どんなに厳しい運命に突入しても私たち人間は運命に支配されない<自由意思>を持っています。心の世界だけは神様さえも遠慮して侵入しないように創られているようです。万物は神様の創造物ですが、何故か神様は人間に対してはこの自由意思を与えたようです。その理由についてカトリツク神学書を読むとすぐ分かります。神の摂理と人間の自由意思の領域は神学書の基本でもあります。さて自由意思を私たちが持っている、という事実を知らない人々が沢山いますし、自由意思という言葉を知っていても日々の生活の中で、その特権をどう使いこなしていくか、という知恵に気づいている人も少ないようです。身体が病気になれば心もそれに従い辛くなりますが、ふと気付いて心を改め心の世界だけでも明るく爽やかに元気にしようと決意すると案外、そのようにセルフコントロール出来る自分に驚くことがあります。生活習慣が積み重なり、いつのまにか心が固くなり頑固になり、のびのびしていない自分に気づくこともあります。心は自由なはずなのに何故、自由でなくなっているのか、この領域について考えていきます。心は必ず自由になれます。
:<心の自由:266-2>:
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