昨日のお昼は会社のご近所から少し離れたトンカツ屋さんにて。
50年は営業しているという御仁との会話。
昔の清水はすごかったからね、というわけだ。
どのくらいの昔から栄えたんだろう。
次郎長の頃からか、それとも、武田信玄がやってきた頃からか。
地元に住みながらも、歴史知らず、ってところだな。
これもちょっとググれば、あるいは、chatgptに尋ねれば、たちどころにわかる、ってシロモノだろうな。
雨が激しくなってきた。
巴川の水嵩も増え、スピーカからの広報静岡の声が思い出される。
このところ、といっても、どのくらい前からなのか。
何年?このかた、災害放送が多くなっているような気がする。
あくまでも、気がする、ってだけだけど。
それに加えてネットでの応酬みたいなものも加わり、だな。
それをもって、情報が溢れかえり、ともくくれるし、ありがたいことだ、とも言えるし。
その昔の中国、殷だったかな、殷で周でその後だったか。
わが列島の天皇家の出身、なんて解釈もある国の頃、そこは占いとかにとても敏感で。
方位とか、何をやるにも、そこから始まり、どの時間、方位、仕方などなど。
なんての、誰かがどこかで書いていたのを読んだことがあったな。
その国での世界は、そんな具合に切り取られ、認識され、行動も影響を受け、みたいなね。
災害報道やアラートなどなどが、そんなことに重なり合って、という具合だ。
災害はリアルでしょ、ってなもんだけど、ね。
このところ、何回かかいてるけれど、いろんな秘密が開示され始め、世界をどう見るか。
というのが、この先、人それぞれの世界観の違いが明らかになっていく予感だ。
まさに、未知との遭遇。
教育なんかも、大きく変わっていくんだろうな、とかね。
出羽守、つまり、アメリカでは、とか、フランスでは、とか、それに比べてわが邦はなんともお粗末で。
みたいな認識構造、認知の仕方、マウント合戦なんてのが、声細くなり。
とね。
いずれにしても、わがトンカツ屋さんは昭和14年生まれの、近々84歳になる駿河人です。