雨音に。
母を施設に入れ、その前後の始末を済ませて、この夏にはようやく甲府の留守宅も掃除手入れをして、きれいにした。
この一年あまり、母の週三回の透析通院と骨折治療、加えてコロナ禍などで、容易に山梨県まで母を連れて行けなかったのは悔やまれるが、仕方がない。
ともかく新しい暮らしのパターンの形は整えた。
が、ほっとする間もなく、福祉医療についての公的手続き更新事務、また私の記憶と記録漏れの確認作業などが出てくる。
毎度毎度、世故には疎いなどとボヤいている場合ではないから、気付いたら早めに行動することにしている。
老母のための事務処理、支払いや、福祉手続き、折々の施設への訪問・差し入れなどをこなしながら、自分自身が老衰した時、誰が今の私の仕事をしてくれるだろうと考える。当然、誰もいない。
おひとりさまの死をしっかり認識して、最期まで自宅で自立していようと思う。子供を持たずに年齢を重ねるとは、こういうことかと実感する。否応なしに、長期的で、人生をまるごと俯瞰するまなざしになっている。
母の介護はさほど重度ではなく、経済的にしっかりしているから、比較すれば、私はまだ楽なほうだろう。それでも自他をめぐる葛藤や、依存してくる病人に対して優しくなりきれない自己嫌悪には心底参ったし、へとへと感もたびたび。
母の終末を考える時には、ごく自然に自分は誰の迷惑にも世話にもならずに、みめぐりをきれいにして去ってゆけたらと願うばかり。。。
今夜の雨音は、そんな言葉を呟いているようだ。
激しくなってきた。
甲府の留守宅。奥座敷二間。祖母の生前は、手前の部屋が茶の間だったと思う。
ペンドローイング。聖母子。ラファエルロ模写。
人生の全てに感謝。