大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第142回

2023年02月17日 20時26分02秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第142回



「名は知らねーな。 知ってるのは気前が良くてベッピンだってことくらいだ」

「そうなんだ。 じゃ、はい。 ごちそうさま」

絨礼が穴銀貨を一枚渡す。

「おっ、穴銀貨できたか」

芯直も絨礼のよこから穴銀貨を渡しながら言う。

「釣り、間違えないでくれよ。 オレらの小遣いになるんだから」

「おお、景気がいいねぇー。 ほらよ、釣りだ」

ジャラジャラといわせて釣りの銅貨を渡す。

「ね、朧、弦月にお土産買って帰ろうよ」

「うん、上手い饅頭を買ってやろう。 おじさん、ごっそさん!」

店主に言うと二人で走って出て行った。

「まっ、姉さんが気に入るのも分かるか」

この六都には珍しい坊だ。 二人が食べていた皿を引き上げた。

饅頭を買い長屋に戻った二人。 柳技が退屈そうに待っていた。

「弦月、はい土産」

饅頭を柳技の前に置く。 絨礼が茶の用意を始める。

「朧が選んだんだ、きっと美味しいよ」

享沙の持ってきた薬草がよく効いたのか、今はどこにも腫れを残していなく痣が消えるのを待つ状態だ。

「朧がえらんだんだったら間違いないか。 ありがとよ、一緒に食おう」

二人が目を合わせる。 たった今、混味を食べてきたところだ。

「お土産だから、弦月が食べてよ」

「一人でこんなに食べられるかよ、な、一緒に食おう」

「じゃ、オレはこれ」

色んな種類を買って帰って来ていた一つに芯直が手を伸ばした。

「わー、オレは無理だぁ。 朧よく食べられるね」

「饅頭は入るところが違うからな」

「なんだ? どういうことだ?」

そう訊かれてたった今、混味を食べてきたところだと言った。

「そういうことか。 朧ってホントに饅頭が好きだな」

呆れたように朧を見た。

「二人でゆっくり食べてて。 オレ、先に書いておく」

享沙への報告だ。 夜まで待っていれば享沙が訊きに来ることは分かっているが、少しでも早く知らせたい。 要点をついて書き始める。
ようやく書き終えた時には芯直も饅頭に満足していたらしい。

二人が長屋を出て享沙を探すがどこにも見当たらない。
どうしようか、と絨礼が言いかけた時、前からマツリと杠が歩いてきた。

「オレが先に走るね」

「おし。 ただ、腹が重たいから早く走らないでくれよな」

「食べ過ぎなんだよ」

そう言うと絨礼が走り出した。 すぐに芯直が追いかける。 マツリと杠が目を合わせた。 このままぶつかってきては白々しいだろう。 どうするつもりなのだろうか。
と、間に人影が入ってきた。

「これこれ、走っては危な・・・あれ? 坊らは」

間に入ってきたのは今から学び舎に行こうとしていた帆坂だった。

「あ・・・」

絨礼が足を止めると後ろから走ってきていた芯直が「とっと、と」と言ってたたらを踏んだ。 もう少しでぶち当たるところだった。

「兄さんはどうだ? 身体が動くようになったか?」

これはヤバイ。 まだ動けていないことにしておくようにと、享沙から聞いている。 だがここでまだ動けていないというと様子を見に来るかもしれない。 柳技から心配性らしいと聞いていたのだから。

