ザールの珠玉の田舎町(続々々々々々々々々々々々々々々)

 
 翌朝、まだ歩いていなかった旧市街の坂道を降りて、再びザール川畔に出た。
 ドイツの川にはどこも水鳥が泳いでいる。人間が川岸に立つと、せっせと水を掻いて、パンを貰いにやって来る。水鳥たちはカップルで仲良く行動するくせに、投げられたパンを互いに浅ましく奪い合う。

 遠くのベンチに、ジェームズ・ディーンのような髪型のハイティーンの男の子が、深く俯いて座っている。
 私たちがそぞろ歩きながら、そちらのほうへと近づく様子を、その男の子は時折、頭をもたげて確認しているように見える。何か悩んでいるのかも知れない。そのことを私たちに気づいてもらいたいのかも知れない。そんなふうに思える。

 私たちがベンチの前を通りすがったとき、男の子はそっと顔を上げた。何か訴えるような眼で私を見ていた。

 仮に彼に深刻な悩みがあったところで、言葉の通じない私にはそれを聞いてあげることはできない。私は彼の事情も、思想も価値観も知らない。
 が、一つだけできることがある。眼を見て微笑むことだ。眼が合えば心も通じ合う、という相棒の主張は、きっと正しい。

 私は男の子の眼を見て微笑んだ。すると男の子は、ホッとしたように口許をほぐした。それから和らいだ表情で、ハロー、と言ってきた。私も、ハロー、と返した。
 ただそれだけだった。けれどもその邂逅を、意味がないものだとは誰にも言い切れないのではないか。
 私たちはそのまま駅へと向かった。振り返ったとき、男の子の姿はもうなかった。

 橋の上に立ち、相棒が向き直ってザールブルクに呼びかける。
「さようなら! ザールブルク!」
 一度訪れたところには、他を一巡するまでは再び来ることはない、つまり旅とは一期一会だ、というのが、相棒の主義。
「さよなら、ザールブルク!」と私も真似をする。誰も私たちの言葉を知らない異国では、そのときの気持ちを無思慮に口に出しても気にならない。

 To be continued...

 画像は、ザールブルク、ザール川。

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