おていちゃんはバスが大好きな女の子でした。
村の中心にある村の名前の付いたバス停と、そこから初瀬川に架かる橋を渡った小学校前のバス停、自宅近くの村役場前バス停、この3つのいずれかのバス停で、バスがやって来るのを日がな一日、待っていたのです。
バスがやって来ると、大喜びではしゃぎまわり、バスの前に立ち塞がったり、発車しようとするバスを追いかけたりするのでちょっと困りものでした。
いつも、抱き人形をおんぶして、子守りをしているつもりだったのでしょう。
チエちゃんは徒歩通学でしたが、雨が降った時などたまにバスを利用することがありました。学校が終わって、お友達とバスを待っていると、おていちゃんがやって来てニヤニヤしながら顔を覗き込むので、チエちゃんはおていちゃんがちょっと怖かったのです。
ある時、チエちゃんはお母さんに聞いてみました。
おていちゃんは大人なのに、なんでいっつもバス停にいんの?
ああ、おていちゃんはちょっとおつむが弱いんだよ。体はおとなだげど、気持ぢは3歳の子とおんなじなんだ。
そんな彼女は、村中で知らない人がいないほどの有名人でした。
チエちゃんが小学生の頃のバスは
ボンネットバスでした。
乗務員は運転手さんと女性の車掌さん。車掌さんがバックから切符を出して、パチンパチンと切ってくれる姿にあこがれたものでした。
チエちゃんはよく車掌さんごっこをして遊んだものです。
「発車、オーライ!次は小学校前!」
おていちゃんも車掌さんが好きだったのかもしれません。
バスのボンネット部分がなくなり、運転手さんだけのワンマンバスとなった昭和40年代末には、おていちゃんの姿も見られなくなってしまいました。
どこかの施設に預けられたのだということを風の便りに聞きました。
ニヤッと笑うと味噌っ歯がのぞいていたおかっぱ頭のおていちゃんを怖がらずに、もっと優しくしてあげればよかったと思うチエちゃんなのでした。