「あ、あの時はありがとうございました。 えっと・・・兄ちゃんは・・・」

帆坂は絨礼を見ている。 芯直が救いを求めるように杠を見た。
足を止めていた杠が笑いを堪えながらマツリに軽く頭を下げると歩き出す。

「如何なさいましたか? 帆坂殿」

「ああ、これは杠殿。 あ、マツリ様も」

帆坂が振り向いて杠の後ろにいるマツリに辞儀をすると杠に目を戻す。

「ほら、せんだって武官に捕まったものが居ましたでしょう? 二人。 あの者たちがやったのはこの坊たちの兄でして」

帆坂が二人を見る。

「兄さんの具合は? 三人暮らしなんでしょ? なんだったら私が様子を見に行こうか?」

二人の顔が引きつった。 その顔を見ているだけでも面白い。 まだ上手く嘘をつくということが出来ないようだ。

「ああ、そうなんですか。 坊たち、兄さんの具合はどうだ?」

杠にまでも訊かれてしまった。 どうしたらいいのだろうか。 二人が目を合わせる。 その様子が兄の容態はかなり悪そうだという風に見える。

「あまり良くないようなら私が見に行くが?」

「いいえ、何を仰います、杠殿。 私が最後まで面倒を見ます」

「そう仰られても・・・そろそろ学び舎の刻限になるのではないですか?」

「あ! ああ、いけない。 子たちを待たせてしまうところでした」

「ええ、お気になさらず。 私が様子を見てきます」

「あ・・・それでは宜しくお願い致します」

パタパタと帆坂が走って行った。 その姿を絨礼と芯直が見送ると「沙柊が見つからないから」そう言ってスッと杠に文を渡し、帆坂と反対方向に走って行った。

マツリが隣りにやって来て文を受け取ると、スッと懐に入れた。 そして数歩あるくと、学び舎を指さしながらわざとらしく先ほどの文を懐から取り出す。
まるで学び舎のことが書かれているようなふりをして。
文を広げ書かれている文字を目にする。

「こ、これはなかなかに・・・難解だな・・・。 まず一文字一文字の読解からか・・・」

『九人のおとこすぎ山にいきそう 一人はいくって あしたかんどころにもうしこみ ほかのおとこはかんがえ中』

今回は前回よりずっと長かった。 初めて見たわけではない杠にしても眉根を寄せる。

『九人の男杉山に行きそう 一人は行くって 明日官所に申し込み 他の男は考え中』

ここまでやっと読解できた。

「文にこれだけ疲れたのは初めてだ・・・」

思わずマツリが漏らす。

『■■■五人のおと ここわい にげるため すぎ山にはぶかんがいるてだしができない つかまるとかねがもらえない かねをもらってちんをかえすことができる』

少々、一文字一文字に慣れたのか、文字が分かるようになってきた。 あとは文章。

「この塗りつぶしてあるのは何だ?」

「多分、最初に五人を “ごにん” と仮名で書いたのでしょう」

「ここわい、とは?」

「五人の男、恐い、でしょう」

「可笑しなところに間を入れて・・・」

「書いている内に手がずれていったのでしょう」

マツリが杠を見る。

「よく分かるものだな」

「沙柊の読解能力に頭が下がります」

これを毎日見ていて杠に報告していたのだから。 それも当時はもっと酷かっただろう。

『五人の男 怖い 逃げる為 杉山には武官が居る 手出しが出来ない 捕まると金がもらえない 金を貰って賃を返すことが出来る』

「きっとこう書いているのでしょう」

「賃を返すとは?」

「長屋か何かの賃料か、何かの借りている金を返すことでしょう」

「ふむ、あの五人に捕まる前に杉山に逃げ込むということか」

「行かせますか?」

杉山に。
多くて九人のややこしい者たちを。

うーん、と言いながらマツリが腕を組む。 宿所が出来てから何度か徒歩で行ってはいる。 まだ小さな言い合いが上がってはいるようだが、今まで共に学び舎を建て、宿所を建てたのだ。 ようやくまとまりかけてきたところだ。
先に一人ひっ捕らえたものは、今も徒歩で杉山に通わせている。 武官からの報告では杉山に上がっても、ほんの僅かの時しか働けず帰って来ているということだった。
柳技を足蹴にした者と火付けで捕らえた者たちはまだ牢の中に入れてある。

『杉山に近づけば近づくほど雪が酷いですから、あんなヒョロっこい者にはきついでしょう。 まず、杉山に着けるかどうかも分かりません』

そう武官に言われていたからである。
それに一人の武官に何人もの監視をさせられない。
この六都の中心にも時々雪が降るようになってきていた。 通わせるのはそろそろ無理があるかもしれない。

「一度・・・いや、今から力山に様子を訊いてくる」

「承知しました。 では万が一、明日までに申し込みに来たとしても保留という扱いで宜しいでしょうか?」

「そうしてくれ」

杠はその旨を受け付けの文官に話す為、文官所に戻り、マツリは宿に戻ってキョウゲンに跳び乗った。 久しぶりであった。


「力山」

木を担いで先に下りていた巴央が同じように木を担いで山を下りてきていた京也にすれ違いざま声をかけ顎をしゃくった。
木々の間からマツリの姿が見える。 京也が確認したことが分かったのか、マツリがすっと身を隠した。

