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歩くことが唯一の趣味ですから。

小峰城

2022-02-12 | Weblog

スマホで写真を撮る手が吹雪でかじかみ、痛くてたまらない。ここは福島県白河市、東北本線の白河駅から歩いて5分か10分の小峰城……東北の中でも福島県は南のほうだし、その福島県の中でも白河市は南のほう。8世紀に白河の関が設けられたこともある東北の玄関口で、鉄道駅でいうと福島よりも郡山よりも南だから、こんなに寒いとは思っていなかった。東京で暮らしていると冬でも手袋なんか、自転車にでも乗らないかぎり必要ないから持ってないし、帽子をかぶっていても耳が冷たくて千切れそう。雪が目に入り涙がこぼれる。そんな小峰城。

白河にあるから白河城だとばかり思っていたが、ネットで調べると白河小峰城という名で紹介されているし、地元の案内板には小峰城としか書いてない。小峰城が正式な名称なんだろう。有名なところでは徳川幕府の8代将軍、吉宗の孫で白河藩に養子に出され、藩主になった松平定信が名君として手腕を買われ、やがて幕府の老中を務めて悪評芬々の「寛政の改革」を行ったので、こんな狂歌がある。

  白河の清きに魚の住み兼ねて元の濁りの田沼恋しき

小学校の歴史の授業を聞くともなく聞くかぎり、学問を禁じ文化を弾圧し倹約に務めて失敗した頭の固い田舎者という評価だった。歴史は身内が書くから名君として捏造された人物像が教科書に載っても、狂歌は田沼意次を讃えて白河の松平定信を貶す。市井の絵描きや字書きはけしからんと癇癪を起こして弾圧した、秀才バカの典型だと小学校の先生が教えてくれた。

倹約しか能がないという松平定信の器量が小さいせいか、ずいぶん小さい城だなと駅から眺めて思ったけど、近くに寄ったら立派な石垣が築いてあり、遠くから城に見えるのは櫓だった。まともな石垣を備えた城は東北にあまりない。平地に堀と石垣をめぐらせて防備を固めた城を作った大名は織田信長が最初で、その薫陶を受けた豊臣秀吉や徳川家康が広めた。だから、関東以北の城は土塁だけで石垣がなかったり、簡素な石垣しかなかったりする。たとえば小田原城なども、秀吉が攻めたころ巨城ながら土塁の城だった。

門をくぐると本丸などは跡形もなくて、おそらく天守閣がそれなりの規模でそびえていたのだろう。残っているのは櫓だけ、というより櫓も復元されたもの。ここに石垣を備えた城を築いたのはケチで有名な松平定信ではなく、もっと昔、本能寺の変で織田信長が死んだあと下剋上で天下人になろうとした豊臣秀吉が邪魔者として遠ざけた丹羽長秀の子が転々としてこの地に流れ着いた結果だった。

羽柴秀吉が世渡りのために名をもらい受けたとも噂される丹羽長秀の子、丹羽長重は岐阜で生まれ、12歳のとき本能寺の変が起こると、その年に信長の娘を娶ったというから秀吉から見れば野望の邪魔だった。15歳のとき父が没すると越前・若狭・加賀・近江の123万石を相続したものの、秀吉によって石高を2度も削られた。秀吉没後、関ヶ原の戦い直前に徳川方の前田利長と争った結果、徳川家康に領地を没収されてしまったが、江戸幕府の成立後に常陸国古渡1万石を与えられ辛くも大名に復活。家康の没後、奥州棚倉に国替えとなり棚倉城を築城中にまた白河へ移封された。長重57歳。そこから築いた石垣のある城がこの小峰城で、現在の白河市街地の基礎になったというから、東北にまで信長の遺風が伝わったのだった。

いまは櫓しかないが、交通の要衝でもあり、石垣のある立派な城だったためか、丹羽家を追い出して徳川四天王をはじめとする幕府の名家が代々の城主となって白河藩主を務めた。榊原家・本多家・松平家・阿部家……初代藩主は丹羽長重だが、3代目以降は徳川縁故のお歴々が幕末まで藩主となり、吝嗇な松平定信は12代目だった。最後の白河藩主は17代目、阿部正静だったが、幕府の政治で失脚して棚倉に移封され白河城は領主不在のまま戊辰戦争で焼けた。

江戸城の無血開城後、血に飢えた薩長の賊が将軍菩提寺の上野寛永寺を焼き払った後もなお北上してくるので、奥羽越列藩同盟は城主不在の小峰城に集結して守りを固めた。なにしろ交通の要衝だし、立派な石垣はあることだし、もしかすると城主不在なのも都合よかったかもしれない。錦の御旗を掲げた薩長の賊にとっては、徳川四天王らが代々藩主を務めた白河の城はなんとしても落としたい。結果そのとおりになり、小峰城はすっかり焼けた。

平成3年(1991)に三重櫓が復元され、平成6年(1994)に前御門が復元されたのが現在の状態で、近年全国各地で行われるようになった城廓建築物の木造復元の先駆けになったというのが地元の自慢らしい。東北本線はどうやら内堀と外堀のあいだを走行しているようだった。

 

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