発寒小学校の体育館が半地下なのはなぜか?!
先日の発寒発見ツアーの記事で半地下体育館の真相は?というお問い合わせがありましたので、お答えします。
私は以前先生から聞いた事があったのですが、聞くとなるほど~かもしれませんね。
写真後方の建物が発寒小学校の校舎。
そして左にある緑の屋上が体育館。ちなみに右手前はプールです
校舎の建設をひも解くと、本校舎は現在プールのある場所から徐々に移設していき、昭和60年に旧校舎は全てなくなり本校舎が完成しました。校舎を上から見ると3回増築した跡が分ります。
その同年旧校舎のあとにプールが完成。
昔懐かしい半円屋根の体育館は現在と同じ場所にありましたが、校舎が体育館の北側に移ってしまったため、体育館を新しい基準で建設してしまうと、南向きの校舎のほぼ半分が陽が当たらなくなってしまうという事で、建築士の方が半地下に設計したということです。
昔の写真を見ると旧校舎、旧体育館、現在の校舎がまだ半分の状態を渡り廊下で繋いでいた時期もありました。
発寒小学校の土地はかなり変形した不思議な形をしているので、校舎をどう建設するのか関係者はかなり頭を悩ませたことでしょう。
結局体育館を建てる場所が今の場所しかなく、できるだけ日当りの良い校舎にしたいという事からで、札幌では発寒小学校と資生館小学校の2校しかないという珍しい半地下の体育館となったようです。
しかし半地下って、今回の台風被害のような洪水を見ると避難場所には向かないんじゃないか?とちょっと考えてしまいます。
も一つちなみに、中央区にある山鼻小学校には上から見ると体育館が見当たりません。
校舎が一棟建っているだけに見えますが、体育館は校舎の中の3階、4階にあるというこれまた珍しい(と思うのですが)学校です。
(実際には入ったことはありませんが、仕事で平面図を見た事がある)
先日の発寒発見ツアーの記事で半地下体育館の真相は?というお問い合わせがありましたので、お答えします。
私は以前先生から聞いた事があったのですが、聞くとなるほど~かもしれませんね。
写真後方の建物が発寒小学校の校舎。
そして左にある緑の屋上が体育館。ちなみに右手前はプールです
校舎の建設をひも解くと、本校舎は現在プールのある場所から徐々に移設していき、昭和60年に旧校舎は全てなくなり本校舎が完成しました。校舎を上から見ると3回増築した跡が分ります。
その同年旧校舎のあとにプールが完成。
昔懐かしい半円屋根の体育館は現在と同じ場所にありましたが、校舎が体育館の北側に移ってしまったため、体育館を新しい基準で建設してしまうと、南向きの校舎のほぼ半分が陽が当たらなくなってしまうという事で、建築士の方が半地下に設計したということです。
昔の写真を見ると旧校舎、旧体育館、現在の校舎がまだ半分の状態を渡り廊下で繋いでいた時期もありました。
発寒小学校の土地はかなり変形した不思議な形をしているので、校舎をどう建設するのか関係者はかなり頭を悩ませたことでしょう。
結局体育館を建てる場所が今の場所しかなく、できるだけ日当りの良い校舎にしたいという事からで、札幌では発寒小学校と資生館小学校の2校しかないという珍しい半地下の体育館となったようです。
しかし半地下って、今回の台風被害のような洪水を見ると避難場所には向かないんじゃないか?とちょっと考えてしまいます。
も一つちなみに、中央区にある山鼻小学校には上から見ると体育館が見当たりません。
校舎が一棟建っているだけに見えますが、体育館は校舎の中の3階、4階にあるというこれまた珍しい(と思うのですが)学校です。
(実際には入ったことはありませんが、仕事で平面図を見た事がある)