『大研究! 日本の歴史人物図鑑』を読もう
今年3月に、岩崎書店から小学生向けの『大研究! 日本の歴史人物図鑑』(全5巻)が発行された。友人から「この本に強制連行のことが書かれている。小学生にどのような解説をしているのだろうか、興味がある」と言われて、石川県内の図書館に検索をかけると、金沢市立図書館が蔵書していた。
この手の本は大概「日本人万歳」満載が普通だが、目次を見て驚いた(末尾)。とりあえず、4巻(明治時代~大正時代)と5巻(明治・大正~昭和)を借り出して読んでみた。
「なぜ? こんなひどいことが」
では、友人が指摘していた強制連行については、どのように扱っているのか。見出しは「人狩りされ、行く先も知らされずに 強制連行された人びと」である。ソウルから北海道の三菱美唄炭鉱に騙されてきた金善永さんの証言を取り上げている。その上で、解説として次のように書いている(以下引用)。
日本は1910年から朝鮮を植民地にしました。朝鮮の人びとから土地を取りあげ、米を奪い、日本語を押しつけて民族の誇りを傷つけました。
日本が中国で侵略戦争をはじめると、日本の若者は続々と戦場に送られました。すると、軍需工場や炭鉱、土木工事の人手がたりません。そこで、朝鮮や中国に労働力をもとめたのです。はじめは日本の会社が好条件を口実に人集めしていました。しかし、戦争が長びき、さらに1941年12月、アジア太平洋戦争がはじまると人手はますます不足してきました。
1942年になると政府が直接人集めをしました。こうして日本の敗戦まで少なくとも72万5000人以上の人を強制連行し、奴隷のように働かせました。そして、6万4000人が事故や栄養失調、拷問などの原因で亡くなりました。犠牲になった人びとの遺骨のなかには肉親にとどけられないまま、今も各地の寺に保管されているものもあります。
たたかう人民に視線をあてる編集
この「図鑑」は近代日本の出発点としての自由民権運動を高く評価している。「秩父困民党の人びと」では、武装して明治天皇制政府とたたかう人々の姿(田代栄助、高岸善吉など)を紹介している。天皇制ではなく、「国民が主人公」の憲法草案(「東洋大日本国々憲案」)を発表した植木枝盛、足尾鉱山の鉱毒垂れ流しとたたかった田中正造も自由民権運動の一翼を担っている。
明治天皇制下で人民の側に立ってたたかいぬいた人びとが多数登場している。市川房枝、石川啄木、幸徳秋水、平塚らいてう、福田英子である。
民族差別、差別を告発する
「関東大震災で殺された人びと」のなかでは、朝鮮人(6000人以上)、中国人(600人以上)への差別・虐殺を告発し、やがてその排外思想が戦争へと人民を動員していく思想的バックボーンを暗示している。差別撤廃に起ち上がる山田孝野次郎、差別の不条理を告発する島崎藤村、そして朝鮮侵略・植民地化を強行する伊藤博文にたいして、朝鮮人・安重根の怒りの銃弾。
「図鑑」では、伊藤博文を日本に近代的な政党政治を導入した人物として評価しながら、末期には「もう貧しい農民の声も、夜も寝ずに働き病気で倒れ死んでいく工女たち(「野麦峠を越えていく工女たち」)の嘆きも、民族の独立をうばわれた朝鮮人の怒りも、聞こえなくなっていました」と、伊藤博文の死の歴史的必然性を語っている。
侵略戦争の悲惨さと抵抗
「戦争に反対し、抵抗した人びと」のなかでは、山本宣治、小林多喜二、長谷川テルが登場する。戦争の悲惨さと不条理は「中国に残された人びと」「ひめゆりの乙女たち」のなかで書かれている。
わたしには戦前に南米チリーに移民した叔父さんと従兄弟(従姉妹)の家族が暮らしている。1941年対米宣戦布告後、アメリカの同盟国であったチリーは対日宣戦布告をおこない、在チリーの日本人は抑留所に移動させられ、敗戦後1949年まで警察の監視下に置かれていた。
