな風には使えない。 どうしたものか、と考えだそうとした時に「今日のところはこれくらいかと」と、声がかかった。
立ち合いをしていたというのに、すっかり忘れて何も見ず話し込んでしまっていた。

「あ・・・そうか。 ん? 今日のところは?」

「引き上げたものを金に換えましても、まだまだとどきませんでしょう。 また明日、金になりそうなものを引き揚げに来ます。 立ち合い宜しくお願い致します」

「ああ、そうか・・・」

明日もか・・・。
退屈な・・・。

ゾロゾロと引き上げていく官吏を見ていると依庚が話しかけてきた。

「ときにマツリ様、その教える者という者のおあてはあるのですか?」

それがあったのならば帆坂の弟に頼ることもなかった。

「この六都には居りませんでしょうし、簡単に六都に来ようと思う者もおりませんでしょう」

痛恨だ。 そうだった。 ここは他の都ではなかったのだった。
それにしてもこの依庚は、いつもとんでもないことを軽く口にしてくれる。 腕を組んで眉をしかめる。

「おあてが御座いましたらお知らせくださいませ。 どんな者でも良いとは官所として言えませんので。 では失礼を」

とんでもないことを軽く口にするどころか、釘を刺されてしまった。
誰かいないかと考えながら大店をあとにして官所の厩に向かうと、京也ではなく初めて見る厩番であった。 話を聞くと京也の前任だったそうだが、あまりの連日の腹下しで厩番が出来でなくなってしまっていたと言う。

「腹の具合が治まったのはいいんですが、なかなか次の働き先が見つからない時に、官所から声をかけられまして助かりました。 杠殿と仰いましたか、一生の恩義です」

何かあるな、と考えたのはマツリの勘繰り過ぎだろうか。

「官吏に大人しい馬が居るかと訊いたら、年老いた馬なら居ると聞いたが」

「ええ、三頭ほどおります」

「男を乗せて歩くことは出来るか」

「ええ、充分に。 走るのは勘弁願いたいんですが」

「乗せて歩ければ充分。 乗る者が御せないのだが、大人しいか」

「ええ、そりゃあもう、三頭とも。 その内の一頭は元々、暴れることもしなければ、どっちかって言えば、武官を乗せたり早馬を嫌がっていた程で」

「そうか、ではその馬をいま借りたい。 上手く乗れるようであればその後も。 文官には言っておる」

「連れてきます。 少々お待ちを」

厩の奥から連れてこられたのは、見るからに年を取った馬だった。

「十七の歳になります」

到底そうは見えない。 下手をすれば二十の歳をゆうに越えていそうだった。 それに十七の歳であったのなら、まだ武官を乗せて六都内くらいなら軽く走られるのではないか。 さっき、嫌がっていたと言っていたが、そういう問題ではないだろうに。

「この歳ならまだ働けるとお思いでしょうが、覇気がないと言いましょうか・・・」

たしかにそうだ。 覇気がない。
手綱をマツリに渡す。
厩の前から曳いてみたが首はずっと下がったままだった。 左右に振られるよりいいだろう。 そして暴れることもなく曳かれるままに歩いている。 曳く手は重たくもない。
途中で乗ってみたが感想はただ一言。
重い。
己ならお断りだが、御せない者が乗るにはこれで十分だろう。
まだ居るだろうかと思いながら、そのまま学び舎に向かった。

子供たちに囲まれて帆坂の弟である世洲(せしゅう)が出てきた。 なかなかの人気者らしい。 マツリが最初に思っていたことは杞憂に終わっていたようだ。

「はい、それでは、家に戻ってお手伝いをしてきてください。 また明日いらっしゃいね」

マツリに気付いたのか世洲が子供たちを帰そうとしたが、その子供の一人が世洲に話しかけてきた。

「明日も菓子がある?」

「そうそう毎日買っていたら、私の財布から何もなくなりますよ」

「じゃあ、明日、世洲の分をオレが持ってきてやる」

「持ってきてやる、ではないでしょう?」

「えっと・・・持ってきてあげます」

「そう。 よく覚えましたね。 でもそれはどこから持ってくるのですか?」

「あ・・・えっと・・・それは」

「私に持ってきてくれるっていう気持ちだけで嬉しいですよ。 来杜(らいと)が母さんに用意してもらったものであれば、来杜が有難くいただきましょう。 そうでないものは? どうでした?」

「と・・・盗るのは良くない」

「そう。 よく覚えてくれましたね」

ガシガシと頭を撫でてやる。

「オレ・・・働いて・・・世洲に菓子を買う」

「おお、それは待ち遠しいですね。 では一緒に沢山勉学しましょうね」

うん! と言って他の子供たちと走って帰って行った。

子供たちを見送った世洲が馬上のマツリに辞儀をする。
歩みの遅い馬で世洲の方に歩きだす。 腹を蹴ろうが足で締めようが、歩調は変わることがない。 マツリにとってはイライラする馬である。
やっとのことで世洲の近くまで来た。

「馬とはお珍しい」

「馬に乗った経験は」

馬から跳び下りたマツリが訊く。

「とんでも御座いません。 一度もありません」

「足が悪いということだが、馬に跨がることは出来るか」

股関節が悪いのなら考えものだ。

「悪いのは膝から下ですので・・・どういう事でしょうか?」

馬を目の前にして馬に跨ることが出来るかとは。

「この馬に乗って移動せんか」

「は?」

有無を言わさずその辺にあった台の替わりになる物を持ってきて世洲を馬に乗せる。 何が何か分からず目を白黒させている。

「この馬は腹が立つほど大人しい、それに遅すぎる、走ることもせん。 手綱には従順だ。 安心せよ」

逆にどれだけ足を使おうともスピードを出さない。

「紫なら馬を下りて自分で走り出すわ」

それどころかもしかして馬を背負って走るかもしれない。 不可能だろうが。

「え? むらさき?」

「ああ、何でもない」

つい思っていたことが口に出たようだ。
キョウゲンで飛んでいる時、その下で紫揺が馬を走らせていた。 その姿を見ていた時、二度も紫揺が襲歩で走り出した。 あの時のことを思い出していた。
一度目はリツソのことで本領に向かっていた時、二度目は共時を見つけた時。

(紫・・・)

あの状態であまりにも長い間、放ったままでいる。 だが六都に関わった時にこういうこともあるかとは思っていた。
それでも・・・。

「マ、マツリ様?」

放っておかれていた世洲が涙ながらにマツリを呼んだ。

「あ、ああ悪い。 軽く足で腹を蹴ってみよ。 動く方の足で良い」

既に実験済みだ。 腹を蹴られても歩調を変えないが動き始めはする。 それも片足でも。 どういう調教をされたのか至って分からない。
それからは馬の乗り方の稽古となった。

武官に教えられるゴンタクレどもが学び舎にやって来た時、冷やかすことを言ったが、マツリのひと睨みでその口を閉じた。 何人に睨みを据えたか。 目が疲れてきたほどだ。
走ってやって来た武官が何事かという目で見ていたが、それからはゴンタクレが何かを言う度に拳骨を落としていた。 今日の武官は厳しいようだ。

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