「お忍びのようだな」

何度か来ていた時には堂々と誰もの前に姿を現していた。

「あとを頼む」

「安心して長話ししてこいや」

片方の口の端を上げると木を担いだまま山を下りて行った。 定位置に木を下ろすとマツリが身を隠した方に歩きだす。
次に木を担いで下りてくる者の足止めを巴央がしているはずだ。 姿は見られないだろう。

「こちらだ」

マツリの声がする。 さっき見た所より更に奥に隠れているようだ。

「ちょっとややこしい者をこちらに入れたらどんな具合だ」

姿が見えないままマツリの声が問う。

「何人ですか?」

「少なくて一人、多くて九人」

「それって学び舎を焼いたやつですか?」

マツリが眉をひそめた。

「徒歩で来ているヤツから聞きました。 みんな怒りたくっています」

マツリの考えていた一つの得が得られたようだ。

「それは良い傾向だ。 だがそいつらとは違う。 そいつらは先走った者らだ。 今は牢に入れておる。 言っておるのはその仲間内だった者だ。 頭になっている者から逃げようと・・・ここに逃げ込もうとしている者だ」

「ああ、頭になっているというのは、俤が闇討ちしたという奴らですね」

「そうだ、そろそろ息を吹き返すだろう。 それを恐れておるようだ。 言われるままになると咎が下ることになるのが分かっておるようだ」

「そんな奴らだったら任せて下さい。 可愛がってやります」

「頼もしいな。 では頼む」

足早にその場を離れていくとキョウゲンに跳び乗った。

「こんなことは百足には出来ないか・・・」

百足にも利点がある。 マツリが足を運ばなくとも、百足に事を伝えることが出来ただろう。 だが百足は表には出てこない。 杠の下に付かせている者たちには百足とは違う利点があることを再認識した。

翌日、九人の申し込みがあった。
京也の返事が早かったため、保留ということは撤回されていた。
受付文官が書類の承認欄に文官の名前を書き込み詳しいことを話す。 とは言っても短いものだった。

「賃金から食代を引く。 布団と湯呑と茶碗と箸は用意するように。 辞めたくなれば再度ここにきて申し込みの撤回をするよう」

九人の男たちが雪降る中、背に荷物を背たろうて六都の中心をあとにした。
その姿を目で追っていたマツリ。

「あの五人をどうにかせねばいかんか・・・」

頭となっている杠曰くの横柄な五人組。

それから数日が経った。
すでに十二の月が終わり一の月に入っていた。 四の月から一度も宮に戻ることなく、ずっと六都に居ることになってしまっていた。
宮都からの文官たちは続々と出てきた今までの文官の汚職の証拠と、マツリからの書簡を手にして既に引き上げている。
マツリからの書簡は四方宛で、まだ武官を借りたい、当面夏まではということであった。

「己の近況報告も無しか・・・」

ちょっとしたボヤキも出てしまう。
目の前で足をブラブラさせながら朝餉を食べている我が次男。 未だ力のかげりも見せず、背も伸びず、それを気にすることもなく連日師から逃げ回っている

「四方様どうかなさいまして?」

「ああ、いや、何でもない」

何でもないはずなどない。
マツリの言うように、万が一にでもこの次男であるリツソが本領領主を継がねばいけなくなったらと思うとゾッとする。
マツリに聞かされて紫揺とのことは反対しなかったが、まず紫揺にその気が無ければ成立しない事。 そうなればマツリはどうするつもりだろうか。 それでも紫揺以外を奥として迎える気が無く、本領領主の跡を継がないというのだろうか。
それにそれに、まず有り得ないだろう、あの二人が婚姻などと。 いったいマツリに何があったのだろうか。
溜息を吐いた四方を横目で見た澪引であった。


「種が見つかりました」

六都内を見回っていたマツリの隣りに立った杠が言う。
マツリが眉を上げた。 ここのところ杠がちょくちょくいなくなっていた。 日がな一日と言う時もあった。 そして夜になれば部屋を出ていたことも知っている。

「奴の大店を潰せます」

探していた証拠を見つけた。 大店を潰せば愚息も潰せる。 その周りに侍っている者たちも。
五人の愚息たちは身体の調子は戻したものの、あまりの寒さに悪さをしに外には出てこなかった。
ただ、店主の愚息からの伝言を、大店で働く父親から伝えられているのだろう、四人の愚息たちが大店に入って行くのを何度も見かけた。 大店の奥はこの店主の家となっている。 暖かくなってからの画策をしていたのかもしれない。