帰国しようにも、家族全員の旅費を調達出来ず、日本政府からの援助もなく、帰国の選択肢は全くなくて、大変な苦労をして子どもたちを育てたと話していた。日本の戦争政策に翻弄され、棄民にされたわたしの「家族」である。
他方「戦争を始めた人」として昭和天皇を取り上げているが、戦争責任については、東条英機に転嫁しているようだ。
めざすべきは体制順応型ではなく
労働者の苦難と抵抗も積極的に取り上げられている。「富山の女房たち(米騒動)」「八幡製鉄の労働者たち」「野麦峠を越えた工女達」である。とくに、「八幡製鉄の労働者たち」では、1920年代のストライキの話が出てきて、学生のときに読んだ『溶鉱炉の火は消えたり』(浅原健三著)を思い出した。
時代は遡るが、「シャクシャイン」「一向宗の人びと」が取り上げられ、歴史は支配者だけのものではなく、必死に抵抗する人民や他民族があり、読者には体制順応型ではなく、自立した人格形成を呼びかけている。この点では、6月に展示された小学生用の「道徳教科書」とは格段の差があり、多くの小学生に触れてほしいものである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/fe/826503bd0006ef4d464816b510873bbc.jpg)
『大研究! 日本の歴史人物図鑑』目次
<あ行>青木昆陽、芥川龍之介、足利尊氏、足利義政、足利義満、足軽とよばれた人びと、倍仲麻呂と唐へわたった人びと、天草四郎、安重根、石川啄木、板垣退助、市川房枝、一休、一向宗の人びと、伊藤博文、犬養毅、伊能忠敬、井原西鶴、岩倉具視、ウイリアム・スミス・クラーク、植木枝盛、上杉謙信、歌川広重、内村鑑三、厩戸皇子→聖徳太子、エドモンド・モレル、大久保利通、大隈重信、大塩平八郎、尾崎行雄、織田信長、小野妹子
<か行>勝海舟、鑑真、関東大震災で殺された人びと、桓武天皇、北里柴三郎、北原白秋、木戸孝允、行基、強制連行された人びと、空海、楠木正成、幸徳秋水、後醍醐天皇、小林一茶、古墳をつくった人びと、小村寿太郎
<さ行>西郷隆盛、最澄、斎藤道三、坂上田村麻呂、坂本竜馬、三閉伊一揆の人びと、シーボルト、十返舎一九、持統天皇、島崎藤村、シャクシャイン、聖徳太子(厩戸皇子)、聖武天皇、昭和天皇、ジョン万次郎、新田をひらいた人びと、親鷲、菅原道真、杉田玄白、杉原千畝、清少納言、雪舟、銭屋五兵衛、戦争に反対し抵抗した人びと、千利休、千本松原をきずいた人びと、象をまもった人びと、蘇我馬子
<た行>大黒屋光太夫、大仏をつくった人びと、平清盛、平将門、高杉晋作、高野長英、竹崎季長、武田信玄、田中正造、玉川庄右衛門、玉川清右衛門、近松門左衛門、秩父国民党の人びと、中国にのこされた人びと、津田梅子、手塚治虫、東郷平八郎、東条英機、徳川家光、徳川家康、徳川慶喜、徳川吉宗、富山の女房たち、豊臣秀吉
<な行>中江兆民、中臣鎌足、中大兄皇子、夏目漱石、日蓮、新渡戸稲造、野口英世、野麦峠を越えた女たち
<は行>初めて鉄砲を見た人びと、長谷川町子、羽地朝秀、卑弥呼、ひめゆりの乙女たち、平塚らいてう、福沢諭吉、福田英子、武左衛門、藤原清衡、藤原純友、藤原道長、フランシスコ・ザビエル、ペリー、北条時宗、北条政子、北条泰時、ポール・ブリューナ、細川ガラシャ
<ま行>マッカーサー、源義経、源頼朝、宮沢賢治、陸奥宗光、紫式部、明治天皇、本居宣長
<や行、わ行>八幡製鉄所の労働者たち、山城国の人びと、山田考野次郎、山上憶良、湯川秀樹、与謝野晶子、吉田茂、4人の少年使節団、倭寇といわれた人びと
