まわりで起こっていること

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山の手は高級住宅街だった

2013年01月22日 | Weblog
昨日、清水の山の手へ行ってきたのだけど。

ちょっと、屋根をなおしてほしい、というリクエストがあって。

で、集金をかねて、なんだけど。

そこからは、興津の海が見下ろせてね。

西園寺さんもいたくらいだから、興津は日本でも有数の保養地でもあったんだろうな。

なんてことを、本日のブログネタにしようと思っていて。

車で出社したのだけれど。

そこで、かかっていたのが、桂文楽の「素人鰻」でね。

山の手は、高級住宅街だった、というネタにぴったりくる噺で。

明治維新で、侍家業が廃業となり、少しばかりの退職金で。

世すぎ身すぎのために、なんらかの商売をはじめるんだけど。

侍の商法と言われるごとくに、たいてい、だまされたりして、失敗する。

という噺ですね。

ところで、このあたりで、山の手といえば、安東とかあと、どこかな。

なにせ、山に麓、というのか、山際というイメージがあって。

昔は、川は、水利というくらいで、なにかと便利ではあったけど、氾濫したし。

逆に、外部からの侵入者は、舟を使って容易に入ってくることができたわけで。

邪馬台国があった、ともいわれる九州北部の地も、後背地は山で。

一方だけ、侵入を抑えるための柵をつくっとけばいいような地勢でね。

どうしても、土地の有力者たちは、山側に居をかまえたんだろうな。

なんてことを、つらつらと考え。

「素人鰻」の旦那は、もと下男のきんという鰻職人を雇い。

さて、店を新築し、新装開店という晩に、ま、きん、いっぱいやるか。

というところからはじまるんだけど。

このきんさん、お酒にめっぽうだらしなくて。

お酒にのまれてしまい、しまいには、旦那と喧嘩になって、出て行ってしまう。

ご維新で、身分が大きく変わったけれど、そこはそれ、いままでの主従関係から、なかなか、自由になれないので。

いなくてはこまる、職人のきんさんと旦那とのかけあいのなかに、上下関係が逆転した悲哀、というのか。

微妙な心理のずれが、この噺のきかせどころでね。

職人のいなくなった店で、しろうとの旦那が、うなぎをさばくわけだ。

どだい、無理な話なんだけど、そこの描写がね、文楽の文楽たるゆえんでもあり。

なんてネタを、いつも行く、奥浜名の「さくめ」の大将がさばいている鰻をカウンター越しに見ながら。

おばたちが子どものようにはしゃいでいる姿を傍目に、僕は、思い出してもいたのですが。

ご維新での変わり目と似たような風情が、かつて山の手は高級住宅街だった、という、かつて、という言葉にね。

こめられてもいて。

そうそう、山の手の移り変わりというのは、けんちゃんがね。

知り合いがお米屋さんだったか、いるらしく、いつだか、話していたのを思い出した。

というわけで、いく川の流れはたえずして、もとの水にあらず。

という諸行無常でしたか、そんなこんなで、本日のブログは終了です。

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