このところ、母親の口をついて出てくるのが。
表題で。
どうやら、幼い頃、なのか、女学生の頃、なのか、可愛がってもらった。
らしい。
そこでは、誰かが殺されて、とかの話でも出てきて。
勝手な推測では、たぶん、壮士の墓の逸話が、そんな具合にデフォルメされているのかも。
官軍との戦い、時は明治のご維新、薩長の官軍と、旧幕府軍の戦いが、あの辺りであったんだったか。
それとも、海戦だったのか、流れ着いたご遺体を、次郎長さんが、手篤く、葬った。
仏さんになってしまえば、官軍も賊軍もねぇじゃねぇか、と言う啖呵とともに、今に残る次郎長さんの逸話。
これも、勝手に、当方が、いわゆる牽強付会、って具合に、こじつけてもいるんで。
ほんとは、また、違う物語なのかもしれないけれど。
それはともかく、波止場、って、波の止まるところ、だね。
当たり前だけど。
波の瀬に瀬に渡りきた、海の男たちが、たどり着いたところ、演歌の世界に使われるわけだ。
母親のそんなセリフから、さまざまなところへ想いは飛んでいくんだけど。
くだんの彼女は、そこから、お墓まいりにも行けず……、と涙目モードに入りたい気配濃厚で。
泣きたい。
悲しみたい。
と言うわけだ。
これね、感情の発露、とみると、科学的にいえば、90秒なんだってね。
その間、泣かせてあげる、あるいは、全然別の、あら、こんなところに、探していたものが。
とか、あら、綺麗なお花が咲いてるわね、みたいな。
そこに集中できると、その90秒間に、泣きたい感情が、その役割を終える。
ってことで、スッキリ、って、どこかの番組みたいだけど。
だから、起きた時、妙に、今期の売り上げへの不安がよぎったとしたら、90秒間。
集中する何か、を見つけ、そこにいる。
と、その不安は、嘘のように消えている、ってことだそうだ。
それを応用して、母親の好きな、甘酒をあの手この手で奨め、美味しいね、の言葉を引き出す。
熱い甘酒を、ふうふう言いながらも、かなりの速さで飲み干す。
しめしめ、と思っていると、またぞろ、波止場のね、ときたりもする。
お墓まいりに行きたい、ってわけだ。
その場に行かなくても、ここで手を合わせてもいいし、仏壇に向かってでもいいし、と言うことを。
手振り身振りで伝える。
納得して、眠りに入る、んだけど、たぶん、次の日も、その、波止場にまつわる想いは、彼女の元へ。
やってくるんだろうな。
なんだろうね、これって。
そういえば、夕べ、たまたまつけたテレビに、何日か前にご紹介した、「家族はつらいよ」が映っていて。
奥さんの誕生日なのか、プレゼントするからいくらでもいいから、言ってみろよ、と橋爪功が言う。
吉行和子の奥さんは、450円なんだけど、いいかな、と。
訝しげな顔の橋爪功、淡々と、吉行和子は、机の引き出しをあけ、一枚の紙を取り出す。
離婚届の印紙代、450円也、着替えはここに置いてあるからお風呂へ入ってね、と言って、部屋の扉を閉める。
時間は、1分か、2分か、そんなシーンだった。
それが、映画の導入部で、そのあとに続くんだけど、そこは、録画のボタンを押して、スイッチを切った。
まさに、家族はつらいよ、ってわけだ。
そんなシーンに、わが母親が登場して、波止場のおばさんはどうしてるんでしょう、なんて涙声で言い出せば。
一挙に、舞台は変わり、って次第だろうけどね。
リアルの舞台では、いろんな登場人物が、手を替え品を替え、いろんな物語を持ちながら、出たり入ったり。
って具合で、それこそ、90秒ルール、3秒ルールと比べると、ちょっと長いけど、そんな感じで、物事に対処して行ったら。
果たして、いかがなりますやら、って興味尽きないね。
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