今年3月に、岩崎書店から小学生向けの『大研究! 日本の歴史人物図鑑』(全5巻)が発行された。友人から「この本に強制連行のことが書かれている。小学生にどのような解説をしているのだろうか、興味がある」と言われて、石川県内の図書館に検索をかけると、金沢市立図書館が蔵書していた。
この手の本は大概「日本人万歳」満載が普通だが、目次を見て驚いた(末尾)。とりあえず、4巻(明治時代~大正時代)と5巻(明治・大正~昭和)を借り出して読んでみた。
「なぜ? こんなひどいことが」
では、友人が指摘していた強制連行については、どのように扱っているのか。見出しは「人狩りされ、行く先も知らされずに 強制連行された人びと」である。ソウルから北海道の三菱美唄炭鉱に騙されてきた金善永さんの証言を取り上げている。その上で、解説として次のように書いている(以下引用)。
日本は1910年から朝鮮を植民地にしました。朝鮮の人びとから土地を取りあげ、米を奪い、日本語を押しつけて民族の誇りを傷つけました。
日本が中国で侵略戦争をはじめると、日本の若者は続々と戦場に送られました。すると、軍需工場や炭鉱、土木工事の人手がたりません。そこで、朝鮮や中国に労働力をもとめたのです。はじめは日本の会社が好条件を口実に人集めしていました。しかし、戦争が長びき、さらに1941年12月、アジア太平洋戦争がはじまると人手はますます不足してきました。
1942年になると政府が直接人集めをしました。こうして日本の敗戦まで少なくとも72万5000人以上の人を強制連行し、奴隷のように働かせました。そして、6万4000人が事故や栄養失調、拷問などの原因で亡くなりました。犠牲になった人びとの遺骨のなかには肉親にとどけられないまま、今も各地の寺に保管されているものもあります。
たたかう人民に視線をあてる編集
この「図鑑」は近代日本の出発点としての自由民権運動を高く評価している。「秩父困民党の人びと」では、武装して明治天皇制政府とたたかう人々の姿(田代栄助、高岸善吉など)を紹介している。天皇制ではなく、「国民が主人公」の憲法草案(「東洋大日本国々憲案」)を発表した植木枝盛、足尾鉱山の鉱毒垂れ流しとたたかった田中正造も自由民権運動の一翼を担っている。
明治天皇制下で人民の側に立ってたたかいぬいた人びとが多数登場している。市川房枝、石川啄木、幸徳秋水、平塚らいてう、福田英子である。
民族差別、差別を告発する
「関東大震災で殺された人びと」のなかでは、朝鮮人(6000人以上)、中国人(600人以上)への差別・虐殺を告発し、やがてその排外思想が戦争へと人民を動員していく思想的バックボーンを暗示している。差別撤廃に起ち上がる山田孝野次郎、差別の不条理を告発する島崎藤村、そして朝鮮侵略・植民地化を強行する伊藤博文にたいして、朝鮮人・安重根の怒りの銃弾。
「図鑑」では、伊藤博文を日本に近代的な政党政治を導入した人物として評価しながら、末期には「もう貧しい農民の声も、夜も寝ずに働き病気で倒れ死んでいく工女たち(「野麦峠を越えていく工女たち」)の嘆きも、民族の独立をうばわれた朝鮮人の怒りも、聞こえなくなっていました」と、伊藤博文の死の歴史的必然性を語っている。
侵略戦争の悲惨さと抵抗
「戦争に反対し、抵抗した人びと」のなかでは、山本宣治、小林多喜二、長谷川テルが登場する。戦争の悲惨さと不条理は「中国に残された人びと」「ひめゆりの乙女たち」のなかで書かれている。
