無事、と書いたけど、何事もなく、というのも味気ないので消した。
いいこともよくないことも含めての、この世界を丸っぽ受け止め、というわけだ。
いいこと、いいこと教に入れ込んじゃうと、盛んに言われる、ポリコレ、とか。
これ書くと、メジャーなブログでは炎上だろうけど、SDGsってやつね、胡散臭いな、あれ。
内緒にしといてね、僕の立場もあることだし、って話だな。
今日は、これから八ヶ岳へ、現場の下見、現調と言えばいいのか、出かける。
そうだ、上記のことから思い浮かぶのは、やっぱり、親鸞さんの。
いわんや悪人においておや、って言葉だな。
あの時は、どうだろう、今から1000年くらい前か、仏教隆盛を極め、とでも言えるか。
政権の中に入り込み、操り、くらいの時か。
正統仏教、とでも言うのかな。
生命を奪うものは極楽浄土へはいけません、という空気感、だったのかな。
生命といっても、人間以外の、というんだけど。
漁りする民、海での漁、山での猟、をする人々は、地獄へ落ちる、くらいの話だったんだね。
そこへ現れたのが、親鸞さんだ、その前に法然さんもいたのかな。
そんなことはないぞ、南無阿弥陀仏と唱えれば、誰だって、極楽浄土へ行けるんだ、とね。
漁りもせず、善を極めれば、極楽へ行けるぞ、逆はないぞ、の空気感の中で、の。
そこでの言葉が、善人だって極楽へ行けるんだから、悪人ならばなおさらのことだ、ってね。
肉食べない=善、肉食べる=悪、というわかりやすい構図、ビーガンだっけ、ベジタリアンだっけ。
ま、僕の勝手な解釈は、そんな具合だけど。
今でも、似たような話は掃いて捨てるほどにありそうだね。
そういえば、我がベランダへの客人、ヒヨドリ、3回、来たよ。
なので、百均で買ってきた器に水を入れておいた。
果たして今日は、やってくるのでしょうか、ということで、出かけます。
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