冤罪を作り出す「取調べ」 狭山事件の場合
第3回の取調べ問題研究会で上映したビデオ作品。
取調べが拷問という面とともに,「警察との共同作業」!?ということが良く分かる再現ドキュメント。
『冤罪を作り出す「取調べ」 狭山事件の場合』 台本・演出 山際永三 以下,転載 --------------------
今回のビデオを製作して、つくづく感じていることを、ビデオの解説として書いてみます。 私は、1970年代から冤罪事件の支援者として、いくつかの「自白」事件、なかんずく「自白維持事件」を知り、研究もしてきたつもりでした。しかし、今回のビデオの台本を書き、俳優に「再現」をしてもらって、それを演出し、編集をしてみて、実際の「自白」というものが、このようにして作られていくのか、その細かいところが、少しずつ分かってきたように思います。これは、 私にとって新しい発見でした。 「自白」については、浜田寿美男さんの『自白の研究』(1992年・三一書房)以来、冤罪事件のとらえ方について多くの事を教えてもらいました。浜田さんたちが立ち上げた「法と心理学会」にも参加させてもらいました。 浜田さん以前の「自白」解説は、どちらかと言えば、警察官の「拷問」によって、無実の人が「自白」せざるを得ない状態に追い込まれるのだ、と説明していました。戦後は、戦前・戦中のような殴る蹴るではないとしても、警察官は、被疑者の一番の弱点(事件と関係のない)をあげつらい、人格を攻撃し、長時間の取調べ、留置場(代用監獄)で全生活を管理し、親しい人を逮捕すると脅し、ウソの情報で欺し、利益誘導し、精神的拷問により 「自白」に追い込むのだと、説明され、それが、例えば日弁連の冤罪・再審の闘いの方針にも取り込まれていたと思います。最近の「取調べ全過程の可視化」という運動もそうした長年の積み重ねがありました。それはそれで、間違っていたわけではありません。 しかし、浜田さんによる多くの事件についての詳細な研究・分析の結果、「拷問」とは言えなくても、人は「自白」に転落してしまう、全く知らない事件の内容・ストーリーを、警察官の誘導により、警察官と共に「共同作業」で作り出す、そして裁判官を 欺し、弁護士を欺し、マスコミを欺すのだということが、全面的に明らかになってきたと思うのです。 今回の狭山事件の「取調べ」再現は、まさに浜田さんの研究の成果であり、浜田さんが予測していた学説の正しさを証明するものとなりました。 今回のビデオ『冤罪を作り出す「取調べ」 ドキュメント1、2、3、4、5』は、確かにこれまでの取調べ場面とは異なり、長々と「警察官」と「石川一夫」さんの、一見、分かりにくい、不思議な「会話」、「会話」にならない「会話」が、延々と続いています。何を意味する言葉なのか、首をひねってしまうところが多く出てきています。「会話」は、とても、普通の「会話」ではありません。 作りながら私は、そして演じてみながら俳優たちは、なるほど、もしかしたら、こういう意味かもしれないと考えることが多々ありました。なぜ、これだけ「ちぐはぐ」なのか? ひとつには、警察官は、「石川一夫」に直接事実を教えてしまってはいけない、戦後の刑事訴訟法による「任意性」は、どうしても担保しておかないと、検察官や裁判官を納得させられない、だからヒントを与えて、被疑者に考えさせなければいけない、あくまでも被疑者自身の言葉として自白させねばならない、というシバリがあります。ビデオを見る人には、その駆け引きを体験してほしい。 だから、まず、事実よりも前に、被害者への謝罪・贖罪の気持ちを持たせなければならない。まず、「私は悪いことをしました」という自覚に追い込む必要がある。そのために、「責任」という言葉を徹底的に教え込む。「責任を取れ」という考え方は、日本のヤクザが好んで使うメンタリティーです。 江戸時代の「岡っ引き」が、一種のヤクザ組織と重なっていた、その民衆の歴史的心理が、取調室に入り込んでいるとしか考えられない雰囲気があるのです。 もうひとつ、通常の心理とはズレている「利害の計算」とう奇妙な心理状態に追い込むのが見えてきます。現在の置かれている自分の状態を、よく考えてみろ、今、目の前に2つの選択肢がある、そのどちらを取るのか考えてみろ!!というのです。法律をよく知っていて、冷静さを失っていない人ならば、当然「右」を選ぶでしょうが、自分の一番親しい人を逮捕させないためには、「左」を選ぶしかないと思わせるのが、取調官の テクニックになるのです。 このような、警察官の思惑があるために、「ドキュメント1」(14分30秒)と「ドキュメント2」(20分10秒)は、登場する警察官と「石川一夫」さんとのあいだに、とんでもない「意識の飛躍(飛び飛び交錯状態)が生まれています。話がかみ合わないのです。見ていて苦痛を感じるほどです。 その状態を、通り越して(石川一夫さんの耐えがたい苦痛とともに)、「ドキュメント3」「ドキュメント4」「ドキュメント5」(3つの合計19分30秒)では、自白はどんどん出来上がっていきます。その場面は、滑稽でさえあります。 このような、警察官と、「石川一夫」さんとの、ちぐはぐな「駆け引き」を見て体験してほしいのです。それが体験できれば、狭山事件の理解に、一層の深みがでてくるはずです。