わたしには戦前に南米チリーに移民した叔父さんと従兄弟(従姉妹)の家族が暮らしている。1941年対米宣戦布告後、アメリカの同盟国であったチリーは対日宣戦布告をおこない、在チリーの日本人は抑留所に移動させられ、敗戦後1949年まで警察の監視下に置かれていた。
帰国しようにも、家族全員の旅費を調達出来ず、日本政府からの援助もなく、帰国の選択肢は全くなくて、大変な苦労をして子どもたちを育てたと話していた。日本の戦争政策に翻弄され、棄民にされたわたしの「家族」である。
他方「戦争を始めた人」として昭和天皇を取り上げているが、戦争責任については、東条英機に転嫁しているようだ。
めざすべきは体制順応型ではなく
労働者の苦難と抵抗も積極的に取り上げられている。「富山の女房たち(米騒動)」「八幡製鉄の労働者たち」「野麦峠を越えた工女達」である。とくに、「八幡製鉄の労働者たち」では、1920年代のストライキの話が出てきて、学生のときに読んだ『溶鉱炉の火は消えたり』(浅原健三著)を思い出した。
時代は遡るが、「シャクシャイン」「一向宗の人びと」が取り上げられ、歴史は支配者だけのものではなく、必死に抵抗する人民や他民族があり、読者には体制順応型ではなく、自立した人格形成を呼びかけている。この点では、6月に展示された小学生用の「道徳教科書」とは格段の差があり、多くの小学生に触れてほしいものである。
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『大研究! 日本の歴史人物図鑑』目次
<あ行>青木昆陽、芥川龍之介、足利尊氏、足利義政、足利義満、足軽とよばれた人びと、倍仲麻呂と唐へわたった人びと、天草四郎、安重根、石川啄木、板垣退助、市川房枝、一休、一向宗の人びと、伊藤博文、犬養毅、伊能忠敬、井原西鶴、岩倉具視、ウイリアム・スミス・クラーク、植木枝盛、上杉謙信、歌川広重、内村鑑三、厩戸皇子→聖徳太子、エドモンド・モレル、大久保利通、大隈重信、大塩平八郎、尾崎行雄、織田信長、小野妹子
<か行>勝海舟、鑑真、関東大震災で殺された人びと、桓武天皇、北里柴三郎、北原白秋、木戸孝允、行基、強制連行された人びと、空海、楠木正成、幸徳秋水、後醍醐天皇、小林一茶、古墳をつくった人びと、小村寿太郎
<さ行>西郷隆盛、最澄、斎藤道三、坂上田村麻呂、坂本竜馬、三閉伊一揆の人びと、シーボルト、十返舎一九、持統天皇、島崎藤村、シャクシャイン、聖徳太子(厩戸皇子)、聖武天皇、昭和天皇、ジョン万次郎、新田をひらいた人びと、親鷲、菅原道真、杉田玄白、杉原千畝、清少納言、雪舟、銭屋五兵衛、戦争に反対し抵抗した人びと、千利休、千本松原をきずいた人びと、象をまもった人びと、蘇我馬子
<た行>大黒屋光太夫、大仏をつくった人びと、平清盛、平将門、高杉晋作、高野長英、竹崎季長、武田信玄、田中正造、玉川庄右衛門、玉川清右衛門、近松門左衛門、秩父国民党の人びと、中国にのこされた人びと、津田梅子、手塚治虫、東郷平八郎、東条英機、徳川家光、徳川家康、徳川慶喜、徳川吉宗、富山の女房たち、豊臣秀吉
<な行>中江兆民、中臣鎌足、中大兄皇子、夏目漱石、日蓮、新渡戸稲造、野口英世、野麦峠を越えた女たち
<は行>初めて鉄砲を見た人びと、長谷川町子、羽地朝秀、卑弥呼、ひめゆりの乙女たち、平塚らいてう、福沢諭吉、福田英子、武左衛門、藤原清衡、藤原純友、藤原道長、フランシスコ・ザビエル、ペリー、北条時宗、北条政子、北条泰時、ポール・ブリューナ、細川ガラシャ
<ま行>マッカーサー、源義経、源頼朝、宮沢賢治、陸奥宗光、紫式部、明治天皇、本居宣長
<や行、わ行>八幡製鉄所の労働者たち、山城国の人びと、山田考野次郎、山上憶良、湯川秀樹、与謝野晶子、吉田茂、4人の少年使節団、倭寇といわれた人びと