「此処では何ですので、文官所で」

辺りを見まわした杠。 寒さにゴロツキが見当たらない。 せいぜい、まだ寒さを意ともしないゴンタクレがウロウロしているくらい。 十六歳前後であろうか。
帆坂からの提案で十歳から十四歳までの者も学び舎に通わすことにしたが、十五歳以上となると大人扱いだ。 学び舎で学ばせることが出来ない。 だがこの六都ではその歳になっても働く者はあまり見られない。
さっき杠は “種” と言ったが、まさしくこの者たちも別の意味での “種” である。 このままゴロツキになっていくのは明白。

「あの者たちも考えねばならんな」

帆坂は家から一番近い学び舎を弟に任せ、自分は毎日三か所をまわっている。 弟の足が不自由なく動くのであれば、弟にも三か所ほど回って欲しいがそれがままならない。
帆坂と弟が回れない学び舎は、武官が十歳以上の子たちを引きずってきて道義を叩きこんでいる。 だがその地域にもまだ小さな子がいる。 まだまだ考えなくてはいけないことが山積している。

「あまり肩をお張りになりませんよう。 どこにでも取りこぼしはおります」

六都だけにゴロツキがいるわけではない。 杠が言うのを聞いて、そうだな、と言ってマツリが歩き出した。
文官所に入るとすぐに温かい茶が出された。 外で冷え切った身体に染み渡る。

「お二人とも・・・武官ではありませんでしょう、マツリ様におかれましては風邪などお召になられましたらどう宮都に言っていいかも分かりません」

茶を出した文官が何を言いたいのかは分かっているが、マツリの身体はそれほど柔ではない。 それは杠においてもである。

「杠はどうか分からんが、我は寒い中いつもキョウゲンで飛んでおったからな。 空は地ほど暖かくないものだ。 それに常に風がある。 地に立っている方がどれほど暖かいか」

言われてみればそうだった。

「確かにそうで御座いましょうが、充分にお気を付けくださいませ」

この文官は今回沢山の六都文官がひっ捕らえられ、その為に宮都から異動でやって来た内の一人の文官である。 ずっと六都に居る文官に比べれば何度かマツリを見かけていて挨拶も交わしている。

「依庚(えこう)殿、早速ですがあれをお願い出来ますでしょうか」

杠は一度この分官所で働いていたのだから、何が何処にあるかは知っている。 だが今は異動命令が出されたことでこの文官所からは退いている。 勝手に触るわけにはいかない。
はいはい、と返事を二度して文官所長の部屋を出て行った依庚。
いま六都には都司も文官所長も不在。 マツリがその代理である。 代理でなくとも都司と文官所長が不在であれば、本領領主の息子ということで六都では頂点にある。

五冊の年間報告書を手に携え依庚が戻ってきた。 それを文官所長の卓に置くのではなく、二人がかけている長卓にどさりと置いた。
あまり書類が得意でないマツリが眉をしかめる。

「これでよろしかったでしょうか?」

「はい、有難う御座います」

少し前まで依庚の同僚であった宮都の文官が各店の年間報告書を洗いざらい見ていた。 おかしな点がたくさん見つかったことだろう、それを宮都に報告し今ごろは検討がなされているだろう。
本来ならこの六都で精査してからなのだが、今の六都では不十分ということで写しを取り宮都に持ち帰っている。

いま杠はこの六都の文官ではないが、宮都からのマツリ付の文官としてやって来ている。 宮都の官舎ではないから帯門標は付けていないが、最初にマツリからマツリ付でやって来たと紹介をされた。 杠が書類を見たとて、六都文官所として何ら追求しなければいけないことは無い。

「では御用があればお呼び下さい」

依庚が部屋から出て行った。

杠がこの部屋に持ち入っていた包みを開ける。 そこには帳簿らしき物が入っていた。
もう一度マツリが眉をしかめた。

「こちらがあの大店の売り上げの帳簿と裏帳簿です」

包みから一冊ずつを出す。 帳簿が六冊、裏帳簿が七冊、合計十三冊。

「え? 持ち出したのか?」

十三冊も、そんな事をすればすぐにバレてしまう。 即座に動かなければいけない。

「ご安心を。 偽物を置いておきましたので」

今まだ書き込み中のものは本物をそのまま置いてきて、持ち出してきたのは過去のものでそうそう見るものではないという。

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